新刊JPトップ > 書籍特集一覧 > 『bestseller's interview 第14回 林望さん』 

Bestseller's Interview 林望さん

『謹訳 源氏物語』
著者:林望
出版社:祥伝社
定価(税込み):1500円
ISBN-10:439661358X
ISBN-13:978-4396613587

book summary

原作の『源氏物語』を正確に味わいながら、現代小説を読むようにすらすら読める。
「名訳」を超えた完全現代語訳・『謹訳 源氏物語』が誕生した。人気作家・林望の手によって生まれ変わった歴史的名作は全10巻で刊行予定。第1巻は「桐壷」「帚木」「空蝉」「夕顔」「若紫」を収録。

author profile

■林望さん
1949年東京生まれ。作家・書誌学者。慶應義塾大学大学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。専門は日本書誌学、国文学。『イギリスはおいしい』(文春文庫)で日本エッセイスト・クラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』(ケンブリッジ大学出版)で国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』(平凡社)で講談社エッセイ賞を受賞。近著に『節約の王道』(日本経済新聞出版社)、『リンボウ先生のうふふ枕草子』(祥伝社)がある。『恋の歌、恋の物語』(岩波ジュニア新書)、『夕顔の恋』(朝日出版社)等、『源氏物語』に関する著作、講演も多数。エッセイ、小説のほか、歌曲の詩作、能評論等も多数手がける。

【公式ホームページ】
http://www.rymbow08.com/

interview index

1、「人間臭さが『源氏物語』の魅力」
2、「光源氏はあり得ない存在だからこそいい」
3、「『謹訳 源氏物語』を声に出して読んでほしい」
4、取材後記

「人間臭さが『源氏物語』の魅力」

林望さん写真

人間のリアルな生き様を映し出すところが『源氏物語』の魅力であると語る林望さん

―まずは、林さんと『源氏物語』の出会いについてお聞かせ願えますか。

ご多分にもれず、高校の古文の授業でした。あとは大学が国文科だったので源氏物語は必修でした。そういう出会い方だったもので特別な感慨はなかったです。若いころは“なんだか難しいなあ”などと思っていました(笑)

―今考えるに、『源氏物語』の魅力はどんな点にあるとお考えでしょうか。

人間の存在とはどういうものなのかということを考えると、絶対的な善人はいないし、絶対的な悪人もいないじゃないですか。また、どんなに美男であってもいい人とは限らないし、その反対もあります。つまりはそれぞれが心の中に割り切れないもの、矛盾だとか不満を抱えていて、逆にいえばそれが生きていくということなんです。例えば『水戸黄門』の黄門様は絶対の善ですが、実際はそんな人がいるはずありません。お伽話としてはいいのかもしれませんが、本当の人間の生き様を描くとなったらそう単純にはいきません。
『源氏物語』に出てくる人物はみんなそれぞれが矛盾していて、懊悩しています。苦しんでいるし罪もある。そういうことが隅々まで描かれていて、一人として類型的な人物が出てきません。この奥深いヒューマニティを描き出しているというところで、尽きない面白さがありますね。

―確かに、読んでみるとものすごく生々しいですよね。

すごく生々しい物語であるということが大事なんですよ。よく言われるような“平安時代の雅やかな世界を描いた恋物語”とは実際は全然違います。読んでみるとすごく人間臭いでしょう。その人間臭さがいいんですよ。雅やかじゃないところがむしろ『源氏物語』の味わいだと思っています。

―こうして現代人に読みやすいように訳されると、当時の人が夢中になったという、その魅力がわかります。

そうですね。しかも当時は(語り手の女房が語るのを)耳で聴いていたわけですから楽しかったと思いますよ。今でいうラジオドラマを聴いているようなものです。源氏は源氏らしく、紫上は少し可憐な感じで、右大臣はいやらしいオヤジみたいに読んだのでしょう。そういった演技の部分も含めて、当時の人は耳で聴いていたから、目で読むよりも分かりやすく、かつ楽しめたのではないかと思います。

「光源氏はあり得ない存在だからこそいい」

―今回の『謹訳 源氏物語』について、古文の良さを残しつつ、現代人に読みやすいように訳すというのは大変な苦労を伴ったかと思いますが、どんな点に最も苦心されましたか?

和歌の箇所だと思います。『源氏物語』に限らず平安時代の物語というのは、和歌を読ませるための装置という意味合いがあって、当時の物語で和歌が出てこないものは一つもありません。他人に何かを伝える時に、和歌を詠うことによって相手の心に思いを届けていたということですから、和歌というのは非常に重要なメディアだったんです。これを無視してしまうと源氏物語の一番肝心なところが抜けてしまいます。
『源氏物語』にも和歌がたくさん出てくるのですが、和歌だけ読んでも意味がわからない。じゃあ、その和歌の現代語訳だけを載せると、元はどういう和歌だったんだろう、と読者は必ず思うはずです。また、掛詞や倒置もあからさまに説明してしまうと読んでいて面白くありません。だから和歌は和歌として出し、隣に現代語訳を添えたのですが、掛詞や倒置も、読みながらそこはかとなく理解できるように訳しました。
全部をそのように訳すのは大変ですよ。今までにやった人はいないと思いますが…。

―今おっしゃっていたような「和歌でのコミュニケーション」というのは当時一般的だったのでしょうか。

そうです。これは宮中の人だけでなく一般の人も同じですね。『万葉集』からも窺える通り『歌垣』という風習があって、男と女が歌を闘わせるわけです。それはお互いに口説き文句になっているわけですね。それが抜き出されれば相聞歌ということになるし、勅撰集であれば恋の歌ということになりますね。

―それは現代人にはもうできないかもしれませんね。

でも、自分の思いを代弁しているような歌が入ったCDを、異性にプレゼントして、ということはありえるでしょう。

―あ、それは和歌のやりとりに似ていると言えば似ていますね。

そう、それを自分の和歌でやっているだけですから。言ってみればシンガーソングライターなのであって、和歌という文字ではなくて自分の作った歌を美しいメロディーで歌っていたんですね。(現代人も)CDを贈るのでなく自分で歌えれば一番いいですよね。

―光源氏を現代人にたとえると、どなたか当てはまる人はいらっしゃいますか?

ちょっと思いつかないですね(笑)。源氏みたいな人は存在しないでしょう。でも、あり得ない存在だからいいんですよ。

―訳す時は、登場人物の考え方や気持ちにも思いを馳せるかと思いますが、林さんの訳のスタイルを教えてください。

いつも訳す時は登場人物になりきっていますよ。源氏になりきったり、頭中将になりきったり。スタイルでいうと、文章を単純に現代文に置き換えるのではなく、古文を一度自分の中に取り込んで、自分の心の声を聴きながらそれを現代文で語り直すというスタイルですね。

―源氏になりきっている時というのはどんな気持ちですか?

いやあ、そりゃ気持ちがいいですよ(笑)

「『謹訳 源氏物語』を声に出して読んでほしい」

―『源氏物語』には男女間を中心とした華やかな交友関係が描かれていますが、当時の男性は女性のどんな点を見ていたのでしょうか。

それは今と変わらないと思います。ただ、“深窓の令嬢”という言葉がありますが、当時の宮中の女性、いわゆるお姫様というのは奥の方に隠れているので顔を見ることができないんですよ。だから評判とかで恋をする。外見を見て判断できないから、小出しに和歌を贈ってみる。その返事を読んで“なかなかこの人は教養があるな”と興味を持ったら、また贈ってみる。そういうやり取りをしながら少しずつベールを剥いでいくんです。親しくなってくると近くに行って声を聞くとか、最後には顔を見ることもできるのですが、顔を見る時はベッドインする時ですね。

―『謹訳 源氏物語』は今後続々と出版されますが、その他の古典も“謹訳”する予定はあるのでしょうか。

今のところはそういう予定はないですね。今回の『源氏物語』は全10巻ですが、それを訳し終えた後にどんな人生が展開するかは予想がつきませんから。瀬戸内寂聴さんだって、もしかしたら『源氏物語』以前と以後とでは人生が変ってしまわれたかもしれませんね。
だから、私も『源氏物語』を訳し終えた後に、どんなふうに自分の執筆世界が広がっているかは全く予想できません。出家はしないと思いますが(笑)

―現代人が古典に触れる意味があるとしたらどんな点だとお考えですか?

我々は平成時代を生きていて、平安時代とは無関係で別世界だと思いがちですけども、この本を読むとそうは思えないはずで、強く共感できるところがあると思います。つまり、同じ日本人なんだとわかると思うんですね。そういう意味で、日本人とは何なのか、ということを考えさせられます。
日本人が自信を失ってしまっている現代ですが、古典に触れることで、日本人は大昔からこんなに素晴らしい文学、言語、世界を持っていたんだということを感じます。そうなると日本語を大切にしようとか、日本文化をもっと知りたいというような愛国心が出てくるじゃないですか。それが大事なんだと思いますね。

―“日本人”というお言葉が出ましたが、『源氏物語』は外国人にはやはり理解しがたいものなのでしょうか。

理解できないということはないと思いますが、僕らも翻訳された外国文学を読む時に、なんだか隔靴掻痒の感がありますよね。
イギリスのダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに『サイレント・ヌーン』という有名な詩があるのですが、“Buttercup”や“Cow parsley”など、草の名前が出てきます。“Buttercup”はButter(バター)のCup(カップ)、“Cow parsley”はCow(牛)のParsley(パセリ)なのですが、ここからはイギリス人が牧畜民族だということが感じ取れますよね。これを日本語で“キンポウゲ”“ヤブニンジン”と訳してしまうとその文化が全くわからない。言葉の背後にある文化が抜け落ちてしまって、イメージがそのまま伝わらないことがあるんです。厳密にいえば文学は母語でしか成立しないのではないかと思いますね。

―確かに、今のお話は象徴的ですね。

文化にはそれぞれの民族性があります。トルストイやドストエフスキーを日本人が読むとしつこく、くどく感じがちなのは、余白にものを言わせる我々の文化とは対極にあるから。ドストエフスキーに“柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺”の世界を表現させるとしたら、その周辺の説明から始まって35ページくらいの記述になってしまうでしょうね。
また、最近日本でもニーチェが流行っているようですけど、ドイツ人と話してみてごらんなさい。私がドイツに行った時、ドイツ人の友人とコインランドリーに行ったんです。そうするとコインランドリーを如何にして使うかという理屈を延々と話すんですね。こちらからすると“どう使ったっていいじゃないか!”と思うんですけど“そうじゃない、それは正しい使い方じゃない”と。とにかくものすごく理屈っぽくて、何もかも分析して理屈で説明しないと気が済まないんです。でも我々は以心伝心の文化。ですから私たちがニーチェを読んでも閉口するばかりなんですよね。

―最後に読者の方々に向けてメッセージをお願いします。

本は娯楽です。勉強のために読むのではなく娯楽だと思ってほしい。誰もが読まなければいけない必読の書なんてものはなく、読みたければ読み、読みたくなければ読まない、それが読書の本来です。『謹訳 源氏物語』も娯楽として読んでほしいと思います。特に、声に出して読んでもらいたいですね。

古典に限らず、日本文化そのものへの林さんの膨大な知識量には感服するばかり。
高校の授業や大学受験の勉強が『源氏物語』との最後の接触となってしまっている人は多いと思うが、こうして現代語訳されたものを読むと、当時は気づかなかった魅力に気づかされる。
古文は退屈で面白くない、学生時代にそう思っていた人にこそこの“謹訳”を読んでもらいたい。
『源氏物語』をはじめとした古典文学が優れたエンターテイメント作品の宝庫であることに気づくはずだ。
(取材・記事/山田洋介)


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