『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞、『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞した窪さんは今最も勢いのある作家。そんな窪さんに、新刊について、読書について、さらには創作者としての才能についてと、さまざまなテーマでお話を伺いました。
- 1. 「様々な時代に生まれた人たちの人生を多層的に書こうと思った」
- 2. 「感性だけで書き散らしていくと長生きはできないかな、という感じはする」
- 3. 「『アニバーサリー』は、しんどさの先にちょっとした光が見えてくる」
- 4. 取材後記
■ 「様々な時代に生まれた人たちの人生を多層的に書こうと思った」
― 本書『アニバーサリー』を拝読して最初に目を引いたのが、東日本大震災の描写です。まず、震災が窪さんにとってどのような意味を持っていたのかをお聞かせ願えればと思います。
窪さん(以下敬称略)
「この作品はもともと『週刊新潮』に連載していたものなのですが、そのお話をいただいたのが震災の三カ月後くらいだったんです。週刊誌に連載するのであれば、世の中で起こっていることと多少リンクさせたい気持ちがありましたし、あまりにも大きな震災だったので、書かざるを得ないと言うと大げさですけど、書いた方がいいんじゃないかとは思っていましたね。
ただ、地震ありきの作品ではなく、元々は女性の一代記を書きたいというのがあって、アイデアとしてはそちらの方が先でした」
― 『アニバーサリー』というタイトルはどのような意味を持っているのでしょうか。
窪
「“記念日”っていうとおめでたいイメージがあるかもしれませんが、祝う意味だけではなく、その日を呪うという意味もあるのではないかと思うんですね。
終戦記念日にしても、戦争が終わって良かったっていう国もあれば、そこから負けが始まったという国もある。この本では、3月10日の東京大空襲と8月15日の終戦記念日、3月11日の東日本大震災という3つの大きな出来事があった日に、登場人物の女の人の人生が変わってしまいます。それがいいことか悪いことかはわからないけども、人生が大きく変わった節目という意味で、この『アニバーサリー』というタイトルにしました」
― この作品では、先ほどおっしゃった晶子と、もう一人の主人公ともいえる真菜の人生が語られます。彼女たちの人生を通して、それぞれの家族や夫婦についても対比的に読めたのですが、このように世代の違う二人の女性とその家族を描くことで窪さんはどのようなことを表現したかったのでしょうか。
窪 「物語の縦糸と横糸を通すということをやりたかったんです。晶子は昭和10年生まれで、真菜は昭和55年生まれ。そして真菜のお母さんの真希は作中で何年生まれとも書いていないんですけど、その三人の物語をクロスさせるというか、昭和55年生まれの人から見たら昭和10年生まれの人はどう見えるのかなとか、真菜から見て自分のお母さんの生き方はどう映るのかなということを書きたかった。一人の登場人物の一代記だけだと、その人の人生の始まりから終わりまでということになって、縦糸だけになってしまいます。だから違う世代の登場人物をおいて、様々な時代に生まれた人たちの人生を多層的に書こうと思いました」
― もう一つ大きなテーマとして読めたのが、真菜の人間的な変化です。彼女が子どもを産んだ時点では、まだ10代の頃の友人・絵莉花の影響から抜けられていない、どこか刹那的な雰囲気がありましたが、晶子や千代子との交流によって少しずつ変わっていきます。このような出会いや交流による人の変化というのも執筆時のテーマとしてあったのでしょうか。
窪
「もちろんそれはあります。10代の頃は、真菜にとって絵莉花はものすごい影響力を持っていたけど、出産が彼女の変化の一つのきっかけになったと思います。
女の人にとって出産って、どこかで“負ける感覚”があるんですね。何にもできなくなってしまうし、時間も取られるし。仮に10代の真菜が晶子に出会っても“うざいおばあちゃんだな”と思うだけで交流はなかったと思います。でも、出産して弱っている状態で、体にも心にも力がない時だったから、年の離れたおばあちゃんの助けを受ける気持ちになれた。こういうことは実人生でもあると思います。個人的にもいいタイミングで出会うことで、自分の人生が変わったというのは実感としてありますね
」
■ 「感性だけで書き散らしていくと長生きはできないかな、という感じはする」
― 窪さんもお子さんがいらっしゃって、子育ても経験されているかと思いますが、窪さんの子育てのスタイルはやはり晶子のものに近かったのでしょうか。
窪 「全然違います(笑)そもそも晶子のように料理が得意じゃないですからね。料理の描写をすると、料理が上手なんじゃないかと思われがちですけど、まったく違います! 炊事がとにかく苦手で、どちらかというと作ってもらいたいタイプなんですけど、それでも子育ての時はがんばってはいましたよ」
― 子育てでどんなことを心がけていましたか?
窪
「“そんなことまで話すの?”ということまで子どもには話していましたね。うちの息子はこの春から家を出て大学のそばで下宿しているんですけど、高校生の頃から“ちゃんと避妊してよね”とか、ごはんを食べながら普通にしていました。特にうちは二人家族なので、お金のこととか、割と大事な話はしてるかな…。
うちの息子は、『ふがいない僕は空を見た』が売れてなかったら大学に行けてなかったと思うんですよ。だから荷造りしてるところでしつこく『みなさんが本を買ってくださったおかげであなたは大学行けるんだよ』と(笑) 相当、本人は嫌だったと思いますけど」
― そういう時、息子さんはどんな反応をするんですか?
窪 「大体黙ってますね。高校生の時は“うるさい”って言っていましたけど。ただ、お金のことはやっぱり大事なので、“どうやって我が家の生活は成り立ってるのか”っていうのはしつこいくらいに言っています。特に、自営業だと家に入ってくるお金の流れが見えますからね」
― 地震のお話しに戻りますが、東日本大震災の前と後で窪さんご自身に変化はありましたか?
窪 「私は1965年生まれなんですけど、小さい頃から地球が終わる終わるって言われていたんですよ」
― 「ノストラダムスの大予言」などですか?
窪
「それもありましたし、冷戦があったりチェルノブイリの原発事故があったりして、その度に“地球が終わる”って言われていたんですけど、結局は終わらなかった。
そんな経験もあって、東日本大震災がきた時に、“ああ、これで終わるな”って感じたんですよね。その感覚は今もあって、一日一日がぎゅっと詰まる感じがします」
― 登場人物の絵莉花は地球の滅亡を信じていて、それが彼女を刹那的な行動に駆り立て手いるところがあります。今おっしゃったような窪さんの感覚は彼女にも投影されているのでしょうか。
窪 「そうですね。自分の友達を見ても、それこそ絵莉花のように刹那的になってしまう人もいましたし」
― 作中で、カメラマンの岸本が写真の道に進もうとしている真菜に「感性だけでは行き詰まる」と言う場面があります。小説に置き換えてお聞きしたいのですが、窪さんが小説を書く時、感性や技術といった構成要素はどれくらいの割合になっているのでしょうか。
窪
「前々作の『晴天の迷いクジラ』の中で『表現型の可塑性』という言葉を使って書いたんですけど、才能を持っているだけでは世の中渡っていけないと思っていて、自分が持っているものをある程度周りの環境に合わせて変えていくっていうことも大事だと思います。
小説にしても、感性だけで書き散らしていくと長生きはできないかな、という感じがしますね。
物書きなんてみんなある程度感性は持っていて、キラリとしたものはあるんですけど、大事なのはそこじゃないかもしれないっていう視点は持っておいた方がいい気がします。刀を作る時って、熱くなった鉄を水に浸けて冷やすことで強度を高めますよね。感性が光っている時っていうのは刀が熱く燃えている状態。だけど、それを収める鞘の方も大事なんじゃないかと」
― 「鞘」というのが周りの環境を見る力ということでしょうか。
窪 「そうですね。感性だけあっても、次々やってくる締切に間に合わないとダメですし、打ち合わせなどもしないといけません。だから、ある程度のコミュニケーション能力は必要です。自分のやりたいことや、自分に求められていることについて、そんなに強く意識する必要はないですけど、長くやっていきたいのであれば、どこかでそういう目を持っていた方がいいんじゃないかと思いますね」
― 才能がある人は、人がやっていない分野を上手に見つけるって言いますよね。
窪 「そういうのはきっと本能的なものですよね。本当に才能がある人は、どこに根を伸ばせるかっていうのを意識せずに探していると思います。単に文章がうまいとかではなくて、どこに根を張る場所を見出すか、自分が生きていける場所を見つけるということも含めて才能ではないでしょうか」
■ 「『アニバーサリー』は、しんどさの先にちょっとした光が見えてくる」
― 次に、読書についてお話を伺えればと思いますが、一番本を読んでいたのはいつ頃でしたか?
窪 「小学校の時かな。2週間に1度、市立図書館に近所の友達を誘って行って、借りられるだけ借りて、返して、また借りて、っていうのをやっていました」
― 当時読んだ本で今でも好きなものはありますか。
窪
「小学校の図書室にあった『ぼくは12歳』っていう詩集は今でも好きです。飛び降り自殺してしまった男の子の詩集で有名な作品なんですけど、図書館の書棚で見つけた時から変なオーラがあったんですよね。
短い言葉で書かれた詩集なんですけど、世の中を変だな、おかしいなと思って拒絶している子どもの言葉がザクッと書いてあって、そういう言葉と出会ったのは初めてでした。当時読んでいた、たとえば『赤毛のアン』シリーズのような作品とは違った、影を感じるもので、すごく心に引っ掛かりました」
― 窪さんが人生で影響受けた本を3冊ほどご紹介いただければと思います。
窪
「衝撃を受けたのは、高校生の時に読んだ村上龍さんの『コインロッカー・ベイビーズ』です。それまでは、それこそ安岡章太郎さんとか井上ひさしさんとか、教科書に出てきそうなものしか読んでいなくて、それはそれで面白いんですけど、自分の生活と地続きではないという感じもしていました。
でも、村上龍さんとか村上春樹さんの作品からはすごく身近な空気感を感じたんです。特に『コインロッカー・ベイビーズ』にあるようなイメージの激しい羅列っていうのは、初めて読んだ時はびっくりしたのを覚えています。
もう一冊は、白石一文さんの『僕のなかの壊れていない部分』。さっきの話と関係するんですけど、35歳くらいの時に“なかなか地球は終わらないな”と思っていて、その時にふと“小説を書いた方がいいんじゃないか”と思ったんです。でも、自分に書く資格があるかとか、書くべきか、とか考えるじゃないですか。そんな時に白石さんの本を読んで、書いてもいいんだと思えたんです。
当時、母子関係や夫婦関係についてすごく考えていたんですけど、そういうことって考えてはいけないことなんじゃないかという罪悪感もあったんです。“子どもは健康だし、夫もいるんだから小説なんて書かなくてもいいんじゃないか”っていうことなんですけど、その本を読んで、自分がどうしても目を背けられない、気になるテーマが小説の題材になるとわかって、やっぱり書くべきだなと思いました。
最後は、高校生の時に読んだ『女生徒』。最近読み返してやっぱりすごいなと思いました。女心というものをよくぞここまで、という。その中の『皮膚と心』っていう短編があって、奥さんが皮膚病を患ってしまうお話なんですけど、それが特に良かったです。16歳の時に読んですごいと思って、47歳で読んでもすごい作品ってなかなかないですよね
」
― ご自身の作品に一貫するものがあるとしたら、どのようなものだとお考えですか。
窪
「どの作品もそれぞれ悲惨な状況と言うか、つらい状況を書いていると思いますが、そんな中でも生きているうちは生きないと仕方ないということだけですね。
状況って変わっていくもので、死ぬ直前、最後の最後で楽しいことがあるかもしれないんですよ。いいことも悪いことも続きません。
“諦めるな”というとすごく嫌らしいですが、“明日起きたら、少しがんばってみようかな、と思えるかもしれないね”くらいのことは言いたいです。あまり大声では言いたくないですけど、読んでくださった方がそういうことを感じ取ってくれたらうれしいですね」
― 最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。
窪
「『アニバーサリー』に関しては、読んでいてしんどいと言われるんですけど、そのしんどさの先にちょっとした、針の先くらいの光が見えてくると思います。なので、しんどさに耐えて(笑)、読んでいただけるとうれしいです
地震のことも原発のことも日々移り変わっていますけども、“みんな不安定なんだ”っていう認識を持つだけでも安心することはあると思います。だから“声出して行こうぜ!”じゃないですけど、気持ちをあまり閉じ込めないで、わからない、とか、不安だ、ということを小さくてもいいので、声に出して言った方がいいですよ」
■ 取材後記
作家というのは案外口下手な方が多いというのが、乏しい経験ながら実感としてあったのですが、窪さんは自身の作品についてだけでなく、創作や才能などあらゆることを整頓して話してくださいました(テープ起こしから記事にするまでの作業がこれまでで一番スムーズだったかもしれません)。
『アニバーサリー』は様々な時代や背景の中を生きる女性たちが描かれ、老若男女のめり込める一冊。それぞれの苦しさを越えて、小さな希望に至る彼女たちの姿をぜひ読んでみていただきたいと思います。
(インタビュー・記事/山田洋介)
窪美澄さんが選ぶ3冊 |
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『コインロッカー・ベイビーズ』
出版社: 講談社 |
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『僕のなかの壊れていない部分』
出版社: 光文社 |
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『女生徒』
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■窪美澄さん
1965(昭和40)年、東京都稲城市生まれ。カリタス女子中学高等学校卒業。短大を中退後、さまざまなアルバイトを経て、広告制作会社に勤務。その後フリーの編集ライターを経て、2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を 受賞、デビュー。受賞作を所収した『ふがいない僕は空を見た』は本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位、2011年本屋大賞第2位に選ばれる。また 2011年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞。その他の著作に『クラウドクラスターを愛する方法』がある。
あらすじ
七十代にして現役、マタニティスイミング教師の晶子。家族愛から遠ざかって育ち、望まぬ子を宿したカメラマンの真菜。全く違う人生が震災の夜に交差したなら、それは二人の記念日になる。食べる、働く、育てる、生きぬく――戦前から現代まで、女性たちの生きかたを丹念 に追うことで、大切なものを教えてくれる感動長編。■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん