第37回の今回は、2007年に『アサッテの人』で第137回芥川賞を受賞し、この度新刊『領土』を刊行した諏訪哲史さんです。
「文学的テロリスト」と呼ばれていることで明らかなように、デビュー作から一貫して前衛的・実験的な作品を生み出し続けている諏訪さんですが、今回の新刊からも過去の作品に劣らず、大いなる文学的野心がうかがえます。
10編の短編からなるこの作品の大きな特徴として、その「形式」があげられます。
というのも、1編目から読み進めるごとに文体が変わっていき、最後の短編ではほとんど「詩」のような外見になってしまうのです。
この特異な作品はどのような意図によって創作されたのでしょうか?
諏訪さんにお話を伺ってきました。
- 1. 「読み手の聴覚に訴えるものを書こうというのが最初のコンセプトだった」
- 2. 新刊『領土』、タイトルに込められた意味とは?
- 3. 恩師・種村季弘に読ませるためだけに書かれたデビュー作『アサッテの人』
- 4. 読者からの質問コーナー
- 5. 取材後記
■ 「読み手の聴覚に訴えるものを書こうというのが最初のコンセプトだった」
―本作『領土』は、小説集として特異な形式を持っていて、1編目から読み進めていくと、一般的な「小説」の体裁からどんどん離れて、最後の10編目では詩のような外見なります。このような文体をとったのにはどのような狙いがあったのでしょうか。
諏訪さん(以下敬称略)
「今回は、読み手の聴覚に訴えるものを書こうというのが最初のコンセプトでした。今の小説は『小説ってこういうもんだろ』っていう誰が決めたわけでもない「文法(ルール)」を守らされているところがあります。これまで僕は長編小説を3作書きましたが、そのルールに対して違和感を持ったんです。つまり、僕の書いてきた作品は、実験的なことをしている顔をしながらも、実はルール内のことしかやっていないんじゃないかという。それで、もっと居心地のいい場所があるんじゃないかと考えた時に、“段落の最初は1文字空けて、句読点をつけて、会話にはかぎかっこをつける”といった小説のルール通りにやるのではなく、読んだ人が頭の中で朗誦する時のリズムの心地よさというものを、第一義に置いて、その「かたち」の中に物語を持ってこようと思ったんです。だから、『形式』をまず重視して『内容』は後になっています。
たとえば句読点をつけることは、みんな小説だから当然だろうと思っていますけど、江戸・室町・鎌倉と時代をさかのぼると、句読点って元々は日本語にはないんです。あれは便宜的に作られた記号であって、それをなくすというのは本来の状態に戻すことなのですが、それをするとルール違反みたいなところが今の小説にはあるんですよ。でも、そのルールは僕にとっては居心地の悪いものだった。であれば、句読点をつけず、その代りに朗誦する時の“ここは1テンポ空けたい、2テンポ空けたい”という箇所を、1文字空け、2文字空け、3文字空けという空白にしたり、もっと空けたい場合は改行したり、1行空けも入れたり、どんどん文字の浮遊感を強めていきました。だから本当は実験的でもなんでもなくて、元の姿に戻しただけなんですが、読んで違和感を覚える方は多いはずです。なぜかというと読者の頭に“国語”があって、日本語のルールを叩き込まれているからです。
当然“小説にあるまじき作品だ”という声も上がるはずだと思って僕は書いています。そういう意味では挑発行為とも言えますよね。この作品に対してどんな反応が生まれるかというのが今の僕の最大の関心事です」
―こういう文体をとったことで、表現がより自由になったという意識はありましたか?
諏訪
「自由に表現させていただいたつもりなんですけど、作品を創る過程は決して気楽なものではなかったです。骨を削って書くように集中力を研ぎ澄ませて書いていたので、つらい作業でしたね。よく作家が“書く楽しみ”といいますけど、泣きながら書いたというくらい苦しかったです。後から考えれば楽しかったと思えるのかもしれませんが、自分の身の丈に合った服を着るのがこれだけ労力を要することだったのかということですね。
でも、できあがったものは確かに僕が望んでいた形式に近づいていたので達成感はあります」
―この作品は、1編目から段々と、いわゆる「小説の形式」から離れていきます。ということは、後ろに行くにしたがって書く辛さも増していったのでしょうか。
諏訪 「いや、全部同じくらい辛かったですよ。最初、句読点のない作品を新潮社の矢野編集長のところに持っていったんですよ。その時の話し合いはやはり句読点がないというところが焦点になったんですけど、10編目の『先カンブリア」』だけは、いくらなんでもこれは小説じゃないんじゃないかっていうご感想でした。確かに今改めて見ると、自分でも小説には見えない作品なんですけど、でもこれを小説だと言うことによって、小説の概念が少し変わるんじゃないかという気もしたんです。それをお話して、1編目から10編目の『先カンブリア』までグラデーションを描くように小説の『形式』が崩れていくという構成を考えました。いきなり『先カンブリア』を見せても誰も納得しないし思考もしない。でも、ここまでグラデーションをかけて『先カンブリア』に至らされたら、これをあえて小説と呼ぶべきかもしれないとお感じになるんじゃないかと思ったんです」
■ 新刊『領土』、タイトルに込められた意味とは?
―諏訪さんといえば、小説の中で「物語」よりも「言語」や「リズム」に強いこだわりを持った作家さんだというイメージがありますが、今後の作品で「物語」の方に重心を移すことはあるのでしょうか。
諏訪
「僕の中での定義なんですけど、小説には3つ必要な要素があって『物語』と『詩性』、もう一つは『批評』です。その3つがどういう配分かは人それぞれなんですけども、今の僕の作品は『物語』の比重が小さくなって『詩性』と『批評』の割合が大きくなっています。それを見て、“実験的”という言い方をされることが多いんですけど、これまで、今回の本を入れて4冊書いてみて“諏訪哲史という名の紋切り型”ができつつあるのかもしれない、と思ったんです。“諏訪は奇妙なことをやってくる”“紋切り型破りをやる”っていう紋切り型ですね。その読者の足元を一度すくってみたいという気持ちもあるんです。
今はあえて誰でも書けそうな文体の、誰でも知っていそうな恋愛小説を書いてみたいと思っています。
今回の作品を書き上げて、現時点で僕が思う小説の最果てまで来れた気がします。だから、この先を模索する前に、一度わざと凡庸なことをやっておきたいというのはありますね。
それを書くことで読者が裏切られることになる。多分、読者の方の中には“読者を裏切ってくるのが諏訪哲史だ”っていう紋切り型があってそれを裏切ったらどうなるかっていう。
変な話ですけど、これまでの作品で、荒馬みたいに上に乗っている読者をとにかく振り落とそうとしてきたんですけど、落ちてくれないコアな読者の方がいらっしゃって。だから、次はその人たちさえも失望させるものを……なんで書かなきゃいけないんだろう…(笑)」
―でも、凡庸なものを書こうとしていても変なことをやりたくなっちゃうのが諏訪さんじゃないですか。
諏訪 「そこが難問です(笑) 。だからこれも実際に始めたらできないかもしれません。」
―『領土』というタイトルはどのように決めたのでしょうか? 確かに本の中には「領土」という言葉が出てくる短篇もありますし、1編目の『シャトー・ドゥ・ノワゼにて』での新婚夫婦の会話なども、どこかその言葉を連想させます。
諏訪
「『領土』っていうのは自分の内部の最もリアルな世界の限界という意味と、それを描く上での『小説の領土』という意味があります。小説の領土はどこまであるのか、先ほどもお話ししたように、『先カンブリア』を小説として読ませるのが僕の目論見だったので、『領土』とは『僕の小説の領土』であり、『幻想の領土』ということですね。
『領土』という言葉にはニュアンスがいろいろありますが、僕にとっては、何かの内側にいて、外に出たいというイメージでした。実際にこの本の中の語り手は、外に出てどこかに帰りたがっているんです。今歩いている道にいたら帰ることができないので、その世界・『領土』から出なければいけないということで、出ようとしたり、家に帰ろうとしたりするんですけど、絶対に帰れない。
たとえば『湖中天』だと、電車で車掌に揺り動かされるところから始まって、最後は乗り換えた電車の車掌にまた揺り動かされて元に戻るというように循環しています。『尿意』も水が循環する世界です。つまり、外に出たいけど出れない、家に帰りたいけど帰れない、迷い子の一人称独白のような感じになっています。
『小説の領土』ということで言えば、領土にいることの快楽といさせられることの苦痛が両義的にあって、小説の中で憩いたい自分と、そこから出なければいけない自分がいます。では、小説の内と外はどこなのか、ということになる。僕は、小説ではないように見えるものをあえて書こうとすることで、自分の領土を確定したいんです。これまでの僕の小説は全部、結果的には『小説の領土』の外に出られていないんです。領土から出られない、出られない領土のことを書いた、それがこの『領土』です」
―確かに、永遠に続く、あるいは、はじめと終りがループ・循環しているイメージが多用されているように思いました。本作において、内容として表現したかったことはどんなことでしょうか。
諏訪
「そこまで循環というものは意識せずに書きましたが、読者の方から循環の構造が多いと指摘されまして、後から気づかされたというのが正直なところです。
内容については、形式を決めた後に、何を書くかを探しに行ったというところもあって、自分の中で“リアル”でさえあれば何でもよかったんですよ。リアルな触感や実感、それらが僕の記憶なり何なりに含まれていればどんなものでもモチーフにできました。
たとえば『百貨店残影』にしても、単に百貨店に行った思い出を書いたわけではなくて、子どもの頃から百貨店っていうのは変な構造をしているなと思っていたんです。まず入るとキャンディ・サークルが回っていたり漬物屋があったり『食』に関するものがあって、そこから上に行くと婦人服、紳士服など『衣』に関することになって、その上はインテリア、さらに上はおもちゃ、つまり人間にとって切実なものが下にあって、上に行くほどに不要なものになっていくんですよ。僕が育った名古屋の百貨店はみんなそうなっていて、それが僕のなかでだんだん『衣』『食』『住』から解脱してくような感覚を持っていたんですよね。その感覚が僕の中ではリアルだったんです」
■ 恩師・種村季弘に読ませるためだけに書かれたデビュー作『アサッテの人』
―次に、諏訪さんご本人についてお聞きします。小説を書き始めたきっかけがありましたら教えてください。
諏訪 「大学を出た年に、詩を書き始めたんです。なぜかというと、大学時代の恩師の種村季弘先生(独文学者・評論家)に詩の同人誌を送りつけて、それを口実に先生の家に遊びに行きたかったんですよ。先生との関係が大学卒業と同時に切れちゃうのが嫌だったものだから、同人誌を作って年に4冊くらい出せば、それを持ってちょこちょこ遊びに行けるんじゃないかっていう。そういうわけで詩を書き始めたんですけど、おもしろいとも何とも言ってくれなかったんです。それで“これはいかん。先生に小説を読ませないとダメだ”と、一念発起して、28歳の時に会社まで辞めて、先生に読ませるためだけに小説を書いたんです。それが『アサッテの人』です」
― 一度は就職されたんですね
諏訪 「そうです。最初は東京にいてフラフラと中原中也みたいに無頼に生きようと思っていたんですけど、それを先生に言ったら『バカヤロウ!』って言われましたね。あの方は薄給の生活でかなり苦労された苦労人なんですよね。それで、金を稼がずにフラフラ生きようなんて奴は早晩くたばるって言われて、蹴っ飛ばされるように就職させられたんです。今思えば正しい指示でしたね(笑) 。名古屋鉄道に入ったんですけど、それがなかったら今頃何もできない人間になってたなあ…」
―名鉄では車掌さんをやっていらしたとか。
諏訪 「そうです。といっても大卒だったから研修でやっただけなんですけど。あとは駅での勤務とか本社で経営監理業務をやったりもしましたね」
―そういえば、『領土』の中にも名鉄の名前が出てきますね。
諏訪 「はい、『市民薄暮』にも出てきますし、『ロンバルディア遠景』にも、駅の宿舎みたいな場所が出てきます。結局名鉄には6年務めました。完全に名鉄マンでしたね」
―諏訪さんの人生に影響を与えた本がありましたら3冊ほどご紹介いただけますか?
諏訪 「まずは、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』ですね。あとは誰だろう…。フーゴ・フォン・ホフマンスタールの『チャンドス卿の手紙』とそれと梶井基次郎の『檸檬』かな。本当はもっとたくさんあるんですけど、3冊といわれればこれですね」
―最後に読者の方々にメッセージをお願いします。
諏訪 「裏切られても裏切られても、どうかついてきてください。それがメッセージですね」
■ 読者からの質問コーナー
これまでお書きになった作品、ぜんぶ読んでぜんぶ好きです。私は諏訪さんが文学の世界の若き救世主だとかねがね思っています。
諏訪さんはよく読者から「小説狂」だとか「文学的テロリスト」などと呼ばれていますし、お書きになるエッセーや文学論等を拝読しても「この人は 寝ても覚めても四六時中小説のことを考えていそう」だと思えるのですが、一方で大学の教壇に立たれてもいます。
そういったところで、学生さんとの間に齟齬(そご)など が生じませんか?
私も教師ですが、齟齬ができても私が生徒に合わせてしまいます。教壇上でも「テロリスト」でいらっしゃるのでしょうか。大学での 諏訪さんが想像できません。ぜひ教えてください。(20代・教職員)
諏訪
「齟齬はできますね。というよりは、僕が齟齬をあえて作っているところがあります。
今日お話したような、僕の小説に対する信念を、学生におもねって変形させたりせずに、教壇でも執筆時でも変わりなくふるまうことで、僕は学生をある意味で挑発しています。
今まで国語の観念の中で育ってきた若い子たちが、小説はこういうものだという自分の小説への思い込みを、僕の話を聞くことで踏み外させることをあえてやっている。そうすることで僕と学生の間に温度差ができ、それが真剣な対話のきっかけになると思うんです。
なぜあの先生はこういうことが小説だと言い切るんだろうと、それを考えさせることで、『小説ってなんだろう?』とか『今まで読んでいた小説は一体何だったのか?』ということを改めて問い直すことができるので、僕はあえてテロリストのような教師でいます」
『文學界』のエッセーに、「41才で読書量が1万冊を超えた」と書いてありましたが、どうすればそんなにたくさんの本を読めるようになれるのですか? 1日何時間くらい読書しますか? 恩師の種村季弘さんは30代後半で2万冊も読んでいたとのこと。お二人のような人たちがいることが信じられません。そういう人になりたいのでどうか教えてください。(30代・パート・アルバイト)
諏訪
「1日6時間くらいは本を読んでいますね。もちろん締め切り前などは一時間も読まない日もあるんですけど、ここ3カ月くらいは6時間以上読んでます。大学時代は1日1冊以上読んでいました。
あまりいい例にならないんですけど、僕は小さい頃、仙台で過ごしまして、冬は雪に閉ざされるものだから家で本を読むくらいしか娯楽がなかったんですよ。だから、図書館で10冊くらい本を借りて、1週間で読んで返すということを毎週やっていました。それをやると小学生時代だけで単純に三千冊以上読むことになる。特に本をたくさん読もうと思って読んでいたわけじゃなくて、他に何もすることがなかったんです。塾も行ってなかった。
でも大学に入って種村先生に会って打ちのめされましたね。僕がこれだけ読んできたってことをアピールしようとしたら僕の倍くらい読んでいる人がいた(笑) もう文学なんてやめてやろうかと思いました。
でも、僕は好きだから6時間読めますけど、時間を埋めてくれるアイテムが溢れている現代に本をたくさん読みたいっていうのは非常に困難な、時代錯誤な挑戦ですよね。でもその時代錯誤がその人を作っていきますから、今たくさん本を読むっていうのは面白い試みだと思います。僕の学生なんかは創作専攻の学科に入り、小説を書くために僕のゼミに入ってくるんですけど、その子たちの多くはそれまでの20年間で100冊も読んでないですし、読書時間をライトノベルに奪われてしまっていたりもします。そういうのが現状なので、今本をたくさん読みたいという方は希望の星です(笑)」
■ 取材後記
『領土』での試みについて熱く語っていただきました。諏訪さんの小説の文章は、古くから小説を書き続けてきた人のものだと思っていたので、小説家になるつもりはなかったことや、小説を書き始めた動機をお聞きした時は、意外に感じました。
小説の地平を目指した『領土』。これから書評などが順次出てくるかと思いますが、この作品にどのような反応が寄せられるのか、個人的にも楽しみです。
※新潮社HPでは、『領土』の装画・挿画を担当した銅版画家・山下陽子氏の作品を見ることができます。幻想的な作品世界の演出に一役買っている山下氏の作品もぜひチェックしてみてください。
新潮社ホームページ:http://www.shinchosha.co.jp/book/331381/
(インタビュー・記事/山田洋介)
■諏訪 哲史さん
1969年10月26日、名古屋市生まれ。國學院大學文学部哲学科卒業。『アサッテの人』で、第50回群像新人文学賞を受賞してデビュー。同作で第137回芥川賞を受賞。そのほかの著書に『りすん』『ロンバルディア遠景』がある。
解説
『シャトー・ドゥ・ノワゼにて』から始まる10の短編からなる小説集。読み進めるにしたがって文章は形を変え、溶け続けるように10編目『先カンブリア』に至る。これは小説なのか?これが小説でないとしたら、一体小説とは何なのか?
文学的テロリスト・諏訪哲史が到達した、文学の最先端にして最果て。
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
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第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
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第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
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第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
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第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
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