『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』
著者:三上 延
出版社:アスキー・メディアワークス
定価(税込み):620円
ISBN-10:4048704699
ISBN-13:978-4048704694
『ビブリア古書堂の事件手帖 2 ―栞子さんと謎めく日常』
著者:三上 延
出版社:アスキー・メディアワークス
定価(税込み):557円
ISBN-10:4048708244
ISBN-13:978-4048708241
第36回の今回は、現在ベストセラーとなっている『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズを執筆している三上延さんです。
ホラーからファンタジーまで、幅広い作風で活躍されてきた三上延さんですが、今作は“ビブリオ・ミステリ”。古書店を舞台に、個性豊かな登場人物と人々の想いが詰まった古書たちが物語を織り成します。
三上さんご自身も古書店でアルバイト経験があるそうで、そうした土壌の上に執筆されている本作についてインタビューを行ってきました。
■ 本の魅力は「情報」だけじゃない
―『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズは古書店を舞台に物語が展開していきます。三上さんご自身もよく古書店に足を運ばれると第1巻の「あとがき」で書かれていらっしゃいましたが、まずは古書店と三上さんのつながりについてお話いただけますか?
三上さん(以下敬称略) 「デビュー前に3年間ほど古書店でアルバイトをしておりまして、本格的なつながりとなるとそこですかね」
―それ以前、学生時代のときも古書店にはよく行かれていたのですか?
三上 「そうですね、よく行きました。大学の帰りに神田神保町に寄ってお店を覗いたりしていましたね。ただ、その頃はあまり古書の価値は分からなかったですし、お金もなかったので高い本は買っていませんでした」
―古書店の魅力はどのようなところにあると思いますか?
三上 「僕の口から説明するのは少しおこがましい部分もあるのですが、本の魅力は書かれている情報と、装丁を含む本そのものの魅力、両方あると思うんですね。古書店では、今はもう絶版となっている、骨董品のような本に出会って触れられることが魅力の1つだと思いますね」
―ほかに例えば古書店で購入した本に線がひいてあって、前の持ち主がどんな風にして読んだのか分かったり、そういった楽しみもありますよね。
三上 「ええ、前の持ち主が購入した日付が書いてあったりしますし、面白いところに線が引いてあったり、メモが書かれていたりしますよね。『この訳は間違えている』とか(笑)」
―この『ビブリア古書堂の事件手帖』は古書店を舞台にしたミステリ小説となっていますが、この物語の着想をどのように得たのでしょうか?
三上 「もともと古書店でのアルバイト経験があったので、いずれ古書店を題材にして小説を書いてみたいということは頭の中にありましたね。そして今回の出版のお話をいただいて、いくつかあったプロットの中からこの話に決まったというところです」
―現在、電子書籍がクローズアップされていますが、私の中で古書の立ち位置はどのようになっていくのかということが1つ引っかかっていた部分でした。そうした中で、本作が出版され、累計72万部を超えるヒットとなって多くの方に読まれているという状況を見ると、物質的な「本」に対して人々が愛着を持っているのではないか、だから古書もなくなることはないのではないかと感じる部分がありました。
三上 「僕自身は電子書籍に対して特に反対の立場というわけではないのですが、先ほどもお話した通り、本には書かれている情報と、本そのものの価値、その両方が魅力だと思うんですね。
電子書籍の場合、情報という側面だけで見れば悪い形ではないのですが、本ってやっぱり手元に持っておきたいという欲求があるじゃないですか。また、本に囲まれるのが好きで、本屋に行くという人もいますし、実際に本というものがあることで安心する部分はあると思いますね」
■ 主人公の2人は自分の両極端な部分から作り出している
―本作には本が好き、苦手問わず魅力的な登場人物が出てきますが、キャラクター作りにおいて悩んだ点はありましたか?
三上
「実は正直ここまで多くの方に読んでいただけるとは思っていなかったのですが、キャラクターを分かりやすくしようとは最初から考えていました。古書という題材そのものがとっつきやすいものではないと思っていたので、その分なるべくキャラクターを魅力的にして、少しでも楽しく読んでもらえるようにしようとしていました。
また、特に主人公の2人(大輔、栞子)をどういった関係性にして、どういうキャラクターにするかというのはすごく悩んで、書きながら変えていった部分もありますね」
―この『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズの中で、三上さんご自身に最も近いと思うキャラクターは誰だと思いますか?
三上 「特にいないですね。ただ、大輔と栞子の中間くらいに自分を置いている感覚はあります。僕自身、本は好きだけれどもマニアではないので、栞子みたいになんでも即答できるわけではありません。ただ、大輔みたいに本のことをもっと知りたいという気持ちがあるので、2人とも自分の延長線上にいる人物として書いています。言うなれば、自分の中の極端な部分から2人を作って、それに会話させているような感じです」
―では、本作のキャラクターの中で一番思い入れの強いキャラクターは誰ですか?
三上 「全員に思い入れがありますが、強いてあげるのであれば、大輔の元彼女(高坂晶穂=2巻・福田定一『名言随筆 サラリーマン』で登場)ですね。今までは電撃文庫で中高生向けの物語を書くことが多かったのですが、主人公に昔、彼女がいたという話をほとんど書いたことがなかったんです。だから、こういうキャラクターを書いたことが初めてだったので非常に印象的でした」
―このシリーズで題材とされている本は、夏目漱石や太宰治といったよく知られている文豪の本から、比較的あまり知られていないような作品まで、とても幅広いラインナップとなっています。先ほど、ご自身はマニアではないとおっしゃっていましたけど、マニアと言えるのではないか、と…。
三上 「いや、古書の世界はものすごいんですよ。本当に好きな人と話すと、自分が恥ずかしくなるくらい。だから、自分がマニアだとは思ったことがないですね。アルバイト時代も、本に詳しいお客さんから教えられることが多くて、『こんな値段で出したらダメだよ』と注意されることもありました(笑)」
―各エピソードのテーマとなっている本はどのようにして選んでいるのですか?
三上
「これを題材にしたら面白いのではないかというところで選ぶこともありますし、最初にキャラクターの話を決めてから本を当てはめるという場合もあります。いろいろですね。
ただ、基準としてはお話として面白いかどうかというのが一番にあります。この『ビブリア古書堂の事件手帖』の物語の形にしたときに、読者にとって面白いかどうかが一番の基準ですね。逆に言えば、その基準が満たされていればよく知られている本でも、そうではない本でも物語は成立するのかなと思います」
―この『ビブリア古書堂の事件手帖』の舞台となっている北鎌倉や湘南地区は、三上さんの馴染みの土地なのだそうですね。
三上 「僕の実家が藤沢にあって、高校は北鎌倉にありましたから。その頃を思い出して書いています。作中でも大輔の通っていた高校が山の上にある設定なのですが、実際に僕が通っていた高校も北鎌倉の山の上にあるので、地元の人が読むとすぐ分かると思いますよ。感想のメールの中にも『多分、同じ学校です』というのが届いたりします(笑)」
―三上さんも2巻の「あとがき」で述べられていますが、実は北鎌倉って古書店がないんですよね。
三上 「そうなんですよ。鎌倉の方には駅の周辺にいっぱいあるのですが、北鎌倉については、僕の知っている限りではありませんね。骨董品屋はいくつかあるのですが…。いかにもありそうな土地ですけれど、意外にないんですよね」
―このシリーズは三上さんのこれまでの作品の中では新しい作風ですよね。そういったところでの苦労もあるのではないでしょうか。
三上 「日常を舞台にした話は書いたことがなかったですし、ミステリを書くのも初めてでしたから苦労はしましたけど、他の作品も同じように苦労しているので、ものすごく違うことをやったという意識はないですね。いつものように苦労をして、いつものように送り出したという感じです」
■ 高校生時代「こんな書店員がいればいいのに…」と思っていた
―三上さんが小説を執筆する上で、常に一貫して持ち続けているテーマはありますか?
三上 「いろいろなジャンルの小説を書いているので、一貫したテーマははっきりとは無いんですよ。ただ、やはり読者の皆さんにお金を払ってもらって買っていただいているわけですから、ちゃんと楽しんでもらえるような話、次のページをめくりたいという話にしようというのはいつも思っています」
―2巻の「あとがき」で「物語はようやく本編というところです」とおっしゃられています。読者からみれば、これからまた新しい展開が待ち受けているのではないか気になるところですが、今、お考えになっている構想をお話いただける範囲でお願いできますか?
三上 「このシリーズを読まれている方ならお分かりかと思うのですが、キーパーソンがヒロインである栞子の母親になっていくので、その謎が少しずつ解き明かされていくような感じになると思います。また、大輔と栞子の関係もそうですし、2人が古書店員として、そして人間として成長していく話でもあるので、いろいろな事件を通して2人の関係や人格が少しずつ変化していく過程を描ければいいなと」
―そう考えると、『ビブリア古書堂の事件手帖』はいろいろな要素がありますよね。ミステリでもあるし、恋愛小説的な部分もあります。またもちろん、登場人物たちの成長も1つのドラマですが、この作品の中で一番比重を置いているのはどの要素ですか?
三上 「やはり『ビブリア古書堂の事件手帖』は、本が好きということが全体を貫くテーマですから、本が好きな人にはもっと好きになって欲しいし、本が苦手な人にはこの小説を通じて興味を持ってくれると嬉しいですよね。とにかく本は面白い、それですかね」
―これは私個人の感想なのですが、栞子さんのキャラクター、本が好きでやたら詳しいけれど、超人見知りで恥ずかしがりやという性格が結構ツボなんです。そういう人は多いと思うのですが、栞子さんのキャラクターは三上さんの理想のタイプだったりするのですか?
三上 「いや、そういうわけではないですね(笑)。僕が高校生くらいのときに、こういう書店員さんがいたらいいなという妄想の具現化で、今の自分の理想かというと、そうではないです。読者にとっても、魅力的なキャラクターとは何か、突き詰めていった結果、こういう人物になったという感じですね。もちろん、僕にとっても魅力的ではあるんですが(笑)」
―また、もう1人、小菅奈緒もツボでした。ああいう風にひょんなことから本に興味を持って、詳しい話を聞く姿勢もそうですし、そういったところで成長していく姿は読んでいて楽しいです。
三上 「それは嬉しいですね。特に奈緒くらいの若い子だと、何かのきっかけで急に本を読み始める気がするんですよ。これからまた奈緒が出てくる予定なので、彼女の成長や変化を描けるといいなと思いますし、奈緒に限らず、1巻と2巻で取り上げた人物も別の本をテーマに据える中でまた出したいと考えています。物語を日常に引き寄せて書いていますが、それぞれに生活があって、物語に出てこなくても少しずつ変化しているはずなので、そういうこともきちんと描ければいいなと思っています」
―三上さんが人生で影響を受けた本を3冊ほど、ご紹介いただけますか? いわゆる栞子さんにおける『晩年』みたいな本ですね。
三上 「3冊にしぼるのが大変ですね(笑)。まず1冊目が内田百けん(もんがまえに「月」)の『實説艸平記』、2冊目がガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録』、最後の1冊が久生十蘭の『昆虫図』で、これは教養文庫から出ている短編集です。この3冊はずっと読んでいますね」
―作家を志すきっかけとなるような本はこの3冊の中にありますか?
三上 「そうですね…。『予告された殺人の記録』は、マルケスはもともと好きだったのですが、高校生くらいのときにこれを読んで今でも印象が強く残っていますね。ちょうど僕が高校生のときだった80年代の後半ってラテンアメリカ文学ブームが続いていて、その中でもマルケスは一番の人気でした。僕は『エレンディラ』という中編から入って、その後、『百年の孤独』を経て、『予告された殺人の記録』を読んだのですがこれはすごい、と」
―では、最後にこのインタビューの読者の皆様にメッセージをお願いします。
三上 「本は面白い、ということが少しでも伝わればと思っています。そして、この小説をきっかけにいろいろな本を手にとっていただけると嬉しいですし、このシリーズの続編も手にとってもらえればなお嬉しいです」
■ 取材後記
今回お話をうかがった三上さんは、筋金入りの“本好き”。シリーズ累計72万部のベストセラーとなった『ビブリア古書堂の事件手帖』ですが、この作品を通して本は面白いということを伝えたいとおっしゃられていました。今回は文量の都合で割愛させていただきましたが、古書店で出会ったレア作品などのお話など、古書店で働いていたからこそ得られる本についての知見が豊富で、和やかな雰囲気でのインタビューとなりました。そして、『ビブリア古書堂の事件手帖』の続編、期待です!
三上 延さんが選ぶ3冊 |
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『實説艸平記』 |
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『予告された殺人の記録』 |
■三上 延さん
電撃文庫『ダーク・バイオレッツ』でデビュー。古書にまつわる謎を解いていく、ビブリオ・ミステリ『ビブリア古書堂の事件手帖』がベストセラーとなる。ホラーからファンタジーまで、幅広い作風で縦横に活躍中。丁寧に紡がれる物語には、根強いファンが多い。
『ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち』
著者:三上 延
出版社:アスキー・メディアワークス
定価(税込み):620円
ISBN-10:4048704699
ISBN-13:978-4048704694
解説
北鎌倉にひっそりと佇む古書店を舞台に繰り広げられる“ビブリオ・ミステリ”。本を読めない“体質”だがひょんなことからビブリア古書堂の店員になってしまった五浦大輔と、初対面の人とはまともに話せないくらいの人見知りでありながらビブリア古書堂の店主・篠川栞子の2人が、珍妙な客が持ち込む謎を解き明かしていくミステリ小説だ。
2巻まで刊行されており、口コミを中心に、現在までシリーズ累計72万部を売り上げるベストセラーとなっている。
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん