第29回の今回は、長編『ダイナー』で第28回日本冒険小説協会大賞と第13回大藪春彦賞をW受賞した平山夢明さんです。
圧倒的筆力で書かれた受賞作『ダイナー』は、ストーリーの面白さはもちろん、そのスタイリッシュさと生々しさの同居した作品世界全体で読者を惹きつけるエンターテイメント小説の傑作。
今回は、この作品の舞台裏を平山さんにお聞きしました。
■ 「“お前何人か殺してるだろ”ってよく言われる」
―大藪春彦賞の受賞おめでとうございます。まずは受賞の感想をお聞かせいただけますか。
平山
「純粋にありがたいですね。俺みたいな物書きって誰かが箔をつけてくれないと、面白いと思っていても面白いと言い出せない人が多いらしくて。この作品、どうかと思うけど面白い、みたいな人が多いからさ(笑)
そういう人たちのことを考えると大藪先生の冠がついた賞をいただくことでどんだけ箔のついたことか。
それに大藪賞は樋口明雄さんや福澤のテツ(福澤徹三氏)、柴田哲孝さんとか、俺の知り合いとか仲間が獲ってるんだよね。仲間がドンドン獲っていくとなんだか気持がザワザワしてくるじゃない。そういう意味でもうれしかったね」
―受賞の知らせを受けた時は何をされていましたか?
平山 「家で『男はつらいよ』を観ていたんだよ。そうしたら知らない番号から何回も着信があってさ。これはきっと良くないことだろうと(笑) 以前原稿が押してた時に、編集者が自分の携帯でかけると俺が出ないもんだから、仲間の編集の携帯を借りて催促の電話をかけてくるっていうトンチがあったもんだからそのままにしておいたんだよ。でも10回くらいかかってきたからさすがに心配になるじゃん。それで出たら『なんで出ないんですか!』と叱られてから『おめでとうございます』と。華のない話だけど(笑)」
―受賞作『ダイナー』について、着想のきっかけがありましたら教えていただけますか。
平山
「最初に編集の斉藤さんと何かやろうという時は、『ダイナー』とは逆のアイデアばかり出していたんだよね。少年時代のわんぱく記みたいなものとか。ちょっと書いたりもしたんだけど、どうもしっくりこなかった。締切も近づいてくるしどうしようかなと思っていたら、不意に思いついたんだよね。
ただ、その前から今回書くものに関しては長編なので気をつけて書きたいというのがあったのよ。短編っていくら読後感が悪くても少しのことじゃん。読む時間にしても1時間くらいだし。でも長編だと読み終えるのに一週間かかることもある。そんなに時間をかけて読んでもらって読後感が悪かったりしたら、それはもう人によっては大迷惑なのかなという気がして、それは避けたいと思ったんだよね。
そこで、自分が書きたいことで、なおかつ人にも受け入れられる形って何だろうと考えてさ。たとえば温泉・食べ物・動物・子供とかさ(笑) そういうのがあるじゃない。そういうものを一緒くたにして頭の中で煮ていたら不意にこのアイデアが出てきたんだ」
―人が死ぬシーンや拷問のシーンなどが実にリアルで際立った印象を受けました。ああいったシーンは想像だけで書けるものなのでしょうか。
平山
「想像だけじゃないよって言ったら捕まっちゃうよ(笑) でもよく言われますよ、“お前何人か殺してるだろ”とか。
ただ、そういうシーンを書いたことには理由があって、この小説の主人公はオオバカナコっていうんだけど、彼女を物語の最初の段階で一度絶望させないといけなかった。でも、絶望させるにはいろんな手段があるわけだよ。よくあるのは拷問や脅迫。これはある意味すごくスタンダードな手段。
問題はそれをシンボライズした形で書くのか、オリジナルで書くのかということで、俺の場合はオリジナルじゃないとつまらないのよ。どこかで見たことあるな、とか読んだことあるな、という描写が好きじゃないの。拷問にしても“こんなやり方があるんだ”と驚いてもらえるようにちょっとひねりたい」
―たしかに、本書で書かれている拷問のやり方は知らないものばかりでした。知っているのは「爪をはがす」くらいで…
平山 「たとえば暴力集団の人たちっていうのは、ラーメン屋さんが常にラーメンのことを考えているように、「どうすれば人がおびえるか」とか「どうすれば相手が戦闘意欲を失うか」ということを24時間考えているわけ。その中には、俺たちが見聞きしないような情報も当然含まれているわけで、そういったことを丹念に想像するのが好きなのかもしれない。その部分に凝るのは俺の作家としてのタチかもしれない」
―先ほどおっしゃっていた、主人公を絶望させるという点ですが、この作品では徹底的にやっていますね。
平山
「それくらいやらないと、小説って高い買い物だからさ。この本だってハードカバーで1,500円くらいするでしょう。やっぱり物語のなかで必要なことを描いているわけだから徹底的にやるよ。そうでないと読む人の時間が無駄にもなっちゃうからさ。そういうところは小説の読み味にもなるんじゃないかと思うな。
昔は悪い本が巷に溢れていて、ろくでもない本が多かったんだよ。読んだ人間を獰猛な気持ちにさせるような悪い本がたくさんあった。そういうのを書きたいね」
■ 「物語を創ることは“野犬を捕まえる”ようなもの」
―『ダイナー』を一読して、とても情報量の多い小説だという印象を受けました。その情報量によって物語に説得力が生まれているように感じましたが、そのあたりも意識されていたのでしょうか。
平山
「小説はアニメとも映画とも違って“無音”という描写ができないんだよね。だから、情報を詰めこむことで読者を錯乱させるというか、思考停止させるっていうのが今の流れではあるみたい。ゆっくりした描写やじんわりとした描写ももちろんあっていいし必要なんだけど、8割くらいは徹底的に詰め込んでいくっていう。
今の20代30代くらいの読者は昔から多くの情報に触れてきて慣れているのからか、ものすごく情報処理能力が高いんだよ。だからそれに負けちゃいけないとは思うよね。
なんで『エヴァンゲリオン』が受け入れられたかというと、やはり理解を後回しにするぐらいの圧倒的な情報量があったっていうのがひとつにあると思う。小説でもそういう描写が可能なんだなというのは最近思っていて、どうもその先にこれからの新しい表現がある気がしてる」
―本作には「シンジュク」など日本の地名が出てくることもあって、舞台は日本だということはわかりますが、どこか無国籍な印象も受けました。こういった書き方にはどのような狙いがあったのでしょうか。
平山 「これは狙いとかではなくて、俺の性質なんだよ。どうしてだかわからないんだけど、俺は日本語の主人公とか日本の地名だとものが考えられなくなるんだよね。時代小説だとできるの。でも現代を舞台にした小説で“木村”とか“山田”とか書くと全然頭が動かなくなっちゃうんだよ。誰か原因がわかったら教えてほしいくらい(笑)」
―執筆にあたり最も苦心した点はどんな点ですか?
平山 「執筆のスタイルが決まっていなかったことかな。どうやって物語を追い込んでいくのかが全然固まっていなかったんだよ。最初はプロットを立ててきっちり書いていこうとしてたんだよね。長編だし途中で変になるのが怖いじゃない。でもそういうのがことごとく役に立たなかった」
―途中でにっちもさっちも行かなくなってしまったり、ということもあったのでしょうか。
平山
「にっちもさっちもいかなくなったことはなかったけど、一章丸々削っちゃったことはあったよ。ダメだと思いながら書いてたらやっぱり駄目だった、みたいなことがままあったんだよね。プロット上では生きているんだけど書いてみたら駄目だったっていう。
でも最近、そういう時どうすればいいかわかりましたよ(笑)
物語の面白さって野犬みたいなものだと思ってて、それがどっちに行くかは野犬次第なんだよ。その作品の核になる面白さっていうのは逃げ回るものだから。少しずつ近づいて、段々と追い詰めながら周りを固めて逃げ場をなくしていく。そういう風なやりかたがいいような気がした、あくまで俺のやり方だけど。
昔は登山みたいなもんかなって思ってたんだよ。地図で見るとの行くのとでは全然景色が違うところとかさ。でも山は動かないからね。小説の核っていうのはもっとアクティブに動いているなと思った」
―平山さんの小説作品、あるいは映像作品に共通するものがあるとしたら、どんなものだとお考えですか?
平山 「人間として忘れてはならない力があると思うんだよ。それを蘇らせることができたのかできなかったのか、というところは狙いたい。そういうところには拘りがありますよ。たとえば、社会のシステムに組み込まれている自分がいた時に、いざとなった時にそこから脱け出そうと動けるか、動けないのかということ。またはいざとなれば自分自身の絶対値で勝負ができるのかということには興味があるね。“生き残るための力”みたいなものだと思う」
―本作では基本的に強制でなりたつ世界、任意のない世界を描いています。そうすることで登場人物たちの「個人の絶対値」が試される状況を作り出していますね。
平山
「そうなんだよ。俺はシステムって嫌いなのね。小さい時からそうなんだけど、自分が約束とかをあまり守れない人間だからそういうものに対して憎しみがあるんだよ(笑)
この小説では、まず最初に強制によるシステムの息苦しさを感じてもらって、カナコがそのシステムにひざまずくのか、それとも自分は自分として存在しようとするのかっていう岐路の場面も用意した。もちろんフィクションだけど、そういう場面は俺たちの生活にもあることじゃない」
―本書で描かれている「恐怖」や、拷問などの残酷なシーンというのは、好き嫌いを超えたところで、否応なく人をひきつけてしまうところがあります。そういったものの例として、他にはどのようなものがあると思いますか?
平山
「“愛”や“友情”、“裏切り”とかそういうものじゃないか。ただ“愛”は単なる男女の“LOVE”ではなくて、“絆”とか“信頼関係”のようなものだと思うな。
この作品に出てくるボンベロっていう人物も最終的にはカナコを裏切らなかった。何も持たない者に対して献身するっていうのは、男女問わずものすごい心理的なダイナミズムがあるんだよ。そういうものは物語の大きな読み味になると思う」
―平山さんご本人についてお聞きしますが、平山さんは小説を書き始める前はライターとして活躍されていたそうですね。
平山 「インタビュアーをやってたんだよ。外タレが多かったけどいろんな人にインタビューをしていました」
―ちなみに、どんな方にインタビューをされていたんですか?
平山 「デ・ニーロとかコッポラ、ダスティン・ホフマンもやったかな。あとはジョージ・ルーカスもやったよ」
―すごい!緊張しなかったですか?
平山
「最初はしたよ。だって場所は、普段絶対入らないような一流ホテルのスイートだしさ。でもそのうち慣れたかな。通訳が入るから1時間のインタビューでも実質30分なんだよ。だから30分我慢すればいいんだなと思って(笑)
それと、フランクに話したほうが向こうも乗ってくれるんだよね。それがわかってからは楽になった」
―小説を書き始めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
平山
「小説を書き始めたのはね、徳間でホラーノベルスシリーズを出すから書かないかって声をかけられたのが最初だな。その前は『異常快楽殺人』っていうノンフィクションを角川から出しました。その頃、まだ日本では知られてなかったんだけど“ストーカー”っていうものがあるっていうのをアメリカの友達に聞いたんだよね。アメリカで流行ったものは5、6年したら日本に行くからお前ストーカーについて書けよって。それで『異常快楽殺人』がそこそこ売れたから次は同じようにノンフィクションでストーカーやりますって言って角川に企画書出してやり始めたんだけど、途中でしくじっちゃって本を出せてないんだよ。取材費もらってアメリカまで行って死刑囚に会ったりもしたのに出せてない。それじゃ仕事来なくなっちゃうだろう(笑)
それでぐだぐだしていたころ、徳間書店から声をかけてもらったんだよ。それまでは小説書くなんて全然考えてなかったし、書けないだろうと思ってた」
―平山さんは、ご自身の作家としての個性をどのようなものだとお考えですか?
平山
「締め切りを守らない…(笑)
それは冗談として、いつも心がけているのは、ありふれた話は書かないようにしようということ。あとは、できれば読者の人が読む前と読んだ後で変化するものを書きたいと思ってるね。できあがったものが売れるか売れないかはそれほど意識しないけど、そういうところでは読者を意識するんだ。
“この本を読んだら今まで付き合ってた彼氏がどうも胡散臭く見える”とか面白いじゃん。今とは違った自分になりたくなるとか、暴れてみたくなるとか、そういう変化をしてもらえるようなものを書きたいと思っています。映画館で『仁義なき戦い』を観た後に肩を揺らして出てくるとかさ(笑) そういう高揚感を与えたい」
―平山さんが人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほど教えていただけませんか?
平山 「何回も読み返したということでいったらグレゴリー・マクドナルドの『ブレイブ』だと思う。あとは『羊たちの沈黙』とひなちゃん(故杉浦日向子氏)の『百物語』かな。風呂で読んで傷んでしまったり、電車の中に置いてきちゃったりするけど、そのたびに買い直してますねえ。『羊たちの沈黙』なんて6冊くらい持ってて、1冊は気に入ったフレーズとかグッとくる箇所に線引きしてある」
―今後の執筆活動について教えていただけますか。
平山 「今書いてるのが“講談社書き下ろし100冊”の『シエスターズ』っていう作品。あとは角川から出る予定の『ろくでなしの死』っていう短編集と、角川春樹事務所から出る予定の『ビキマン』っていう作品もあります。大藪賞のパーティの時に大沢在昌さんと北方謙三さんに“てめえ年3冊書かないと承知しねえぞ”って言われてね。エッセイは数えないけど短編はありらしい(笑) だから3冊は是が非でも出さないと」
―最後になりますが、平山さんの作品の読者の方々にメッセージをお願いします。
平山 「まずはありがとうと言いたいです。俺みたいなジャンルはなかなか手に取りずらい本だと思うけど、でも読んだら確実に強くはなれるんじゃないかと思います」
■ 取材後記
拷問シーンのあまりのリアルさに「実は怖い人なんじゃ…」と若干ビビり気味の取材前でしたが、実際お会いした平山さんはとても気さくな方でした。年3作は書くと、北方謙三さん・大沢在昌さんと約束して(させられて?)しまったという平山さん。大藪賞受賞を皮切りに、さらなる飛躍が期待されます。
■平山夢明さん
1961年、神奈川県川崎市生まれ。自動販売機の営業、コンビニ店長、週刊誌のライター、映画・ビデオの企画・製作と様々な職歴を経て作家となる。
1994年にノンフィクション『異常快楽殺人』を発表、注目を集め、1996年に『SINKER―沈むもの』で小説家としてもデビュー。
2006年には短篇「独白するユニバーサル横メルカトル」で日本推理作家協会賞を受賞。
2007年、同タイトルを冠した短編集が「このミステリーがすごい!」第1位に選ばれた。
犯罪の知識や「怖い話」の実話蒐集を通して得た実感に裏打ちされた恐怖描写は、他の追随を許さない。
著書に『メルキオールの惨劇』『ミサイルマン』『他人事』などがある。
解説
第28回日本冒険小説協会大賞と第13回大藪春彦賞をW受賞した傑作長編。ひょんなことから、殺し屋が集う会員制ダイナーで働くことになった主人公・オオバカナコ。店にやってくるのは荒くれ者、凶悪な殺人者ばかりだが、心に深い傷やトラウマを抱えることだけは共通していた。生き延びようと願いながらもどこかで彼らへの同情・共感を抱き始めるカナコ。彼女は生きて店を出ることができるのか?
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん