第24回の今回は『そうか、君は課長になったのか。』などのベストセラー著書を持つ、東レ経営研究所元社長(現在は同社特別顧問)の佐々木常夫さんです。
佐々木さんは最新刊『働く君に贈る25の言葉』(WAVE出版/刊)にて、仕事・人生について、若い世代にアドバイスをし、同時にエールを送っています。
本書は佐々木さんから甥っ子に宛てた手紙という、一風変わった体裁を取っていますが、佐々木さんはこの形式を含めて、この本にどんな思いを託したのでしょうか?
- 1. 自分の価値観で行動するから若い人が離れて行く
- 2. 「プアなイノベーションより、優れたイミテーションを」
- 3. 「いい習慣は才能を超える」
- 4. 取材後記
- 5. イベント情報
■自分の価値観で行動するから若い人が離れて行く
―本作『働く君に贈る25の言葉』は、佐々木さんから甥への手紙という形で書かれているせいか、読んでいて温かさを感じます。佐々木さんは冒頭で、今は20代・30代には受難の時代だと述べていましたが、どんなところでそれを感じますか?
佐々木 「“失われた10年”が20年になってしまい、就職がなかなかできず、非正規社員が増えているというのが“受難の時代”の最たるものではないでしょうか。
非正規社員は年齢を重ねれば給料が上がるものではなく、不安定です。将来に対する希望を持つのも難しい。今や働く人の三分の一が非正規社員ですが、圧倒的に若い人に偏っています。そういう意味で生活設計・人生設計をするのが辛い状況にあります。
私達の世代は、日本経済が豊かになり続けている時代で生きてきましたが、今の若い人はそんな期待を持てません。そのせいか、私達の時は海外に出たい、などと言っていたのに、今の若い人はそういう希望も持てません。
社会がそういうモチベーションをトーンダウンさせているという意味で、私は気持ち的にも受難の時代なのではないかと思いますね
」
―今20代の人は、物心ついたころからずっと不況の中を生きてきたことになります。そういった環境で育つのと、好景気だとか経済成長の只中で育つのでは、気質や性格に違いが出るものなのでしょうか。
佐々木 「人間は環境に影響されますからね。周りを見ても幸せそうな人があまりいないのではないかと思うんです。昔なら人と会っても、本を読んでも、旅行をしても、私達は興奮して喋ったものでした。でも今は“それがどうしたの?”という冷めた感じです。自分を取り巻く環境の元気のなさが、そういうことにも繋がっているんじゃないかと思います」
―本作に登場する甥っ子さんは実在するんですか?
佐々木 「甥はたくさんいるんですけど、この本に登場する遼くんにあたる甥はいないです。“こういう甥がいたらいいな”という私の願望ですね。本当は息子にしようと思っていたんですけど、それではいくらなんでも赤裸々すぎるんでね(笑)やめておきました」
―佐々木さんは最近の若い世代の特徴をどう捉えていらっしゃいますか?
佐々木 「私はあまり世代別の差を感じない人間なんですよ。
もちろん違う時代を生きているわけですから世代によって少しずつは違います。でも基本的なところはあまり変わらないと思っています。だから我々の世代と他の世代を比較するようなことは私はあまりしません。今の若い人と話していても、その人の目線で話をしていくと、ほとんど私が若い時と変わらないという感じを受けます。だから世代論には与しないんです
」
―先ほどおっしゃっていた“冷めた感じ”というのも、世代別のお話ではなくて今の時代を生きる人全体を指していらっしゃる、ということでしょうか。
佐々木 「そうですね。ただ、会話をするチャンス自体が少ないんじゃないかとも思います。私の同僚は、最近の若い人は会社の人間と一緒に飲みに行かないって言うんですよ。
そういう人に私はよく言うんだけど“あなたは若い人と飲みに行って自分の話をしてるだろ”と。それじゃ誰もついてこないですよ。一緒に飲みに行ってその人の話を聞いてあげないと。
話を聞いてもらえるなら、飲み代だって年長者・上司が払ってくれるわけだからついてきますよ。“最近の若い人たちは”っていうような人は、自分の価値観で行動するから若い人が離れて行くだけの話だと思います。私は会社で20代・30代前半の人に声をかけて断られたことなんてほとんどないですよ
」
■「プアなイノベーションより、優れたイミテーションを」
―佐々木さんは会社の若い方とよく飲みに行かれるんですか?
佐々木 「行きますよ。この前も誘われて行きました。2回続けて違う女性社員に誘われたので“一対一じゃなんだから2、3人まとめてくれよ”って言ったんですよ。そうしたらまあよくしゃべりますよ(笑)4時間くらい喋ってました。最後は私にも喋らせてくれって言ったくらいですから」
―佐々木さんは20代・30代の時、どのようなことを考えてお仕事をされていましたか?
佐々木
「私は会社に入社した動機もいい加減で、行き当たりばったりで入ったし、配属部署の希望を聞かれてもどこでもいいと言ってきましたからね。とりあえずは目の前の仕事を一生懸命にやろうとは思っていましたけど、失敗ばかりしていましたね。でも徐々に先輩を見たり仕事を通じていろいろなことを感じるようになりました。もう少し工夫しようとか、伸びて行きたいという成長意欲はありましたから。
失敗しながらも少しずつは成長していたので、普通のビジネスマンにはなれるかなとは思っていましたね」
―いわゆる“出世欲”はありましたか?
佐々木
「まぁ、それなりにありましたね。でも、それより、とにかくお金がなかったですからね(笑)。
結婚した時もなかったけど、さらに子供がバタバタと3人続けて生まれたので。子供が生まれると出産費用も育児費用もかかります。当時の私の貯金残高って30万円くらいでしたからね。だから出世したいとかではないですけど、どうやって生活していこうかと思っていました。ただ高度成長期でしたから10何年か経ったら課長になって、そうなったらちょっとは給料も上がるんじゃないかという希望はあったので、何とか今を乗り切ろうと思えましたね。
当時の生活費が1カ月9万円。それで全部やりくりしないといけないので、キュウリなんかは一本の半分をみんなで分けて食べたりとかね。家内はよくぞあの時を乗り切ったと思いますね。本当に貧乏でしたよ、10年近くその状態でした」
―先ほど若い頃は失敗ばかりだとおっしゃっていましたが、これまでで一番大きな失敗はどんなことですか?
佐々木 「いい加減にやっていましたし、仕事をなめてましたから、本当に失敗ばかりでしたよ。毎日酒飲んで遅刻したりね。態度はだんだん改まったんですけどね。」
―態度が改まったことには何かきっかけがあったのでしょうか。
佐々木 「一番大きかったのは再建会社に派遣されたことです。31、2歳の時に東レの袖のかかった会社の再建の仕事に出されたんですよ。それから私の人生観なり仕事のやりかたは激変しましたね」
―どのように変わられたのですか?
佐々木
「その会社が潰れると負債総額が1600億円で戦後2番目の倒産だと言われていたんですよ。それで再建のために東レから14人派遣されたんです。
メンツにかけても再建しないといけないから、当時の社長が取締役の一人に、どんな人間を何人連れて行ってもいいから必ず再建しろと言ったんです。そうしたらその取締役は営業と生産と経理の3人選んで、今度は取締役がその3人に、何人でもいいから選んで連れて行けと言ったんです。その3人のなかの経理の人間が私を選んだので私も派遣されることになりました。
それで行ってみたら会社はガタガタでした。毎月赤字で本当にいつ潰れるかわからない状態でしたから、やらなきゃいけないことがたくさんあって、土日も出勤していましたし、平日は11時12時までやっていましたね。死ぬほど働きました。
一緒に行ったメンバーが精鋭揃いだったので私はそこでいろいろなことを教えてもらったんです。仕事のやり方もそうですし、派遣先の会社の社員と一緒に仕事をする時は彼らの心を掴まなければいけないということもそうです。
確かに精鋭揃いでしたけど、2人に1人は心が離反していくんですよ。働く動機にしても“いずれ東レに戻って偉くなってやろう”と思っている人もいるんです。そういう人に出向先の社員はついて行かないですよ。“この会社のために何かやってあげたい”と思っている人についていくんです」
―本書の第4章は『どこまでも真摯であれ』というタイトルがつけられていますが、佐々木さんにとって『真摯である』ということはどういうことですか?
佐々木
「私はいつも“幼稚園で教えてもらったことをきちんとしなさい”と言っています。人に会ったら挨拶をしなさい、みんなと仲良くしなさい、仲間外れを作ってはいけません、ウソをついてはいけません、悪いと思ったら勇気をもって謝りなさい。こういったことが真摯でいるということだと思います。
つまり、まっすぐな人間でありなさいということ。まっすぐな人間は極めて強いですから。人から信頼されること、人に対して真正面から向かっていくこと。いじけていないし斜に構えていない。そういうことは社会で生きていくうえで極めて重要なことだと私は思います
」
―オリジナルなものを重視する価値観が優勢な現代ですが、佐々木さんは本書の中で「プアなイノベーションより、優れたイミテーションを」と述べています。その真意を教えていただけますか?
佐々木
「もちろんイノベーションは大事ですよ。でもみんな小学生から大学までは人に教えてもらうわけでしょう。ところが社会人としてどう過ごしていいかは教えてもらっていないわけで、それは社会に出てから早く学ばなければなりません。それにはイミテーションが一番早いんです。
本『部下を定時に帰す仕事術』にも書いていますけど、私が再建企業に派遣されて最初にやった仕事が書庫の整理だったんです。私は書庫にあった書類を整理して半分捨てて、残すべきだと思ったもう半分をカテゴリーごとに重要度別にランク付けしてファイル体系を作ったんです。
会社の仕事って基本的には同じことの繰り返しで、先輩の誰かがどこかで過去に似たようなことをやっているんです。だから私は仕事の指示を受けたら“このファイルとあのファイルを見たらいいな”と参考にしていました。そういう意味で、私は“自分の頭を使うより先輩の作った優れた作品(書類)を盗みなさい、優れたイミテーションを繰り返しているうちに優れたイノベーションができるんだ”と言っています。
40代になったら今度はイノベーションだけですが、20代・30代のうちはイミテーションをやらなければダメだと思いますね
」
―奥さまがうつ病になったり、息子さんが自閉症だったこともあり、毎日18時に退社されていた佐々木さんですが、仕事の効率化としてやっていたことはありますか?
佐々木
「会社の仕事って雑用の塊ですからね。重要な仕事なんてほとんどないですよ。『そうか、君は課長になったのか。』に書いているんですけど、私に
は“仕事の進め方10カ条”というのがあって、この10カ条を30年間ずっと言い続けています。私は20代後半から30代にかけて、仕事はこうやるべき、というものをずっとノートに書き留めていた時のものです。
例えば「仕事をする前に必ず計画を立てる」「重要な仕事は何かを見極める」などがあります。
こういった習慣の中にどっぷり浸かることで、仕事を効率化できますし、自然に仕事の力も伸びていきますよ。私はいい習慣は才能を超えると思っています」
―そういったご家庭の事情というのは職場の方々には伏せていらしたんですか?
佐々木 「最初は伏せていましたけど、でも課長だったときは言いましたね。あの時は家内が入院していた時期でしたし、子供が小さかったのでご飯を作らなければならなかったこともあって、周りにちゃんと説明する必要がありました。でも、私はもともと部下に会社の仕事は6時までに終わらせて帰りなさいと言っていたこともあって、みんな協力してくれましたね」
―辛い状況のなか、気持ちが折れそうになる時はなかったですか?
佐々木
「若い時はなかったですね。家内が3年ほど入院していた時があったんですけど、下の娘なんかは料理の手伝いをしてくれるし、私が早く帰ってくることがわかっているものですから駅まで迎えにきてくれるんですよね。それで一緒に帰るんですけど楽しいですよ。家までの15分は至福の時でした。家事も好きでしたので苦にはなりませんでしたね。
ただ後半の1997~8年に家内がうつ病になった時は辛かったです。大変でしたね。うちの場合は同じことを何回も言いますし、夜も寝ないので話を聞いてあげないとといけないでしょう。私は睡眠時間をきちんと取らないとダメな方なので、それが本当に辛かったです。会社での責任も大きかったですし、これから役員になるかどうか、言ってみれば“男最後の勝負”という時だったので」
―佐々木さんの人生に影響を与えた本を3冊ほどご紹介いただけますか。
佐々木
「私が一番影響を受けたのが『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』です。これは私が課長になった時に出会った本なのですが、私自身父親を知らないこともあって“父親ってこんなに優しいのか”“父親の息子に対する愛情はこんなにも深いのか”と感銘を受けました。私の座右の書ですよ。
もう一冊は『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で、旧日本軍の栗林中将についての本。彼は太平洋戦争でアメリカ軍を最も苦しめた将校です。しかし、彼は戦争反対派だったこともあって、最後は死に場所に行かされたんですね。彼はアメリカ軍を本土に上陸させないために、1日でも長く引きとめて和平交渉に持っていけないかという時間稼ぎのために戦略を練るわけです。みんな死ぬことはわかっているんですが、彼はそのミッションのために決してバンザイ突撃は許さない。また、彼は優れた戦略家でありながら自分の家族に対して愛情溢れる手紙を何通も出しているんですけど、それがまたいいんです。
みんな死ぬ時は何が自分にとって一番大切なのかということを考えるんですよ。この本はそれがリアルに出ていて、著者の梯さんの書きっぷり・取材もすばらしいですね。あと一冊はこの本にもかいている『それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』です
」
―最後に、今の20代・30代の方々にメッセージをお願いします。
佐々木
「先ほどもお話した『仕事の進め方10カ条』にもありますが、自分が一番大切です。もっと自分を可愛がって、高めて、幸せになってほしい。それがこの本のメッセージでもあります。
幸せになるためにはどうしたらいいかといったら、真摯でいること、人を愛すこと、また仕事を通じて自分を磨くこと。それらによってどれだけ周りの人に愛されるか。それが自分の幸せとなって跳ね返ってくるんです。だから仕事は嫌な仕事でも難しい仕事を選んで自分を高め、世のため人のために仕事をしてください。それが結果的に自分の幸せにつながるのではないと思います
」
■ 取材後記
奥さんの看病をしながら家事・育児・そして仕事もこなしていたという超人的なエピソードにおよそ似つかわしくないほど、一見したところの佐々木さんは柔和な印象でしたが、お話をしていくとその印象は一変、情熱的な語り口で、よく笑い、こちらの話にも真剣に耳を傾ける、実にエネルギッシュで快活な方でした。佐々木さんの新刊『働く君に贈る25の言葉』は、働く20・30代の誰もが悩むテーマについて的確なアドバイスを与えてくれます。仕事に、人生に行き詰まった時に是非読んでみてほしいです。
(インタビュー・記事/山田洋介)
■ 訂正とお詫び
年度が記載されていなかったため、混乱を招いてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。
■佐々木 常夫さん
1944年秋田市生まれ。1969年東京大学経済学部卒業、同年東レ入社。自閉症の長男に続き、年子の次男、年子の長女が誕生。初めて課長に就任した1984年に、妻が肝臓病を罹患。その後、うつ病も併発し、計43回に及ぶ入退院を繰り返した。
全ての育児・家事・看病をこなすために、毎日6時に退社する必要に迫られる。家庭と仕事の両立を図るために、「最短距離」で「最大の成果」を生み出す仕事術を極めるとともに、部下をまとめ上げるマネジメント力を磨き上げた。
そして、プラザ合意後の円高による業績悪化を急回復させる「再構築プラン」のほか、釣具業界の流通構造改革、3年間で世界各国に12件、計約1000億円の設備投資を実行するグローバルオペレーションなど、数々の大事業を成功に導く。
2001年、同期トップ(事務系)で東レの取締役に就任。2003年より東レ経営研究所社長、2010年に同研究所特別顧問となる。この間、妻の3度に及ぶ自殺未遂など幾多の苦難を乗り越えてきた。社長に就任した頃から妻のうつ病は回復に向かい、現在は快癒。強い絆に結ばれた家族と幸せな生活を送っている。
経団連理事、政府の審議会委員、大阪大学客員教授などの公職も歴任。「ワーク・ライフ・バランス」のシンボル的存在である。
著書に『新版 ビッグツリー』『部下を定時に帰す仕事術』『そうか、君は課長になったのか。』(全てWAVE出版/刊)などがある。
佐々木常夫オフィシャルウェブサイト
http://sasakitsuneo.jp/
解説
先行き不透明な時代に生きる20代・30代の若者に贈る25の言葉。幸せとは何なのか、仕事とはどう向き合えばいいのか?自分の未来をどう考えればいいのか?誰もが一度は思い悩むテーマについて、本書は的確なヒントを与えてくれる。
行き詰まる度に本棚から取り出し、パラパラとページをめくりたい、そんな一冊だ。
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
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第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん