『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
著者:岩崎 夏海
出版社:ダイヤモンド社
定価(税込み):1680円
ISBN-10:4478012032
ISBN-13:978-4478012031
■『もしドラ』主人公のモチーフはAKB48の峯岸みなみだった
ドラッガーとの出会いのきっかけは「オンラインゲーム」であったという岩崎氏
―まず、岩崎さんと「ドラッカー」の出会いを教えていただけますか?
岩崎 「4年くらい前のことなのですが、当時オンラインゲームの『ファイナルファンタジーXI』(以下、『FFXI』)が好きで、よくプレイしていました。『FFXI』は話を進める上で、モンスターを複数人で倒さなければならないという縛りがあります。
しかし、お互いの名前や性格や顔を知らない人同士で協力しあうのは難しく、ゲームをなかなか進められないという状況になったことがあったんです。
それで、どうしたら組織的にモンスターを倒せるのかと悩んでいた時期に、そのゲームのプレイ日記を巡回していると、その中の一つにドラッカー先生の言葉が引用されていて、その言葉を参考に『FFXI』を進めている、というような記述に出会ったんですよね。
その言葉が印象的で、本屋さんにすぐに買いに行ったのがドラッカー先生との出会いです。」
―オンラインゲームがきっかけで出会うというのは意外ですね。
岩崎 「そうですね。確かに、最もドラッカー先生から遠そうなオンラインゲームがきっかけで出会いましたが、組織というものは(企業だけでなく)どこにでも存在するんですよね。
偏見を持たずに読むことができたという点で、こういう出会い方をしたのは運がよかったと言えるのかもしれません。 」
―確かにドラッカーの本を手に取るといったら仕事上必要で、という理由が多いでしょうね。
岩崎
「そうなんです。これはその後の話なのですが、僕は当時秋元康事務所に勤めていて、ちょうどAKB48が始まったばかりでした。女の子はたくさんいるし、スタッフもたくさんいる。そうなるとなかなか組織としてうまくいかないことも多かったんです。
それをもっとうまく動かせないか、という問題意識は持っていました。ドラッカーを読み始めたのは確かにゲームがきっかけでしたが、読んでからはそれまで僕が抱いていた問題意識や疑問に気づかされましたね。 」
―AKB48といえば、本書の登場人物にもAKB48のメンバーがモチーフになっている人がいるそうですね。
岩崎
「そうですね。この本の主人公の女の子は峯岸みなみという子がモチーフになっています。彼女は非常に頭が良く感性の鋭い子ですが、なかなか行動力が伴わず、頭の中で将来を悪い方向に考えてしまい、その考えに捉われて身動きが取れなくなりがちな子。僕も子ども時代はそういう子だったので彼女にはすごく共感できるんです。昔の自分を見ているようでね。
この本を書くにあたって読者のターゲットを設定する時に、一人でも多くの人に読んでもらいたいということで“13歳以上の全人類”をターゲットにしました。ターゲットを広くとると、みんなに合わせようとしてしまって結局うまくいかない、ということになりがちなのですが、逆にただ一人をターゲットにして、その人のためにだけ書くと、そこから広がって多くの人に共感してもらえるようなコンテンツを作れる場合があるということを、僕は方法論として知っていました。
『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)もアリス・リデルという小さな女の子ただ一人に向けて書かれましたが、全世界の子どもに愛読されて“これは私のために書かれた作品ではないか”と思わせるような強烈なインパクトを与えました。僕もそれにならって、誰か一人のために書くことが、結果的には多くの人に届く一番の近道ではないかと思ったんです。
しかし、ただ峯岸みなみと同じ性格の登場人物を作るのではなく、彼女が“こんな人になりたい”と感情移入できて、愛せるキャラクターにしようということでこんな(本作の主人公のような)キャラクターになりました。」
―部活動の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読むという発想はどこからきたのでしょうか?
岩崎
「“マネージャー”というと、どこか下働きというか、洗濯をしたり球拾いをしたりする人、というイメージがありますが、大リーグでは監督を“マネージャー” と呼ぶんです。余談ですが、アメフトやバスケットの監督は“マネージャー”でなくて“ヘッドコーチ”と呼びます。日本では手伝いとか球拾いをしている人をマネージャーというのに、アメリカではトップの人をマネージャーと呼ぶのが面白いなと思いましたね。
そういう時にたまたまドラッカーの『マネジメント』を読んだら、翻訳した上田先生は“マネジャー”という言葉を“経営者”と訳すこともできたんでしょうけど、あえて“マネジャー”とカタカナで訳してあったんです。それで“マネジャー”とはどんなことをする人なのかと思って読んでいった時“そういえば昔女子マネージャーと大リーグのマネージャーの違いを面白いと思ったことがあったなぁ”と思い出したんですよ。そこでひらめきましたね。 」
―ご自身のブログがきっかけとなって今回の出版に結びついたとのことでしたけども、岩崎さんがブログ『ハックルベリーに会いに行く』を始めたきっかけはどんなことだったのでしょうか?
岩崎
「僕は以前IT関連の会社に勤めていたのですが、それまではずっと芸能界に関わっていたので、インターネットとは何かということを学びたいと思っていました。ウェブ上で人気を集めることとはどういうことか、ページビューを稼ぐこととはどういうことかを学ぶために最適だったのがブログだったんです。自分のブログを人気ブログにする経験ができれば、それを学べると思ったんですよね。 」
―その試みは成功と言えそうですね。
岩崎
「そうですね。自分で言うのもなんですけど上手くいったと思います。 」
■『夕やけニャンニャン』の衝撃、そして秋元康との出会い
―岩崎さんご自身は野球をされていたのでしょうか?
岩崎
「やっていたというほどではありませんが、高校野球もプロ野球も大リーグもたくさん観ましたね。
高校野球でいいますと、僕の一学年上に桑田と清原、その前には荒木大輔(早稲田実業)や池田高校(74年春の甲子園で準優勝・82年夏の甲子園で優勝)など、高校野球の伝説的な存在や試合を多感な少年時代に経験できたことが、僕のバックボーンになっているところはあります。 」
―高校野球の試合で最も強く記憶に残ったのはどの試合ですか?
岩崎
「一番といったら、取手二高がPL学園を破った試合です。
当時僕は、茨城県つくば市に住んでいたので茨城代表の高校を応援していたのですが、(その年の茨城県代表の)取手二高が茨城県勢として初めて甲子園の決勝に進出したんです。そして、高校野球史上これほど強いチームは今後現れないと思われたPL学園とぶつかった。桑田・清原が2年生の時です。
9回裏にPL学園の同点ホームランがあり、その後“木内マジック”という言葉の元になった取手二高・木内監督の采配があり、そして忘れもしないのが10回表に取手二高の中島という選手が桑田から打った勝ち越し3ランホームランです。打った中島がベンチに戻ってくると、みんな泣いているんですよ。
僕は試合中にチームメイトが泣くという場面を初めて見ました。ホームランというのは、打った本人以上にチームメイトの方がうれしいんだな、と思いましたね。そのシーンは、僕が組織が持つ力というものに目覚めたきっかけでもあります。」
―さすがにお詳しいですね。
岩崎
「僕よりも詳しい人はたくさんいるんでしょうけど、僕は野球に関しては、ドラッカー先生がいう“バイスタンダー”(隣に立つ者・傍観者)という立ち位置から “野球とは何か”ということについて考えていたところはありましたね。
この本でも、そういう視点から見た野球というものを書きました。 」
―岩崎さんは秋元康さんの事務所で働いていらしたとのことですが、秋元さんと一緒に働こうと思ったきっかけを教えてください。
岩崎 「高校の修学旅行の時にルームメイトと一緒に観た『夕やけニャンニャン』に強い衝撃を受けたんです。ブラウン管の中がキラキラして見えました。それで毎回観るようになってから、その番組のかなり重要なスタッフに“秋元康”という人がいることを知ったんです。その人はおニャン子クラブの作詞をして、とんねるずのプロデュースもやっているらしい。どんな人なんだろうと興味を抱いて、そこから秋元康への憧れが生まれたんだと思います。」
―その年齢で芸能界の裏方に興味を持つというのは珍しいのではないですか?
岩崎 「そうかもしれませんね。表に立つことに対しては興味を持てなかったんです。僕の人生の中で『この人は本当にすごいな』と思った人は2人いて、それは石橋貴明と高橋みなみ(AKB48)なんですが、憧れはしなかった。あくまでも“バイスタンダー”として全てを俯瞰している秋元康のようになりたかったんです。 」
―岩崎さんが秋元康さんから学んだことにはどんなことがあるのでしょうか?
岩崎 「こんなことを言うのはおこがましいですが、この本に関して言いますと、出すからには売れなければいけません。出版のお話をいただいたときはうれしかったと同時に“ただ出すだけではダメだ”とも思いましたね。秋元さんもそういう考えでしたし、ものづくりへの貪欲さや厳しさが、秋元さんから学んだことの中で一番大きいと思います。」
―今までの人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほど教えていただけませんか?
岩崎
「いい冊数ですね(笑)まずは『ドン・キホーテ』、あとは『ハックルベリー・フィンの冒険』と『百年の孤独』です。
僕の『はてな』の ID“aureliano”は『百年の孤独』の主人公のアウレリャーノから取っていますし、僕のブログの名前は『ハックルベリー・フィンの冒険』から取りました。こちらは正確に言いますと、真島昌利さんが作詞した『1000のバイオリン』(元THE BLUE HEARTS・現ザ・クロマニヨンズ)の歌詞から取ったのですが。」
―『百年の孤独』はどんなところがよかったですか?
岩崎 「以前筒井康隆さんのコラムか何かで紹介されているのを見て読み始めたのですが、味わったことのない感情と言いますか、意表を突かれることの連続でした。人の気持ちをここまで掌の上で転がすことが可能なのか、という深い感銘を受けました。死ぬまでにこんな小説を書いてみたいと強く思いましたね。それが高校3年生くらいだったのですが、数年後、人生のピンチに陥った時にたまたま本棚に『百年の孤独』があるのを見つけて読んでみると、一度目とは違った素晴らしさ、美しさが見えたんです。 この本に関しては、読んでおもしろかったということを超えて、人生に大きな影響を及ぼした作品と言うことができると思います。」
―南米の作家は時間の経過の描き方やスケール感など、特異なところがありますね。
岩崎
「スペインという国やスペイン語が大きく関わっているんだと思いますね。
『ドン・キホーテ』を読んだ時に、『百年の孤独』の源流には『ドン・キホーテ』があるということを強く感じました。ガルシア=マルケスはフォークナーなどアメリカの作家に影響を受けた、というようなことは言われていますが、フォークナーの源流にはセルバンテスがいて、そもそもあらゆる小説の源流にはセルバンテスがいると思っているので、『ドン・キホーテ』は“小説の聖書”と捉えています。 」
―日本文学に関してはいかがでしょうか?
岩崎
「僕は3人影響を受けた作家がいて、筒井康隆さんと、色川武大さんと手塚治虫さんです。この3人の作品はほとんど全て読みました。
彼らに共通しているのは、決して美文ではないけど非常に日本語がうまいこと。特に色川武大さんはそう。彼の作品を読めば小説の何たるかがわかるといいますか、僕にとってはいいお師匠さんだと思っています。色川さんが好きな方ならわかると思いますが、この本の中にも色川さんのフレーズがそこかしこに散りばめられています。それに関するリアクションがないので、まだ誰も気づいていないのかなとは思いますが。 」
―本書の内容を実践できたら、本当に甲子園に行けると思いますか?
岩崎
「もともとバラエティ番組の構成作家をやっていてコントを書いたりしていたので、ダジャレやドタバタ劇や勘違いが巻き起こすスラップスティックコメディを書く自信はありました。この本も最初は主人公のみなみが“マネージャー”の意味を勘違いして、それが結果的にうまくいくというコメディーにしようと思っていたんです。
それで、本の中でこじつけて使える部分を探そうと『マネジメント』を読み返したら、そのまま部活動の女子マネに使えること書かれていて、こじつける必要が全くなかった。そういった意味で、皆さんが想像される以上にこの本は有効、つまり実際に行けると確信しています。
いつかこの本を読んで甲子園や全国大会に出る高校が現れるのではないかと思っていますし、みんなが本の内容を理解し、真摯に活動すればそれは可能だと思っています。」
―次回作の構想などがありましたら、教えていただけませんか?
岩崎
「この本の続編はあるのかということをよく聞かれますが、続編は書かきませんし、ドラッカー関連本も書かないということだけは決めています。なぜかというと、この本で触れていて、ドラッカー先生の教えでもある“イノベーション”とは、陳腐化したものを計画的に、体系的に捨てることです。
それを書いている僕が陳腐化されたもの(イノベーションの戦略は、既存のものはすべて陳腐化すると仮定する)に固執しているようではドラッカー先生に申し訳がたたないということで、僕はイノベーターとして、この本と全く関係のない新しいものを書こうと決めています。 」
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。
岩崎 「ぜひ、ドラッカーの『マネジメント』エッセンシャル版を読んでほしいです。僕の本はよく入門書として最適だ、と言われるのですが、実は応用書としての方が有効なんです。ドラッカーの『マネジメント』を読んでからこの本を読んだ方が、より有効だという確信があります。三回読んだら三回違った感覚を味わえるので、お時間があるなら是非三回読んでみてください。」
■ 取材後記
こんな本を書くからには野球には詳しいんだろうな、と思ってお話を伺ったらエピソードが出るわ出るわ…。野球だけでなく、文学や音楽まで、その見識の深さに圧倒された。個人的には続編を読んでみたい気もしたが、「今回とは全く違う内容を」と語る次回作を楽しみに待つことにする。 (取材・記事/山田洋介)■岩崎夏海さん
1968年7月生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学美術学部建築学科卒。
大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として「とんねるずのみなさんのおかげです」「ダウンタウンのごっつええ感じ」等のテレビ番組の制作に参加。アイドルグループ「AKB48」のプロデュース等にも携わる。その後、ゲームやウェブコンテンツの開発会社を経て、現在はマネジャーとして株式会社吉田正樹事務所に勤務。
- ■ 関連リンク
- 岩崎夏海さんのブログ「ハックルベリーに会いに行く」
- 【新刊ラジオ】
- 新刊ラジオ第1018回 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
- もしドラをラジオドラマで紹介しています!
- 新刊ラジオ第1204回 もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
- AKB48の仲谷明香さん緊急出演!
- 【新刊JPニュース】
-
「『もしドラ』ヒットの要因は人々がドラッカーを求めていたから」
―『もしドラ』オーディオブック化について岩崎夏海さんに聞く(1) - AKB48のメンバーが『もしドラ』を読んだら・・・?
- オーディオブックでも1位、『もしドラ』“2冠”
- 2010年年間ベストセラー発表、1位は『もしドラ』
- 『もしドラ』効果で急増? 「もし…たら」というタイトルがつけられた本を集めた
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
著者:岩崎夏海
出版社:ダイヤモンド社
定価(税込み):1680円
ISBN-10:4478012032
ISBN-13:978-4478012031
解説
ふとしたことから自分の通う高校の野球部のマネージャーになってしまった主人公・みなみは、やはり偶然出会ったドラッカーの経営書『マネジメント』を片手に野球部の強化に乗り出した。その行く手には数々の困難が…、しかしみなみと親友の夕紀、そして野球部の仲間たちは、ドラッカーの教えをもとに力を合わせて甲子園を目指す。
家庭、学校、会社、NPO…すべての組織で役立つ一冊。
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」新刊ラジオも配信中!
→【こちらから】
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん