- 1. 「スピーチの持つ力というものを前面に出した小説を書きたいと思った」
- 2. 党首討論「こういう風にやってほしい、というのを小説の中で表現できてスッキリした」
- 3. 自分の小説は、迷っている人の背中を押してあげられるような作品であってほしい
- 4. 取材後記
■「スピーチの持つ力というものを前面に出した小説を書きたいと思った」
―本作『本日はお日柄もよく』を楽しく読ませていただきました。本作は“スピーチ”というものがテーマになっていますけども、スピーチというものは話し方でこれほど変わるものなんですね。
原田 「そうですね。日本だとスピーチってマニュアル本があって、それを元に何とかかんとか話すという感じで、そんなに重視されていない傾向があります。その中で新しいチャレンジができたのかな、とは思っています」
―今まであまりスピーチというものに関心を持っていなかったのですが、これを機にちゃんと聞いてみようかな、と思いました。
原田 「面白くない人のスピーチは聴かなくてもいいんじゃないですか(笑)?聞いてみる価値があるな、と思わせてくれるスピーチをする人があまりにも少ないので、この本がきっかけになるかはわからないですけど、面白いスピーチをしてくれる人が増えるといいな、と思いますね」
―やはり、面白いスピーチをする方は少ないものですか。
原田 「少ないですね。スピーチはライブなものなので、だからこそパフォーマンス次第ではその場にいる聴衆が一斉に引きつけることもできるし、その瞬間にアイデアが変わることもあります。残念ながら今日本人でそういう名スピーチをする人はいないですね。昔は田中角栄っていう人がいましたけど。あ、でも小泉進次郎さんはいいらしいですよ」
―そうなんですか?
原田 「私もちゃんと聞いてはいないんですけど、この前の選挙戦の時もかなりうまかったみたいです。進次郎さんに期待したいですね」
―今回“スピーチ”を題材に小説を書こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
原田
「私は六本木ヒルズの森美術館の開設準備室に勤めていた時期があったんですけど、オーナーの森社長が美術館のパーティーなどでスピーチをする機会が結構あったんですね。その時に私がそういったスピーチの原案を書いていました。この本に出てくるスピーチライターのように、原稿を書いて、話す人にパフォーマンスをしてもらうということを実際にやっていて、それが結構快感だったんです。原稿を書くことも面白かったし、スピーチは時と場合によっては人を動かす力があるんだなっていうのが実体験としてわかったので。
それと、アメリカにはスピーチライターという仕事が存在するっていうのは知っていたんです。今回の小説を書き始めようと思っていた頃、ちょうどオバマさんとヒラリーさんが大統領候補を争っていた時だったんですよ。それで、ヒラリーさんとオバマさんのスピーチを聞き比べてみたんですけど、明らかにオバマさんの方がうまかったんです。
アメリカはスピーチ大国って言われているだけあって、しゃべって人を喚起したり、コントロールしていくっていうのが、割と民族的にできるんですよね。小学校でもディベートのクラスがあったりして、小さい頃から自分の意見を述べることや人の話を聞くことを学習して育っているので。
そういう中で彼らの舌戦を見ると、“やっぱりすごいな”と思いますよね。それで、調べてみたらオバマさんには28歳の若いスピーチライターついていて、しかも彼はスピーチ原稿をスターバックスで書いていたらしいんですね。世界を動かすかもしれないスピーチの原稿をスターバックスで書くなんて面白いじゃないですか。そこで、スピーチの持つ力というものを前面に出した小説を書いてみたいと思ったのが最初のきっかけですね
」
―ヒラリー氏とオバマ氏のスピーチの差はどんなところにあったのでしょうか。
原田
「これはマスコミ報道でも言われていたことですが、スピーチの場面、特に選挙とか大きなスピーチになると、自分をどう押し出していくかというのが大事になるじゃないですか。だから主語が“I ”になるんですよ。“私だったらこうする”“私のポリシーはこうだ”というように。でもオバマさんは“I”を使わないんですよね。ずっと“We”だったんです。“私たちはこうしよう”“私たちの可能性はこうじゃないか”というように聴衆に語りかけるんです。自分も含めた私たち全員で世界を変えていくっていうのが“I”と“We”の違いなんですね。ヒラリーさんはスピーチが始まって3語目くらいで“I”が来るんですよ。だけどオバマさんはスピーチが始まって5分以内には“I”が出てこないんです。
語りかけることの重要性とか、主体がどこにあるのか、ということをオバマさんはわかっていて、というよりはスピーチライターがわかっていたんでしょうね」
■党首討論「こういう風にやってほしい、というのを小説の中で表現できてスッキリした」
―原田さんご自身はスピーチは得意ですか?
原田 「いやいや(笑)他人の原稿を書くのはそんなに下手じゃないとは思うんですけどね。この小説に出てくる“スピーチの極意十箇条”を作った後に一度話す機会があったんですけど全然できませんでしたね。十箇条の六つ目の、聴衆が静かになるのを待ってから始めるというのが結構苦しいんですよ。あの十箇条を全部守れる人はほとんどいないと思います」
―今おっしゃっていたオバマさん以外ですと、一番スピーチがうまいと思うのはどなたですか?
原田
「AppleのCEO、スティーブ・ジョブズですね。彼は神がかり的にうまいです。スタンフォード大学で卒業生のために行った名スピーチがあるんですけど、すごいですよ。最後に“Stay hungry, stay foolish.”って言うんですけど、それがそのままアップルのキャッチコピーになってしまいそうな感じです。
構成としては、自分の人生を通してこんな風に世界を変えたいと思ってきた、ということだけでなく、離婚したことやガンになったことなど、自分の負の部分もスピーチの中で前面に出してから、“でも今の自分があるのは幾度もの挫折があったからだ”いうように、学生たちを鼓舞するというものだったと思います。ウィットも入っていたし、英語の使い方もうまくて、楽に聞けるんですよね。
スタンフォードの卒業式のスピーチってすごい名誉なんですよ、普通だったら格式ばってしまうところで“バカでいろ”って言える人はなかなかいないですよね。そういう心に残るキャッチフレーズを言えるっていうことはすごく強いと思います
」
―僕もそろそろ周りの友人が結婚していく年齢で、もしかしたらスピーチの機会があるかもしれませんので、何かアドバイスをいただけませんか?
原田 「ぜひ“スピーチの極意十箇条”を使って乗り切って下さい(笑)腹から声を出して、会場全体を見渡しながら話す、などは実行しやすいと思います。原稿を全文暗記するというのは難しいので、ポイントポイントだけ暗記して、後は自分の言葉で話すのがいいと思いますよ」
―本作の中にはすごく印象的なスピーチがいくつも出てきますが、こういったスピーチを考えるのは大変ではなかったですか?
原田
「ドラマを見ているような感じで場面を想像しながら作っていましたが、楽しかったですよ。ダメなスピーチとの対比をはっきりさせることもおもしろかったですし、作中に国会でのスピーチもあるんですけど、それを作るにあたって国会の党首討論を取材させてもらったりしたのも、未知の領域に踏み込んでいく感覚が新鮮でした。
党首討論ってテレビで見るともどかしいじゃないですか。でも“こういうふうにやってくれよ”というのを小説のなかで表現できたのでスッキリしましたね(笑)」
―原田さんはかつて美術館でキュレーターをされていたということですが、美術の世界に入ろうと思ったきっかけはどんなことだったのでしょうか。
原田 「もともと自分で絵を描いたり文章を書くのが好きで、画家や漫画家になりたいと思っていました。コツコツ漫画を書いて、漫画雑誌に応募したこともあったんですけど、やっぱり天性で漫画がすごくうまい人と比べると全然大したことはなくてプロにはなれなかった。だけどアートの近くにはいたいということで、キュレーターの道に徐々に入っていったんです。最初はアートの勉強も独学だったんですけど、後で早稲田大学に学士入学で入り直したりして、何とかキュレーターになり、森美術館の開設準備室に勤めさせていただいた、という流れです」
―キュレーターというお仕事の醍醐味はどんなところにありましたか?
原田 「現場感ですね。展覧会を作ったり、アーティストと交渉するっていうのが主な仕事です。例えば作家だったら、自分と向き合ったり、内向きなところがありますけど、キュレーターは現場で人とコミュニケーションをすることがすごく多いんですよね。アートの研究をすることももちろん楽しいことだったんですけど、現場で様々な交渉をしたり、作品を展示したりということがすごく楽しかったです。そういった意味では編集者に似てるかもしれないですね」
―原田さんのプロフィールを拝見させていただきましたが、「飛び込みで~した」というのが多いですよね。最初に勤めた美術館も飛びこみで「雇ってください」と訴えた、ということでしたし。
原田 「何やってんだという感じですよね(笑)好奇心が強いというか、むこう見ずなところがあるんですよね。“こんなことやってみたらどうかな”と思ったらとりあえずやってみる、アプローチしてみる、そういうのを厭わないところはあります」
― でも、実際に行動できる人はなかなかいないものですよ。
原田 「そうでしょうね。でもやってみてほしいです。だってダメ元じゃないですか。やってダメなら仕方ないし、もしかしたらうまく行くかもしれない。ワンアクション起こすか起こさないかというところで、私はずっとアクションを起こしてきました。だから、そういう風に迷っている読者の方がいたら背中を押してあげたいですね。 迷っている人ってみんな本当はやりたいんですよ。私が書いている小説も、迷っている人の背中を押してあげられるような小説であってほしいと思っています。何か行動を起こす気持ちになれる小説を書かなかったら私にとってはウソだなと思いますね」
―確かに、大事なことですね。
原田 「若い人でも、なかなか行動を起こさない人が増えていると思います。恥をかいたら嫌だとか、失敗するに決まっているとか、めんどくさいとか、変化しないことを望んでいるように思えます。 この小説でも、スピーチに感動した(主人公の)こと葉が行動を起こしたことでドラマが生まれました。小説の中のお話ですけど、人生ってそういうところがありますよ。だから若いうちはどんどん行動してどんどん失敗しなさい、と。まだ取り返しがつきますから。私くらいの年代になると段々取り返しがつかなくなるんですけど(笑)それでも“行動を起こして失敗したとしてもいいや”と思えるうちはやってもいいと思うんですよね。何歳になっても」
―原田さんが小説を書くようになったきっかけがありましたら教えてください。
原田 「文章を書くのは子供のころから好きでした。私は兄が小説家で、彼は子供の頃から小説家になると言っていて、26、7歳でデビューしちゃったんですね。言った通り夢を叶えたという意味で、私は驚きと憧れを持ちつつ兄を見ていたんです。ただ、彼が行く道をマネして追いかけていくのはいかんな、というのもあったんです。兄が作家として成功していくなかで、そのいい部分も悪い部分も見せてくれて“いつか文章を書くことになるかもしれないけど、そんなに急いでやらなくてもいいだろうな”という気持ちになりました。アートの仕事も面白かったですし。でも、40歳になるのをきっかけに森美術館を辞めたんです」
―それは、何か理由があって、ということでしょうか。
原田
「女性の40歳~50歳って一番いい時期だと思っていて、その一番輝ける10年間に自分ができることって何だろうって思ったんです。キュレーターのまま成功していくっていう道もあったと思うんですね、もちろんそれもいいことなんですけど、でも一度しかない人生なので絶対後悔がないように、と考えたんです。
森美術館にいた時は課長職で、それなりの収入があって、部下がいて、いいポジションで、いい仕事ができていたと思うんですね。でもそれが私の人生の全てで、このままレールに乗っていていいのか、と。その時は本当に考えつくすまで考えました。北海道に鶴まで見に行っちゃいましたから(笑)
タンチョウヅルに向かって“これでいいの?”と聞いたら鶴が「クァ~ッ」と鳴いたんですよね、それで“これがツルのひと声だ!”と思って森美術館を辞めちゃった(笑)収入もポジションも全部捨てて素の自分に戻ったところでやり直してみようと思った時に、文章が書きたいと思ったんですよね。それで、チャンスがあればアートの分野でライターをやってみたいと思っていたら、実際に仲間を通じてチャンスをもらえたんですね。大体二年半くらいアートライターとかカルチャーライターをやって、書く自信がつき始めた頃に、記念として一本小説を書いてみようかな、となったんですよね。それで兄にも誰にも秘密で書いたのが『カフーを待ちわびて』でした」
―原田さんが人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただけますか。
原田 「そうですね、大江健三郎さんの『新しい人よ目覚めよ』と、それから谷崎潤一郎さんの『細雪』。もう一冊はパッと出てこないですけど…東山魁夷さんは画家ですけどすごく随筆もうまいんですね。彼が書いた『風景との巡り合い』という本はずっと持っていますね、ずいぶん影響を受けたと思います」
―これからどんな作品を書いていきたいと思っていますか?
原田 「読んでくれた方が“人生も悪くないな”と思えるような、最後は前を向いてくれるような小説を書いていきたいです。あとは時代物など、いろいろなジャンルに挑戦してみたいですね」
■ 取材後記
作品作りに対する情熱が話しているとびしびし伝わってくる、とてもエネルギッシュな方でした。人を前向きな気持ちにさせる小説を書いていきたいという原田さん。本作『本日は、お日柄もよく』はそんな原田さんの信念がよく表れています。 落ち込んでいる人、元気が出ない人に手渡したい一冊です。(取材・記事/山田洋介)
■原田マハさん
作家、キュレーター。関西学院大学文学部、早稲田大学第二文学部卒。総合商社、都市開発企業美術館準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年独立。2003年よりカルチャーライターとして執筆活動を開始。「カフーを待ちわびて」で第一回日本ラブストーリー大賞を受賞。
解説
お気楽なOL・二ノ宮こと葉は、密かに片思いしていた幼なじみ・今川厚志の 結婚披露宴で、すばらしいスピーチに出会い、思わず感動、涙する。伝説のスピーチライター・久遠久美の祝辞だった。衝撃を受けたこと葉は、久美に弟子入 りし様々スピーチを通して言葉の持つ力に目覚めて行く。■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん