第27回は、新作『伏 贋作・里見八犬伝』を上梓した桜庭一樹さんをお招きし、インタビューを行いました。桜庭さんにとって初めて舞台を江戸時代に設定した本作。桜庭さんはどのような想いを持っているのでしょうか。
また、本作は12月15日に電子書籍版がリリースされたほか、アニメ映画化のプロジェクトも進んでいるそうで、そちらについてもお話をうかがってきました。
■ 「江戸時代の雰囲気が楽しめる作品にしたかった」
―本作『伏 贋作・里見八犬伝』は、江戸時代に書かれた曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』をモチーフとしていらっしゃいますが、この着想はどのようなところから得たのでしょうか。
桜庭さん(以下、桜庭) 「もともとは編集さんと歌舞伎を観に行った帰りに、時代物や伝奇物を書いたら面白いかもという話になったのがきっかけですね。
『里見八犬伝』は小学生の頃に薬師丸ひろ子さん主演の映画が流行していて、それを観ていましたし、本の方も読んで面白いと思っていたので、いつか書きたいという気持ちがありました
」
―桜庭さんにとって、本作は初めての時代物となります。そういう意味では新しいチャレンジになると思うのですが、何か気をつけた点はありましたか?
桜庭 「日本の時代物は今まで書いたことがなかったので、どのくらい専門的なことを書くのか、何を勉強したらいいのか、というところはありました。でも、もともと『GOSICK―ゴシック』という100年近く前のヨーロッパを舞台にした物語を書いていて、そのときはあまり専門的過ぎず、誰でも楽しく読める作品ということを念頭にお話を書いたので、今回も時代小説をあまり読まない人でも分かるような、江戸時代の雰囲気を楽しめる作品にしようとは思いましたね。だから、そんなに書きづらいということはなかったです」
―本作は『週刊文春』に連載されていたものを単行本化したものですが、物語の中に『贋作・里見八犬伝』という物語が入っているという構成が非常に独特であると思いました。もともと連載中はそういう構成ではなかったそうですね。
桜庭 「もともとは『里見八犬伝』自体を最初から順番に書こうとしていたんですが、実際に書いてみると、『里見八犬伝』自体が非常に重くて長いということもあって、なかなかまとめづらいことに気づいたんです。
先ほど挙げた薬師丸ひろ子さん主演の角川映画版『里見八犬伝』って、本家の『南総里見八犬伝』の何十年かあとの子孫たちの物語で、実は全然違うアレンジが加えてあるんです。他にも、山田風太郎の『八犬傳』は、山田風太郎がアレンジを加えた『八犬伝』とそれを書いている馬琴の執筆風景が交互に入っていたり、平岩弓枝先生の『へんこつ』は馬琴が探偵役となって、江戸で『八犬伝』の登場人物っぽいキャラクターたちが出てきていろんな事件を起きたり…とすごくアレンジをされていらっしゃったので、何故だろうと思っていんですが、本作を書いていてそのことに初めて気づきました。
だから、『八犬伝』そのものの話を物語の中に入れて、最後の方に書いていた未来の話を最初に持ってくるという形で構成を変えたんです
」
―それは単行本化する際に決めたのでしょうか。
桜庭 「いえ、連載しているときからそういう構成にしようと思っていましたね」
■ 伏姫にいないはずの弟をつくったら、物語が動き出した
―『伏 贋作・里見八犬伝』の主人公である浜路は、本家『南総里見八犬伝』では信乃の許婚でした。浜路を主人公に据えた理由はなんだったのでしょうか。
桜庭
「本作を書くときに“追われる伏”と“追うハンター”という構図にしようと思っていたんです。
私の好きな『ブレードランナー』という映画にはレプリカントというロボットとそれを追うハンターの関係が書かれていたり、『吸血鬼ドラキュラ』には吸血鬼とそれを追うヴァン・ヘルシング教授という構図があったりします。ヴァン・ヘルシング教授は原作では全くアクションしない人なんですが、映画だとマッチョな感じで、戦うハンターみたくなっていることがあるんです。
そういう感じで、吸血鬼的に追われる“伏”と、追う“ハンター”という構図にしようと思いました。ただ、追う方があまりに強かったり、正しかったりすると一方的過ぎるというのもあって、人間的にも未熟な少女を主人公に据えようということで、浜路を主人公にしたんです
」
―江戸時代には「勧善懲悪」という思想がありましたし、馬琴の『南総里見八犬伝』もその思想を体現しているといいます。でも、本作では追う者と追われる者という構図はありますが、「勧善懲悪」の思想はあまり感じられませんでした。
桜庭 「善とも悪ともいえないものって多いと思うんですよ。例えば吸血鬼モノでは、吸血鬼側の事情もしっかりと書かれますよね。追う方だけではなく、追われる方にも気持ちがある。『ブレードランナー』も追う者が正しくて、追われる方が間違っているという描かれ方ではなく、追われる方の悲しみ、生存しなくてはいけないという意思が書かれています。だから、悪役を書いていても自然とそちらの方に感情移入してしまうんです」
―本作には個性的なキャラクターが並びますが、その中でも「兄弟」が多く出てくるのがすごく印象的でした。
桜庭
「元々、伏姫に弟はいないんです。でも、この作品を書くにあたって、伏姫に弟を創ったら急に話が動き出したんです。そこで急遽、姉と弟の確執が入ったりして、弟という存在が出来たことによって、光と影、正義と悪というような対比が生まれました。
そういうこともあって、ハンターも兄と妹にしたり、冥土も…本当は馬琴の息子は早くに亡くなっていて、その息子の奥さんが馬琴の目が見えなくなった後も口述筆記をしたりしているはずなんですね。そこで編集さんと、本作は兄弟がよく出てくるから、ここも兄弟で対比させたらどうかという話になって、急遽妻ではなく姉が書いていて、弟の居場所がなくなるという話にしたりしました。だから、今回は兄弟の対比というのはすごく意識をしましたね
」
―本作『伏 贋作・里見八犬伝』はすでに、アニメ映画化のプロジェクトがスタートとしていると帯に書かれていましたが、こちらはどのくらいまで進んでいるのでしょうか。
編集・斉藤さん 「まだ何年何月公開という具体的なところまでは決まっていませんが、今はプロジェクトをスタートさせて、公開に向けて進んでいるというところですね」
―桜庭さんご自身は、このアニメ映画化のプロジェクトの方に携わっていらっしゃるのでしょうか。
桜庭 「私自身は直接的には携わっていません。前に映像関係の作家の方とお話をしていて、(桜庭さんの作品は)どれも(映像化)しづらい、『少女には向かない職業』だけはやりやすいと言われたことがあるのですが、おそらくこの『伏 贋作・里見八犬伝』も、映像のプロの方から見たら、かなりやりづらいんじゃないかと思います。だから、完全に自由に作って頂いたほうが良い作品になると思いますね」
―また、12月15日には本作の電子書籍版がリリースされます。今年は電子書籍元年と言われて、文芸分野の作家さんたちの作品の電子書籍化も徐々に増えていますが、桜庭さんは電子書籍についてどうお考えですか?
桜庭
「私は映画が好きなんですが、例えば『映画はスクリーンで見なければいけない!』という世代の方もいらっしゃいますよね。でも、私が若い頃はお金がなかったので、映画館にあまり通えなくて、14インチのテレビデオってあったじゃないですか、あれで映画作品を観ていたんですね。すごい字幕が小さくて…。上の世代の映画ファンの中には、『こんなテレビデオで観ても映画は分からない!』という方もいらっしゃると思います。でも、私にとってはあの頃観た映画はどれもすばらしいものです。
そう考えると、自分はやはり紙で読んできた世代ですから、iPadで見せて頂いてもとても読みづらいかもしれないと思います。でも、次の世代になると電子書籍で読むのが当たり前になるかもしれません。そのとき、紙で読んでいないからといって本を分かっていないかというと、そういうことでもなくて、私にとっての“テレビデオで観る映画”のようになるのかなとも思いますね。
そういえば、伊藤計劃さんの『ハーモニー』の中に出てくる図書データベース、携帯端末電子図書館みたいなものに「ボルヘス」というルビがふってあるのですが、ボルヘスの作品の中に、時空図書館のような、去から未来の全ての本がある螺旋状の図書館が出てくるものがあるんです。そういった、図書データベースにボルヘスと名づけるような愛情が電子書籍の業界の中から感じられたら、もっと身近になるかもしれません
」
―この「ベストセラーズインタビュー」では毎回テーマに沿って3冊の本を選定して頂いています。今年を振り返って、桜庭さんが今年読んで面白かった本を3冊選んで頂けますでしょうか。
桜庭
「3冊ですか。何をあげようかな…。まずはニコライ・ゴーゴリの『外套』です。ゴーゴリはロシアの作家なのですが、私、実はロシアの作品ってすごく苦手だったんです。それが『外套』を読んだら大変面白くて、今まではイギリスやアイルランドの方の小説を多く読んでいたのですが、今度はちゃんとロシアの作家の作品も読んでみようと思いましたね。
それから、古井由吉さんの『人生の色気』という、これは小説ではなく、聞き書きですね。古井さんがお話されたものをライターさんがまとめていらっしゃる作品なのですが、内容が素晴らしいんです。もともと古井さんの文体を楽しもうと買ったのですが、古井さんが実際に書かれているのは前書きだけでした(笑)。でも、この本がきっかけで古井さんの小説をもっと読むようになりました。
3冊目は、アティーク・ラヒーミーというアフガニスタン出身の小説家の本です。実は(ラヒーミーは)いろいろあってフランスに亡命されているのですが、彼が初めてフランス語で執筆したのが『悲しみを聴く石』というもので、それを読んだらすごく面白かったんですね。そうしていたら、そのラヒーミーがアフガニスタンにいるときにダリー語(アフガニスタンの公用語の1つ)で書いた『灰と土』という作品も面白いと聞きまして、そちらを読んだところ、これも素晴らしい小説だったんです。どちらか選ぶとしたら『灰と土』でしょうか。ダリー語からフランス語になって、フランス語からさらに日本語に翻訳されているんですが、それでも元の文体が伝わってくるようでした。聴き慣れない音楽を聴いている感じで、未知の体験ですね
」
―ありがとうございます。では、最後に『伏 贋作・里見八犬伝』の読者の皆様にメッセージをお願いできればと思います。
桜庭 「時代小説といっても全然難しくなく、読み慣れない方でも読める活劇風に書いていますので、気軽に手にとって読んで頂けたらと思っております」
■ 取材後記
たくさんの本を読まれていることで知られる桜庭さんですが、インタビュー中にも様々な小説家の名前や作品名が登場し、お話を聞いているだけで勉強になりました。また、電子書籍の話で出てきた「ボルヘス」のエピソード、確かに電子書籍の世界ではそういったセンスってあまり見受けられません。紙であれ電子であれ、書籍には違いありません。過去の大家たちに敬意を評し、名前を拝借するなどのセンスがあれば、「新しさ」によって生まれる溝も埋まるのかも知れませんね。
キャラクターたちが活き活きと江戸の町を駆け巡る『伏 贋作・里見八犬伝』。書籍版だけではなく、電子書籍版も12月15日にリリースされています。自分の読書スタイルにあった形で是非お楽しみ下さい。
■桜庭 一樹さん
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市ロンリネス・ガーディアン』と改題)で第1回ファミ通エンタテインメント大賞に佳作入選。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、2004年に刊行した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価されて注目を集める。2006年に刊行した『赤朽葉家の伝説』で第60回日本推理作家協会賞を受賞。2008年『私の男』で第138回直木賞を受賞する。近著に『荒野』『ファミリーポートレイト』『製鉄天使』『道徳という名の少年』などがある。
解説
江戸で犬の子孫「伏」を狩る兄の元へとやってきた猟師の少女・浜路は、兄とともに伏狩りを行う中で、怪しい動きをする滝沢馬琴の息子・冥土と出会う。「伏」たちの血に流れる悲しい運命とは―。江戸を舞台にしたエンターテインメント小説。*12月15日に電子書籍版がリリース。iPhone及びiPadに対応しており、AppStoreで発売されています。
■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん