出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第57回となる今回は、新刊『
豆の上で眠る』が好評の、湊かなえさんが登場してくれました。
13年前に起こった姉の失踪事件を巡り、事件当時と現在に残された謎は何を示すのか?戻ってきた姉に違和感を持つ妹が記憶を辿り、真相に迫る物語には、ミステリ好きでなくても引き込まれてしまうはず。
この作品はどのように作られていったのか。その成り立ちに迫るインタビューです。
■ 子どもの視点で「失踪事件」を書く
― 湊さんの新刊『豆の上で眠る』についてお話をうかがえればと思います。読ませていただいて、物語の序盤でひっかかっていたことや不思議なことが、後半で次々に腑に落ちていくという格別な気持ち良さがありました。まずは、この作品を執筆するにあたってどんな狙いを持っていたのかをお聞かせ願えますか。
湊: この作品は『週刊新潮』で連載していたものなんですけど、自分にとって初めての週刊誌連載だったこともあって、読者の方が毎週楽しみにしてくれるよう、少しずつ真相に迫っていくような話にしようと思っていました。
それならば、失踪や誘拐、行方不明の話がいいかなというのが頭に浮かんだのですが、ちょうどその時期に自宅の猫が行方不明になるということがあったんです。
その猫を探しに行った時に感じたのが「近所のよく知った家でも、余所の家を外から覗くのって大変なんだな」ということでした。不審に思われますし、猫を探していることをきちんと説明しても、「見かけませんでしたよ」と言われたらそこでおしまいです。
主人も探しに行ってくれたのですが、男の人は余計ダメですよね(笑)。
― 信用してもらえないわけですね。
湊: そうです。猫を探していることがわかるように籠を持って行ってもダメでした。
それで、「何かを探すということは、たとえ見知った場所や人の中であっても難しいんだな」と。同時に、行方不明になったのが人間で、もっと切羽詰まった状況だったとしたらどうなるだろう、とも考えたんです。
そういう時、もし子どもがいたなら、藁にもすがる思いでその子を送り込んで、近所を探させる親はいるかもしれません。大人よりも子どもの方が玄関を開けてもらえることがありますから。でも、そこに送り込まれる子どもはどう感じて、どこまでのことができるだろう、という思いがありました。親であれば、自分を犠牲にしてでも子どものために何かをすると思いますけど、子どもは兄弟や姉妹のためにどれだけのことができるだろうと。それもあって、姉妹を登場させて、妹が失踪したお姉さんを探しに行かされる話にしてみようと思いました。
― 個人的には、主人公の姉である「万佑子ちゃん」が失踪した時のお母さんの行動が常軌を逸していて怖かったのですが、今お話を伺うと母親としてはそうせずにいられなかったのかもしれないなと思いました。
湊: もちろん、すべてのお母さんがああいうことをするわけではないと思います。ただ、この話で書いたように、警察に任せていても進展が見られず、そうこうしているうちに別のところで失踪事件があって、自分の娘と同年代の子がひどい目に遭っていたというのを知ると、もう居ても立ってもいられなくなってしまう人もいるんじゃないかと思ったんです。
この話のお母さんが特別なのではなく、普通の人が特別な状況に追い込まれたら、特別なことをしてしまうのかもしれません。
― この作品の中心にあるのはやはり「失踪事件」ですが、モチーフにした事件はありますか?
湊: それは特にありません。ただ、子どもの失踪事件自体はよく聞きますし、起きてほしくないことです。そういう事件を扱って、親や警察の目線から書いた作品はあるはずですが、私は家族として事件の渦中にあるはずなのに、大事なことは教えてもらえない子ども、たとえば被害者の兄弟や姉妹の目線で全体像を書いてみようと思いました。
― 単に失踪事件が解決するまでを書くのではなく、事件当時の描写と、事件後の描写が交互に繰り返されるのがとてもスリリングでした。
湊: ありがとうございます。事件当時に何か謎があって、その謎が事件後の「今」でも違う形で存在する、というように二つ謎があることで読者の方の興味を引くことができるのではないかという思いはありました。事件当時は、失踪した「万佑子ちゃん」をみんなで必死に探しているのに、事件後の描写では戻ってきている。じゃあどうやって戻ってきたのか?ということです。
片方の謎だけでは見えてこないものが、もう片方の謎によって明らかになってくるだろうというのは頭にありましたね。
■ 「書籍化されてから読めばいいや」は敗北感
― 初めての週刊誌連載だったということですが、難しかったことはありますか?
湊: 毎週15枚というペースだったので、15枚ごとに新しい発見があったり、謎が提示されたりと、読者の方々に次はどうなるんだろうと思っていただける終わり方を意識していました。これまでに書いた作品とは物語が進むテンポが違っていたと思います。
― 15枚というのは作家さんからするとどういう量なのでしょうか?
湊: 一気に60枚とか80枚とか書く中での15枚だと勢いで走り抜けられるんですよ。でも、15枚でひと枠と考えると難しいというか、勢いだけでは書けません。
― 今回は後者だったわけですね。
湊: そうですね。60枚の中の15枚なら、そこに見せ場がなくても大丈夫なこともあるのですが、毎週15枚ずつ週刊誌に載るわけですからそういうわけにはいきません。一回でもつまらない回ができてしまうと「書籍化されてから読めばいいや」と思われてしまうかもしれませんし、そうなったら作家としては敗北感がありますから(笑)。
― 湊さんといえば「イヤミス(=読んだ後に嫌な気分になるミステリ)」というジャンルで語られることがあります。ご本人の志向として、例えばバッドエンドを好んでいるというようなことはあるのでしょうか?
湊: それはないです。決してバッドエンドが好きなわけではないのですが、かといって無理に「いい話」にしようとも思っていません。
それと、バッドエンドがすべて悪いわけでもないんです。私が小説を書く時のアプローチとして「こういう事件が起きた時、制御しなかったらどうなるだろう、誰も止めようとしなかったらどうなってしまうだろう」というのを妥協せずに考えるというものがあります。
現実であれば、悪いことが起ころうとしていたらどこかで修正しないといけませんが、物語だから行きつくところまで行ける。それによって、最悪のところまで行かないためにどうすれば良かったのか、とも考えられるわけです。実際に、物事が悪い方向に向かっているところから軌道修正するお話も書きたいなと思っています。
要するに、自分の見たいものがどこにあるかによって結末が違うという話であって、読者の方を嫌な気持ちにさせようと思っているわけではないんですよ。
― 子どもの頃からかなりの読書家だったと伺っていますが、最近読んでおもしろかった本はありますか?
湊: 最近読んでいるのはミネット・ウォルターズというイギリスの女性作家の作品です。『遮断地区』などが有名ですが、閉鎖された空間で人の偏見や誤解によって事件が大きくなってしまうというような作品を書いている方で、自分が書いているものと通じるところがあります。見習うところもありますし、挑みたいところもあって読んでいますね。
― 子どもの頃はどんな本を読んでいましたか?
湊: 子どもの頃は、それこそ江戸川乱歩とか、赤川次郎さんやコバルト文庫など王道です(笑)。
― 江戸川乱歩のシリーズは大体学校の図書室にありましたからね。今もあるのかはわからないですが……。
湊: 文庫版で復刊したという話を聞きましたけど、今の子ってああいうのを読むんですかね。私の頃は、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズや、モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」シリーズはみんな読んでいましたから、図書室の棚はいつも歯抜けで、「早くあの巻が戻ってこないかな」と待ち遠しかった記憶があります。
― 子どもの頃からミステリが好きだったんですか?
湊: そうですね。母の持ち物だったのですが、家に「怪盗ルパン」の少年少女向けのシリーズが2冊くらいあって、それがすごくおもしろかったんです。それで学校の図書室に行ったらもっとたくさんあったから読むようになりました。ミステリはそれが最初ですね。
やっぱり謎があるってドキドキするじゃないですか。特に江戸川乱歩は、非日常的な要素が多くて好きでした。変装ひとつにしても、「そこまで他人になれないだろう!」というのがあったり(笑)。あとは「不思議な洋館」とか。
― わかります。有名な変装に「郵便ポストに化ける」というのがありました。
湊: ありましたね。あとはバラバラ死体のパーツがデパートのマネキンの中に紛れ込んでいたり、暗闇に完全に溶け込んで歯だけが浮きあがっていたり、気球に乗って逃走したり、ワクワクするシーンが多かったです。
― 「少年探偵団」のシリーズは、怪人二十面相が出てくるものと出てこないものがありますが、湊さんはどちらが好きでしたか?
湊: 怪人二十面相が出てこないものの方が好きでした。二十面相は何となく展開が予測できるから、登場した時点でちょっとホッとしちゃうんですよ(笑)。それもあって、次第に「少年探偵団」シリーズ以外の、大人向けの乱歩作品に移行していきました。
高階良子さんが『ドクターGの島』として漫画化した『幽鬼の塔』などはドキドキ感が強くて良かったです。
― 私もミステリから読み始めたのですが、それ以外の本を読めるようになるまで時間がかかりました。「謎がない本をどう読めばわからない」という状態だったのですが、湊さんは他のジャンルにも手を広げていけましたか?
湊: その状態はわかります。そもそもミステリじゃない本といっても、何を読んでいいかわかりませんしね。
私はコバルト文庫で新井素子さんの『星へ行く船』シリーズを読んだり、あとはSFの方に行きました。ただ、中学生になったら赤川次郎さんを読んだり、アガサ・クリスティを読んだり、ミステリは一貫して好きでした。ミステリ以外も読みましたけど、やっぱりミステリが楽しいなと思っています。
■ 「絶対に小説を書いてやる!映像にできないものを書いてやる!」
― そんな湊さんが、自分で小説を書いてみようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
湊: 30歳を過ぎて時間ができたので、何かやってみたいと思い始めたんですよね。空想が好きだったので、それを書くことだったらすぐにできるかもしれないと思って始めました。
空想を文字にするのなら脚本形式の方が簡単そうだったので、最初は脚本を書いたんですけど、私のように地方に住んでいると脚本家になるのは難しいということをテレビ局の方に言われたんです。それがあって、じゃあ小説にしよう、と。
― 書き始めてみていかがでしたか? 難しさを感じたところがありましたら教えていただければと思います。
湊: 書き始めてわりとすぐ脚本の賞をいただいたんですけど、今言ったように、地方在住だとプロになるのは難しいと言われてしまった。それがとにかく悔しかったんです。未だに東京にいないとできない仕事があるのかと思うと本当に悔しくて、「絶対に小説を書いてやる! 映像にできないものを書いてやる!」と意地になっていたので、難しさは感じませんでした。負けず嫌いなんですよ。
― 仲のいい作家さんはいらっしゃいますか?
湊: あまりパーティなどに出ないので作家仲間は少ないのですが、有川浩さんは同じ兵庫県に住んでいることもあって親しくさせていただいています。デビューした翌年くらいに、新聞の対談でご縁ができて、それから一緒に演劇を観に行ったり、お食事に行ったりしています。すごく刺激になりますよ。仕事が辛い時は泣き言を言ったりもしますけど(笑)。
― どんなことが辛いんですか。
湊: 何といっても締め切りです(笑)。物語が自然に溢れてきて、楽しく文字にできることなんてまずなくて、アイデアが出てこないことの方が多いくらいなのに、締め切りは必ず来ますからね。
基本的に座り仕事ですけど、やはり体力は消耗しますし、睡眠時間は削られますし、体がしんどいことも多いです。孤独ですしね。
― 物語が出て来ない時の対処法がありましたら教えていただければと思います。
湊: 外に出て歩いたり、家で空想したり、あとはとりあえず手を動かしてみることもあります。
翌日全部消すことになっても、何か書かないことには進みませんし、書いているうちに「ここは使える」「これはいいかも」という部分が出てくることもあります。もちろん「これはダメだ」となることもありますが、そんな時はなぜダメなのかを考えるようにしています。
― 唐突ですが「小説の神様」はいると思いますか?
湊: いてほしいですねえ……。でも、「きたきたきたきた!」って思うこともあるんですよ。普段は暗闇を手探りで歩いている感じなんですけど、急に閃いて「見えた!」となる瞬間です。そういう時はタイピングの速度が物語の進行に追いつかないから、句読点を打ったり改行をしている場合じゃないくらいです。もちろん、年に一回あるかないかですけど、でも確実にあります。そういう感覚を得て書いた作品はやはり今でも好きです。
― 今後、どのような作品を書いていきたいとお考えですか。
湊: ガチガチの本格ミステリは書いてみたいですね。たとえば「密室トリック」というのがありますけど、まだ誰も考えついていない密室がきっとあると思っていて、いつか自分で発見してみたいです。そう思って、浮かんだアイデアを編集者さんに言うと「それは○○の■■ですね」って既存の小説の名前を返されるのですが(笑)。
でも、まだ何か「その手がありましたか!」というアイデアがあると思っています。それは密室トリックに限らずテーマかもしれませんし、謎かもしれません。そういうことにいつか気がつきたいです。
― 湊さんが人生で影響を受けた本がありましたら、三冊ほどご紹介いただければと思います。
湊: 一冊目は、森村桂さんの『天国にいちばん近い島』です。ニューカレドニアの旅行記なのですが、これを読んで「いつか絶対南の島に行くんだ!」と思いました。青年海外協力隊でトンガに行ったことがあるのですが、この本の影響が大きかったと思います。
次はアガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』にします。これは読んで「おおっ!」と驚きました。新鮮でしたね。
最後は林真理子さんの『葡萄が目にしみる』です。なんとなく自分と重ね合わせて読んだ本で、十代の頃のバイブルです。ミステリが好きという割にはあんまりミステリがないセレクトになってしまいましたね(笑)。
― 最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いします。
湊: 最近は“イヤミス”だけでなく、いい話も書いているので、黒いのが出るか白いのが出るかは、開けてみてのお楽しみです。手に取っていただけるとうれしいです。
■ 取材後記
自身が生み出した登場人物たちへのこだわりと深い愛情が垣間見えるインタビューでした。主役級のキャラクターだけでなく、すべての登場人物を細かく造形されていて、お話を伺っていると、活字にはなっていない物語の内側を見ている気分に。正直、圧倒されました。
(インタビュー・記事/山田洋介)
湊 かなえさんが選ぶ3冊
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『天国にいちばん近い島』
著者: 森村 桂
出版社: 角川書店
ISBN-10: 4041287014
ISBN-13: 978-4041287019
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『そして誰もいなくなった』
著者: アガサ・クリスティー (著) 青木久惠 (翻訳)
出版社: 早川書房
価格: 781円+税
ISBN-10: 4151310800
ISBN-13: 978-4151310805
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『葡萄が目にしみる』
著者: 林 真理子
出版社: 角川書店
価格: 473円
ISBN-10: 4041579082
ISBN-13: 978-4041579084
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あらすじ
13年前に起こった、姉・万佑子の失踪事件。無事に戻ってきた姉だったが、妹の心には今も違和感が…。何かがおかしい。
似ているけど、どこかが違う。あれは本当に私の姉なのか?
13年前と現在を結ぶ謎が徐々に明らかになり、物語は予想もつかなかったラストを迎える……。