この作品では、将棋・囲碁などのボードゲームを中心に据え、一人のジャーナリストを通して、それらのゲーム・競技のさなかに起こった人知を超える事件や出来事が語られます。
古くから人間が親しみ続けてきた“ボードゲーム”に宮内さんはどのような可能性を見出したのでしょうか。
ご本人にお話をうかがってみました。
■ “人とゲーム”“人とシステム”というテーマの追求
― 本作『盤上の夜』は直木賞候補となり、日本SF大賞・第6回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞するなど大きな話題となりました。この作品は囲碁や将棋など、ボードゲームをモチーフにした短編集ですが、このアイデアはどのように生まれたのでしょうか。
宮内さん(以下敬称略) 「表題作の「盤上の夜」を新人賞に応募するにあたって、元々好きであった囲碁を題材として選びました。それをシリーズ化するにあたって、世界各地のゲームを扱いながら連作にして、“人とゲーム”や“人とシステム”といったテーマを追究したらおもしろいのではないかと思ったんです」
― 始まりは囲碁だったんですね。本書ではさまざまなボードゲームがモチーフとなっていますが、囲碁以外のゲームについてはいかがですか?
宮内
「将棋といったチェス系のゲームが不得意なのですが、まさかボードゲームを扱った連作短編集で外すわけにもいかなくて、それで将棋を扱った短編も収録しています。
こうしたアナログゲームを題材にした連作というのはオリジナルな発想ではなく、竹本健治さんの「ゲーム三部作」を先行作品として踏まえています」
― 本書を拝読して、自分が思っていた“SF小説”よりも現実世界に根付いていて“こういうSFもあるんだな”と新鮮でした。宮内さんは“SF小説”というものをどのように捉えていますか?
宮内 「まずこの本は何がどうSFなのかという点ですが、たとえば“内的世界の探求”といった要素は、SFが昔から追究してきたものでもあるのですね。とにかく幅が広い、懐の深い分野と言いますか、一種の“なんでもあり”が世界文学に到達したような、そういうカテゴリーであると認識しています」
― 表題作の『盤上の夜』は、碁盤の上に碁石が並ぶ感覚を言語に置き換えるというのがテーマとしておもしろかったのですが、こういった“言語”“感覚と言語のつながり”というのはご専門にやられていたんですか?
宮内 「英文科で言語学をやっていました。ただ、こうした言語をめぐる趣向はSFにおいては定番のテーマであったりもして、どちらかと言えば、及び腰になっている面もあります。だからいずれ、知識を活かしながら本格派の言語SFを書いてみたいとも思います」
― 将棋を扱った『千年の虚空』は物語の形式としてとても美しいものがありました。こういった作品を作り上げた文学的ルーツとしてはどのようなものが挙げられますか?
宮内
「この短編では日本文学的な雰囲気を出そうと思っていました。文体の面では、『芽むしり 仔撃ち』などの大江健三郎作品を意識したりもします。お前が大江を意識してどうするんだって話なんですけど(笑)
あとはそう、中上健次などでしょうか。『岬』がとても好きでして。
ところで、表題作の「盤上の夜」を書いたときはは、いかにして男性的な性や暴力を無効化するかといったことを考えていました。が、性や暴力はある種文芸の王道でもありますので、それを回避して書かなかったというのは、それはそれで癪でして、だからいっそのこと正面からやってみようと取り組んだのがこの作品です」
― チャトランガを題材にした『象を飛ばした王子』からは手塚治虫の『ブッダ』の影響が色濃く感じられますね。
宮内 「そうですね。この作品を読んでくださった方の多くが手塚ブッダを連想するでしょうし、その場合、やっぱり手塚の絵柄が頭に浮かぶのかなと思います。中村光の『聖☆おにいさん』だという方もいるようです。それはともかく、手塚版は私も小さい頃に読んでいて、その呪縛は大きいです」
― あの作品は子どもの頃に読むと強烈ですよね。
宮内 「強烈です。基本的には全然違う話であるはずなのですが、セリフ回しなどには、いかんともしがたい手塚ブッタの影が残っている(笑)」
― 『ブッダ』の呪縛から逃れるために、どのようなことをされましたか?
宮内 「とにもかくにも、扱っているテーマがテーマですので、仏伝本来の全体像を立体的に把握しなければならない。この作品の場合は、仏教典籍を読んだりですとか。ですから、そもそも手塚の呪縛どころではなかった。逆に、読者からすれば遠い古代の話ですので、手塚ブッダのイメージを活用しない手もない。そこで、設定面などは、むしろできるだけ手塚版を踏まえています」
― 『清められた卓』は麻雀がモチーフになっています。この作品が一番ゲームそのものへの宮内さんの愛着が感じられました。
宮内
「麻雀には膨大な時間を費やしましたからね(笑)ゲームそのものの闘いという意味では、この作品だけやたら描写が多いはずです。
ただ、ゲームの闘いを正面から扱っても、ついてこれる人が限られてしまいます。かといって、ゲームをテーマとして選んだおきながら、“戦闘シーン”がいっさい存在しないのも、それはそれで問題があるだろうと。そこで、麻雀に限っては踏み込んで書いてみようと方針を立てました。麻雀であれば、『麻雀放浪記』など、前例がたくさんありますので」
― ゲームそのものを詳しく書かれていると同時に、最もエンターテイメント性が強かったのも『清められた卓』だったように思います。個人的にもあの作品が一番楽しんで読めました。
宮内 「ありがとうございます。そう言っていただける方が多いです」
■ 候補に上がるとは予想もしていなかった直木賞
― それはそうと、直木賞は残念でしたね。ただ、選評を読む限り選考委員はおおむね好評価でした。
宮内 「“なんでこんなのが候補に上がってきたの?”と言われると思っていたのですが、みなさん好意的な評を書いてくださいました。そのなかで、宮城谷昌光さんが作品全体の敷居の高さのようなものを指摘しておられまして、これは胸にとどめなければと思いました」
― 候補上がったことを知らされた時の心境はいかがでしたか?
宮内 「候補になったという電話がきたのが、吉祥寺のブックスルーエで『キン肉マン』の新刊をレジに運ぼうとしたまさにその瞬間でして、非常に取り乱したのを覚えています。それはともかく、まさかこのようなことになるとは、いっさい想定していませんでした」
― 選考の日はどうされていましたか?
宮内 「この本の版元の東京創元社さんを中心に、その時交流のあった編集者の方々と待っていました。新人が“待ち会”というのもどうかと思ったのですが、せめて少しは盛り上げようと(笑)」
― 宮内さんが小説を書き始めた経緯はどのようなものだったのでしょうか。
宮内 「16、17歳くらいの頃に新本格ミステリにハマったのがきっかけです。それこそ綾辻行人さんとか。それと、当時たまたま隣のクラスに“犯人当てたらカレー一杯おごるよ”って言って、自分で書いた犯人当て小説を学校に持ってくる人がいまして、“おもしろそうだから俺もやってみよう”と思ったのが最初です。そこからはずっと書いています」
― 高校生の頃から書き始めるというのは、比較的早い気がします。
宮内 「早いかどうかはわからないですけど、隣のクラスでは盛んでした。うちのクラスでは音楽の方が盛んでしたが」
― 音楽もやっていらっしゃったんですか?
宮内 「小説よりも音楽の方が早くからやっていました。小学六年生の時にMSXという8ビットのパソコンを買ってもらいまして。それが音源の積まれた機種でしたので、じゃあ曲を作ってみようと。家に楽器があったから弾いてみた的な始め方でした」
― 次に、読書についてお話を伺いたいのですが、小説を書き始める前から本は好きで読んでいましたか?
宮内
「遡るとどこまで行くかわからないのですが、“これすげえ!”“これ面白い!”となったもので明確に覚えているのが(フィリップ・K・)ディックとドストエフスキーです。
でも、当時は何と言いますか、“本”とか“文学”とか、そういう枠組みを意識したことがなかったんですよ。小説を表現形態として意識しながら楽しく見始めたのは、自分で小説を書き始めてからです」
― ご自身で小説を書き始めてから“これはすごい!”と思った作品があれば教えていただければと思います。
宮内
「数え切れないほどあるので、どれを挙げていいものか…(笑) さっきお話した綾辻さんや竹本健治さんは、自分にとって原体験的な作家ですから、自分の中を占める比重はとても大きいです。
そこから物語、構造、文体といったものに目を向けはじめ、日本文学へ移行し、中上や大江、開高健あたりで第二の衝撃を受けました。その後がやっと世界文学です。ラテンアメリカ文学が好きになりましたね。ボルヘスとマルケスでいうと、マルケスの方が好きです」
― 僕もマルケスの方が好きです。実はボルヘスは何回も挫折しているんです。最後まで読めなくて。
宮内 「私も読めたかどうか怪しいです。もしかしたら、どうこう言える段階ではないのかもしれません。で、読書遍歴的には、世界文学を経てようやくSFを再発見しました」
■ 「質にこだわって、ヘンなものを」
― 現在は長編を執筆中とのことでしたが、刊行のご予定はいかがですか?
宮内
「春ごろに2冊予定していまして、一つが長編で、もう一つが連作短編集です。
長編は精神医学をテーマにした書き下ろしで、何事もなければ東京創元社から刊行されます。短編集のほうは、早川書房の『S-Fマガジン』に載せてもらった連作がありまして、それに書き下ろしの短編を一つ加えて一冊にまとめる予定です。こちらは“DX9”という楽器のような初音ミクのようなロボットが、世界各地で紛争や民族衝突、革命など色々なものと交差するという、ライトなようなヘビーなような、いわくいいがたい作品になる予定です」
― そういえば、宮内さんは海外を放浪していたことがあるとお聞きしました。
宮内 「放浪と呼べるかどうかは別として、大学を出て、アルバイトをして貯金して旅に出て、ということをやっていました。当時インドとアフガニスタンに行ってみたかったので、南アジアを回りまして。そこからは合間合間にどこかに行ってという感じですか」
― パキスタンにも行きましたか?
宮内 「インドからパキスタンに行って、アフガニスタンですね。その国境がカイバル峠と呼ばれる場所なのですが、円城塔さんと伊藤計劃さんの『屍者の帝国』に出てきまして、“俺、行ったことある!”と少しにやにやしました」
― かなり長期間にわたって海外に行かれていたかと思いますが、そもそもなぜ海外に出ようと思われたのでしょうか。
宮内
「高校時代からずっと小説を書いているのですが、理屈に偏りがちといいますか、頭の中だけで話を作りがちな、そういう傾向が自分にあるとわかりました。
で、変な話なのですが、“この後仮に作家としてデビューできても、一作か二作書いて早々にフェードアウトしそうだ”と思うに至ったのです。明らかにポイントが間違っているというか、どちらかといえば、それを心配すべきはまさにいまこの瞬間なのですが、とにかくそう思ったわけです。それで、あわよくば自分の内面を広げて価値観も壊してみよう、と思い立ち日本を出ました。だから結果的には自分探しと何も変わらないと言いますか(笑)
」
― 旅先で一番衝撃的だったことはどんなことでしたか?
宮内 「そういえば、南インドからカルカッタに電車で北上している時に、バングラディッシュの学生と友達になったことがありました。で、遊びに来てくれというので、バングラディッシュに行ったついでに彼の家に遊びに行ったんです。ところが私が訪ねた時に彼は不在でして、妹さんにお土産だけ渡して宿に帰ったのですね。すると、いったい何をどうしたのか、彼は私の宿を突き止めて、馬車にスーツに薔薇という出で立ちで迎えにきたんです。あれはびっくりしました(笑)季節的に日本人があまりいなかったからかも知れませんけど、それにしてもどうやって突き止めたのかと」
―そういった海外での体験を小説に書いてみようと思ったりもするのでしょうか。
宮内 「いずれは、という感じでしょうか。海外に行ったからといって、それを書くというのも安易な気がしますし。だから、まずは日本を描いて勝負して、という思いがありまして、『盤上の夜』の主な舞台が日本であるのは、それが理由です。 ただ、少し前、梓崎優さんが『叫びと祈り』を引っさげてデビューして話題になったのですね。これはジャーナリストが世界各地で謎と遭遇する話でして、最初がこれでもいいのだと驚いたことを覚えています」
―作家として、今後の目標や抱負があれば教えていただければと思います。
宮内 「まず作家を自称できるようになるのが目標です(笑) このままマグレがつづいて5年後10年後と仕事があり、まだ生きていれば、作家を名乗ってみたいところです」
―今は専業作家として活動していらっしゃるんですか?
宮内 「専業と言えば専業です。もともと仕事を辞めて途方に暮れているところ、新人賞に引っかかりまして。金がなくなるまで書けるだけ書いておこうと思い、それでいまに至ります」
―でも、今は賞も取られて忙しくなりそうですね。
宮内 「おかげさまで(笑)まだしばらくは大丈夫そうです」
―人生で影響を受けた本がありましたら三冊ほどご紹介いただければと思います。
宮内
「いっぱいあって難しいですね…。一冊目は大竹伸朗さんの『既にそこにあるもの』にしようかな。「ヤマンタカ日記」というエッセイが収録されていまして、ボアダムズの山塚アイと曲を作る話なのですが、これがまた自由な発想の宝庫で、自分の創作の原点になっている気がします。
二冊目は、法月綸太郎さんの『パズル崩壊』を。これは短編集なのですが、「カット・アウト」という中編が理想の一つなのです。
最後に飛浩隆さんの『象られた力』を。これは語れないです。“そういえば小説って面白いものだった!”と何か大事なものを再発見させてくれました」
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。
宮内 「『盤上の夜』は手探りで書いた念願の最初の小説なのですが、みなさんの応援のおかげで次につながりそうなので、とにかくそのことをありがたく思っています。しかもそれが、あろうことか直木賞の候補になったり、それどころかSF大賞まで取ってしまってと、なんだか恐ろしいようでもありますが、がんばって質を重視しつつヘンなものを書いていく予定ですので、どうか、ひきつづき応援いただければと思います」
■ 取材後記
自作について丁寧に語る宮内さんからは“小説を読むのも書くのも大好きな人”という印象を受けました。
今回取り上げた『盤上の夜』は、竹本健治の「ゲーム三部作」を踏まえているといいながらも、オリジナリティでは抜きんでた一冊。本当におもしろいのでぜひ読んでみてください。
■宮内悠介さん
1979年東京生まれ。1992年までニューヨーク在住、早稲田大学第一文学部卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。海外を放浪したり麻雀プロの試験を受けたりと迷走ののち、プログラマーに。2010年「盤上の夜」で第1回創元SF短編賞最終候補となり、選考委員特別賞である山田正紀賞に輝く。
あらすじ
四肢を失った若き女流棋士・由宇の栄光と数奇な運命をつづった表題作のほかに、将棋や麻雀、チェッカーなどのボードゲームをモチーフにした全6編を収載。今最も注目される新人作家による、SFの新時代を感じさせる連作短編集。■インタビューアーカイブ■
第81回 住野よるさん
第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
第75回 川村元気さん
第74回 斎藤惇夫さん
第73回 姜尚中さん
第72回 葉室麟さん
第71回 上野誠さん
第70回 馳星周さん
第69回 小野正嗣さん
第68回 堤未果さん
第67回 田中慎弥さん
第66回 山田真哉さん
第65回 唯川恵さん
第64回 上田岳弘さん
第63回 平野啓一郎さん
第62回 坂口恭平さん
第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
第59回 和田竜さん
第58回 田中兆子さん
第57回 湊かなえさん
第56回 小山田浩子さん
第55回 藤岡陽子さん
第54回 沢村凛さん
第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
第50回 三田紀房さん
第49回 窪美澄さん
第48回 宮内悠介さん
第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
第35回 吉田 修一さん
第34回 仁木 英之さん
第33回 樋口 有介さん
第32回 乾 ルカさん
第31回 高野 和明さん
第30回 北村 薫さん
第29回 平山 夢明さん
第28回 美月 あきこさん
第27回 桜庭 一樹さん
第26回 宮下 奈都さん
第25回 藤田 宜永さん
第24回 佐々木 常夫さん
第23回 宮部 みゆきさん
第22回 道尾 秀介さん
第21回 渡辺 淳一さん
第20回 原田 マハさん
第19回 星野 智幸さん
第18回 中島京子さん
第17回 さいとう・たかをさん
第16回 武田双雲さん
第15回 斉藤英治さん
第14回 林望さん
第13回 三浦しをんさん
第12回 山本敏行さん
第11回 神永正博さん
第10回 岩崎夏海さん
第9回 明橋大二さん
第8回 白川博司さん
第7回 長谷川和廣さん
第6回 原紗央莉さん
第5回 本田直之さん
第4回 はまち。さん
第3回 川上徹也さん
第2回 石田衣良さん
第1回 池田千恵さん