第41回の今回は、26年間続いた連載小説『大帝の剣』を完結した夢枕獏さんです。
時代小説でありSFでありアドベンチャーでもある本作は、おもしろいなら何でもアリのエンターテイメントの超大作。
この物語がどのように立ちあがり、書き上げられたのか。
夢枕さんにお話をうかがいました。
■ 「終らせてしまって正解だったのかな、という思いは未だにある」
―今回取り上げさせていただく『大帝の剣』は、SFであり時代劇であり冒険活劇でもあり、とものすごいスケールを持つ、破天荒なストーリーとなっています。この作品の最初のアイデアはどのようなものだったのでしょうか。
夢枕 「時代劇はずっと書きたかったんですよ。ただ、26年前当時、普通に時代劇を書くのは自分の能力的に無理なんじゃないかと思ったんです。時代劇ってうるさい読者がたくさんいる世界なので、時代考証を間違えたりすると怒られるんじゃないか、とかね。
それならば、単なる時代劇ではなく、時代劇というスタイルを借りて、もっとぶっ飛んだ話にしようと思いました。そこで、時代劇の剣豪ものであったり、宮本武蔵であったり、シルクロードだったり、宇宙人だったり、自分の好きなものを全部詰め込んだんです。
ただ、当時はマンガなどでも、宇宙人のような異形のものと普通の人間が戦う時、人間側が不思議な力を手に入れて勝っていくスタイルが多かった。
僕はそういったものではなく、せいぜい人間が持っている“気”を使うくらいのレベルでどの程度宇宙人と対等に戦えるのかなと、そういう描写を書きたかったんです。そこで、体のでかい奴が大きな剣を振り回して戦うというアイデアになりました。
作品の後半では、物語の設定上その大きな剣が人間の持つ力をさらに引き出すというところへ踏み込んでいくんですけれど、途中までは人間本来の力でいかにして宇宙人と戦うかということやっているんですね」
―確かに、第3巻までは人間同士の戦いの場面が多いです。
夢枕 「そうですね。人間同士だったり、人間に乗り移った宇宙人との戦いだったり。あとは山田風太郎の『忍法帖シリーズ』のスタイルも入っています。後半ですね、いわゆるSFっぽい向きになっていくのは」
―第1巻(<天魔降臨編><妖魔復活編>)のあとがきで、ご自身を「歴史のことなど何も知らない人間」と書かれていましたね。
夢枕 「はじめた頃は、本当にほとんど知らなかったですね(笑)まあ、勉強もしたので今は多少わかります。」
―その状態で江戸初期を舞台とした「時代小説」を書こうと思われたのはどうしてだったのでしょうか。
夢枕
「やりかったのは、自由な闘いですね。格闘技ものだと現代の色々な制約があって、たとえば人を殺したりしたら大変な犯罪になってしまいますし、闘いになるとすぐにおまわりさんがとんできます。この頃も、役人がいて、それなりに制約はあるんですが、現代ほどじゃない。
確かに歴史はほとんどわからなかったのですが、それでもNHKの大河ドラマでやっているくらいのことはわかります。『太閤記』などは大河ドラマでやっている時代があるのですが、『大帝の剣』は時代的にそのすぐ後の話なんです。
あとは、真田幸村だとか真田十勇士っていうのは僕の世代だと小さい頃にマンガや小説などで読んだりしてるんです。
そういうわけで、真田十勇士の活躍は頭に強く残っていたので、そういうのを作品に入れたかったんですね。ただ、その時代の細かいところまではわからなかったですね」
―夢枕さんには以前にも一度取材をさせていただいたことがあり、その時に「ご自身にとって“面白い小説”とはどのようなものなのでしょうか」とお聞きしたのですが、「自分の宇宙観が変わる小説」とおっしゃっていました。この作品はまさにそんな小説ですよね。
夢枕 「ほとんど先を決めずに書いていたんですよ、この作品は。書き始めた当時の作品世界はシルクロードの果てまでだったんですけど、それを外から来た宇宙人によって広げられればいいなと思っていました。でも最終的にシルクロードまで行けませんでしたね」
―世界観もそうですが“こんな小説があってもいいんだな”という、自分のなかの小説観が変わりました。
夢枕
「それはありがたいことです。未だにわからない部分があって、半村良さんなんかは、「終らない物語こそが、正しい物語である」みたいなことを言ってるんですけど、はたしてこの物語は終わらせて正解だったのかな、という思いがあります。こういう話って、どんどん広げていく時が楽しくて、それは書く方も読む方も同じだと思うんです。半村さんは、それでいいんだって。でも、僕にはこの物語は終わらせないといけないという使命感がありましたからね。
ただ、こういう話って永遠にかっ飛ばし続けて(笑)あくまで源九郎たちがシルクロードを目指すスタイルの話の中で広げるだけ広げて、という手口の方がよかったのかなと。そこは未だにわからないですね。
これは連載している雑誌の方の受け入れ態勢もあるので、作者の側だけの問題ではないんですけど(笑)」
■ 「『西遊記』のような物語を目指して」
―宮本武蔵や佐々木小次郎、天草四郎など、実在した人物と創作したキャラクターが共存しているのもこの作品の特徴です。実在していた人物の造形などはどのようにして行いましたか?
夢枕 「宮本武蔵に関していえば、坂口安吾の『日本文化私観』という本に書かれた武蔵と、梶原一騎の『斬殺者』の武蔵、吉川英治の『宮本武蔵』の中の武蔵、あとは僕のなかの“こういう人間であってほしい”という願望もあります。この4つの武蔵が合体したのが『大帝の剣』の宮本武蔵ですね」
―宮本武蔵に関してはイメージとぴったりでしたが、天草四郎は私が持っていたイメージとは少し違う印象を受けました。
夢枕 「橋幸夫さんの『南海の美少年』という曲に、“天草四郎美少年”っていう歌詞があるんですよ。だから、僕の中では天草四郎っていうと美形で妖しい伴天連の妖術を使うっていうイメージでしたね。天草四郎は山田風太郎の『忍法帖シリーズ』にも出てきますよね」
―本作には魅力的なキャラクターが数多く登場しますが、なんといっても万源九郎の存在感が際立っています。彼の人物造形をした際にイメージした人はいますか?
夢枕 「源九郎はね、武蔵のなかの陽気な部分をもっと極端にした感じです。宮本武蔵と万源九郎のキャラクターは少し似ているんですけど、武蔵の方はもっとまじめで堅物。たとえば、梶原一騎が描いた武蔵は女が寄ってこないようにわざと魚の内臓を擦り込んだ臭い服を着て旅をしているんですけど、そういうことをしないのが源九郎ですね」
―この作品は執筆に26年かかったという超大作です。これだけの作品となると執筆中に苦心した点も多いかと思いますが、一番書くのに苦しんだ箇所はどの場面でしたか?
夢枕
「苦しんだのは終わらせようと思ってからですね。2005年から『週刊ファミ通』で<天魔望郷編>の連載を始めたのですが、これは基本的には終わらせるための連載だったので、そこからですね。
僕のイメージでは、シルクロードでヒロインである蘭を逃がし、タクラマカン砂漠の真ん中にある宇宙船まで行くという、『西遊記』ばりの話にしようと思っていました。
三蔵法師の代わりに蘭を置いて、それを化け物がつけ狙うのを、孫悟空役の源九郎が倒していくというイメージでいたんですが、これは死ぬまでに終わらないな、と。そう思った時から苦労が始まったんですよね。
終わらせるっていうこと自体この作品にとってどうなのよ!?というのが未だにありますし、どこまでもシルクロードを目指して、僕が死んだら終わりっていうスタイルもありだったのかなとも思います」
―同時に、実に楽しそうに書かれた小説だとも感じました。この作品で最も書きたかった場面はどの場面でしたか?
夢枕
「“気”と呼ばれるものって今ではお馴染みの概念なんですけど、この作品を書き始めた当時はあまり使われていなかったんです。
ただ、マンガの中でこれはすごいと思ったのが、小島剛夕の『半蔵の門』のなかで、老人と正体のわからない何者かが戦うシーン。小屋の中にいて、外にいる誰かが動いていく気配だとかが実によくわかるんです。そういうのを書こうとしたのが、源九郎が小屋の中にいる時に外から誰かが迫ってくる場面です。コオロギが鳴き止んだな、とか屋根の上に誰かが乗ったな、という描写があるんですけど、あのあたりはかなり燃えて書きましたね」
―確かに、忍者同士の戦いの場面には、互いの気配の察し合うすばらしい描写がありました。
夢枕
「ええ。後半の方でいうと、蟇翁が申を追いかける場面なども燃えました。どういう風に追いかけて、どういう風に逃げるかという描写ですね。
追われているのはわかっているんだけど相手が見えないとか、見えざる敵の気配をどう感じているかというのはかなりしつこく書きました」
―完成した時の感想はどのようなものだったのでしょうか。
夢枕
「山を登り終えた時の感じかな。ようやく頂上に立ったという感じですかね。大仕事を終えた満足感はありました。
でも、この前Amazonを見たら星が1つでさ(笑)好き嫌いはあるにしてもそれはないだろって。文句をつけるわけじゃないんですけど、これは作者として“それは違うんじゃないの?”って思うわけですね。星1つっていうのは言ってみれば“0点”っていうことですから。点数は自由につけてもらってもちろんいいんですが、どう考えても星1つというのはねえ。僕は、本当に、この話、おもしろいと思ってますから。
発売されてから割と早い段階でレビューを書いてくれたというわけで、ずっと読んできてくれた読者の方だと思うんですよ。だから、作者としてはそこは感謝しつつも、複雑ですね。仮に、僕は自分で星1個だと思ったら、作者として絶対に本にはしませんから。作者は、どういう話であれ、星5つと思って書いてるわけですから」
■ 「とにかく、結末を見届けてほしい」
―次に執筆スタイルについてお聞きしたいのですが、アマチュアの頃から最後までプロットを決めて書いたことがほとんどないそうですね。このスタイルには何か理由があるのでしょうか。
夢枕
「そうですね。ラストを決めずに書くケースがほとんどです。ただ、書きたいシーンというのは連続してあるんです。もちろんそれは書いてゆくわけですが、スタート時は、ラストのことはあまり考えてなかったりします。
だから、書きながらラストにたどりつくっていうスタイルですね。
僕の作品の多くはそうやってできあがりました」
―夢枕さんが小説を書くうえで影響を受けたという作家がいらっしゃいましたら教えていただければと思います。
夢枕
「自覚しているところでは筒井康隆さんと平井和正さんかなあ。あとは作家ではなく特定の作品だったり、いろいろ影響は受けていますね。
平井和正さんの『ウルフガイ』という作品に、看護婦が犬神明の血を注射されて姿が変貌していくシーンがあるんですけど、それがすごくきれいだったんですよね。グロテスクなものを美しく描写するというのは、この作品を読んで自分の武器としてもらった感じがあります」
―この作品は映画化もされていますが、その際に映画監督の方に注文を出したりはされたんですか?
夢枕 「ほとんどなかったですね。監督がイメージを持っていたので、そのイメージ通りで行きましょう、と。僕だって小説にあれこれ口を出されたら嫌ですからね(笑)」
―自分の作品が映像化になるというのはどういった感想を持つものなんですか?
夢枕
「非常に複雑ですよ。当然、僕の方は作品のイメージがあるわけですが、映像化する方は、それとは違うイメージを出してくるわけです。あたりまえのことですが、作者と同じイメージのものは、まずできません。同じイメージにする必要もない。僕としては自分のイメージを超えたものが出てきてほしいし、自分のできなかったことをやってほしいというのがあります。映像化されたものが自分のイメージを超えた時はうれしいですね。
映画化ということでいうと辛い質問をされたことがあります。
『陰陽師』は映画だけでなく、テレビドラマ化もされたんですけど、映画は野村萬斎さんが主演で、テレビドラマの方は稲垣吾郎さんが主演でした。それで、“萬斎さんと稲垣さん、どちらの安倍晴明がいいですか?”って。そんなのどっちとも言えるわけがないじゃないですか(笑)
小説でも映画でも、作品が世に出てしまったら原作者は逃げちゃダメですよ。時々、“この映画の出来はいかがですか?”と聞かれて、出来がよくない時に、“あれは僕は知りません。映画の方にはタッチしていないので”っていう人もいます。
色々な考え方はあると思いますが、映画って大きな船ですから、それにみんなが乗っている。作者も乗っている。みんなが一生懸命に作ったものに対して、作者ひとりが船から勝手に逃げ出してしまうようでね。何かいい答があるといいんですけどね」
―夢枕さんの人生に影響を与えた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただけれませんか?
夢枕 「その時々で違うんですけど、『西遊記』と、平井和正さんの『ウルフガイ』手塚治さんの『火の鳥』ですかね」
―最後になりますが、読者の方々に向けてメッセージをいただければと思います。
夢枕
「基本的にはずっと読んできてくれた方へのメッセージになるんですけど。とにかく結末を見届けてほしいということですね。雑誌が休刊になったりして何度か中断しましたが、26年書いてきました。
30代で書き始めて60代になって完成ですから、これはこれですごいことだと思うんですよ(笑)
30代には30代の体力と筋力があるわけで、60代で30歳と同じ速度で100メートルは走れませんが、その時にどうするかっていうことですね。これが答になってるかどうかはわかりませんが」
■ 取材後記
『サイコダイバーシリーズ』完結時に続いて二度目となった夢枕さんへのインタビューでしたが、穏やかで率直な語り口は変わらず、物語に貪欲な姿勢が伝わってきました。『大帝の剣』は冒険・闘い・歴史と物語をおもしろくする要素が詰まった大作。
全5巻の長編ですが、一度読みはじめたら最後、一気にラストまで読まずにいられなくなるはずです。
(取材・記事/山田洋介)
■夢枕 獏さん
昭和二十六年神奈川県小田原市に生まれ、昭和五十二年に「カエルの死」でデビュー。昭和五十九年の『魔獣狩り』に始まるサイコダイバー・シリーズで、超伝奇小説のムーブメントをリードする人気作家として飛躍した。『上弦の月を喰べる獅子』で第十回日本SF大賞、『神々の山嶺』で第十一回柴田錬三郎賞を受賞。
釣りや格闘技、写真、陶芸など趣味は多彩。近年はコミック化された『陰陽師』シリーズが名高く、NHKのマンガ特集番組に準レギュラーで出演するなど、コミックに対する造詣が深いことでも知られる。
公式ホームページ「蓬莱宮」http://www.digiadv.co.jp/baku/と
ブログ「酔魚亭」http://www.yumemakurabaku.com/を人気公開中。
■インタビューアーカイブ■
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第80回 高野秀行さん
第79回 三崎亜記さん
第78回 青木淳悟さん
第77回 絲山秋子さん
第76回 月村了衛さん
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第61回 山田宗樹さん
第60回 中村航さん
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第58回 田中兆子さん
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第55回 藤岡陽子さん
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第53回 京極夏彦さん
第52回 ヒクソン グレイシーさん
第51回 近藤史恵さん
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第47回 種村有菜さん
第46回 福岡伸一さん
第45回 池井戸潤さん
第44回 あざの耕平さん
第43回 綿矢りささん
第42回 穂村弘さん,山田航さん
第41回 夢枕 獏さん
第40回 古川 日出男さん
第39回 クリス 岡崎さん
第38回 西崎 憲さん
第37回 諏訪 哲史さん
第36回 三上 延さん
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第33回 樋口 有介さん
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第30回 北村 薫さん
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