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新刊JPトップ > 特集 > 「リクルート事件の真実 ― 葬り去られた稀代の経営者・江副浩正 ―」

「江副浩正」の姿に迫る

■#3/もし、リクルート事件が起こらなければ今の日本はどうなっていた…?
―では、読者の方からはどのような反響が届いていらっしゃいますか?
「もともと、リクルート事件を20代・30代の頃に経験していた方々、つまり今、40代から50代以上の方々を読者として想定していたのですが、それよりも下の世代、若い方々にむしろ読者が広がっている印象です。データ的にもその傾向はあります。
たとえば江副さんをホリエモンの大先輩に当たる人だとか、ベンチャーの先駆的な人物だと捉えていて、その人が国家権力という言い方はおかしいですけど、そういったところとぶつかり社会的に存在を消されてしまった。ライブドア事件と重ねながら、どうしてそうなったのかという関心を持って読む若い人は、おもいのほか多いようです。」
―リクルート事件は若い人にも語り継がなければいけない事件だと思いますが、本書を通して語り継がれるということに意味があると思います。
「これは堀江さんも言っていましたが、今から21年前に、日本経済は江副浩正という人間を失ってしまったのです。先ほども話しましたが、もし、江副さんが経済人として姿を消すことなく、今でも現役でいらしたら、たぶんYahooもなかったし、楽天も、ソフトバンクも現在のような形では存在していなかったと思いますよ。リクルートがそうした事業をやっていた可能性が高いと思います。
また、他の有名ベンチャー、たとえば楽天にしてもライブドアにしても、急成長の基本はネットビジネスと株ですね。その点、リクルートはすごく手広い。不動産業もやっていましたし、金融業もやっている。ありとあらゆる業態を成功させています。江副さんは他のベンチャー企業家とは格が違いますよ。
そんな稀代の経営者を21年前に沈黙させてしまったのは、これは大きな損失だと思います。それは日本のビジネスの土壌において、ベンチャー立ち上げに対するモチベーションを下げたことは間違いないと思います。今、若い人に元気がないというのも、こうしたところに一因があるのではとみていますよ。」
―では、もしリクルート事件が起こらなければ、今の日本はどうなっていたと思いますか?
「もっとベンチャー企業がポジティブに捉えられていたと思います。江副さんは当時51歳でしたが、50代といえば、経済人として一番脂が乗っている年齢ですよね。その最も良いときに自分の資金やアイデアや、行動力を駆使してさらに事業を進めていたらどうなっていたのかな、と。
また、江副さんが他のベンチャー企業と比べてすごいのが、リクルートは江副さんに続く人材、社会を動かす人材が次から次へと出てくるんですよね。他のベンチャーではそういうことがほとんどなくて、ライブドアで堀江さんの薫陶を受けて会社を興し、成功したという人は聞かれないですし、出版社でいうなら幻冬舎もそうですよね。見城徹さんというすごい編集者がトップにいるけど、それに続く人がいるかというと疑問です。
でも、江副さんの下からは、例えば評論家の立花隆さんやNTTでiモードを開発した松永真理さん、あとは先日亀田興毅と内藤大助のボクシングの試合がありましたけど、あの試合のプロモートに関わった東さんという方もリクルート出身ですし、とにかく幅広い人材を世の中に送り出しています。わが社の中公新書ラクレというシリーズに77万部のベストセラー『世界の日本人ジョーク集』がありますが、この本の著者である早坂さんもリクルート出身です。江副さん自身もそうですし、リクルートのDNAを継いだ人たちがもっと活躍したとは思いますよね。」
―本書の終わりの方で、江副さんが自分はさして才能のある人間ではないとおっしゃっているのですが、そう言えること自体がすごいと感じました。
「この言葉、江副さんは謙遜ではなく、嘘偽りなく書いていると思いますよ。ベンチャー企業といえば、ある部分では新興宗教みたいなところがあって、トップは自分を天才か何かだと思いこんでいるのが通常ですし、そうしたトップの言っていることは黙って聞かないといけない、という組織のイメージがありますが、江副さんは全く、そういう雰囲気がないのです。こういった人がすぐれたリーダーシップを持ったことじたいが、わたしにとっては大きな謎なんですよ。
なによりベンチャー企業っていうのは、トップの鋭いリーダーシップが存在しないといけない世界だと思うのですが、江副さんはさきほどおっしゃったように自ら『優れた人間ではない』と言いますし、見た目も本当に普通なんですよね。独特な風貌・格好をしているわけでもない。話し方も命令口調ではない。でもそういう人があれだけのリーダーシップをふれたというのは、謎めいているし、それだからかえって魅力的ですよ。
本の編集などを通じて、わたしもお付き合いをさせていただいていますが、謎は深まる一方(笑)。もちろん、『なんか違うな』というところは、たくさんお持ちの方です。」
―本のタイトルにある『リクルート事件 江副浩正の真実』の「真実」という言葉にどのような意味を込められたのでしょうか?
「これは、本書の『まえがき』『あとがきのあとがき』にも書いていますが、戦後を揺るがした事件の1つの見方を提示した、つまり、江副さんが見た真実という意味を込めて『江副浩正の真実』というタイトルにしたのです。
真実という言葉を聞くと、『それは1つしかない』と思うのでしょうが、そうではないのです。あくまで江副浩正という人物から見た真実であり、もちろん検察側から見た別の真実もあるはずだというのは、本書のなかで江副さんがきちんと断っています。江副さんは検察側からの真実という別の本が書けるだろうと、注意深く2度も書いているのです。ある事件に対して、様々な見方がある。その1つを提供しますよ、という意味ととらえていいと思います。もちろん、『江副浩正の真実』というタイトルを使うことには、やはり江副さんのこだわりがあるわけで、ここで書かれている、見たこと、体験したことは、あくまでまったき江副さんの真実であるということです。」
―本書を編集する際に最も気をつけたこと、気を使ったことはなんですか?
「やはり“ファクト”ですね。今回、判決資料など一時資料と付き合わせて、十全の校正を行いました。資料はロッカー三つ分もありました。原文を見て一字一句誤りがないか確認しながら、校了にしていったのです。とにかく校正・確認作業は念入りに行いました。ファクトと言う意味では、資料を前提に、かなり精度の高い本になったと思っています。」
―最後に、本書をどのような人に読んで欲しいですか?
「本来想定していた中心読者は40代後半以上です。そうした『同時代にリクルート事件を経験した』人にも、もちろんより多く、手にとって欲しいと思っています。
それと同時に、やはりわたしは、事件を知らなかった若い人に読んで欲しいのです。先ほども言ったように、インターネットという情報の海が広がり、現代の日本社会は、開かれた社会になっている。国際的なものとフラットに付き合わなければならない時代に生きている。若い人にとっては、これから長くそうした時代が続くわけです。だからこそ、若い方々に、本書を読んで欲しいと思います。なによりメディアリテラシーにとって役立つはずですし、1つの時代を築き上げたベンチャーのトップが、どのような蹉跌を経験したのかを辿っていくことは、これからの時代を生き抜く上で、必ず力になると思っています。」

(インタビュアー・記事/金井元貴)
「江副浩正」の姿に迫る

横手拓治さんプロフィール
1960年東京生まれ。千葉大学卒。3つの出版社に勤務し、女性月刊誌、小説誌、文芸図書、文庫、新書などの編集部を経る。中公新書ラクレ創刊編集長。

リクルート事件 江副浩正の真実