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今のままの”育て方”で大丈夫だと思いますか?
遺伝子学者と脳科学者の往復書簡
東北大学教授 村上和雄 インタビュー
―まずは遺伝子がどんな役割を人間にとって果たしているのか、その基本的なところを教えて頂ければと思います。
村上
「一般的によく知られているのは、私どもの遺伝子は両親から受け継ぎます。ですから、私どもの顔が親に似るわけですね。その他に、才能や能力も受け継ぐ可能性がある。

そして、あまり詳しくは解明されていませんが、実は遺伝子はもう1つ大事なことがありまして、遺伝子は今、この瞬間も働いているということです。そういう点で遺伝子は人間にとって非常に大切なものなのです」
―よく我々は人に勝てるものがないと、遺伝子、遺伝によるものだから仕方がないといったことで、個々の能力差を遺伝によるものだと考えがちですが、そういう点についてはいかがでしょうか。
村上
「もちろんそういったこともあります。しかし、現在、人の遺伝子暗号が解読されており、人間の遺伝子暗号を比較すると、天才と言われている人も全く普通の人も、遺伝子暗号の違いはほとんどない、99.5%以上同じだということが分かっています。

だから私たちが思っているほど、遺伝子のレベルでは差がないのです。もちろん、0.5%の差がその人の能力や体力に影響を与えていると思いますが、遺伝子の99.5%が同じだということが分かったということが、かなり重要であると思うんですね。」
―そうしますと、0.5%の差以外の一致している中で、私たちが個々の能力が最大限発揮されるためには、どのようなことが必要なのでしょうか。
村上
「遺伝子はDNAという暗号で書かれていますが、研究から本当に働いているのはわずかだということが分かりました。実は何%働いているかはまだはっきりしない部分がありまして、今、はっきり分かっているのは働いている遺伝子が2%くらいしかないということです。後は何をしているか分からない。

だから、寝ている良い遺伝子のスイッチをオンにして、起きている悪い遺伝子、例えば病気になるような遺伝子のスイッチをもし切ることができれば、私たちの可能性はまだまだ伸びるということが遺伝子レベルで分かりだしているというところです。これは科学上の発見だけではなくて、教育や生きがいにも関係してきます」
―我々の身近な体験の中で、その2%を超えた部分で遺伝子の情報を活用している例は何かありますか?
村上
「遺伝子は環境によってスイッチオンになります。例えば火事が起こったときは普通の人間では出せないような力が出せますよね。もっと違う例では、環境そのものを変える。日本で伸びなかった人がアメリカに行ったら急に伸びる。特に科学の分野で多いのですが、そういうことあるんですね。

でもアメリカに行ったからといって遺伝子の暗号が変わったわけではないんですよ。環境が変わっただけなのです。でも、環境と言うものが遺伝子に多くの影響を与える。ということが分かりだしています」
―環境というと、受動的なものなのかな、という印象があります。でも、人間が自らの意志でそこらへんを変えていく、つまり環境によらないで変えていくことは可能なのでしょうか。
村上
「そう私どもは思っています。遺伝子にとってはですね、物理的な環境…例えば、日本からアメリカに行くとかではなく、その人の気持ちとか心が遺伝子に影響を与えると思っているんですよ。

それを証明するために、私たちは心と遺伝子の関係について調べています。心が変わったら遺伝子のオン/オフが変わるのかということですね」
―そうしますと、この本のテーマである子育て・教育という非常に強く結びついてくると思います。
村上
「そうですね。子どもがどういう両親に育てられるのか、どういう人に出会うのか、どういう学校に行くのか、あるいはいつ生まれたということも大いに影響があると思います」
―子どもを取り巻く環境といいますと、今おっしゃったように学校であったり両親であったりといろいろあると思うんですけど、今の子どもを取り巻く社会関係をどうお考えですか?
村上
「これは日本に限りますけど、今の子どもさんたちは大変恵まれていると思います。私どもの時代に比べると問題なく恵まれています。

しかしその恵まれているということが、本当にいい遺伝子のスイッチをオンにしているかどうかというのは、疑問があります。あまり物質的に恵まれすぎると、スイッチがオンにならないこともあるのではないかと思っています」
―それは物質的な恵まれ方もそうですし、保護者の子どもに対する対応の仕方、態度もそうだということでしょうか。
村上
「そうだと思いますね。しかし問題は、人間の遺伝子と言うのはほとんど変わらないのですけど、0.5%の違うところがあるわけですよ。

でも今の教育は、例えば偏差値という尺度で学力を比較をするわけですよね。偏差値で比較すると、高い人と低い人が出てきます。しかし、私は人間の可能性はというのは偏差値だけでは測れないと思っているんです。1つの尺度で測るとそれは差が出ます。走らせても速い人と遅い人がいるように。それは1つの基準で測ると、差が出てくるわけですね。

でも、人間の才能は1つや2つの基準で測れない。私どもの遺伝子は、38億年続いているんですよ。地球上に最初の生き物が生まれてから、38億年です。そして、私たちはあらゆる状況を克服して存在しています。だから私たちはそもそも、この38億年の勝ち組なんですよ。これまで99.9%の生物は死に絶えています。そして、未だ生き残っている生物の中でも人間はエリートなんですよ。だから人間として生まれたことがまずはすごいことで、後の偏差値とかは、もちろん差はあるんですけど、そんなものは誤差の範囲なのだと思いますね。38億年の命の歴史と比べたら」
―少し話は戻りますが、先生、研究者であると同時に教育者でいらっしゃいますが、今の若者、学生さんたちを見ていて何かお考えになることはありますか?
村上
「特に気になっているのは、今の生徒さんは自分に対する評価が低いんですよ。国際的に比べると。今の高校生の統計をとると7割近くの生徒さんが自分がダメだと思っているんですよ。アメリカでは自分がダメだと思っているのは2割、中国は1割台ですよ。」
―全く逆ですね
村上
「全く逆です。日本の子どもがそれだけ悪いわけがないんですよ。それは私どもの取り巻く社会環境が一つの価値で切っている。偏差値を当てはめると低い人の方が多いんです。でも、さきほどいったように、評価する基準があまりにも単純ですよね。

私はそこが気になっています。皆、金メダルは取れないし、ノーベル賞は取れないんですよ。でも自分の金メダルは取れるはずなんですよね」
―一律の価値観で評価することの危険性ですね。最後になりますが、今回の読者、特に子育てをされている現役のお父様が多いと思いますが、そういった方々にメッセージをいただけたらと思います。
村上
「子どもは、お父さんの姿を見て育ちます。だから子どもをいい子どもにするためには、お父さんが自分に対して自信を持って、夢を持ってそういう姿を見せることが非常に大切です。

今は、大人の方も自信がない、世の中が不景気でなんとなく閉塞状態ですよね。それはやっぱり大人の方から破っていかないと、子どもだけ元気になれっていわれてもそれは無理ですよ。それに、昔の父親が持っていたような『ヨソの家がどうだろうとウチはこうだ』っていうものがないとダメですね。やはりそれぞれのお父さんが、もう少し自分の価値観はっきりさせて、ヨソはどうだろうとウチはこれでいきます!っていうようなものを子どもに示していくことが大切だと思います」
―ありがとうございます。
書籍情報
書籍名:
遺伝子学者と脳科学者の往復書簡
 いま、子どもたちの遺伝子と脳に何が起きているのか
著者名:
村上和雄 川島隆太
出版社:
くもん出版
価格:
1,260円
ISBN-10:
4774316997
ISBN-13:
978-4774316994
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