■スタッフに「働きがい」を与えるのはリーダーの仕事
―本書『社員もパートもみずから動き出す「心の報酬」の与え方』についてお話を伺えればと思います。まず、タイトルにもある「心の報酬」ですが、これはどういったものを指すのでしょうか。
中「心の報酬とは働く喜びのことで、具体的には三つあります。一つは「役立ち感」、それから「自分自身の成長」、もう一つが「チームや組織としての連帯感、一体感」です。
これらを「心の報酬」と捉え、部下やスタッフにたくさんチャンスを与え、仕組みを考える。そして、チームとして思いを一つにして仕事に向かうと、たとえ賃金はあまり高くなくても、それぞれが自ら働きがいを持って働いてくれるのです」
―今おっしゃった「働きがい」や「モチベーション」ということですと、「賃金」は一つの大きなキーワードです。ただ賃金は際限なく上がるわけではないので、たとえ賃金が思うように上がっていかなくても働きがいを持って働いてもらうためには「心の報酬」は確かに必要かもしれませんね。そのはたらきかけは、やはりリーダーや上司の人がやるべきなのでしょうか。
中「そうですね。ただ、小さな会社だと経営者も直接、スタッフのマネジメントをするケースが多いですから、中小企業の経営者の方も含まれます。私は人材育成・組織活性化コンサルタントとして様々な会社さんを見てきましたが、経営がうまくいくかどうかというのは、彼らがいかにスタッフに働きがいを与えてあげるかにかかっていると思っています」
―中さんがこれまでにコンサルタントとして手掛けてきた職場の問題点として多かったのはどういったものですか?
中「やはり従業員のモチベーションの問題ですね。うまくいっていない会社や職場は、従業員の方々がお金を稼ぐためにだけ働いている感じがします。最初はそれでもいいんですけど、お給料だってそう上がるわけでもないので、だんだんとモチベーションが下がってしまうんです。モチベーションが下がると仕事の質も下がり、結果として企業としての業績もあがらなくなってしまいます」
―本書の中で特に興味深かったのが、働きがいを持っていきいきと仕事をする「わくわく社員」についての箇所です。リーダーはどうすればこのような「わくわく社員」を育成することができるのでしょうか。
中「まず、彼らに関心を持ち、可能性を見出し、役立ち感や成長する機会を与えてあげること、同時にわくわくするための発信をしていくことですね。例えば、新入社員や新しいスタッフが入ってきたら、自分たちの会社が人のため社会のために何をしていて、今後、どんな会社にしていきたいのか、つまり、会社のビジョンや目標、そして、リーダーの仕事に対する熱い思いを一つ一つ根気よく伝えてあげることはすごく大事です。経営理念をオフィスに飾っている会社もありますが、それだけではなく、リーダーが毎日の仕事を通して伝えてあげてほしいですね。朝礼の場も効果がありますよ。こうやってチームの目標を全員で共有することができます。
何といってもわくわく社員を育成する一番の方法は、リーダーみずからがわくわくと仕事をすることです。
親は子の鑑と言われるように、わくわくと働く上司の姿は部下の手本になります。まずは、リーダーに元気な笑顔の朝の挨拶から始めていただきたいです!」
―確かに、朝礼にしても全ての会社がやっているわけではないでしょうし、挨拶も忙しかったりするとなかなかできないものなのかもしれません。
中「中にはちゃんと挨拶をしていますと言う人もいるんですが、相手の顔を見ずに「おはようございます」を言うのは私の言うところの挨拶ではないのです。必ず笑顔で相手の目を見て、明るく元気な声で“今日も一日よろしくね”という気持ちを込めて、リーダー自らみんなに挨拶する。そんな簡単なことで部下のやる気のスイッチが入るんです。ですから、ぜひマネジメントの一つとしておこなっていただきたいですね」
―私はリーダーではないのですが、挨拶はいい加減にやってしまっているので気をつけます。
中「挨拶って、された方だけではなく、した方もやる気のスイッチが入るので、明日からやってみてください。ただし、良い挨拶をです。今言ったポイント、“笑顔で”“相手の目を見て”“明るくはきはきとした声で”“今日もお願いしますという気持ちを込めて”、先輩も後輩も関係なく自分から挨拶してみると、自分も相手もやる気のスイッチが入るので、お互いにいい影響があるはずです」
―「わくわく社員」になれる人の資質にはどのようなものがありますか?
中「素直な心があれば問題ないと思いますね。中には絶対に自分の殻を破らない人もいるじゃないですか。いくらリーダーから働きかけても“自分には無理!”と殻に閉じこもってしまう人は難しいかもしれません。でも人は変われる!と私は確信しています。
人って行動を変えれば変われるんですよ。“自分はおとなしい性格だから”なんて、性格を理由に行動を変えたがらない人もいますけど、性格を言い訳にしてはいけません。私は企業の人材育成の際、“性格を変える必要はないけれど、仕事の時だけは演じましょう”と言っています。たとえば、レストランなら感じのいい接客ができる元気な店員さんとか、介護施設ならご利用者に気配りのできる明るいスタッフとか、それぞれの職場によって違うとは思いますが、演じる=行動を変えればよいのです。毎日、演じているうちにその行動が身につきます。気がつけば、わくわく社員になっている。そんなこともあります!
―最初は演技でも、演じているうちに本当の性格として定着することもありますしね。
中「そうですね。同じ行動を3カ月続けたら習慣になり無意識にできるようになります。最初はあれこれと考えず、まずはやってみることが大事ですね。先ほどお話した“挨拶”にしても、“私は無理…”と思わずにとにかく職場でやっていただきたいです。
先日、ある動物病院さんの研修中に“獣医さんも動物看護士さんも朝の笑顔の挨拶が大事だよね”っていうことになり、“じゃあ明日からやりましょう”ということになったんですが、社長に伺うと1週間たっても出来ていないということでした。
理由を聞くと“朝が弱い”とか“寒くて顔がこわばっている”とか“業務が気になって…”などというものでしたので、ハイタッチしながらの朝の挨拶を課題にしました。するとどうでしょう!あっという間に全員が笑顔で挨拶するようになり、両手でハイタッチするスタッフもいて、朝からノリノリの挨拶ができるようになったのです。朝からテンション高くなりました!朝が弱いと言っていたスタッフの言葉です。もちろん、職場の雰囲気も良くなったのはいうまでもありません。
こういうことって小さな工夫なんですが、それを実際にやってみることで人も変わるし組織も変わります。だから、上に立つ人は本当に小さな工夫でいいので色々とやってみてほしいですね。もちろん、変わらないといけないのはそれぞれの従業員でありスタッフの方なんですが、それをサポートして、変われるように仕向けていくのはリーダーの責任だと思っています。責任というと重いですが、ぜひ、楽しみながらやっていただきたいなと思います。部下が変わっていく姿を見ると、リーダーとして、とても嬉しい気持ちになりますし、それがリーダーにとっての「心の報酬」にもなります」
―また、「叱り方」について書かれた箇所も、とても参考になりました。褒めることよりも叱ることの方が難しく、特に最近はどんどん叱ることがデリケートな問題になってきている感がありますが、部下を叱る時に特に注意すべきことがありましたら教えていただければと思います。
中「まず大前提として、“注意すること”や“怒ること”と“叱ること”は違います。
叱るというのは、その人に良くなってもらいたい、レベルアップしてもらいたいという気持ちが根底にないといけません。
よくリーダーになりたての人で、今まで同じ立場だった人に対して急に叱ったりしたら嫌われるんじゃないかと思ってしまう人がいるんですが、私はそういう人には“叱ることはその人のためになるんだよ”とアドバイスしています。あなたのことを思い、期待しているからこそ叱るんだということを最初にきちんと伝えることが大事ですね。
“こういう言葉を使えばいい”とか“ミラーリング”といった、手法的なことがよく言われますが、誰のために何のために叱るのかという根本の部分を忘れないでいてほしいと思います」
―中さんは、相手を“7回までは叱る”そうですね。なかなかそこまで根気が続かないリーダーの方も多いかもしれません。
中「ご縁があってせっかく一緒に働いているんですから、その縁は大事にしたいですよね。ですから、根気よく7回くらいは言いますね。3回では伝わらなくても、7回言えばほとんどの場合は通じますよ。それくらい愛をもって、根気強く接していれば相手にも伝わります」
■会社の役に立っていることがわかった時、働く目的が変わった。
―中さんご自身についてなのですが、今のお仕事をされる前はスーパーでパートとして働いてらっしゃったとか。
中「そうなんです。23歳で勤めていた会社を辞めて、それから16年間主婦として子育てをしていました。ですから、子どもの学費の足しにと、どこかで働こうと思っても、資格も技術もありませんでしたし、それこそスーパーのパートくらいしかなかったんです。働く動機にしても“スーパーのレジ打ちや商品陳列くらいならできるだろうし、週に3、4回4、5時間程度なら、子どもたちの学校のPTA活動もできるだろうし”といういい加減なものでした。
ところが、いざ働き始めてちょっとした気配りをしたらお客様から感謝されて、働くことが楽しくなってきたんです。まさに“役立ち感”で、自分が人の役に立っていることが実感できた。それだけでなく、上司からも“中さんがいるからお客さんが喜んでくれる”って言われるようになって、自分が会社の役にも立っていると感じられた時に、“子どもの学費の足しにするため”から“お客さんに喜んでもらうため”に働く目的が変わったんです。
―働きがいを見つけた瞬間ですね。
中「そうですね。それからは行動も変わりました。もっと速くレジを打つためにどうしたらいいのかな?とか、どういう陳列をしたらお客様に手に取ってもらえるのかな?と自分から考えるようになって、接客ももっと良くしようと目の前のことを一生懸命やってるうちに食品部のチーフになり、それから半年後にはパートで店長になったんです。
以前の私がそうであったように“たかがスーパーのパートだから”と思う人がいるかもしれません。“たかが”と決めつけるのは自分の狭い価値観に過ぎません。どんな仕事でも必要としてくれる人がいますし、自分の捉え方ひとつで素敵な仕事に変わる。自分で自分の仕事が素敵だと思えるようになったらどんどんモチベーションも上がります。リーダーだけでなく、従業員みんながそういう気持ちを持つことが大事ですね。そういう意味では、マネジメントする人だけでなく、あらゆる社員やパートさん、そして、新入社員にもぜひ、この本を読んでほしいと思っています」
―はじめはいちパート従業員だったのが、チーフになって人をマネジメントする立場になった時はすぐにやる気になれましたか?
中「専業主婦をやっている時は、自分は社会人としてはもう成長できないのかなっていう気持ちがあったんです。それがスーパーで働き始めて“役立ち感”を得て、自分の成長を感じられるようになった。そんな時にチーフのお話が来たので、もっと自分の可能性を試したい、もっとお店の役に立ちたい、と思えました。
ただ、マネジメントの方法を知っていたわけではないし、勉強していたわけでもありませんでしたから、とにかくいろんなことを試してみましたね。もちろん失敗もありましたけど、朝思いついたことをその日のうちにやったり、そういうスピードは速かった気がします」
―人材育成・組織活性化コンサルタントとして様々な職場を手がけてきたかと思いますが、最も難しかった職場はどんなところでしたか?
中「IT企業などは、接客や接遇のような対人コミュニケーションよりもパソコンに向かって黙々と業務を進めることが多い業種なので、“コミュニケーション力やチームワークそして、笑顔なんて必要ない”と思っている人が多いのも事実です。隣の机の人と丸一日話さないこともあると聞いて驚きました。そういった会社のスタッフの心を溶かしていくのは少し時間がかかったかもしれません」
―リーダーとして、部下に対してやってはいけないことがありましたら教えていただければと思います
中「“この人は使えない”というような悪い思い込みですよね。リーダーの方は、まずその思い込みを捨てて、誰にでも可能性はあると考えていただきたいと思います。
ただ、どうしても適性がない人はいますので、それは仕方がないのですが、最初から悪い思い込みを持ってしまうと、その人の光る部分や強みを見過ごしてしまいます。
それと、マイナスの言葉を使わないことも大切です。リーダーが “疲れた”とか“こんなことやっても無駄”というようなネガティブな言葉を使ってしまうと周りにも影響してしまうので、“疲れた”ではなく“がんばりすぎた”と言うようにするとか、“まずはやってみよう!”というようなポジティブな言葉を使ってほしいですね。
あとは、外部の人との接し方ですね。たとえばスーパーで働いていると、メーカーさんだとか問屋さんだとか、様々な業者さんがいらっしゃいます。そういう方々は謙虚な態度です。彼らに対して“仕入れてやっている”という“上から目線”で接しないように気をつけないといけません。どんな時でもお客様に対するのと同じように礼儀正しく真摯な態度で、感謝の気持ちを伝えるようにしてほしいですね。そうでないと、部下が勘違いをして商談時に横柄な態度をとってしまいます」
―スタッフの中にはどうしても性格が合わない人もいたかと思います。そのような人とはどのように接していましたか?
中「その人のコミュニケーションの癖を把握して、それに合わせていましたね。こちらが熱く語った方が伝わる人もいますし、逆に引いてしまう人もいますので、そこはその人のコミュニケーションのタイプに合わせると上手くいきますよ。そのためにも日頃から部下に関心をもってしっかりと観察することが必要になります」
―やる気を出すポイントも人によって違いますよね。任せてあげるとやる気を出す人もいればそうでない人もいて。
中「そうですね。そういうこともスタッフをよく見ていないとわからないんですよ。リーダーは部下に関心を持って、一人一人の違いを見極めてあげることが大事です。
おっしゃったように、どうすればモチベーションが上がるかは人によって違います。ただ、リーダーの方はあまり慎重にならずに、まずは働きかけてみてダメだったら違うやり方を試してみよう、くらいの気持ちでやっていただきたいです。」
―リーダーに向いている性格や、不向きな性格はありますか?
中「ないと思います。親も子育てをしながら親として成長していきます。リーダーも同様、初めてリーダーになった時からリーダーとして成長していくのだと思います。
ですから、もしご自分がリーダーになった時は“自分には向いてない”なんて思わずに“ここから育っていくんだ”と決意してやっていけば絶対いいリーダーになれるはずです。
リーダーって素晴らしいですよ。自分の成長はもちろん、部下やスタッフが育っていくことで大きな“役立ち感”を得られます。“あの時こんな風に言ってもらったから今の自分がある”なんてスタッフに言われたら、もううれしくて仕方ありません。まさに“心の報酬”ですよね。もし、あなたにリーダーになるチャンスが訪れたら、ぜひ「はい!やらせてください!」と前向きにチャレンジしていただきたいと思います。」
―本書はリーダーをターゲットとしながらも、それ以外の人にも役立つ内容だと思いました。中さんは本書をどのような人に向けて書かれたのでしょうか。
中「まずは企業のリーダー層の方や小さな会社の経営者の方ですよね。部下が一人でもいたらリーダーです。もちろん、新入社員やこれからリーダーになる人にも是非読んでいただきたいです。
あと、これは想定していなかったのですが、学校のPTA活動やご家庭での良いコミュニケーションのためにもこの本が役立ったという嬉しいご感想もいただきましたよ!」
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いいたします。
中「東日本大震災の翌日は私の誕生日でした。人生には限りがあり、それはある日突然やって来るかもしれないということを強く実感しました。私の残りの人生の使命は何だろう?それは、笑顔でわくわくと働く社員と社員の笑顔と働く喜びにあふれた会社を日本中にたくさんたくさん増やすこと!私は今、人材育成・組織活性化コンサルタント、そして、スマイルコンサルタントとして、社員教育を通して、全国に「笑顔とわくわくのたね」をまくことに全力投球しています。
限られた人生の貴重な時間を笑顔でわくわくと働くのか?それとも愚痴や不満を言いながらいやいや働くのか?それは、みなさん自身の物事の捉え方と行動にかかっています。この本の中には、どなたでも次の日から行動できる小さな工夫が書かれています。また、エピソードを中心に書いていますので、わかりやすく、さっと読めるようにもなっています。少しでも皆様のお役にたてると幸せです!いつかみなさんの素敵な笑顔にお会いできる日を楽しみにしています!」
(取材・記事/山田洋介)
株式会社マリン代表取締役、社会保険労務士。1959年福岡県生まれ。
千葉県在住。新卒で新日鐵に入社して輸出業務に携わるも、専業主婦にあこがれて3年で退社。3人の男の子を育て上げ、39歳のとき、近所のスーパーマーケットでパートとして働きはじめる。当時の時給は760円だった。
持ち前の明るさと行動力から3年後に店長となり、「働く喜び」を軸にした人材育成を行うことで、来客数を3倍、売上げも3倍にする。当時はその成長ぶりとユニークな試みが話題となり、テレビ局の取材を多数受けた。研修依頼が増えたことから、2年後の平成15年に人材育成・組織活性化のコンサルタントとして独立。
クライアントは中小企業、店舗、レストラン、医療機関、介護施設など多岐にわたり、全国を飛び回る生活。年間180回以上、のべ3万人以上の研修実績を持つ。東京理科大学、工学院大学などで、就職対策講座やコミュニケーション講座の講師も務める。また、会社に「笑顔の花」をたくさん咲かせることを使命として掲げており、笑顔体操のCD・DVDをリリースするなど、スマイルコンサルタントとしても活動を広げている。
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