借金3億円から立ち直った男の実話
―本書は水野さんの失敗と成功を時系列で追う、ノンフィクション小説的な作りとなっています。なぜ、このような作りの本にしようと思い至ったのでしょうか?
水野「本書の企画を依頼されたとき、編集者からは『かつて3億円の負債を抱えながら現在、執筆やセミナーなどがうまくいっているのか、その秘訣を時間術、人脈術、モチベーション、仕事への心構えなど項目ごとに書いて欲しい』と言われました。そこで、2010年の春より、編集者が用意した質問に答える形でのインタビューが全6回にわたって行なわれ、秘書の手により全6章分のレジュメが完成しました。あとは原稿を完成させるだけでした。しかし、そこから2冊の本を書いて2010年末に改めてレジュメを見直しているうちに、大事な何かが抜け落ちているような気がしてきました。たとえていうならば、過去のサッカーの試合を解説者の目線で分析したルポと、実際の試合をピッチで戦った選手との感覚の差というか、借金に苦しむ人間の心理をビジネス書風に理論で解説しただけでは、僕が3億円という借金を抱えて、その状態から立ち直り、社会復帰してその経験を活かしつつ、本を書くようになった本当の理由を説明できないと思ったのです。現在の僕は過去の僕より知識もあるし、辛かった当時の記憶すら普段は心の奥底に封印して暮らしています。単純に言うと人生の失敗を糧に再生し、年間数冊かの本を上梓し、月に数回講演し、セミナーなどを開催しながら、金銭的にも時間的にもゆとりのある毎日を過ごしていますし、人間関係のストレスとも無縁です。
そんな僕が、過去から現在にかけて経験したことを伝えるには、記憶の封印を破り、一番辛かった思い出を直視しながら、「なぜ、そうなったのか?」を時系列に沿って振り返るべきではないかと考え始め、無理を言ってもう一度、原稿を書き直すことにしました」
―本作のタイトル『幸福の商社、不幸のデパート』というタイトルには、どのような意味、想いを込めたのでしょうか?
水野「2008年1月に『成功本50冊「勝ち抜け」案内』を発表して幸いにして読者の方には好意的に受け止めてもらったんですが、その当時から、成功本の本を書いて、本が売れて成功したといわれることもありました。ただ、そういう表面的なことではなく、どんな状況にいても人は幸せでいられるのではないかということを普段からよく考えていて、将来的に書きたい本のテーマを散歩しながら考えている日々を過ごしているうちに、ふと深夜「幸福の商社 不幸のデパート」というタイトルが降りてきて、当時は『成功本51冊もっと「勝ち抜け」案内』をはじめとして5冊ほどオファーがあったのですが、そういったものを書き終えたらこの作品を書こうと思っていたのですが、ずっと着手できなくて、たまたま今回書き下ろすことができました」―本作には3億円の借金から復活劇が克明に描かれています。どうして今、当時を振り返る作品をつづったのでしょうか。また、書いているときの心境はいかがでしたか?
水野「“3億円の借金”という状況はキャッチーですが、そこにこだわったつもりは本当はありません。ただし、出版社や読者的にそういう特殊な状況を人生のうちの経験した人間に、当時のことを書かせようというニーズは感じていました。僕としては、これまでの集大成というか一里塚というか作家としてのたな卸し的に取り組み始めたのですが、生爪を剥がすようなつらい日々を約1年間過ごすハメになりました。この作品を書くにおいて、常に正気ではいられないような状況が日常の裏側にあり、都内のシティーホテルを皮切りに箱根や横浜、あるいは震災直後は関西のホテルなど、最終的には都内のネカフェや飲食店など、どこでも書ける場所を探して放浪していました」
―「お金には人の心を動かすパワーがある。その性質を理解して自分の感情をコントロールしなければならない」と書かれていらっしゃいますが、水野さんがベンチャービジネスをなさっていたとき、そのパワーについてどうお考えになっていましたか?また、今ではどのようにお考えでしょうか?
水野「マネーゲームというように、ビジネスにおいては、お金=パワーであるのは否めません、しかし、そのパワーゲームに自分の人生や価値観がどこまで巻き込まれてしまっていいのかを最近はよく考えています。お金の持つ力や便利さに人は魅了されますが、同時にお金がなくても生きていけると腹をくくるのが正しい考え方だと思います。ベンチャービジネスに限らず経営においては、お金は数字であり、経営規模や資金力のことです。
しかし、個人レベルにおいては、時間、人間関係、健康……あるいは満足感、充実感、心の余裕、愛、その他、数値化できない数々の別の大事な指標があると思います」
―「キャッシュで3億円あれば、あとは年間5%で運用してセミリタイアできる」とは、水野さんが当時虜になった魔法の言葉ですが、この言葉について、今ではどのようにお考えですか?
水野「当時の市況であれば年間5%というリターンは決して高くないと思いますが、現在においては、もしも「あなたの資産が安定的に5%~で運用できる」という話に対してはよくよく真剣に考えないといけないと思いますね」―クーデターの勃発のくだりは、鬼気迫るものがありました。そのときの心境について教えていただけますか?
水野「経営陣、ボードメンバーの葛藤はどのベンチャーでも起こるものです。僕はもしかすると経営に対して、本気でコミットできてなかったのかもしれません。少なくとも今の仕事ほどは頑張れていなかったかもしれません。それは時間や労力の問題ではなく、どの程度効果的にクリティカルに行動できているかどうかというレベルの話です」―最も印象的だった部分は、クーデターが勃発後に、水野さんが地獄に向かって一直線に落ちていく部分でした。当時の自分にもし今、何か声をかけてあげられるとしたら、どのようなことをアドバイスしますか?
水野「すでに起こったことなので決定論的に今こうあるべきにどうしてもそれを経験せざるを得なかったと考えています。ただし、二度と同じようなことを起こしたくないという観点から今は行動していると思います」―地獄から再生するために必要だったこととして、「くだらない見栄やプライドを捨てて助けを求めること、そして人生のドブさらいを自分でする覚悟だった」とおっしゃっており、この部分は本当にグッときました。この精神は様々な局面でも必要だと思うのですが、今でもこの精神をお持ちですか?
水野「今は精神的にも時間的にもリラックスして暮らしていますが、一度見栄を張りまくった上で色々と見えてきたこともあります」―本書をどのような方に読んで欲しいと思っていますか?
水野「独立起業志望者、若い人。今の日本に生きていて、何かを求めている人。ビジネス書好きな男性はもちろん女性の方にも。読んでどう感じるかは人それぞれでしょうが、できるだけ読者層を狭めないように気をつけたつもりではあります」―最後にこのインタビューの読者の方へメッセージをお願いします。
水野「先入観なしに読んでいただいて、感じたことを反芻して、少しでも役に立てば幸いです。日本に1億4000万人ほどの人間がいて、その中にこうした生き方をして今現在、本を書いて暮らしている水野俊哉という人物がいるということを知って欲しいです。またかつての自分のように迷いもがいている人、失敗した人、これから前向きに生きたいと思っている人に人生はいつからでもやりなおせる、臨んだ方向に進むチャンスがあるということのヒントになれば幸いです」