浅井健一は「ビート」、チバユウスケは「南米」2人の歌詞に見る文学性の違い
■浅井が「物語」なら、チバは「詩」だった
ミッシェルガンエレファントの楽曲の作詞は、ボーカルのチバユウスケが担当していたが、チバの歌詞は活動の時期によってかなり振れ幅がある。
デビュー初期から中期までは、散文調で明確な意味性を排除したものや、パンクロックからの影響が色濃く感じられる、自分の内面を吐き出す歌詞が多かった
うずまいてたから うで入れた
空気ためこんで にじませよう
くたばりかけてた三日月を
他人が見てたから手を振ってやった
(「ランドリー」より引用/シングル『カルチャー』収録)
くさってるから 刺されても痛くない
くさってるから 溶けても感じない
くさってるから くさってるから
くさってるから 誰も追いついてこない
(「キング」より引用/シングル『世界の終わり』収録)
当時のチバの歌詞の雰囲気をよく表していると思えるのがこれらの歌詞だろう。 浅井が「物語」なら、チバは純粋な「詩」だった。浅井の立ち位置が自分の作りあげた物語の外側だったとしたら、チバは自分の詩の内側から外の世界に言葉を発していた。
■チバは「浅井化」したのか?
ところが、そのチバの歌詞に、2000年代に入った頃から変化があらわれる。
水牛の角で作られた街で
焼かれた森の運命を知った
赤毛のケリー
針の錆びている欠けたブローチには
月から来た石とだけ書かれていた
(「赤毛のケリー」より引用/アルバム『ロデオ・タンデム・ビート・スペクター』収録)
これは2001年に発表された「ロデオ・タンデム・ビート・スペクター」収録の「赤毛のケリー」の歌詞だが、明らかに前出のものとは違い、「物語」に寄ってきている。ちなみに、チバの歌詞にこの曲でいう「ケリー」のような人名が登場することは前にもあった。
たとえば「ゲット・アップ・ルーシー」がそうだが、特に物語性はなく、「ルーシー」という、おそらくは女性である人物への呼びかけに終始している。
「詩」から「物語」へ。改めてミッシェルのアルバムをデビューから聞き返すとわかるが、この変化はかなり顕著だ。