―本書『ソーシャルもうええねん』は、私たちが普段意識することのないSNSの裏側に切り込んでいて興味深く読ませていただきました。本書のなかで、Facebookの株価下落や、Twitterの経営状態に触れていらっしゃいましたが、村上さんはこれらの会社は今後どのような方向に進むと予想されていますか?
村上「Facebookについては、株価が下落したとは書いたんですけど、下落したっていうのは上場する前の、投資家が作った株価、つまり期待値で作った株価から下落したということです。市場でついた株価と投資家が作った株価に開きがあったということですね。
別に株価が下がったから悪くなったということじゃなく、まっとうになったというか、市場の価格にだんだん合ってきたというだけです。それなりに売り上げもありますしね。
今のFacebookは85%が広告収入ですけど、そんなの前からそうですし、運用コストも収入を上回るほどではないので利益は出る会社だと思います」
―株価が下がったとはいえ、先行きが暗いというわけでもない。
村上「水道みたいなものですよね。水道はどの家にもあってみんな使いますけど、水道局がものすごく儲かっているかというとそんなこともない。でも、潰れるほどでもない。
これからモバイルゲームとか課金のシステムができていったらもっと売上は上がると思いますが、今まで通り広告収入ばかりだったらインフラ的なものに落ち着くのではないでしょうか。
DeNAさんも昔は広告収入が主でしたけど、あまりにもPVとユーザーが増えてクリック率が落ちたから利益が下がってしまいました。だから課金に走ったんですけど、それと同じですね。このまま広告だけで飯を食っていてもそんなにすばらしいことにはならないと思います」
―Twitterに関してはいかがでしょうか。
村上「Twitterは世界的にはだいぶ勢いが落ちているんですよ。流行っているのは日本とか韓国で、アメリカとか他の国では勢いが落ちています。Facebookに移行した感がありますね。
日本でも、最近はネットが好きな人はあまりTwitterをやりません。なぜかというと、やっぱりいろいろ炎上したからっていうのと、見られたら恥ずかしいっていうのが理由としてあるのではないでしょうか。アメリカで落ちてきた理由っていうは日本と全然違って、140文字じゃ足りなかったから(笑)」
―確かに、ちょっと短いですよね。
村上「英語で140文字ってかなり言えることが制約されますよね。“何も言えないじゃん”っていうことになってしまう。
中国ではウェイボーとかミニブログがすごく流行ってるんですけど、日本とか中国でそういうのが流行った理由は単に漢字があって、140文字あれば結構なことが言えるんですよね。
英語だと“negotiation”だけで結構文字数使っちゃうけど、日本では“交渉”の二文字で済む(笑)
あとはサーバーが弱いっていうのもあります。よく落ちるし」
―FacebookやTwitterは日本国内ではある程度浸透したように思えます。村上さんはこれらに今後どのような役割を期待していますか?
村上「何も期待しないです(笑) SNSってなぜかわからないですけど5年くらいの周期で変わっちゃうんですよね。昔は日本ではmixiが多くて、アメリカではみんなMyspace最高って言ってたけど、今は落ちてしまっています。4、5年周期でSNSのトレンドが変わっちゃうから、これからもわからないっていうのが本音ですね。しかも、年々その周期が速くなっている気がするし」
―また、本書を読んで強く感じたのが、嘘がばれにくく、ある意味で“言ったもん勝ち”というネットの性質です。このようなネットの世界と、私たちはどのように付き合っていけばいいのでしょうか。
村上「朝日新聞とかニューズウィークとか、ソースがしっかりしているやつは真面目に見ていいけど、“私は12億円儲けました”とか書いてあるどこかのアフィリエイターのブログとかは“ああそう”っていう感じで読み流せばいいと思います。そういう話は“東スポ”で見ておけばいいんじゃないかなということと、人が儲かった話を聞いても自分の財布の中身は増えないので気にしても仕方ないっていうことですね。
“いくら儲けました”っていう話に限らずネットの世界は現実が伴っているかどうかが大事です。それを確認しないと難しい時代になったと思います。
たとえば、Facebookとかも、「いいね!」のランキングを見ると、上位に全然知らない会社ばかりが入っています。なぜか2位にゴルフのサイトが入っていて、7位はコンサルティング会社、とか。この会社が日本のネット企業で7番目に人気があるかといったら、それはちょっと考えにくい。そしてサッカー日本代表のホームページが11位で、12位と13位はユニクロと無印良品。こういうサイトこそもっと上位にないとおかしいでしょう。ゴルフ行く人よりユニクロ行く人の方が多いはずですから。
こういうのを見ても、情報を鵜呑みにせず、自分の感覚と重ね合わせてみないといけないと思います。
問題はテレビ局の人がそういうことに強くないので、“何万アクセスありました”とか“何万ツイートありました”とか“何万いいね!されました”っていうのをいちいち信じてしまって、それをテレビで流してしまっていることです。それによってフェイクの情報が現実の人気になってしまうことがあるので」
―SNSのいいところと悪いところはどんな点にあるとお考えですか?
村上「友達と繋がるにはいいんじゃないですかね。でも、地元にいる昔の友達と繋がって久しぶりに会ったりするのはものすごく楽しいですけど、そこからの発展があまりないんですよね。都内の人たちだと、繋がることでビジネスが生まれることもあるんですけど」
―僕も一時期SNSを通じて昔の友達に再会したりということがよくあったのですが、やはり離れていた時間が長いせいかそんなに話すネタもなく、結局は今の身近な人間関係に戻ってきてしまいましたね。
村上「今の自分に最適な人間関係は人生のステージによって変わります。昔の友達のお話にしても、今はそれぞれまったく別の環境で違う生活をしているわけですから、話のギャップというのはどうしても出てきてしまいますよね。
SNSのいい点ということで言えば、僕の場合、SNSがきっかけになって仕事をもらえたことが多いです。FacebookやTwitterがきっかけになっていいことがあったこともたくさんありますし、Twitterで呼びかけた募金も成果があって、いい使い方ができたと思います。
僕のような無名の人間が世の中に貢献するのにいいメソッドだとは思いますね」
―では、悪いところはどういったところでしょうか。
村上「これはよく言われているように、意図しない発言がうっかりリツイートなどで拡散してしまうことだとか、個人情報をうっかり漏らして悪用されやすいといったことではないでしょうか。これによって“炎上”してしまうこともありますし」
―村上さんも、ブログなどが“炎上”してしまったことはありますか?
村上「昔はありましたけど、今はあんまりないですね。2回くらい炎上させれば炎上しないコツはわかりますよ。
基本的には読んでいる人の利益になって社会のためになることを書いていたら、そんなに炎上はしないはずです。それと、僕はブログで人をけなしたりしますけど、基本的にデータを取ってけなすようにしています。感情論だけでけなすと変な炎上の仕方をしますから。そういうのも大事だと思いますね」
―ここ数年“SNSやツイッターをつかった集客をお手伝いします”といった類のコンサルタントをネット上でよく見かけるようになりました。その手法についても本書では触れられていますが、こういったコンサルタントたちに言いたいことはありますか?
村上「ある程度中身が伴っていて、ある程度いいものだったらソーシャルメディアを使ってバイラルに広がっていくのかもしれませんが、基本的にソーシャルメディアって“掛け算”なので、中身がないものをいくら広めても効果は薄いと思います。
だから、ソーシャルメディアコンサルタントの人が“何でも儲かりますよ”っていうのはまちがっていて、中身がないものを広めても何も広まらないですよ、とは言いたいですね。
何日かなら中身のないものでも広めることはできると思いますけど、そういうのって持って3日なんですよ。そこから広めようと思ったら中身が伴っていないと厳しいと思います」
―2章ではIT企業で働く人のキャリアについて触れられています。特にヒット商品を出したエンジニア・プログラマーのその後のお話が強く印象に残ったのですが、コードを書くのが好きだったエンジニアが、いつの間にか社内調整や会議に追われるようになってしまうのは悲劇的です。こういった職種の人が好きな仕事をやり続けるためには、やはり独立するしかないのでしょうか。
村上「会社ってどうしてもそうなってしまうんですよね。これは、エンジニアに限らずどの職種でも同じだと思います。成果を出す人ほど、いらない会議に呼ばれることが増えてどんどん時間が潰れていってしまう。
ただ、会社よってはある仕事のスペシャリストとしてのキャリアパスを残しているところも増えています。プログラマーであれば、ずっとコードを書いていてくださいね、ということで、“○○フェロー”だとか“○○スペシャリスト”っていう肩書を作って、その会社に残れる制度ですね。大きな会社は割とそういうのがあります。
でも、この制度には問題があって、スペシャリストとしてのキャリアパスを持った瞬間、給料の上限が決まっちゃうんですよね。役職も、管理職にはなれるかもしれないけど、技術部門の管理職に限られてしまうんです。大きなメーカーだと研究所の所長くらいまでで、専務とか取締役になるのは厳しいと思います」
―それでもいい、という人にとっては長く会社にいられますし、いい制度なのかもしれませんね。
村上「そうですね。逆に小さすぎる会社だと、多少上の方にいってもバリバリ現場をやらないといけなかったりします。10人とか20人くらいの会社だと、CTO(チーフテクニカルオフィサー)がソースコード書くのも珍しくありません。
有名なところだと家庭用ゲーム機のソフト開発をやっているHAL研究所ですね。任天堂の社長の岩田さんは、もともとHAL研究所の社長だったんですけど、『MOTHER2』までソースコードを書いていたっていう話があります。スタッフロールに名前がありますからね(笑) そういう生き方もあります』
―エンジニア・プログラマーとして独立する時に陥りがちな落とし穴として、どのようなものがありますか?
村上「独立したエンジニアがまずわからないところは、“普通の人”にもわかりやすく会話するっていうところです。どうしても専門用語が入ってしまうので、僕もできるようになるまでにすごく時間がかかりました。
今でもしゃべる時とか、ブログを書く時はあまり技術用語をできるだけ入れないようにしています。
あとは、自分が提供した技術に対する値段の付け方がわかるまでは時間がかかりましたね。
例えば、核融合を使って米を炊く炊飯器を作ることって技術的には可能なんですよ。でも、それには当然何億円もかかります。“核融合を使って今までにないくらいふっくらとごはんが炊けます”という炊飯器のために何億も出す人がいるかっていうとあまりいませんよね。でも、作った技術者は“これはすげえ!何億円もの価値があるぞ!”ってなりがちなんです。そのギャップを埋められるようにならないといけません」
―次に、エンジニアとしてではなくいち起業家としての村上さんにお聞きしたいのですが、独立・起業全般について気をつけるべきことがありましたら教えていただければと思います。
村上「僕は、働くことって基本的には世のため人のためだと思っています。でも、残念ながら会社作った時にみんな陥るんですけど、お金ばかり追って“世の中金だぜ!”モードになるんですよね。僕もなりましたし、なってもいいと思うんですけど、それをずっとやっていると友達とか協力してくれる人がどんどん減ります(笑) 一時的に“世の中金だぜ!”になるのはいいですけど、できるだけ早くそれじゃいけないってことに気づいてほしいですね。
一度それで痛い目にあって、早く失敗して“働くのは世の中のためであって、そうじゃないと協力してくれる人が減って売り上げも上がらない”っていうことに気づいた方がいい、というのは言いたいです」
―なぜ“世の中金だぜ!”モードになってしまうのでしょうか?
村上「普通の会社員で月収50万っていうとまあまあもらっている部類じゃないですか。僕がメーカーで働いていた時の月給は25万円くらいでしたから。
でも、独立して事業を始めると、いきなり100万200万っていうお金が入ってくるから、月25万円の感覚でいると“すげー!”ってなる(笑)
でもそれって個人のお金じゃなくて会社のお金ですよね。それを分けて考えられないとすぐクラッシュします。
会社って月の売上が社員数×100万円くらいないと飯食っていけないんです。100万、200万のお金なんて会社やってたらすぐなくなるよ、と(笑)」
―村上さんご本人についてお話を伺えればと思うのですが、ITやプログラミングの世界に興味を持ったきっかけはどのようなことだったのでしょうか。
村上「おかんがファミコンのゲームを買ってくれなかったから自分で作ったっていうことがきっかけといえばきっかけだと思います。
昔、『ファミリーベーシック』っていう、ファミコンに繋ぐとプログラムを打てるっていう機械があったんですよ。値段は14800円だったからファミコンソフト3本分くらいですよね。その値段でゲームを無限に作れるんですからこっちの方が安い!ってなった。ところが、多くの小学生にとってはプログラムを書くなんて苦痛じゃないですか。僕も小学生時代はまだアルファベットがわからないっていう状態でしたしね。それでもがんばって何とか使っているうちにだんだんできるようになっていきました。
ゲームって遊ぶより作る方が断然時間がかかるんですよね。だから、作り続けていると大量に知識がついていくんですけど、全然ゲームをしなくなる(笑)」
―当時、今で言う“電子専門学校”のようなものはあったんですか?
村上「あったと思いますけど、僕くらいの世代でプログラミングを学んだ人は、そういうところで学んだ人ってほとんどいないと思います。当時は中学生高校生向けのプログラミング雑誌が結構あって、それに投稿して掲載されるのがステータスだったんです。そういうので学んだっていう人は多いと思います。オールナイトニッポンのハガキ職人みたいなノリですよね。
今はブログとかになっちゃったからステータスがなくなってしまいましたけど、昔は全国の書店に並んじゃったりしましたからね。自分のきったないソースコードが(笑)」
―起業しようと思ったのはなぜなのでしょうか。
村上「理由ということだと、離婚したことと勤めていた会社を辞めたことが挙げられます。
会社辞めてからしばらくバックパッカーをやって海外をふらふらしていたんですけど、その時に人間的にはすごくダメなんですけど、自分で事業をやってる人にたくさん会ったんですよ。1日中マリファナを吸っている英語学校のオーナーとか、オーストラリア在住のイタリア系アメリカ人でイタリアとアメリカとオーストラリアの生活保護を全部もらって、その資金を元手にシェアハウス事業をやってる奴とか。そういう人でもビジネスオーナーになれるなら自分でもできるんじゃないか、と思ったのもあります。
―今後、村上さんはお仕事を通してどのようなことを成し遂げたいとお考えでしょうか。
村上「ニートになりたいです。働かずに生きていきたい。できれば来年くらいに(笑)
それは冗談として、面白いことをやっていたらいいんじゃないですかね。
パナソニックの社是に“産業人たるの本分に徹し社会生活の改善と向上を図り世界文化の進展に寄与せんことを期す”っていうのがあるんですけど、僕も産業をやっていくのであれば、文化と社会に影響を与えないものは意味がないと思っています。例えば、ゴールドマンサックスはすごくお金を儲けてますよね。新入社員のボーナスが1800万とかで、トップの方だとそれこそ10億とか20億稼いでる。じゃあみんなゴールドマンサックスを尊敬しているかといったらそんなことはない。一方で、ニワンゴっていう会社があって、今は結構利益が出ていますけど最初の方は全然出てなくて、どう考えても回線を食い潰してるだけだったけど、ニコニコ動画はすごくたくさんの人が観ていて、社会と文化には大きな影響を与えています。
ゴールドマンサックスとニワンゴ、どっちがいいかっていったら、社会と文化においては後者だと思うし、お金においては前者ですが、僕は社会と文化に影響を与えることをしないと世の中良くならないと思っていますし、そういうことをやっていきたいと思っています」
―本書は、1章についてはネットを使う全ての人が読むべきお話で、2章以降はIT関連の仕事をしている方、これからしようと思っている方にとって興味深いお話なのではないかと思いましたが、村上さんは本書をどのような方々に読んでほしいとお考えですか?
村上「全人類です(笑) 外国人の方もおじいさんもおばあさんも」
―では、最後になりますが、全人類の方々にメッセージをお願いします。
村上「ブログに書いた内容もあるので買ってねとは言いません。人生っていうのは前を向いてまっすぐ生きていたらそのうちいいことがあるんじゃないかと思います」
(取材・記事/山田洋介)
第1章 ソーシャルもうええねん
第2章 動いているものを見せれば大人は納得する
第3章 世の中、金ではどうにもならないことがたくさんある
第4章 最後によかったと思える人生を
あとがき 個人の時代
付録 元Judy and Mary・元ROBOTSのTAKUYAさん作曲&ギターによる「着うた」
村上福之(むらかみ・ふくゆき)
1975年大阪生まれ、37歳。8歳からプログラミングを学ぶ。関西の家電メーカーでの開発職を退職してオーストラリアを放浪中、Webデータベース開発を受託したことからWebプログラミングを独学で学び、業績から永住権を得る。
帰国後、フリーエンジニアとして漫画喫茶で開発した独自の動画コーデックが、経済産業省主催のビジネスプランコンテスト「ドリームゲートグランプリ」で国内2位となり、審査員を務めたGMOインターネット熊谷会長の支援で上京。
その後に電子書籍プラットフォーム「androbook」や、音楽配信プラットフォームである「andromusic」などを開発。