―原さんは現在税理士として活躍されていますが、学生の頃から税理士を目指していたわけではなく専業主婦をやっていらしたんですね。
原「そうですね。大学時代からキャリア志向はあまりなかったんです。専業主婦に憧れていたので、大学を卒業したあと2年間OLをしてから結婚したんですよ。ところが結婚した相手の家というのが、7人家族の大所帯だったんです。しかもいわゆる“本家”で長男の長男という家だったということもあって、家事がものすごく大変だったんです。
7人というのは、義理の祖父母と義理の父、義理の姉、夫、夫の妹だったのですが、要するに家事の担い手がいない家だったんです。だから家事はすべて私でした。
3世帯だから食事の時間帯もみんな違うんですよ。朝ごはんを2回作って、お昼も作って、晩御飯も7時と10時に2回、だから1日5回ですね。部屋も10部屋ぐらいあって掃除も大変だし、洗濯の量も多い。本家だから、来客も多かったですね。最初はがんばって「いいお嫁さん」していたんですけど、だんだんと辛くなってきました。“原さん家(ち)のお嫁さん”ではない自分のアイデンティティが欲しくなってきたんです。でも、その状況で働くなんてとても無理ですし、お稽古ごとも言い出しにくい雰囲気でした。夫が公認会計士だったので、税理士資格の勉強のためと言えば、誰にも反対されずに外出できた、というのが正直なところです」
―そして、税理士資格を取るための勉強を始めた原さんですが、日常的に勉強をするというのは久しぶりではなかったですか?
原「学校を卒業してから、ずっと勉強していなかったので、まずは机を片付けるところから始めました。勉強するためには“空間”と“時間”が必要です。まずは“空間”を作らなければ勉強の世界に戻れないと思いました。だから雑誌や漫画やゲームを全部すてて、机の周りには専門学校のテキストと電卓以外には何もない空間を作りました」
―勉強する“空間”づくりに関して、自分の部屋がない場合はどうすればいいのでしょうか。
原「家族と一緒とか、自分の部屋が持てない人は、部屋の中で“ここは勉強のスペース” “ここに座ったら勉強の気分になる”という場所を作るといいですね。
人間、習慣ってすごく大事なので、そこに来ると勉強モードになるという世界を作るのはすごく大事です。少なくともテレビが見えないようにしたり、手を伸ばしてもパソコンに届かないようにするとか、工夫するといいですね。
自宅に自分の部屋がない人は、外に出かけちゃえばいいと思います。喫茶店もいいですが、一番おススメなのがファミレス。ドリンク飲み放題のところが多いですし、適度に雑音があるし、誘惑するものが何もないので、勉強以外することがありません。ランチ時を避けて行くとか、社会人なら朝起きて、そのままファミレスへ直行がいいと思います」
―社会人生活を送りながら資格試験を目指すとなると、時間の取り方がカギになってくるかと思います。忙しい人が勉強時間を確保するためのコツはありますか?
原「暗記なら隙間時間を使ってできますけど、問題を解いたり、未知の分野の知識を頭に入れるのは隙間時間だけでは無理があります。でも30分あれば、難しい問題を解いたり、かなりのことができます。1日のなかで、その30分をいくつ見つけられるかですね。
時間帯に関していえば、朝は頭がすっきりしていますし、雑用に忙殺されないので計算問題を解いたり、新しい分野の勉強をするのにおすすめです。反対に、寝る前の時間は復習に向いていると思います。その場合は寝る準備をしてからやるといいですね。顔を洗って歯を磨いて、寝巻に着替えてからやれば、限界までやってそのままバタッと寝てしまえますから(笑)」
―本書『7人家族の主婦で1日3時間しか使えなかった私が知識ゼロから難関資格に合格した方法』はどのような人に向けて書かれたのでしょうか。
原「ターゲットにしているのは社会人の方ですね。社会人の方で、忙しくて勉強の時間がとれない方や、一生懸命勉強しているんだけど結果が出ない方、あとは子育て中のママに向けて書きました。
一生懸命やっているのに結果がでない方は、力をいれる場所が違っているのかもしれません。そういう方に読んでほしいと思います」
―本書を通してどのようなことを伝えたいと思っていますか。
原「一番言いたいのは、勉強ができる人と頭のいい人は違うということです。頭のいい悪いは生まれつきの部分もありますが、勉強には点数を取るコツがあります。これは要領のいい勉強法について書いた本です(笑)。
特に重点的に書いたのが勉強のプロセスについてです。勉強にはまずインプットがあって、インプットした情報を自分の中で消化して、アウトプットするという三つの工程があります。このアウトプットを上手にできる人というのが、勉強ができる人、点のとれる人です。アウトプットが上手にできるということは、必要な情報を必要な時に必要なだけ取り出せるということ。そのためには、インプットした情報がパソコンのフォルダのように整理されて頭の中に入っていないといけません。
どんなにがんばっても本番で点のとれない人は、インプットの量だけにこだわっていたり、記憶することは一生懸命やるんだけど、それを整理できていない人が多いです。そういう人たちに、こうすればアウトプット力がつくよ、ということを言いたかったんです」
―資格試験の勉強の際、暗記で挫折してしまう人は多いかと思いますが、暗記のコツがありましたら教えていただければと思います。
原「私も暗記は大嫌いでしたね(笑)だからギリギリまでやりませんでした。税理士試験は9月から専門学校の授業が始まって、翌年8月が本番なんですけど、私は4月まで暗記はほとんど真剣にはやりませんでした。専門学校の授業では、毎回ミニテストがあって、その理論問題を1問は覚えていかないといけないのですが、それすら時々さぼっていました(笑)。だから暗記は最後の4カ月くらいで、一気にやりました。理論問題は自分で覚えやすいように、短く要約して覚えましたね。 専門学校のテキストを、一言一句“てにをは”まで覚えないと不安になる人は多いと思いますし、そういう風に指導している学校もあるんですけど、そこまでする必要はないです。資格試験って、受験生が資格を取った後、その仕事ができる程度に内容がわかっているかどうかを試すものですから。 それに、資格試験は専門学校が予想した問題どおりに出題されることは、絶対にありません。自分が持っている知識を組み合わせて、いかに適切にアウトプットできるかが試されるわけです。本書では、アウトプット力をつけるために、付箋を使ってキーワードごとにタグ付して、関連情報を覚える習慣をつける方法も紹介しています」
―本書のなかで、「試験合格に向けた期限付きの目標を設定しない」ということをおっしゃっていましたが、その場合自分がきちんと合格に近づいているかどうかをどのように確認すればいいでしょうか。
原「私の場合、予習をしない代わりに徹底的に復習をしました。専門学校の授業が終わるまでの間に、情報を全てインプットするのが大前提です。授業中、ノートは一切取らず、テキストと先生の話に集中します。先生が大事だと言ったところと、自分で大事だと思った箇所にはテキストにマーカーするんですね。それで、家に帰ってマーカーの箇所だけ見直します。
次の日に問題集を解いてみて、できなかった問題はページの左に付箋を貼っておいて、二週間後にもう一度やるんです。どうして2週間後がいいかというと、あまり早いと、前回の答えそのものをまだ覚えているんですね。2週間だと答えは忘れているけれど、考え方は覚えているぎりぎりなんです。2週間後に解けたら付箋を下に移します。最終的に付箋が全部ページの下についたら、その問題集の内容は頭に入ったということ。問題集の下の付箋を全部はがすのって、ちょっとした達成感を味わえるんですよ!
難しくて手に負えない問題は、問題集の右上に貼ったり、できたんだけど基本的な問題はページの上に貼る、できたんだけど他の問題と関連づけたい問題はページの右下に貼るなど、付箋の使い方を工夫していました」
―ノートを取らないというのは珍しい勉強の仕方ですね。
原「高校1年のとき、先生の話はほとんど全部、テキストに書いてあることに気が付いてから、授業のノートも取りませんでしたし、間違いノートも作りませんでしたね。テキストと問題集だけで大学受験もやりました。それだけで実際に合格できますよ。テキストに書いてない情報だけを、テキストの余白に直接書き込んでいましたが、当時のテキストを久しぶりに見返しても、書きこんである箇所はほんの少しなので、自分でもびっくりしました(笑)」
―税理士の試験と大学受験ではどちらが勉強しましたか?
原「じつは私、子供のころ家で勉強すると親に怒られていたんです。親は私を音大にいれたくて、毎日6時間ピアノのおけいこをしていたからです。だから勉強は、学校でしかできませんでした。でも私は音大ではなく、普通の大学に行きたかった。だから授業中にならったことは、授業中に全部あたまにインプットしなくちゃ、と必死だったんです。ノートを取らない効率的な勉強法が身についたのは、そのおかげだと思います。」
―勉強の過程で多くの人が陥る落とし穴がありましたら教えていただければと思います。
原「独自のノートをつくったり、間違いノートを工夫して作る方がいらっしゃいますが、あれはただの作業にすぎません。ノートを作ることにいくら時間を費やしても、アウトプット力はつかないんです。でも長時間作業していると、それだけで勉強している気分になるんですよね。 勉強って、成果が見えにくいので、何のために勉強しているのか、ということがわからなくなると、続かないんですよね。社会人の方は特にそうだと思いますが、他の人が飲みに行ったり、デートしている時間に、勉強しなくちゃいけない。何のために自分はこんなにがんばっているんだろう、と嫌になって、心が折れてしまう人も多いと思います」
―原さんにもそういう時期はありましたか?
原「私は税理士資格を取るまでに4年かかっているんですけど、4年目はそんな感じになりました。1年目は何もわからないまま、外に出かけたい一心で勉強を始めて、やってみたらおもしろかった。2年目、3年目もノリノリで勉強自体が楽しかったです。でも4年目はマンネリ化して、何で勉強しているのか見えなくなっていた時期ではありましたね。 資格試験って途中でやめてしまったら、1分も勉強していない人と同じです。 そういう時は資格をとった後の自分を妄想していました。お金持ちになっているとか、バリバリ働いている自分とかを、お風呂に入りながら妄想するんです。妄想は目標じゃないから、実現しなくても心が折れないんです。しかも、私の持論ですが、妄想は実現するんですよ(笑)」
―原さんが資格試験の勉強で最も苦心したことは何ですか?
原「やっぱりモチベーションの維持ですね。いちどきっぱり止めようと思ったことがあります。一年目に受けた簿記論の試験がすごく難しかったんです。大問が3題という試験だったんですけど、2問解いたところで残り時間が5分くらいで、最後の問題はほぼ白紙で出しましたね。本試験の時は解く前に、時間配分と点数配分をして、見直しに徹底的に時間をかけるのですが、そんな余裕もなかったです。 試験が終わったあと、“ぜったい落ちた”と思って、家まで泣きながら帰りました。途中のデパ地下でお菓子をやけ買いして、これできっぱりあきらめようと思ったんです。うちに帰って、“素人の私が合格できるような試験じゃなかった”と夫に宣言しました。夫から“本当に不合格だったら、それからやめても遅くはないでしょ。”と言われなかったら、今の私はいませんでしたね・・・」
―税理士の試験に合格してから原さんの人生はどのように変わりましたか?
原「税理士になる前は、夫と出かけたり、共通の知人に会うと必ず“原先生の奥様”って呼ばれていたんですよ。銀行に行っても、生命保険の外交員の方から、自分の名前で呼ばれませんでした。でも試験に受かって仕事を始めたら、私が“原先生”って呼ばれるようになったんです。本当にうれしかったですね。そもそもは、自分のアイデンティティが欲しくて勉強を始めたわけですから」
―最後になりますが、時間をあまり長くとれないなかで資格試験合格を目指す方々にメッセージをお願いします。
原「勉強ってそんなに楽しいことではないし、なかなか成果が見えないし、辛いことの方が多いと思いですよね。でも続けている限りは、少しずつでも前進しているんです。 社会人の勉強はゴルフに似ていて、昨日の自分との戦いです。他の人のボールを追いかける必要はなくて、自分のペースで進めばいい。人に寄っては300ヤードくらい飛ばせる人もいれば、50ヤードしか飛ばせない人もいます。でも自分のボールとカップの位置さえ見失わなければ、いつかはカップインできるんです。 目標を達成するコツは、最後まであきらめないことです。だから夢を実現するまで、あきらめないで欲しいと思います」
(取材・記事/山田洋介)
原 尚美
東京外国語大学英米語学科卒業。スタッフ20名全員が女性だけの、「原&アカウンティング・パートナーズ」を主宰。 全日本答練(TAC主催)で、「財務諸表論」「法人税法」を全国1位の成績で税理士試験に合格。一部上場企業の子会社や外資系企業から中小企業まで幅広いクライアントをもち、企業会計の現場に強い。 税理士会では税務支援部長を経験し、中小企業は節税よりも財務力を強化すべきとの思いから、事業計画書の作成など地に足のついた経営支援を通じて、クライアントの9割が黒字の実績を誇る。 慶應義塾大学大学院の税理士補佐人講座、日税連の地方公共団体外部監査人講座修了。 「小さな会社のための総務・経理の仕事がわかる本」、「個人事業者のための会社のつくり方がよくわかる本」、ソーテック社刊 「51の質問に答えるだけですぐできる「事業計画書」のつくり方」 中経出版刊
著者:原 尚美
定価:1,365円(税込み)
ISBN-10: 4806142867
ISBN-13: 978-4806142867