interview
―ヒクソンは1994年の初来日以来、幾度も来日していますが、日本の良さはどういうところにあると思いますか?
「まず、ものすごく真面目な国で、何もかもが非常に洗練されています。また、リスペクトという気持ちがものすごく根付いていて、細かい部分の気配りの精神も素晴らしいと思います」
―本書の中で、日本古来の価値観である“武士道”を非常に意識していると述べていますが、武士道に共感された理由、具体的にどの部分に共感したのかを教えてください。
「100%を委ねる精神、100%相手を敬う、尊敬する精神に共感しました」
―では、ヒクソンの目から見まして、今の日本人に足りない部分は何でしょうか。
「先ほど私が指摘した真面目さ、細かさは長所でもありますし、逆に短所として捉えることもできます。
これらが行き過ぎてしまうと、目的のために真面目にやっているものの、それを考え過ぎてしまい、自分の幸せを追求しなくなってしまいます。それが日本人の1つの特徴ではないかと思います。
何かに取り込んだものの、ミスをしたくない気持ちが出てきて、自分の表現が出来なかったりしてしまう可能性もある。そこは少し柔軟に考えたほうがいいこともあります」
―本書では、格闘家としての一面のみならず、自身の生い立ちやご家族、その精神まで多岐に渡って執筆されています。そういったことをさらけ出すのに、ためらいはありませんでしたか?
「今まで私は、格闘家としての一面しか見せてはいないし、私が戦っている姿を見て共感してくれる人のインスピレーションになればいいと思っていました。しかし、多くの人に、日々の生活を送るためのヒントをあげるためには、自分のプライベートな部分をさらけ出さないことには話は始まりません。私のファイターとしての顔ではなく、一人の社会人として、父親としての面を見せなければいけませんでした」
―息子のクロンとのエピソードで、「もし試合に勝ったら、ご褒美を一つあげよう。負けたら、二つあげるよ」というものがありますが、無敗の男というイメージが強いヒクソンだからこそ、意外な印象を受けました。ヒクソンにとって、“敗北”とはどのような意味を持っているのでしょうか。
「真のチャンピオンは、敗北を次の勝利に導くための1つの素材として使います。本当の敗北者は、“もう戦えない”というところまで来てしまった人であり、ただ戦いに負けたとしても、それは敗北者ではありません。
先ほどのクロンの話は、まさに私がそういう風に教育されてきた方法そのままであり、自分たちの息子たちにもそれを実践しているんです。しかし、今のような難しい話を、7歳や8歳の子どもたちにしても分からないので、負けてもそれは間違いではないということ、そして父親である私はそれでガッカリしている気持ちは全くないんだということを見せるための1つの工夫なんです」
―では、息子のクロンからどのようなことを教わりましたか?
「私はクロンに自分と同じ結果を出して欲しいとは思っていないし、そのために率先してサポートする立場でもないと思います。しかし、彼がもし壁に当たったとき、それを乗り越えるためのヒントを出すことが私の役目であり、それ(クロンが成長する姿を)見て、私自身も平行して父親として育っていくのだと思います。
子どもと親は肉体的にも精神的にも違う人間です。だから、父親は自分の期待を子どもにぶつけるのは間違いであり、父親が期待をプレッシャーに変えないで育てていくということが、大事だと思います」
―素晴らしい父親です。
「ありがとう(笑)」
―一人の父親として、日本人の親たちに欠けていることは何だと思いますか?
「まず、身体で表現するということが大事です。説教をしようが、良いことを言おうが、理屈では伝わりません。ハグをしたり、物理的に愛情を見せるということも大事だと思いますが、日本ではそれが少ないように思います。長い話をするよりもハグで褒めてしまうような、そういうところは日本人の親には欠けているのではないでしょうか」
―ヒクソンの人生観や精神において、最も影響を受けた方はどなたでしょうか。
「父親ですね。エリオ・グレイシーです」
―50歳のヒクソンが、これから成し遂げたい目標はありますか?
「ファイターとしての引退を決めてから、次のステップ、どのように道を歩んでいこうか迷っていた頃もありました。普通の柔術家だったら、ファイターとして引退した後は生徒に柔術を教えるだけというパターンが多いのですが、それだけでは私は物足りませんでした。
柔術というスポーツは今、世界中、いろんな大勢の方に愛されていますが、私はその柔術をやっている人々に、自分の哲学、メッセージをより多く感じて欲しいと思っています。
だから、柔術をやっている様々な人々に自分の哲学をどうにかして伝えていきたいと考えています。柔術というのは、格闘技ももちろんそうなのですが、そもそも日常的に役に立つような哲学もいっぱい込められていますので、柔術を通して、また、今回のように出版、書籍の活動を通して広めていきたいと思います。」
―ヒクソンは失敗しても全くくよくよしないそうですが、その秘訣を教えて頂けないでしょうか。
「それは、自分の意思でしかないと思います。くよくよするのかしないのか。例えば今、目の前にあるテーブルが300kgあり、この部屋には私1人しかいない。しかし向こうの部屋にテーブルが必要だ。物理的にこの300kgのテーブルを持ち運ぶことはできない。
そのとき、できないことを認めて、すぐどうするかを考えます。友達を3人呼ぶとか、小さなテーブルを買って向こうに置くとか、すぐにほかの選択を考えるのです。コツよりも、あきらめる時期を自分で判断する、それだけの話です。あきらめるか、あきらめないか。あきらめるというのは良い意味で、です。この発想をあきらめて、次の発想にどれだけ早く切り替えることができるか。理屈的にも無理だと思ったら、次に切り替えるのです。
問題は精神的な弱さであり、本当は他の選択肢があってそれを取らないといけないのに、取ろうとしない弱さが唯一の問題です。それがあってはいけません」
―現在、総合格闘技の中でヒクソンが注目している格闘家は誰ですか?
「残念ながら、注目している選手はいません。確かに肉体的にはものすごく進化しています。今のMMAは体重も制限されていて、時間も短くなっていて、どんどんフィジカルなスポーツになってきています。しかし、フィジカルになればなるほど、技術的な面というのはないがしろになってしまう傾向はあり、技術の面ではどんどんレベルが下がっていると思います。なので、フィジカルな面はアップしていくと思いますが、その中で注目選手は特にはいないです」
最後に、ヒクソン・グレイシーファンの皆様にメッセージをお願いします。
「全ての職業にストレスは存在します。私自身は生まれた国、状況もありますし、ファイターという立場、そして家族の代表として戦わなくてはいけませんでした。物理的に自分の体を怪我させようとしている相手と戦わないといけないのは、非常にストレスの高い職業だったと思います。
だから、1人でも多くの人に、どういう戦略を考えればストレスからの解放の可能性が出てくるのか、解放されるための戦略が立てられるか、そのヒントになればと思います。ペンを持っている方も、鋏を持っている方も、私の場合はグローブでしたが、全ての方は自分の分野で何かを目指し、戦っています。だからみんながファイターだと私は思います。その最終目標は何かというのは、人により違うかも知れませんが、私は最終的には“幸せになる”ということが目標であると思います。
そして、幸せになるための戦略、正しい発想を持っていれば必ず幸せになると私は信じています。インスピレーションを生じ、幸せになってもらえればいいですね」
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