――『お金はサルを進化させたか』はいくつもの具体的なエピソードなどを交えながら、かなり分かりやすくファイナンスの考え方や私たちの行動の不合理さについて教えてくれる一冊です。ただ理解しやすいだけでなく非常に読み応えもあり、長く読んでいける一冊だと感じたのですが、どのような経緯で本書をお書きになったのですか?
野口真人さん(以下敬称略):私は企業の価値を評価する仕事をしています。本書の根幹をなす「消費」「投資」「投機」という3つのお金の使い方は、ファイナンスの世界では当たり前の考え方ですが、一般の方にとってはそうではありません。誰に教えてもらえるものでもないですからね。
お金を使うという行為は日常生活の中で誰もがしていることです。誰もがしている行為なのに、そのロジックが分からない状態でお金を使っているんです。お金の使い方は「消費」も大事だけれど、「投資」も大事なことですから、まずはお金の理論を多くの人に知ってほしいというところで筆を執りました。
――冒頭でお金を使うメカニズムは、投資家が株などに投資をするのも、私たち一般人がお金を払うのも、原理は変わらないと書かれていましたが、これはどういうことですか?
野口:お金を払うということは、簡単に言えば、その値段以上の価値をその商品や行為に見出したときにすることです。
例えば、とある衣料品店でセーターを6000円で買ったとしましょう。それは「消費」「投資」「投機」という3つのお金の使い方の中の「消費」にあたります。本人は6000円以上の価値があると思ってセーターを買ったわけですが、これは主観的な判断に過ぎません。そこには「効用」、つまり満足感が必ずあります。
「投資」の考え方も同じです。本当は100万円の価値があるものが、その時50万円で売っていて、お買い得だと思って買います。ただ違うのは、「消費」の場合は満足感という価値が重要になりますが、「投資」の場合は将来的に金銭で戻ってくるという点です。
「投資」と聞くと特殊な人たちばかりがいる世界のように受け取られますが、実は株やFXなどに手を出したことのない普通の方でも、投資的なお金の使い方をすることがあります。例えば将来何かしたいことがあって、そのために教材を購入したり、学校に通ったりする。これは「投資」ですよね。今、学校に払うお金の価値が、将来大きなキャッシュを生むという話です。逆に資格を取ることが必ずしも「投資」になるとは限りません。資格を取ることが目的化してしまっていて、実務に何も生かせないのであれば価値はないわけですから。
――「投資」は個人の話にも当てはまる。個人がスキルアップする際に「投資」という言葉を使うことはよくありますが、ただスキルアップしても価値がなければ「投資」とはいえないということですね。
野口:そうです。自己満足で終わってしまうのは「消費」です。
――「投資」というと株などをイメージしてしまいます。
野口:アマゾンなどで「投資」の本を検索してみると、「ラクをして儲ける」「サラリーマンでもこれだけ儲かる」といった類の書籍が引っかかります。おそらく楽をして稼ぎたいという人が多いのでしょうが、私はこういう考え方は好きではないんです。投資をする対象が不動産であったり、金融商品であったりすると、働くのは投資した不動産や金融商品であって、自分ではない。そういう場合、例えば不動産の市況が狂ってしまったら終わりですよね。
一番重要なことは自分自身でお金を稼げる力をつけることです。自分への「投資」は惜しまずすべきであって、とりわけ若い頃はその必要性が高いと思います。自分自身への「投資」は逃げませんから。だから私はアンチ不労所得、アンチ「金持ち父さん」なんです(笑)
――若い頃は自分への「投資」を惜しまないほうがいい、と。
野口:実は、私は40歳の頃に早期でリタイアをして、その頃流行していた不動産の所得でのんびり生きていこうと思ったことがあったんです。それで実際にやってみたのですが、数年でその生活に飽きてしまったのですよ。まったく生きがいがなかったんです。やはり自分自身で働いて、その仕事で評価されたいから、起業をしたんですね。
――そうだったのですか!
では、私たちがお金を賢く使うようになるためには、一体どこから考えればいいのでしょうか。
野口:「投資」という観点からすると、リスクとリターンのバランスを考えることです。お金を使う際には必ずリスクがあります。株でも投資信託でもそう。リスクがないものはありません。「投資」にまつわる事件のほとんどはリスクを見ていないことに起因しています。リスクとリターンのバランスをきちんと計ることが大事ですね。これは私が新しく考えたことではなく、「投資」における基礎的な考え方です。
また、「時間」というのも重要な概念です。いつお金を使うかということで、20歳のときの100万円と、70歳の1億円では、主観的な価値がもしかしたら20歳のときのほうが高いかもしれない。寿命は決まっているわけですから。それを意識したときに、お金をどのように使えばいいのかが分かってくるはずです。使うべき年に正しいお金の使い方をすることが大事です。
――人が「リスク」に対峙したとき、極端に「リスク」を避けたがる傾向があると思います。
野口:リスクがないというのは錬金術の世界ですよ。でもそれは残念ながら存在しない。「絶対損をしない」というようなタイトルが本についていることもありますが、「絶対」はまずないでしょう。株やFXの必勝法なんていうのも、なぜ必勝法を書くのか。本を書くよりも秘密にして実践していたほうがお金を稼げるはずなんです。みんながその方法をやると必勝法ではなくなりますしね。
知っている人に、そういった必勝法の本を書いている人がいるのですが、経歴を見ると全く必勝していない(笑)彼が見つけたのは「本を書く」という必勝法です。
それに、リスクはそんなに悪いものでもありません。それはこの本を読んでいただくと分かると思います。リスクとリターンの関係を必ず見て、自分で判断することが大事なのです。
――本書を読んでいてハッとさせられたところは、「お金を貯める力ではなく、お金を稼げる力を身につける必要がある」という点です。
野口:私がこの本を通して伝えたかったのはそこです。
例えばお金持ちの人は持っているキャッシュで計られます。でも、キャッシュってただの紙切れなんですよ。持っているだけだとどんどん価値がなくなっていくんです。新しいものに投資をしない限り、価値は生まれない。キャッシュとキャッシュフローは全く違うものだということを強調したいんです。日本経済が停滞しているのは、人々がお金を使わなくなったからだといわれますが、まさしくその通りで、キャッシュを使わないと日本の経済は上向きません。
――そこでお金を稼ぐ力を身につけないといけない。ただ、サラリーマンだと働いて会社からお金をもらうという感覚が強く、「稼ぐ」「生み出す」という思考に結びつきにくい気もするんですね。
野口:その場合は、自分を一つの株式会社だと考えてみるといいでしょう。給料というのは会社から見れば費用になります。費用をかけた分、お金が返ってこないといけない。返ってこなければただの「消費」ですからね。費用は「投資」であるべきです。その上で自分のことを考えてみると、費用をもらっているのだから、会社に何か返さないと存在価値がなくなってしまう。会社からどれだけお金をもらうかということを考えるのではなく、もらった分をいかに何倍かにして返すかということを考えないと、自分の価値は上がりません。これはこの本に書いていないけれど、そういう意識を持って働くことが大事だと思いますね。
――本書を通して、お金の賢い使い方を身につけた読者の皆さんに、どのような生き方をしてほしいとお考えですか?
野口:お金に束縛されない生き方を目指してほしいです。生きていくのに最低限なお金だけが常に手元にあって、必要ならば稼ぐ。お金は生きるための手段であって目的ではありません。
よく聞くのですが、お金がありすぎると逆に不安になってしまう人も多いんです。お金の使い方を知らないまま、宝くじにあたってしまい、よくわからないことに使ってしまって逆に身を滅ぼすということもあると思います。冒頭でビル・ゲイツの「うまくお金を使うことはそれを稼ぐと同じくらい難しい」という言葉を引用しましたが、投資を含めて「お金をうまく使う」ことは大変に難しいことだと思います。
――お金をうまく使えていない人は、自分に対する投資ができていない。
野口:もっと簡潔に言えば、自分の価値を高められていないということです。自分のお金を生む力がない人ほど、自分の財産に固執してしまうわけで、分からないまま投資の話に乗ってしまったりするんです。今持っている財産が自分の評価だと思ってしまうのですから。
――まさに本書はお金を使い方を身につけるための教科書のような一冊です。
野口:教科書まではいかないけれど(笑)ファイナンスの理論は一般の人たちにも当てはめることができるという、その基礎的な考え方を紹介しています。ただ、それを知らないままでは、お金の束縛から解放されないので。
――本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
野口:これはぜひ社会人の方々に読んでほしいですね。あまり経済や経営の素養がない人でもわかるように書いたつもりです。お金を使っていない社会人はいないと思いますから。
――では最後に、このインタビューの読者の皆さまにメッセージをお願いします。
野口:お金は使ってナンボです。お金は自分を高める手段ですから、もし「貯めること」が大事だと思っている方がいれば、ぜひ発想を変えてみてください。そして、その発想の転換の方法がこの本に書かれているので、ぜひ読んでみていただけると幸いです。
(了)
プル―タス・コンサルティング代表取締役
1984年京都大学経済学部を卒業、富士銀行(現・みずほ銀行)に入行。
1989年JPモルガン・チェ―ス銀行入行。ユ―ロマネ―誌によるアンケ―トにて3度、最優秀デリバティブセ―ルスに選ばれた。
ゴ―ルドマンサックス証券を経て、2004年に企業価値や株式価値の評価を手がけるプル―タス・コンサルティングを設立、代表取締役に就任。毎年300件以上の企業価値評価を実施する。旧カネボウ株式買取価格決定請求における株式価値鑑定、ソフトバンクによるイ―・アクセスの完全子会社化の際の株式交換比率の算定など、世間の注目を集めたMBOやM&Aのアドバイザリ―も務めている。
2005年よりグロ―ビス経営大学院にてファイナンスの講師を勤めるほか、ソフトバンクアカデミア等でファイナンスの講義を担当している。