テレビなどでデザイナーズマンションなどが紹介されているのを見ると、「こんなところに住んでみたい」とあこがれる一方、「なんだか生活感がない。肝心の住み心地はどうなんだろう」とも感じてしまう。
建築家の作家性を大切にするあまり、住む人がおざなりにされるケースは案外珍しくないのかもしれない。『夢を叶えるデザイン住宅の建て方』(幻冬舎刊)はこうした住宅・建築業界が抱える様々な問題を浮き彫りにする。
今回は、著者の鐘撞正也さんに、これらの問題についてお話を聞いた。
■ネットの普及で「家を建てたい人」に変化が
― まずは、鐘撞さんのお仕事内容を教えていただけますか。
鐘撞:
1995年の4月に、小さな設計事務所をスタートさせて以来、約21年にわたり住宅づくりにかかわる仕事をしています。
住宅設計に携わるなかで、お客様が納得のいく家をつくることがいかにむずかしいかという現実に直面したこともあり、この問題の解決に向けて様々な取り組みをおこなってきました。
つい10年ほど前まで、私自身の仕事の3分の2は一設計者としてのもの、残りの3分の1は経営者としてのものでしたが、だんだんと仕事内容が変わっていき、今では仕事全体の95%がマネージメントにかかわるものになっています。
― 業界の状況を含め外部環境に変化を感じることはありますか。
鐘撞:
建築、住宅、そして不動産業界、どれもここ50年ほど、変化らしい変化はありませんでした。それにひきずられる形で、お客様のアクションも、まず住宅展示場へ行き、ハウスメーカーを探して……というのがいまだに一般的です。
しかし、お客様の意識がまったく変化していないのかといったら、そうではありません。20年前に比べ、明らかに「ライフスタイルに合わせた空間がほしい」という欲求が強まっているように思うのです。
― お客さんのそのような変化はいつごろから顕著になり始めたと思いますか。
鐘撞:
インターネットが普及し始めたころからだと思います。それ以前の情報源といえば、せいぜい住宅誌やインテリア雑誌といったものぐらいでした。しかし、インターネットが普及したことで、家づくりに関するリアルかつ多様な情報がお客様にも広く行き渡るようになった。
そうして多くの情報を手にすることができるようになり、かつては住宅メーカーの言いなりになるしかなかったお客様も、「実は、こんなに色々なことができるんだ」と気づき始めているのではないでしょうか。
多くの方にとって、住宅というものは一生に一度の買い物ですから、事前の情報収集にも力が入るはず。入手できる情報の質が変われば、お客様の心理も変わっていくというのは自然なことだと思います。
― 今の「お客さん自身が多様な情報を入手できるようになった」という話ともつながるかもしれませんが、御社はテレビやネットなどを使った情報発信に積極的でいらっしゃいますね。
鐘撞:
創業5年を過ぎたあたりから、明確に広報やPRに力を入れるようになりました。新聞の折り込みチラシから始めて、次は住宅完成見学会……といった具合です。
すると次第に、見学会が様々な雑誌媒体で取り上げられるようになり、今度は雑誌から住宅完成見学会へ……という流れができていきましたね。
現在は、インターネット上での情報発信を基点に、見学会やセミナー、工事相談などをおこなっています。
■一般人とはかけ離れた建築家の金銭感覚
― 初期のころから情報発信にかなり積極的だったというのは、何か理由があるのですか。
鐘撞:
それはやはり、「開かれた設計事務所にしたかった」というのが一番の理由です。お客様にとって、「設計事務所に依頼する」というのは、なかなか勇気のいることですから。
― いまのお話にしても、冒頭の「お客さんが納得のいく家をつくるのがむずかしい」というお話にしても、鐘撞さんの中に「本来、家づくりはこうあるべき」という問題意識が明確にあるからこそ出てくるものだと感じました。鐘撞さんにとっての「理想の家づくり」とは、どのようなものでしょうか。
鐘撞:
完成した家を見て、お客様自身が「これは自分が考えたんだ」と思えるような痕跡をひとつでも多く残すことこそが、「理想の家づくり」につながると考えています。なので弊社では、お客様に対し、どのようなライフスタイルなのかを含め、ヒアリングを徹底的におこないます。
― そのような鐘撞さんにとっての「理想の家づくり」像は、初期のころとあまり変わりないのでしょうか。
鐘撞:
まったく変わっていませんね。
それこそ、先ほど話に出たチラシのなかには「(わが事務所に依頼することの)5つのメリット」と題して、「建築費用の低価格化を実現」「建築の品質を保証」「資金計画 土地探し」「建築家ならではのデザインの提案」「アフターサービス」といったことが書かれていますが、これはいまだに私たちが大切にしていることです。
― そのような理想を持つに至るには、何か原体験のようなものがあったのでしょうか。
鐘撞:
私自身、建築を勉強した者として、「自分の名前が残るような建築をつくってみたい」という思いがありました。
しかし、独立する前に働かせてもらった設計事務所で様々な現実を目の当たりにするうち、建築家を含む設計者とお客様とのあいだにある隔たりがあまりにも大きいと感じるようになっていったのです。
― その「隔たり」とはどのようなものだったのでしょうか。
鐘撞:
いまでも覚えているのは、建築家同士が話していたときに出てきた、ローコスト住宅の相場です。彼らにとってのローコストの定義は「30坪で2000万円ほど」でした。つまり、坪あたり約67万円であれば、彼らはローコストと見なしていたのです。
しかし、現実のお客様が買っているものはといえば、建売であっても、坪単価が40万円ほど。彼らのいうローコスト住宅は、まったくもってローコストではありません。
それに、建築家がローコスト住宅をつくるため、具体的に何をするのかといったら、構造体をむき出しにしたりする。でも実際には、そのほうがお金がかかるのですよ。
一事が万事このような感じで、建築家と世間とのあいだに「ズレ」を感じることが多かった。「このズレをどうにかして埋めたい」。このような思いが私なりの「理想の家づくり」像をつくる上での原動力になったのだと思います。
■顧客は必ず損をする!不動産業界の悪しき仕組みとは
これから家を建てたい。
そう思ったとき、あなたの話を親身に聞いてくれる専門家は身近にいるだろうか。
建築家や大工の知り合いがいればいいかもしれないが、そんな恵まれた状況にある人は決して多くないだろう。
いわば消費者が孤立した状況にあると言わざるを得ない日本の住宅設計業界。
そんな状況に風穴をあけられるのは、ハウスメーカーでも工務店でもなく、設計事務所に所属する「設計者」だと主張するのが、『夢を叶えるデザイン住宅の建て方』(幻冬舎刊)の著者、鐘撞正也さんだ。
なぜ、鐘撞さんはこれほどまでに設計者が果たす役割の大きさに着目するのか。その理由を聞いてみた。
■建築の主導権はお客ではなく業者にある、という現実
― 鐘撞さんにとって「設計者」とは、どういう人のことを指すのですか。
鐘撞:
有名建築家が自身の作品性にこだわるケースがありますが、そのようなことをせず、あくまでお客様の要望に沿って図面を作成し、適切な施工会社を選ぶ。そういうことができる人のことを指します。
家づくりにおける職能というのは、大きくわけて3つあります。営業、設計、工事です。たとえば、ハウスメーカーに家づくりを頼んだ場合、それぞれの職能の人が分業した形でかかわってくれます。
でも、そのような形では、お客様自身が主導権を持って、家づくりを進めることは難しい。なぜなら、ハウスメーカーの営業マンや、工務店の職人などに比べ、お客様はどうしても情報面で不利になってしまうからです。
― 主導権、ですか。
鐘撞:
価格や品質、工法などについて、お客様はハウスメーカーの営業マンや工務店の職人が言っていることのみを判断材料にして決めていくしかありません。これでは、自分のライフスタイルに合った、「その人ならではの家」をつくるなんて、夢のまた夢というわけです。
― そういった状況のなか、お客さんが主導権を取り戻すにはどうすればいいのでしょう。
鐘撞:
私たちのような設計事務所にいる設計者というのは、価格・品質・工法にかんして充分な専門知識を持っていますし、ハウスメーカーや工務店に属していないので、彼らの都合を優先させる理由もない。つまり、中立的に家づくりにかかわることができます。
したがって、設計者が家づくりの最初から最後までを一気通貫で見渡せるような形に家づくりの工程を再構築することが、お客様が主導権を取り戻すことにつながると考えています。その意味で、設計者が主体になった会社に頼むというのが、お客様にとっては最善の選択だと思っているのです。
しかし、建築家の世界というのは弁護士のそれと少し似たところがあって、自ら売り込むことを「品がない」と嫌うところがある。その結果、どの事務所にどんな設計者がいて、どういう得意分野を持っていて……というのがお客様にはなかなか伝わりません。そのことが「敷居の高さ」につながっていると感じています。
そこで私たちは「開かれた設計事務所」であるため、積極的にPR活動をおこなっているというわけです。
― 今のようなお話をうかがっていると、御社は住宅関連会社や工務店などがこれまで手をつけてこなかった業界慣習一つひとつにメスを入れているのだなという印象を受けます。
鐘撞:
そうですね、先ほど「家づくりの最初から最後まで」という言い方をしましたが、私たちは「土地探し」のお手伝いもします。ここまでやる設計事務所は珍しいと思いますね。
― ということは、従来のシステムだと、土地探しにおいてもお客さんが不利益を被る可能性があるということですか。
鐘撞:
その通りです。「良い土地に出会えない」という悩みをお持ちのお客様は少なくありません。でも実は、これにも業界的なカラクリがあるといいますか、良い土地を買えない仕組みになっているのです。
たとえば、年収1000万円のお客様が、ある仲介業者のもとへ行って土地を探したとしましょう。「住宅ローンは年収の6倍まで借りられる」のが相場ですから、この場合、土地と建物をあわせて6000万円が予算の上限ということになります。
― そうなったとき、仲介業者はどういう対応をするものなのですか。
鐘撞:
ここで仲介業者が提示する選択肢は二つあります。
まずは、「建築条件付きの土地販売」や建売住宅を勧めるというもの。業者の収入源は、手数料です。日本では「売買代金の3%プラス6万円」という条件のもと、取引がなされます。つまり成約単価が高ければ高いほど好ましい。そこで、土地だけでなく住宅も一緒に買う方向へとお客様を誘導するわけです。
もう一つの選択肢として、このような住宅込みでの紹介が難しいとなったら、「お探しの条件に見合う土地はありません」と、お客様をシャットアウトしてしまうというものがあります。
いずれにしても、お客様にとっては何のメリットもありません。
■「憧れのマイホーム」なのに、自分の希望ではなく「業者の都合」が通る
― 今のお話をやや強引にまとめるなら、従来のシステムは、お客さんにとって制約だらけと言えるかもしれませんね。業者側の都合で全てがまわっているといいますか。
鐘撞:
おっしゃる通りです。たとえば、「自由設計」をうたっているハウスメーカーは少なくありませんが、実際にはそれほど自由じゃない。ある決められた規格のなかで、玄関や水まわりの位置を変えられるといった程度の自由さでしかありません。
なぜそのようなことになってしまうのかといったら、住宅の規格化と量産化によって、できるだけコストを抑えたいというハウスメーカー側の思惑があるからです。
その点、私たちの事務所に家づくりを依頼すれば、文字どおり制約がありません。その制約のなさこそが、お客様の満足度の高さにつながっているように思います。さらにいえば、設計者の満足度も高いようです。
― 設計者の満足度が高いというのは?
鐘撞:
先ほど建築業界における分業の話をしましたが、まさにこの分業によって、設計者がお客様と直接コミュニケーションをとることが難しくなっています。
そして、このような状況に悩んでいたという設計者が続々と、弊社へ転職してきているんですよ。設計者にとっての満足度が「顧客接点をもってモノをつくれるかどうか」によって左右されるという証明ではないでしょうか。
― 最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
鐘撞:
繰り返しになりますが、お客様自身が「これは自分が考えたんだ」と思えるような痕跡をひとつでも多く残すことこそが、「理想の家づくり」につながると考えています。なぜなら、そういうことを一つひとつ積み重ねていけば、きっとお客様にとって愛着のある家ができあがると信じているからです。
なので、諦めずに愛着のある家を建てるにはどうすればいいのかを、本書を通して知っていただければうれしいですね。
(新刊JP編集部)