大阪大学で「日本国憲法」講義が大人気 「恋愛相談」受ける担当講師の狙い
2016年7月10日の参議院議員選挙において「改憲」は一つの争点となりましたが、その結果、与党が圧勝。今後「改憲」についての議論はさらに活発化していくはずです。
しかし、私たちはどれだけ憲法について知っているでしょうか?
憲法を改正することのメリット、デメリットについてちゃんと説明できるでしょうか?
『憲法って、どこにあるの? みんなの疑問から学ぶ日本国憲法』(集英社刊)の著者であり、大阪国際大学准教授の谷口真由美さんは憲法を知らないままでいる日本国民に対して警鐘を鳴らします。
恋愛相談からの憲法講義! 「DJマユミ」による憲法への誘い
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「改憲」は今、日本が抱える重大なトピックです。最近ではマンガ週刊誌『ビッグコミックスピリッツ』が憲法を付録にしたり、自治体でも憲法を冊子にして無料で配布しているところがあったりと、憲法を読むきっかけや機会は増えていますが、その一方で、おそらく「憲法」そのものを自らすすんで読む人は少ないでしょう。なので、こういったビジネス書の体裁で憲法を面白く解説する本が出ることは重要なことだと思いました。
谷口:ありがとうございます。ビジネス書の体裁で憲法に関する本を出せたのは、集英社の編集者さんのお力があってのものなんですけど、普段はアカデミックな世界という、ビジネスからかけ離れたところにいるものだから、驚きですよね。
しかも私は文系のそれも法学の中の、憲法や国際法を専門としているので、企業から助成金をもらって研究することがほとんどありません。だから、「ビジネス書から何を出せばいいんですか!?」っていうのが最初の印象でした。ただ、「ビジネス書は、世の中の分かりにくいことを少しでも分かりやすくして説明するという基本的な機能がある」というお話を聞いて、なるほど、と。
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そういった経緯で、ビジネスパーソンに向けて憲法の解説書を書いてみようと。
谷口:最初はそういう風に思っていましたけど、ビジネスパーソンといってもいろんな人がいますよね。だから、読む人が家庭のある会社員だとして、その人が家に帰って子どもと一緒に読めたらええなと思って。義務教育の終盤くらいになれば、憲法の中身も理解できるようになるので。
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これだけ憲法を身近な例に引っかけて分かりやすく説明されていると、興味が沸きます。非常勤で講義を持っている大阪大学では、「日本国憲法」の授業が大人気だと聞きました。
谷口:自分で言ったら自慢になるから、やらしい感じなんですけどね(笑)。でも、おかげさまで200人くらいの前で憲法を教えています。一回一回、舞台をしているような感じで、すごくありがたいですよ。
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しかも、その授業はまず恋愛相談から始まると。
谷口:そうなんですよ。「DJマユミ」と名乗って恋愛相談を勝手に受けています。
今日の授業では理想の恋人像・パートナー像を出席カードに書いてもらって集めたのですが、文系学部の女子の「尻に敷ける人がいい」のあとに、理系学部の男子の「尻に敷かれたい」というのが出てきて、「これはカップル成立やん!」と(笑)。
「相談に乗ってもらって彼女ができました」「恋愛がうまくいきました」みたいなメッセージをもらうこともありますし、それだけ聞いて帰る学生もいるんですよ。
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大人気ですね(笑)。でも、その恋愛相談からの流れで憲法の講義に入っていくわけですよね。
谷口:そうですね。理想の恋人像として「束縛しない男性」をあげていた学生がいたんですが、そもそも人を束縛して支配しようとすることは暴力の始まりであって、それがDVにつながっていく。これは基本的人権につながりますよね。
また、「働くことを許してくれる旦那さんがいい」という意見には、「そもそもなんで許しがないと働けないの?」と疑問を提示する。それを突きつめていくと、これも憲法につながります。
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恋愛は感情的なものですが、結果的に憲法という「理屈」につながっていくのは面白いですね。そういった形で、憲法に対して身近さを感じてもらうことが入り口になると思いますし、この本も感情と理屈をつなぎあわせながら、憲法や法律を説明されています。
谷口:そうなんですけど、今、盛んに議論されている「改憲」については感情が先行しているように思うんですね。「改憲すべきだ!」「改憲は嫌だ!」みたいな二項対立で。
でも、実際に議論を聞いてみると「ホンマに憲法を読んだことあるんですか?」と感じることが多くて、中身がちゃんと知られていないのに議論が進んでいる感覚があるんです。そこには警鐘を鳴らしたいですね。そもそも内容を知らないと正しく議論はできません。
今って、声の大きい人の意見が目立つ時代ですし、それに乗っかって分かった気になっている人も多いように感じています。
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選挙権が18歳に引き下げられましたが、谷口さんの目から見て今の学生は政治に対して興味を持っているのでしょうか?
谷口:二極化という言い方は正しいのか分からないですけど、すごく考えている学生と、一方で無関心な学生が目立ちますね。
私の講義の受講生は一回生や二回生が多いのですが、真面目に考えている子の中には、「(選挙権の年齢が引き下げられて)怖い」と言う子もいます。誰に投票していいのか分からないし、その投票が反映されることに対して責任を負わないといけないから。
6月のイギリスのEU離脱の是非を問う国民投票の後に、「若者は(離脱に)反対していたのに!」と怒っている学生もいましたが、いくら反対をしても投票行動に結びつかなければ意味はありません。実際に、投票所に行っていない若者も多かった。そういうところに危機感を覚えている学生も少なくないんです。
その一方で、イギリスで国民投票があったことも知らなければ、「今、何が社会で問題なのですか?」と聞いてくる子もいます。そういう意味では、極端に分かれているように思いますね。
なぜ憲法を知ることが大事なのか?
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イギリスのEU離脱の是非を問う国民投票の結果は、衝撃的でした。
谷口:大半の人は残留だろうと思っていたでしょうし、直前に残留派の議員が射殺されるなどして、世論としては残留派が優勢だったはずです。ところがふたを開けると、結局投票所に行かなかった人たちが大勢いた。「自分が行かなくても」という考えがあったのは事実だと思います。
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それは、「改憲」議論を重ねている日本も同じような状況ではないですか?
谷口:おそらくそうではないかと。私自身は憲法を改正してはいけないとは思っていませんが、どこをどう変えようとしているのか、そもそも今の憲法がどんな内容なのか知らないと、それが良いのか悪いのかも判断できませんよね。
EU離脱が決まったあとに、イギリス人が「EUとは」というワードで検索をかけていたという話がありますが、もし日本で国民投票によって憲法改正が決まったら、「憲法とは」とか「憲法 改正 影響」とかで検索かける人が増えるやろなあと思います。
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実際に決まった後に焦り始めますよね。
谷口:今、私たちがなんぼ「憲法についてちゃんと知りなさい!」と言っても、なかなか聞いてもらえないんです。憲法が自分のすぐ側にあることも、わかっていない。
すべての法律を根本となるものが憲法です。だから、私たちの生活の営みのすべてに憲法が流れているはずなのに、なぜか違うところに浮いている。特別なものだと思われています。
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その中にある「改憲」にまつわる議論が何か浮ついているように見えるのも、人々の憲法についての知識がそもそも追いついていないからでしょうか。
谷口:さっきも言いましたが、感情的になっていることが多いですよね。おそらくメディアの情報の出し方や、その情報の受け取り方にも原因があって、ややこしい情報を鵜呑みにするのがどんなに怖いことか…。
イギリスのEU離脱の国民投票では、報道されていたのとは逆で移民が少ない地域の方がEU離脱に賛成し、移民と共存している地域の方が反対だったといいます。前者の地域の人たちが持っていたのは、「移民はなんとなく嫌だ」「なんとなく邪魔だ」というイメージだったのかもしれません。
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明確な実感がないからこそ、感情やイメージだけで動いてしまう。
谷口:知識があったり、前提を知っていたりすれば、それだけで考えて選択ができるようになるはずなんです。憲法を丸暗記する必要もないし、完璧に理解する必要はないけれど、すべてのルールの根本をだいたいでも知っておくことは大事なんですよ。
一口に「改憲」といっても、憲法を変えることでどんな影響があるのか。法律は最高規範である憲法に適合するように作られています。だから根本法たる憲法が改正されたら、当然法律も変わらないといけません。そして、その中でも特に、私たちの生活に強く影響する刑法や秘密保護法などが変わることになると…という風に想像力を働かせられるようになります。
基本的に政治家は何かを変えるときに、自ら進んでデメリットを語ることはありません。また、変えてはいけないという主張をするときも同じです。メリットしか語りません。だから自分で勉強するしかないんです。
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確かにそういうケースはありますよね。
谷口:第11条では「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」と書かれています。
では、「侵すことのできない永久の権利」とあるけれど、「永久」をどう解釈するか。もしこの条文を改正するとなったら、「永久」と言ってたのに「永久ではなくなるの?」と疑問を投げることができます。というかそもそも「永久」といっているものを改正できるのか、という話ですよね。
憲法改正には限界がないという説があって、例えば第96条の「この憲法の改正は、各議員の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」という条文を改正して、国民投票をなくしてしまえば、その時の政権が容易に改正できるようになります。
それでも、憲法の基本原理である「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」を改正することはできるのか? このうちの1つを改正でなくすなんて出来るの? もしそれがなくなったらどうなるの? と様々な疑問を張り巡らすことができるはずなんです。
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では、本書をどのような方に読んでほしいか教えていただけますか?
谷口:色々な方に読んでいただきたいというのは前提で、特に国会議員かな(笑)。言葉を軽く使い過ぎているというか、勉強しなおしてほしいです。この本から試験を出したいです。だいたい大学では60点が落第点なので、そもそも60点取れなければ選挙に立候補もできないというようになればいいんですけどね。
政治家が庶民の感覚を持つことは大事ですが、「庶民がアホだから同じ感覚を持ちましょう」というのは違いますよね。逆に「庶民の感覚を」と言われている国民は、自分たちがもっと知識をつけて政治家に突っ込みを入れないといけない。そうしないとこの国は良くなりません。
国会議員を国会に送り出しているのは私たち大人です。政治が悪いと思うのならば、彼らを糾弾するのではなく、まず責任を感じましょう。そして、自分なりに考えて選択をするために、憲法を読むこと。個人的には「大人になって憲法の中身も知らないのは恥だよね」というくらいの感覚になってほしいですね。そうなってはじめて改憲の議論がちゃんとできるようになるので。