だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1498回 「伊藤みどり トリプルアクセルの先へ」

世界女子初のトリプルアクセルに成功したフィギュアスケーター伊藤みどり。幼少時からスケートを初め、天才と呼ばれた少女は、やがてアジア人初の世界女王となります。しかし、そんな彼女もまたひとりの人間。現役引退後はセカンドキャリアに悩み、自分の人生を振返り、2011年、再びリンクの上に立つことを決意します。本書には、その軌跡が収められています。

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伊藤みどりさんの人生を通しての葛藤

 今日はフィギュアスケートの伊藤みどりさんについて書かれた本をご紹介します。フィギュアスケート選手もまた、力強いアスリートであり、1人の人間であったこと、これを伊藤みどりという1人の人物を通して知ることができました。

著者プロフィール 野口美恵さんは、スポーツライターであり、元毎日新聞の記者です。フィギュアスケートの選手でもあり、審判資格をもとに、ルールや技術について正確な記事を執筆されています。また、現在もフィギュアスケートを続けていて、ISU国際アダルト選手権2011年度ブロンズ?クラスで優勝しています。

今回の本の取材対象である伊藤みどりさんとも個人的に親交があるそうで、本文では、この野口さんの視点を活かし、より人間味溢れる伊藤みどり像が描写されています。

1章 孤高の天才ミドリ・イトウ 〜現役時代の栄光と伝説〜 2章 周りの見えないスポットライト〜天才の引退、孤立、セカンドキャリアの葛藤〜 3章 それぞれのオリンピック〜仲間とともにアダルトスケートの世界へ〜

第1章では、伊藤みどりさんの幼少期から、1992年のアルベールビルオリンピックでの銀メダル獲得と2ヵ月後の現役引退までが綴られています。章のサブタイトル通り、まさに栄光と伝説を語った章でした。この章を読んだ時に思ったのは、まさに伊藤みどりは天才だ!ということです。

 元々、向上心が強く、新しいことに挑戦するのが好き、そして何よりもスケートが大好き、という気性を持ち合わせていた伊藤みどりさんは、コーチの山田満知子(まちこ)さんの個性を伸ばす指導のかいもあって、幼いうちから着実に実力を伸ばしていました。 女子で世界初のトリプルアクセル(三回転半のジャンプ)を跳んだ事はあまりにも有名ですが、実は10歳に満たないうちから3回転ジャンプが跳べていたんです。 当時の女子スケート界は、世界選手権でもダブルアクセルまでの選手がほとんどの時代、幼き天才伊藤みどりは、周囲の期待に応え、着実にキャリアを築いていきます。 本を読んだ後に、この時代の伊藤みどりさんの映像を観ると、その演技の力強さに思わず涙してしまうかもしれません。

第2の人生を歩みはじめる

第2章では、現役を引退した後、アイスショーのスケーターとして、第2の人生を歩み始めた伊藤みどりさんの様子が綴られています。

章タイトルの周りの見えないスポットライトというのは、アイスショーのリンクの事でもあります。ショーではスポットライトがスケーターを照らすため、自分の周りが暗闇に見え、観客の姿やリンクの端がよく見えないそうです。

また、ショーは世界選手権やオリンピックとは、少し違う、表現のスキルが求められる世界。そんな中でも、スケートが大好きな伊藤みどりさんは、上手くやっていくのですが……。 別の意味でのスポットライトが彼女を苦しませていました。周囲から照らされる「あの伊藤みどりが」というスポットライトが、彼女に自分の道を見失わせていたのです。

伊藤みどりさんは完璧主義者で向上心に溢れ、集中力があり生真面目、そして新しいことに挑戦するのが大好き、というアスリートとして恵まれて気質を持っていました。 しかし、選手を引退し、一人の社会人となったとき、その個性の強さが彼女を苦しめていたのです。

わがままで、周囲に嫌われていたという意味ではありません。 スケート一筋に生きてきたのに、選手を引退してコーチと離れ、何をすればいいのか、自分に何ができるのか、わからなくなってしまったと伊藤さんは言っています。

そして2002年には、体力的にも限界となり、アイスショーの仕事も引退。 この章で描かれる伊藤みどりさんは、どこにでいる普通の30代前後の女性。 しかも、キャリアに悩み、転職を考える30代前後の女性にみえます。

実は、この時期に伊藤さんが、エステティシャンの資格やウェディングプランナーの資格を取得しています。人生に迷っているように見えて、伊藤みどりさんは、一歩ずつ確実に、何かを達成していたと捉える事もできます。資格取得も、思い立ったらすぐ行動し、キチンと結果を出していると見ることができるでしょう?

このように2章では、世間から迷走していると見られそうな伊藤みどりさんの、 人間的な部分がよく分かるエピソードが綴られています。

ISUインターナショナル・アダルト部門への出場

3章。40歳になった伊藤みどりさんが、函館でスケート教室を開きながらも、また新たなことへ挑戦する様子が綴られています。

著者の野口さんも参加した、「ISUインターナショナル・アダルト・フィギュアスケーティング・コンペティション」通称、ISUアダルト競技会に参加することに決めたのです。

キッカケは、実は、著者の野口さん本人でした。前年度の大会で、野口さんが銅メダルを獲得したことをメールで伝え、さらにアダルト競技会の楽しさを(野口さん曰く自慢げに)語ったので、野口さんへのおめでとうメールのあと、しばらくして「私も参加しようかな〜」というメールが届いたんだそうです。

一度は氷上を去った伊藤みどりさんが、再びリンクに立つことを決心した経緯、現役終盤の頃は、プレッシャーを背負い苦しんだため、今度はスケートが好きであることを表現するためにリンクに立とうと決意した。その裏側にはどのような葛藤があったのでしょうか。

こういった熱い展開に加えて、オリンピックなどとは雰囲気の違うアダルト競技会のレポート、競技会に参加するために、スケーター仲間で構成した「チームみどり」の活動内容。元アスリートであり、1人の人間であり、何よりもスケートが大好きな伊藤みどりさんの様子が綴られています。

伊藤みどり トリプルアクセルの先へ

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