本書の解説
2017年末、ビットコインをはじめとする「仮想通貨」取引所のCMがテレビを賑わせていたが、2018年1月のコインチェックNEM流出事件、さらにはビットコインの暴落などの影響か、ここ最近は全く見なくなった。
もちろん、「仮想通貨」が消えてしまったわけではない。2019年に入り、一時暴落した後に上昇したビットコインの相場は再び下がり、一万ドルの攻防を続けているが、今もなお多くの取引が行われている。
しかし、元マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員で(一社)情報セキュリティ研究所長の中村宇利氏は「ビットコインの消滅はもはや時間の問題」と指摘する。言葉のみを受け取ると過激な主張とも思えるが、中村氏はビットコインのセキュリティに大きな問題があると考えている。
『「暗号貨幣(クリプトキャッシュ)」が世界を変える!』(集英社刊)は中村氏にとって初めての単著にして、挑戦的な一冊だ。
もともと偽造・不正使用ができないとされる暗号通貨は法定通貨の最終目標として長い研究開発の歴史があり、著者が開発・提唱した暗号貨幣「クリプトキャッシュ」を貨幣の“最終形”としてまとめているのが本書の最大の特徴だろう。
一方、ビットコインに代表される仮想通貨は主流の研究開発から外れた存在として登場し、社会に大きく広がった。
では、なぜ「ビットコインの消滅はもはや時間の問題」とまで述べるのか? その一端を覗こう。
将来は「消滅」? ビットコインが抱える8つの脆弱性
ビットコインは2009年にブロックチェーンを用いた初めての仮想通貨として登場した。キャッシュレス時代の象徴ともいえる「仮想通貨」は4000種類以上あるといわれているが、その時価総額の8割をビットコインが占めている。そして、冒頭で述べたように2017年に大幅な値上がりを見せ、世間にも浸透したが、その後乱高下が続いている。
このビットコインの取引にブロックチェーンと呼ばれる技術が使われているのは広く知られていることだが、ブロックチェーンを用いた仮想通貨が崩壊すると著者は指摘する。その理由を次の8点にまとめている。
●外部攻撃
- (1)ウォレットや預け先からプライベートキー(秘密鍵)を盗まれる
- (2)中間者攻撃により取引内容を改ざんされる
●内部崩壊
- (3)データ量が増えすぎP2Pの共有が困難
- (4)莫大な電気料、通信料が必要
- (5)51%攻撃が成功している
●運用問題
- (6)参加者の意見の相違から容易にハードフォークが起こる
- (7)「空マイニング」が行われる
- (8)報酬の低下で「マイナー」が減少する
それぞれの詳細な説明は本書をぜひ読んでほしいのだが、その致命的な点の一つが「(5)51%攻撃の成功」であるという。
著者は「ナカモトサトシの原論文においてブロックチェーンが適正に稼働する前提条件とされる『良心的なノードがCPUパワーの過半数をコントロールすること』という条件が崩れた」とした上で、マイニングの計算能力が過半数の悪意のあるグループにより支配され、取引における二重支払いや特定の取引の承認妨害などの攻撃を行えてしまう「51%攻撃」が、2019年1月に「イーサリウムクラシック」において事実上起きていることが報告されていると指摘する。
ブロックチェーンに使われている「公開鍵暗号方式」はセキュリティに問題が
また、「取引や記録に用いられているセキュリティが脆弱」であると指摘し、ブロックチェーンに使われる「公開鍵暗号方式」では中間者攻撃(MITMA)を防ぐことができないと述べる。中間者攻撃とは当事者間の通信に攻撃者が何らかの方法で入り込み、攻撃者が当事者間の通信を知らない間に媒介し、情報を盗み出すというものだ。
実は「公開鍵暗号方式」は仮想通貨だけでなく、インターネットバンキングやクレジットカードの決済など広く世間で用いられている技術である。
確かに現金を使わないキャッシュレス決済は私たちの生活を楽にするものだが、セキュリティ上、大きな問題を抱えていると言わざるを得ないだろう。
実際、(一社)日本クレジット協会の発表によれば、2017年のクレジットカード不正利用被害額は236.4億円にのぼるという(*1)。また、インターネットバンキングについても、警察庁が2018年に発表した資料によれば2017年の被害総額が10億8100万円(被害件数425件)となっており(*2)、ピーク時と比較すれば被害は減少しているものの、被害があるということは事実だ。完全な「安全」はない。
他にも9月末でサービス終了が発表された「セブンペイ」は、7月のサービス開始直後に不正アクセスが相次ぎ、7月31日の段階で被害者が808人、およそ3860万円にのぼる被害総額が出ている。
著者はサイバーセキュリティに対して企業側の後ろ向きな対応を指摘しており、セキュリティ機器の選択においても、セキュリティ性能よりオペレーションの利便性が優先されている現状を明かす。
「便利になるならセキュリティ面において多少の被害は目を瞑る」と考えている人もいるかもしれないが、いざ自分が被害者になったときに同じことが言えるだろうか。
お金を含む私たちの情報が「守られている」とは到底言い難い状況が、著者の指摘によって明らかになっているのが本書なのだ。
新たな暗号貨幣「クリプトキャッシュ」の正体とは
仮想通貨もクレジットカードもセキュリティ面に難を抱えている。では、完全に安全な暗号技術とは一体どういうものなのか。そこに挑んだのが本書の著者である中村氏である。
中村氏の提唱する「暗号貨幣(以下、クリプトキャッシュ)」は、「仮想通貨」登場よりはるか以前から多くの研究者によって研究・開発が行われてきたもので、その発端は1983年のデヴィッド・チャウム博士の論文までさかのぼるという。著者自身は1995年からこの研究の流れに加わった。
当時マッキンゼー・アンド・カンパニーに所属していた中村氏は、大手企業の依頼からデジタルマネーの普及の可能性を確信したが、同時にインターネット通信のセキュリティ面の問題を解決することが必要と判断する。そして、家業の建設会社を継承、自身の研究所を設立し、1996年後半にはMITに客員研究員として戻り、日本とアメリカを行き来しながら研究を進めた。
中村氏の開発した「クリプトキャッシュ」とは、「完全暗号」を使ったデジタルマネーで、離れた場所にいる二人が暗号鍵をネット上で送らないのにも関わらず、各々の暗号を更新していく点がポイント。
その本体は英数文字からなる記号列で、誰が、いつ、いくらの金額で発行したか等の情報を暗号化したものだ。その記号列を取引相手に渡せば、現金と同じようにその場で決済が完了するという。
今、日本は急速にキャッシュレス化が進んでいるが、一方で今後もセキュリティ面で大きな問題が起こるだろう。私たちの「お金」の安全はどのように達成されるのか。そこで使われる新たな技術が社会にどう影響を与えるのか。それを考える上で大きな示唆を与えてくれる一冊といえる。
(新刊JP編集部)
インタビュー
「ブロックチェーンは思われているほどしっかりした技術ではない」
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これまで日本はキャッシュレス決済後進国と言われてきましたが、近年はその風向きが変わってきているように感じます。特に最近はアプリによるスマホ決済が広がっていますが、「7pay(セブンペイ)」が不正アクセスに遭い、セキュリティ面の問題が指摘されています。中村さんはスマホ決済についてどのように見ていらっしゃいますか。
中村:まずは電子決済というところで言うと、一般的に使われている交通系ICカード「Suica」や「iD」など、Felicaのようなの技術が使われている電子マネーについては、偽造できてしまうということが知られています。だから、決済の上限が2万円程度と少額なんですね。
セブンイレブンの「nanaco」のチャージ額は5万円ですが、基本的には少額決済向けです。いずれも偽造のリスクがあるということで、少額決済にとどめることでセキュリティを担保しています。
また、インターネットバンキングについてはIDとパスワードだけでは安全性を担保できないことから、ワンタイムパスワードというトークンを利用した1回限りのパスワードも同時に送ってログインします。3つの情報を送ることで、IDとパスワードよりはセキュリティレベルが多少高くなるのではないかと考えがちですが、残念なことにインターネット上のSSL/TSLといった通信の方式だと、公開鍵暗号方式がベースになるので、ハッカーが中に入れてしまうんです。これはユーザーになりすましてログインすることが可能ということです。
つまり、ワンタイムパスワードを使っていても安全ではない。では、最近広がっているスマホ決済サービスはどうかという話ですが、IDとパスワードだけでログインできるので論外です。インターネットバンキングでさえセキュリティに不安はあるのですから、使い物にならないと私は考えています。
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キャッシュレス決済はセキュリティに問題があると。
中村:確かに簡単に決済できて便利ですが、便利にしただけとも言えます。便利にキャッシュレス決済できるようにするのが目的であって、安全が目的ではありませんから、リスクを考えても1~2万円程度の決済で使うのがいいと思いますね。
それと暗号通貨の歴史とは全くかけ離れた世界から生まれたものなので触れたくはないのですが、触れておかなければいけないのが、仮想通貨です。Facebook主導で開発されている「リブラ」はブロックチェーンを使っていますが、スマホによるキャッシュレス決済よりはまだマシといえるレベルです。「リブラ」は通貨に近いものをつくろうとしていて、大きな金額を動かせるようにしたかったのだろうと思いますが、さすがにIDとパスワードだけでは不十分というところでブロックチェーンを使ったのだろうと。
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今回出版された『「暗号貨幣( クリプトキャッシュ )」が世界を変える!』で、仮想通貨のセキュリティの脆弱性を指摘されています。
中村:ブロックチェーンを使って多くの先駆者が目指した世界はとても面白いと思うのですが世間で信じられているほどしっかりした技術ではありません。私のような暗号技術研究の中にいる研究者からすれば、非常に問題の多い方法であると言わざるを得ません。
そのうちの特に「内部崩壊」の「⑤51%攻撃が成功している」という事実は非常に問題です。サトシ・ナカモト論文で前提とされた「良心的なノードがCPUパワーの半分をコントロールすること」が、想定されつつも非現実的とされていた「51%攻撃」によって呆気なく崩壊してしまいました。特に本流の一つと考えられていた「イーサリウムクラシック」でも2019年1月に実際に報告されました。つまり、前提が崩れて被害が出たわけです。こうなると、仮想通貨の安全性は担保できなくなる。
もちろん「④莫大な電気料、通信料が必要」も問題ですし、「③データ量が増えすぎてP2Pの共有が困難」ということも、専門家が指摘していかないといけないですよね。
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中村さんはコンピュータ・アーキテクチャと情報セキュリティを専門領域に研究をなされてきましたが、ビットコインが登場した際の受け取り方はどのようなものでしたか?
中村:ビットコインが登場したのは2009年だったと思いますが、当時はそのことに気づいていませんでした。その2、3年後に知人からそういうものがあるらしいと聞かされたのですが、そのときも見向きもしませんでしたね。私たち研究者のメインストリームとは全く異なるところから出てきましたから、気にしなかったのが実態です。
サトシ・ナカモト論文を読んだのもしばらく後で、問題外という感想でした。まさかブームになるとは……と驚きましたし、セキュリティ面についてもう少し早く警告しておけば、と。
そして完成を見た「暗号貨幣(クリプトキャッシュ)」とは?
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本書は初めての単著になりますが、そういう思いもあってご執筆なされたのですか?
中村:いえ、この本のテーマは「暗号貨幣」ですから、仮想通貨崩壊の警告については2~3ページくらいでとどめたかったのですが(笑)、今の仮想通貨があまりにも危険な状態にあるわけですよね。その点についてはちゃんと警告を発するべきだったと思いますし、もう被害が出ているとはいえ、ここで書かなければいけないと考えて「ビットコインの消滅」に1章を割いたんです。
また、仮想通貨についての書物やインターネット上にありふれている情報は間違いが多いんです。ただ、仮想通貨に関わっているほとんどの人は専門的な暗号の研究を積んだ専門家ではないですよね。だから分からなくても仕方ないと思います。「論文に書かれているから正しい」のではなく、論文にも間違いがあるということをしっかり伝えていかないといけないと考えました。
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中村さんが暗号技術を研究するようになった経緯はどういうものですか?
中村:簡単に経歴をご説明しますと、慶應義塾大学理工学部前期博士課程在学中の1988年、アメリカのマサチューセッツ工科大学(以下、MIT)に留学したのですが、当時世界では第二次人工知能ブームが起きていて、私もその熱の中にいました。ただ、なかなか上手くいかず、1990年代初めにこのブームが急激しぼむんですね。私も自分の研究の方向性について改めて考え、マッキンゼー・アンド・カンパニー・ジャパンに就職します。
そのマッキンゼーの時代に、大きな出来事が起きます。1995年にWindows95がリリースされ、一般向けブラウザ「NetScape」が出てきました。これで一般の方々がインターネットを使うようになったわけですが、そうなるとネット上で使えるお金をつくろうという動きが出ますよね。私は大手企業の依頼でデジタルマネーの現地調査を行う機会を得て、そこで多くの試みが理論的根拠としていた暗号学者のデヴィッド・チャウム博士の論文を読ませていただく機会を得ました。とても難しい内容ではあるのですが、暗号技術さえ成熟すればネット上でも現金を作り使うことが可能ではないかと分かりました。
となると、会社をやめて研究に戻りたくなりますよね。そしてアメリカに戻り、MITの客員研究員として暗号技術の研究・開発をやってきたという経緯です。
――
その暗号技術は完成されたのですか?
中村:本書を執筆させていただいているわけですから完成しています。完成したのは2005年のことなので研究・開発そのものは10年あまりでした。これだけ早く完成できたのは、MITで研究をさせてもらったということが一つ大きな要因だろうと思います。クロード・シャノン博士の導き出されたフレームワークに気づき、それを応用したところうまくいきました。
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「暗号貨幣(クリプトキャッシュ)」とはどのようなものでしょうか。
中村:言葉通り、「暗号を使ったキャッシュ」です。どのようにネット上でも流通するお金を作るかということは、先ほど申し上げたデヴィッド・チャウム博士が1983年に書いた論文からの課題でした。
この課題がクリアできれば、2つのことが暗号貨幣を通して実現できる。1つは偽造ができない。もう1つが不正使用できない。つまり、完全に安全な通貨となるということです。デヴィッド・チャウム博士はその筋道を作っていたので、未成熟だった暗号技術の研究を進めることだけを考えました。
ただ、今、私たちが開発しているクリプトキャッシュはチャウム博士の論文よりももう少し簡単な仕組みになっています。
例えば、コインロッカーに100万円を入れておきます。それを開けられるのは、世界に1つしかない偽造できない鍵。となると、この鍵を持っている人が100万円の所有者であると当事者間で確認できていれば、鍵がコインロッカーにある100万円の引換券になりますよね。つまり、鍵そのものが100万円の価値を帯びることになる。
この鍵を完全に安全な暗号で作ればいい。クリプトキャッシュの本体は英数文字等からなる記号列となっていて、発行者が誰で、いつ、どのくらいの価値で発行しているかを暗号化しています。偽造はできず、不正使用もできません。
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完全に安全な暗号とは一体どんな暗号ですか?
中村:完全に安全な暗号=完全暗号(コンプリート・サイファー)は、クロード・シャノン博士の提示したフレームワークをもとに私が試行錯誤を重ねて開発してきました。そこには2つの問題がありまして、1つは暗号鍵の配送問題。もう1つは暗号鍵がないときに解読不能なアルゴリズムを使わないといけない。それを克服できたからこそ、実用化への道筋ができたわけです。
――
暗号鍵の配送問題とはどのような問題なのでしょうか。
中村:なぜ不正アクセスの被害が起きるかというと、暗号鍵を相手に送るからです。渡すときに誰かが介入してきてそのまま鍵が盗まれる。ならば、暗号鍵を何とかして安全に相手方に送るという課題が想起されます。これを解決したとされたのが公開鍵方式でした。暗号化と復号化で異なるペアの鍵を使用する。こうすれば暗号鍵は安全に配送できるはずでしたが、中間車攻撃にはなす術もありませんでした。
一方で、暗号鍵を送らないという選択肢も考えられます。これがコンプリート・サイファー(完全暗号)に繋がり、クリプトキャッシュを開発することができました。
「安全に暗号鍵を送れないならば、『送らない』方法を考えた」
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完全に安全な暗号貨幣(クリプトキャッシュ)を開発する過程において、暗号鍵を「送る」ことが不正使用の被害を生むと考えたという話をしていただきました。そこで中村さんが考えた手は暗号鍵を「送らない」方法です。これは一体どういうことでしょうか。
中村:安全に送れないならば、「送らない」方法を考えたということです。そこで出てくるのが人工知能による「一卵性双生児現象」を利用する方法です。これは、あらかじめ定められたDNAに従い、同じ環境で育てられた人工知能は同じことを考え、同じことを話すのではないかという考えに基づくもので、それならば可能だと。
そこで私が考案した新しい人工知能アーキテクチャによるCP(Cognitive Processor)を用いることにしました。まったく同じ回路構造を持つ2つのCPを離れた時点で同じ環境で使用し続ける。そうすると、何年経っても同じ入力に対しては同じ信号を出力する。これを「一卵性双生児現象」と名付けて、応用することにしたんです。
ただ、もちろん同じ環境をつくるというのは非常に難しいことです。例えば植物の場合なら、水をやったり太陽光を浴びたりする時間などで成長は大きく変わりますよね。そうした課題を乗り越え、「一卵性双生児現象」に特化したCPを開発しました。
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そして実現したのが「クリプトキャッシュ」です。前半で「暗号を使ったキャッシュ」とご説明されていますが、
中村:貨幣の本質は価値を交換できる媒体です。例えば100円のミネラルウォーターがある。そして百円玉を持っている。百円玉は100円の価値を持っているから、100円のミネラルウォーターと交換することができる。ミネラルウォーターは100円の価値があるから百円玉と交換できます。
「クリプトキャッシュ」は、コンプリート・サイファー(完全暗号)でその「価値の引換券」を実現します。本体は、一度きりしか使えない英数文字等の記号列で、デジタルマネーとして使うことはもちろん、印刷したり、コインに刻印したりしてもOKです。価値を一対一対応で表象するので、印刷して「紙幣」にすればそこに価値が移転するのです。台帳への記載は必要ありません。
発行形態は2つのパターンを考えています。1つは「サーバ発行型」、もう1つは「ウォレット発行型」です。
サーバ型はクリプトキャッシュを発行するコミュニティが共有する価値を担保にして、サーバで発行し、暗号技術を用いてユーザーのウォレットに届けます。
もう一つの「ウォレット発行型」は現在開発中ですが、ユーザーがスマホで専用アプリを立ち上げ、クリプトキャッシュによる支払いや決済を行うことを想定しています。本書では「シックスペイ」という仕組みのイメージ図を掲載しているのでぜひ目を通してほしいですね。
――
この「クリプトキャッシュ」には誰もが参入できるものになるのでしょうか。仮想通貨は誰もが参入できるという敷居の低さが広がりの大きな鍵となりました。
中村:確かに敷居の低さはありますが、仮想通貨における大きな問題の一つはマネーロンダリングに使われているという負の側面です。そうなると著しく信頼は落ちていきますよね。
だから、クリプトキャッシュについては誰でも参入可能ですが、高い倫理観、高い基準を求めるようにしています。もともとは法定通貨のために考えられた技術であり、それはデヴィッド・チャウム博士の時代から受け継ぐ思想です。
インターネットの第二ステージはもうすぐやってくる
――
本書では「仮想通貨を救済する」という旨も述べられていますが、なぜこれまで触れようとしなかった仮想通貨を救済しようと考えたのですか?
中村:仮想通貨の中には投機ではない、社会的に意味のある目的をもって発行されているものもあります。そうした通貨については救済をしないといけないと考えたからです。また新しい時代を作る可能性を感じる仮想通貨も存在します。もちろん全てに今述べたように高い基準を課すようにします。
――
仮想通貨とは全く別の文脈からこの「クリプトキャッシュ」は登場します。ただ、「新しい通貨(お金)」という話で言うと、仮想通貨やビットコインの文脈の直線上で捉えてしまう恐れがあると思います。
中村:おっしゃる通り、この研究・開発は「サトシ・ナカモト論文」登場の遥か以前から行われてきたもので、仮想通貨の文脈の直線上にあるものではありません。そこはこのインタビューを読んでいる方、そしてこれから本を読む方にぜひ前提として頭に入れておいていただきたいです。もともと信用通貨として発行される現代の法定通貨に内在する偽造と不正使用の問題を解決する究極のソリューションとして考案されたのが暗号通貨です。暗号通貨は台帳を使って便宜的に作られるバーチャル通貨と、実体を持つリアル通貨の2通りの方法で作られますが、リアル暗号通貨はさらに、ICチップやICカードなどの電子媒体を使うものと暗号化された記号列そのものを使うものの2つが考案されました。このうち後者が暗号貨幣です。私共のクリプトキャッシュはこの長い歴史を持つ暗号貨幣研究の最終段階にあるといえます。
そもそもは法定通貨のために作られたものなので、仮想通貨は全く別物と考えていました。また、私は仮想通貨のすべてが未熟であると言っているわけではありません。仮想通貨が出てきたことで、新しい金融の世界の扉を開いたというのも事実です。この扉を閉じることは人類の退化につながりかねないので、仮想通貨の救済という考えが出てきたんですね。
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投機目的にはさせない、と。
中村:結果としてそうなってしまう可能性は除外できません。ただ、最初からその目的で発行することは賛同できません。外国為替など、法定通貨でさえ投機の対象とされることがありますから、「投機ができないようにしました」と断言することはできません。
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この『「暗号貨幣( クリプトキャッシュ )」が世界を変える!』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
中村:大きく2つあります。
私は研究者として仮想通貨の技術は論外だと思いますが、ブロックチェーンやビットコインでほかにも何か新しいことができるのではというのは間違っていないと思うんです。正しい技術を、社会にとって役に立つことに使う、それはありです。ただブロックチェーンではセキュリティ的にも心許ないと考えれば、どうすればいいのかという答えを本書に書いたつもりです。それは、別の方法で行う。この本ではクリプトチェーンと呼んでいますが、そうした技術を使ってみてはどうだろうという提案です。
また、ビットコインやイーサリウムを使った新しい資金調達の可能性もありえるでしょう。起業を促進したり、新規事業に挑戦をしたいときなど、様々なビジネスの場面で使えるはずです。その意味でもセキュリティ面で安全な技術が求められていると思います。
だから、ブロックチェーンで見た夢を諦めたくない人はぜひ読んでほしいです。
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では、もう1つは?
もう1つは、インターネットが第二ステージに切り替わろうとしている。その大きなうねりについて気づいてほしいというのが、本書に込めたメッセージでした。
インターネットの第一ステージというのは、端的に言えば「情報シェアプラットフォームの時代」ということです。まずはヤフーが登場して、自身で情報を吟味し、自身で情報を入力してユーザーに提供していく。ニュースでさえ、ニュースカンパニーと提携して自分たちで選定をして提供する。これが「ポータル」です。ただ自分たちで入力するということは極めて手間がかかります。
続いて覇権を握ったのがグーグルです。ロボットを使ってウェブをクロールし、検索エンジンを充実させた。まず検索に特化し、その上で人々の検索ワードから興味を分析し、そこに広告を出すことで莫大な儲けを生み出した。
そして、今、覇権を握っているのがSNSです。こちらはユーザーがそこに長く滞在し交流することでコンテンツがどんどん増えていく。そこにはユーザー個人が自分自身の情報も入れるので個人の興味がより分かります。そこにピンポイントで広告が打てるわけですね。
ただ、インターネットの歴史を振り返ってみて、情報をシェアするためのプラットフォームのためだけに作られたのかというと、そんなことはないんですよ。私は1988年にMITに留学しましたが、当時そこで話されていたことは「なんとかしてインターネットにセキュリティを組み込みたい」ということでした。ただ、当時は十分な情報セキュリティ技術が存在しなかった。その結果、SSL/TSLしか入れられていません。
この問題をクリアできれば、インターネットをより活用できる機会が増えるはずで、例えばIoT(人とモノのインターネット)はその代表例です。その一例である自動運転は二段階あり、一つはセンサーをつけて人工知能で分析させる自律型自動運転。人間よりも多少正確になるかもしれないけれど、やはり事故を完全に防ぐことはできません。
では何が必要かというと、「ネットワークカー」です。すべての自動車がインターネットにつながっていて、コントロールされる。例えば深い霧に包まれている危険な環境で5台前の自動車が急ブレーキをかけた場合、自律型自動運転といえども急には止まれないですよね。ただ、ネットワーク化していれば、1台急ブレーキをかけて停まると、ぶつかる危険のある他の自動車も同時に止まる仕組みが作れます。
これを達成するためには、リモートで認証できる技術が必要です。そこで完全暗号の技術と遠隔認証がカギになるわけです。
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確かに日々の生活によりインターネットが入り込むと、セキュリティの不備がクリティカルになってきます。その意味でも完全暗号の技術が必要と。
中村:そうですね。より私たちの生活の中にインターネットが入り込んでくる中で、次のインスタグラムやフェイスブック、グーグルが出てきても不思議ではありません。そこに挑戦しようと思っている人にこの本をおすすめしたいです。それが2つ目です。
インターネットの第一ステージに乗り遅れた人も、価値をシェアできる「価値シェアプラットフォームの時代」である第二ステージにはチャンスがたくさんあります。今から取り組めば、もしかしたら世界を変えるようなサービスや製品を作れるかもしれない。できればそういう人が日本から出てきてほしいと思います。