『おそ松さん』と『しろくまカフェ』の声優一致に対する制作者の回答は?
■『おそ松さん』ヒットのヒントとなった一作のアニメ
布川氏は、『おそ松さん』は市場調査をしっかりしていれば、出てこない企画だと言う。 しかし、ノーヒントでこの怪物級のアニメが作られたかというと、そういうわけでもなかったようだ。
2012年に**studioぴえろが制作した『しろくまカフェ』**というテレビアニメがある。これはカフェ店主の「シロクマくん」と、常連客の「パンダくん」や「ペンギンくん」、そして人間たちのやり取りを描く、不思議な世界観を持った作品で、シュールながらほのぼのする雰囲気が魅力的だ。
しかし、アニメ化するにあたり、いまいち「押せる」ポイントが存在しなかった。イケメンや可愛い女の子もいなければ、派手なアクションもない。
ならば、原作の最大の魅力である「ほのぼのとしたかわいいキャラクターたち」をより魅力的に引き立てるしかない。
そこで**「声」に個性をつけた**のである。
櫻井孝宏さん、福山潤さん、神谷浩史さんという実力派声優で主役3「匹」を固めた。彼らがほのぼのとしたシロクマくん、パンダくん、ペンギンくんを演じるのは、確かにアンバランスさがあるものの、これが作品の強烈な「個性」になった。
■『しろくまカフェ』の思わぬ成功から得たもの
この「個性」は思わぬ層から支持を集めることになる。
女性ファンだ。
人気声優を起用したとはいえ、放送は平日の夕方。働いている女性や学生はターゲットではなかったと布川氏は振り返る。しかし、彼女たちは録画やDVDで『しろくまカフェ』に熱中し、その感想や面白さをSNSなどで広げることによって新たなファンが開拓されていったのだ。
そして、イベントは大盛況、グッズの売り上げは伸び、果ては「リアル・しろくまカフェ」まで登場してしまう。
テレビという土俵で戦う以上、視聴率を無視することはできない。しかし現代はたとえ不利な状況であってもコンテンツ次第で勝負は可能だということを、studioぴえろ全体に浸透させたのが『しろくまカフェ』だった。
■仮説を立て検証し、新たな仮説を立てる
『おそ松さん』はこの『しろくまカフェ』で得られた手ごたえをそのまま踏襲しつつ、深夜という、働いている女性たちでもリアルタイムで見ることができる時間帯を最大限活かしたアニメだった。
仕事で疲れたOLさんが帰ってきて、シャワーを浴びて、ビールを飲みながら観るアニメ。それを実現したら、もっと大きな反応が返ってくるのではないだろうか?
(同書24ページより引用)
ちなみに、松野家の6つ子たちは全員、『しろくまカフェ』に出演した声優たちが演じている。それは『しろくまカフェ』から『おそ松さん』へ、という流れをそのままに表しているといえる。「違和感」から仮説を立て、それを検証し、さらなる仮説を立て…。そのサイクルをstudioぴえろは実践したのである。
『「おそ松さん」の企画術』は布川氏がこれまでの自身の足跡を振り返りつつ、コンテンツビジネスの変遷と現在についてつづった一冊だ。作り手がいかに「仮説と検証」を繰り返すか、淡々とした文体の端々から執念が伝わってくるだろう。
(新刊JP編集部)