テレビのCMなどで「オーラルケア」という言葉を耳にすることは、さほど珍しくありません。しかし、私たちは「歯をおろそかにすると、あとで大変なことになる」ということをどれだけ実感できているでしょうか。
歯科衛生士の豊山とえ子さんが執筆した『歯は磨かないでください』(廣済堂出版/刊)は、「多くのひとが、まちがった歯のケアをしてしまっている」という観点から、歯の正しいケア方法について、わかりやすく解説してくれる一冊。「歯を磨くな」と言っているのではなく、歯ブラシで磨くだけでなく、歯間ブラシやデンタルフロスなどを使った、より丁寧なケアが大事だと訴えています。
今回は豊山さんにインタビューを行い、本書の内容を中心に歯のケア方法についてお話をうかがってきました。その前編をお伝えします。
(インタビュー・構成:神知典)
■日本人は「正しいオーラルケア」ができていない?
― まず『歯は磨かないでください』を執筆されたきっかけを教えてください。
豊山:大きなきっかけとしては、プラークコントロールについて、もっと多くの方に知っていただきたいという想いがありました。
簡単に自己紹介をさせていただくと、私は夫が経営する歯科医院で歯科衛生士として働きながら、オーラルケアの啓蒙活動をここ30年来のライフワークとしてきました。啓蒙に励むようになったのは、日々の仕事を通じて、虫歯になってから、あるいは、歯周病を患ってから来院なさる方がとても多いということを痛感したためです。
たいてい、皆さんは「ちゃんと歯は磨いているのに…」とおっしゃいます。そこで私は必ず「ちゃんと磨いているのに、歯が悪くなってしまったのはなぜなんでしょう?」と聞き返すのですね。すると、多くの方がハッとした表情をされます。「いままでの自分の磨き方は、まちがっていたのかもしれない」って。このときに初めて、きちんと歯を磨いたつもりになっていただけだと気づくんですね。そこで初めて「正しいオーラルケア」としてのプラークコントロールについてお話させていただくことにしているのです。
そういった背景がありまして、より多くの方に「正しいオーラルケア」を知っていただきたいというところから本書を書き始めました。
― 本書でもプラークコントロールの重要性を説かれていましたが、あらためてどのような点で重要なのでしょうか。
豊山:プラークコントロールは、プラーク(歯垢)を取り除き、お口のなかの細菌を減らすことを目的として行います。お口のなかの除菌を徹底することが、虫歯や歯周病を予防するうえで最も有効なのです。ちなみに歯垢1グラムにつき、およそ1億個のバイ菌がついているといわれているんですよ。
― 本書で紹介されているプラークコントロールは、奥歯の噛みあわせの部分、歯と歯のあいだ、歯と歯肉の境目など、「歯垢のたまりやすい場所」を明確に絞りこんでいることもあり、1日のケアに要する時間が2分足らずという点は驚きでした。
豊山:とにかく歯を磨く時間を極力短くしていただきたいのです。強く力を入れたまま長時間ゴシゴシ磨いてしまうと、歯も歯肉も減ってしまいます。この本のなかで紹介しているケア方法は、極力短い時間でできるよう、「ケアすべきポイント」をかなり絞っています。
また、ケアするポイントによって、「使うべき道具」も変わってきます。本のなかで、「歯ブラシだけでは6割しか汚れが落ちない」というデータがありますが、歯ブラシでケアできる範囲には限界があるんです。たとえば、歯の間に詰まった汚れをとりたいのなら、歯間ブラシまたはデンタルフロスを、歯肉のキワをお手入れする際には1本ブラシ(ワンタフトブラシ)を使うといった具合に、ケアしたいスポットごとに道具を使い分けることがとても重要になってきます。
歯ブラシだけですべてを済まそうとして、強く磨くのはNGです。そういう方を見かけるたびに「あなたはいま、なんのために歯を磨いているんですか?」と問いかけるようにしています。「虫歯や歯周病にならないことが目的なら、鏡を使って、ご自分の歯や歯肉をもっとちゃんと見ながら、正しく、やさしくケアしてあげてください」と。
― なるほど。『歯は磨かないでください』というタイトルをつけられたのは、そのように「まちがったケア」をおこなっている患者さんを多く目の当たりにしてきたから、という部分もあるのですね。
豊山:そうです。「そういう歯の磨き方はやめてください」とアドバイスすることはとても多いんです。ただ、歯についての正しいケア方法を教わる機会がなければ、こういった事態に陥るのも仕方のないこと。問題なのは、一般の方にとって正しいケアを知るための機会がほぼ用意されていないことです。
ケアにむずかしいことは何ひとつありません。「日々、実践する」というのもハードルが高いでしょうが、それさえ乗り越えればキレイな歯を手に入れられます。そして、歯がキレイになると自信がついて、生活の質も向上するはずです。これは実際に、そういう患者さんをたくさん見てきた経験から確信をもって言えることなんです。
― 本書では、効率的にプラークコントロールを行うための道具として、電動歯ブラシも推奨されていましたね。
豊山:まずは自分に合った電動歯ブラシを使っていただきたいです。中には1分間に3万1000ストロークもしてくれるものもあります。同じことを人間の手でやろうとしても無理ですよね。ですので、電動歯ブラシを使えば、とても効率的なケアが可能になんです。
― ただ、通常の歯ブラシにくらべて電動歯ブラシは高価なので手を出しづらいという方も少なからずいらっしゃると思うのですが。
豊山:たしかに単純に価格で比較すればそうでしょう。でも、東京で働く忙しいビジネスパーソンが名古屋へ出張するとして、在来線を使うでしょうか。ほぼ例外なく、新幹線を使うはずです。
これは歯ブラシについても同じことがいえます。電動歯ブラシを使うことで、長期的に見て、「歯医者に行く時間」や「歯の治療にかかる費用」を大幅に節約できる。そう考えれば、決して高い買い物ではないでしょう。
また、こまめに歯医者に通われることもおすすめします。虫歯にしても歯周病にしても、自覚症状が出てきてからではすでに手遅れということが多いですからね。そうなる前に歯医者さんで定期的に口のなかの状態を診てもらってください。できれば3ヶ月に1回、少なくとも半年に1回程度のペースで行っていただきたいですね。特にインプラントを入れている方、被せものや詰めものを入れている方は、プロケアを受けることは必須の条件になります。
― ここまで、ホームケアやセルフケアの重要性を中心にお話をうかがってきました。本書のなかには「セルフケアで歯の汚れの85%は落とせる」という一節がありますが、残りの15%、つまり自分だけでは落とせない汚れというのは、どういったものがあるのでしょうか?
豊山:たとえば、歯の大きく窪んでいるところの汚れですね。とくに奥歯部分の窪みは、デンタルフロスを当てるだけでは届きにくいので、専門家の手が必要になることが多いです。また、歯周ポケット(歯と歯肉の堺目の溝)になってしまった部分ですとか。 歯肉溝(歯と歯茎の隙間)でしたらセルフケアでも対応できます。
ただ、歯肉がほんとうに健康な状態であれば、セルフケアでも歯の汚れを100%落とすことはできるはずです。
― 「ほんとうに健康な歯肉」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょう?
豊山:ポイントをあげるとすると、「歯ブラシを使っているときに、血が出ることがない」「歯と歯のあいだの歯肉が三角にキュッと尖っている」「歯肉が明るいピンク色をしている」といったところでしょうか。ここでとくに声を大にしていいたいのは、「歯も大事だけれど、それ以上に歯肉も大事」ということ。歯肉が健康でなければ、歯はいずれ抜け落ちてしまいますから。
■歯茎を見れば、自分の健康状態が分かる?
― 本書では、歯周病に関する記述に多くのページを割かれていたのが印象的でした。あらためて歯周病とはどのような病気なのか教えてください。
豊山:歯周病は、歯を支える組織に炎症が起きる病気です。そして、日本人の成人の8割が歯周病だといわれています。
また、あまり知られていませんが、歯周病は最悪、死に至る病でもあるのです。たとえば、歯周病菌が血液中に入ると、動脈硬化のリスクが高まるというデータも出ているほどです。
歯周病を放置すると、顎の骨が溶け、やがて歯そのものが抜け落ちてしまいます。歯を失えば、ものを噛む力が落ちる。噛む力が落ちれば、摂食障害や栄養吸収の低下にもつながります。結果、外部から浸入してくる細菌やウイルスへの抵抗力への抵抗力も落ちてしまい、さまざまな全身の病気を引き起こしかねません。
ただ、歯周病は「沈黙の病気」と呼ばれるほど、自覚しにくい。気づいたときには、すでにかなり進行してしまっているというケースが多いのです。
― 本書には、「歯周病にはいくつかの段階がある」とも書かれていました。
豊山:大きくわけて、歯周病には4段階あります。そして、2段階目(軽度歯周炎。歯根[歯の根]と歯槽骨[支える顎の骨]をつないでいる歯根膜と言われる弾性繊維が失われ、歯周ポケットがどんどん深くなっていく段階)に入ってしまうと、元の形に回復させる治療が極めて難しくなっていきます。
ですから、早期発見、早期治癒という意味でも、プラークコントロールや、定期的な歯科医院通いが重要になります。専門家であれば、歯周病になる前のちょっとした異変も察知できますから。
― 自分自身で歯周病を予防するという意味で、本書では歯や歯肉を見る習慣の重要性についても触れられていましたね。
豊山:朝、身支度をなさるときに「ネクタイ、曲がってないかな?」とチェックする感覚で、口まわりの状態をチェックされてみることをおすすめします。「歯のスキマに食べたものは詰まってないか?」「歯茎は赤くなってないかな?」といった感じで大丈夫です。もし、ふだんより歯茎が赤く腫れているなら、その日の夜は、いつもより時間をかけて歯と歯茎のお手入れをしてみる。あるいは、お酒や甘いものを控えてみてください。
― 歯肉を見れば、その時々での自分の健康状態がある程度わかるということなのですね。
豊山:そうです。歯肉を見る習慣が身についてくると、口のなかのちょっとした変化や、セルフケアの過不足に対する感度が高まってきますので。
それに歯肉はとてもデリケートなので、体調によって影響を受けやすいのです。疲労がたまってくれば腫れやすくなりますし、女性の場合、生理周期によって腫れやすくもなります。
― お話を聞いていると、普段自分が歯の状態に無頓着になりがちなことに気づかされます。また、本人が歯に無頓着であるのとは対照的に、周囲は意外とその人の歯を見ているものだと書かれていますが、歯は印象面においても大事ですよね。
豊山: はい。わたしたちは人と会ったとき相手の顔を見ますが、無意識のうちに相手の目だけでなく口もとにも視線が向くものです。なぜなら、口もとは、笑い、喜び、悲しみ、怒りなど、様々な感情をあらわすパーツだからです。
― なるほど。そういった意味では、歯を健康に保つことが相手にポジティブなイメージを与えることにもつながるのですね。本書に書かれていた「歯年齢」とはどういうものなのかについても教えていただけますか?
豊山: 実年齢とは別に、歯にも年齢があるのです。年齢が若ければ、実年齢よりもかなり若く見えるでしょう。
― 「歯年齢が若い」というのは、どういう状態を指すのですか?
豊山:いくつか挙げますと、噛みあわせのバランスがよくて歯が減っていない、歯茎の色がキレイで退縮もしていない、歯と歯のあいだに隙間がないなどです。
お笑いコンビのバナナマンの日村さんが歯を治されて、イメージがだいぶ変わりましたよね。清潔感やハツラツ感が増しました。この例からも、歯年齢を若返らせることが、見た目の印象にいかに大きな影響を与えるかがわかります。その意味では、「歯の状態」はノンバーバルコミュニケーションのひとつともいえます。
― 本書のエッセンスについて語っていただきましたが、最後に「本には書ききれなかったけれど、伝えたいこと」があれば教えてください。
豊山:「詰めものや被せものが入ったからもう大丈夫!」そう思っている方が非常に多くいらっしゃいます。しかし、これはあくまでも代替治療(他のものに置き換えただけの治療)であることを肝に銘じておいていただきたいのです。たとえば、ペースメーカー埋入の手術を受けた方が、メンテナンスを受けないことなど考えられないことだと思います。歯科治療に置き換えてみていただきたいのです。治療した詰めものや被せものが良い状態で機能しているのか? 詰めもの被せものの周辺から新しい虫歯ができていないか?歯周病が進んでいないか? インプラント周囲炎になっていないか?自分では到底チェックすることができませんので、歯科医師や歯科衛生士による定期的な診査が必要不可欠になります。
また、「これで良し!」と満足することなく、「さらに上の状態」を目指していただきたいですね。
たとえば、歯質の強化。歯の抵抗力を高めて「虫歯になりにくくする」ためのプロケアというものがあります。よく小児向けのケアとしてフッ素塗布が用いられていますが、これは大人にも有効です。フッ素ジェル、フッ素洗口剤、リカルデントガムと同じ成分(CCP-ACP)が入ったMIペーストなどを塗布することで歯質を強化できるのです。ほかに、歯肉の健康のためのマッサージも有効です。先ほど「歯の健康と全身の健康」について少し触れましたが、歯茎には全身のツボがあります。ですので、歯茎にあるツボを押してあげることで頭が軽くなったり視界が明るくなったりという効果が得られます。
一般的に「歯医者へ行くこと」には、「マイナスをゼロにする」というイメージがつきまとっているように感じます。そうではなく、より積極的に歯医者を使うことができれば、ご自身の口のなかの状態を「プラスにする」ことも可能なのです。このことを、ひとりでも多くの方に知っていただきたいのです。「健康の貯金」をするために歯医者さんを上手に活用していただきたいと願っています。
(了)
- 定価:
- 800円(税抜)
- 著者:
- 豊山 とえ子
- ISBN-10:
- 4331519252
- ISBN-13:
- 978-4331519257
- 第一章
歯と歯肉が元気になると、
若さも健康もやってくる(キレイな歯の効果効用) -
- 虫歯だらけだった子ども時代
- 【健康な歯肉のチェックリスト】あなたの歯肉は大丈夫?
- 【自宅のお風呂でも、ラクにできる歯肉のケア】
- 歯肉が悪いと、疲れやすい!
- なぜ上の歯を8~12本見せると若くなるのか
- 【顔のむくみもとれる! ゴールデンスマイルのトレーニング】
- 健康な歯は、宝石のように白く輝く
- ホワイトニングで、歯はもろくならない
- 第二章
歯周病菌はキスからうつる!(手入れを怠る怖さ) -
- 歯周病菌が肺炎を引き起こすことも
- 歯垢1グラムに1億個のバイ菌
- 日本人の20歳以上80歳未満の約8割が歯周病にかかっている!
- 【あなたは歯周病? チェックリスト】
- 歯周病は、実は内服薬で除菌できる
- 口の中はお尻よりも汚い?!
- 進行が早い! インプラント周囲炎に要注意
- 第三章
9割の歯磨きはまちがっている(真実の歯のお手入れの目的) -
- 日本人の虫歯は先進国の中でもダントツに多い
- そんな歯磨きは今すぐやめてください
- 歯を磨くのではなく、「細菌をコントロールする」
- ゴシゴシしすぎると歯は削れていく! 水がしみる!
- 虫歯は、「3つの輪」が原因となる
- 歯と全身のために避けたい3大悪
- 砂糖は毒なのです
- お子さん、お孫さんの歯を守って!
- 虫歯でないのに、歯が欠けるトゥースウェア
- 第四章
自分の歯は自分で守る!(セルフケアの仕方) -
- たったの2分でプラークコントロールできる
- 歯の汚れは染めださないとわからない
- 歯ブラシだけでは6割しか汚れが落ちない
- マウスウォッシュは歯ブラシの代用ではない
- 歯ブラシは食後30分以内に使わない?
- ケア効果がすぐ現れる歯ブラシの選び方
- 1分間に数万回振動をする電動歯ブラシ
- 1本の歯は4方向からブラシをあてる!
- フロスより手軽。歯間ブラシの選び方と使い方
- デンタルフロスをあまり使わないのは日本人だけ
- 歯ブラシで舌をこするのは避けるべき
- 歯磨き粉は粒子の細かいものを
- デンタルIQの高い人になろう
- 第五章
歯医者さんは"歯磨き"を教えてくれない
(プロケアの大切さ) -
- 「この歯医者さんを最後にしてね!」
- 痛くない、早い、安いの治療は危険な場合も
- 虫歯治療は歯周病を治してから
- 麻酔を使わない治療とは?
- 歯を削らない、抜かない、神経をとらない、が理想の治療
- いい患者になるといい治療が受けられる
- いい歯医者さん、悪い歯医者さんの見分け方
- 患者さんも賢くなりましょう
豊山とえ子(とやま・とえこ)
1959年宮城県登米市生まれ。歯科衛生士。夫とともに、削らない歯科治療をする歯科医院を経営。行きたくなる歯医者さんづくりのためのスタッフ教育・歯科医院システム構築のためのコンサルティングも行う。ホワイトニングコーディネーター(日本審美歯科学会)、日本顎咬合学会認定歯科衛生士(日本顎咬合学会)、第二種滅菌技士 (日本医療機器学会)、第二種歯科感染管理者(日本・アジア口腔保険支援機構 歯科感染制御推進機構)。LDA理事、株式会社T-SIS代表取締役。社団法人日本経営コンサルタント協会会員、日本ほめ育協会アドバイザー。
- 定価:
- 800円(税抜)
- 著者:
- 豊山 とえ子
- ISBN-10:
- 4331519252
- ISBN-13:
- 978-4331519257