Interview
著者インタビュー
「派遣労働者」が今、日本にどれだけいるか知っているだろうか。
2015年の総務省の調査によれば、126万人。非正規雇用者のうち6.4%を占める。「派遣」といえば、2008年のリーマン・ショック以後の世界的な恐慌の中で、日本において「派遣切り」という言葉を生み出し、不安定なイメージをもたらす雇用形態となった。
しかし、一方で近年では派遣社員の時給も上がっており、景気の良い話も多い。
では、派遣社員の実態はいかなるものか?『やりたいことを仕事にするなら、派遣社員をやりなさい!』(大崎 玄長/著、総合法令出版/刊)の著者である大崎玄長氏にお話をうかがった。
「派遣社員は安定している」その理由とは?
――派遣社員には「不安定」というイメージがありますが、大崎さんは本書の帯で「実は安定、実は勝ち組」と言っています。まずはこの理由から教えていただけますか?
大崎:「派遣は不安定」と言われますが、実際には言われているほど不安定ではないと思います。派遣社員はまず派遣会社に登録してから、仕事場となる企業に派遣されます。だから、派遣先での仕事が終わっても、派遣会社は基本的に次の仕事を紹介します。派遣会社にとって派遣社員は財産です。できるだけ長く多くの方に働いてほしいと思っています。
また、ひとつの派遣会社はひとりの派遣社員に対して平均して4つの仕事を紹介し、1人の派遣社員は平均して4つの派遣会社に登録しているともいわれています。だから、1人の人の周りには常に16個ぐらい仕事が紹介されて、派遣会社同士で勧誘し合っている状態なので、派遣社員は、自分の希望を踏まえて、次の仕事を選ぶこともできます。
これは見方によれば、1つの会社で勤務しているより、はるかに安定しているといえるのではないでしょうか。1つの会社で長年勤務していても、その会社に万一があれば、その人は、次の仕事のあてがないまま失業してしまいます。また、自分の希望している仕事や環境でもないのに、次のあてがないため、我慢して働き続けている人も多いと聞きます。それが「ブラック企業」と呼ばれる職場が生まれる土壌にもなっていると思うんですね。
――2008年から起こったリーマン・ショックの際に派遣先の企業が契約を打ち切って、派遣労働者たちが仕事難民化するという事態が起こりましたよね。あれは派遣に対するネガティブなイメージを決定づける大きな要素になったと思います。
大崎:あれは痛ましい事件でした。ただ100年に一度の大不況ともいわれた中、あのとき仕事を失ったのは派遣社員だけではありません。各種の統計を見ても、あの時急増した失業者のほとんどが派遣社員だ、という意見には無理があります。どの雇用形態であったとしても等しく仕事を失うリスクに直面していた時代でもありました。
だから「派遣切り」という言葉に引っ張られ、「派遣は不安定」と連想し、職業の選択肢から外してしまうのは、本当にもったいないと思います。交通事故が1件あったので自動車全部を禁止しよう、というぐらいもったいない。もちろん交通事故も失業もゼロを目指すべきですが、だからといって「ゼロじゃないので全部ダメ」というのもなにか違うような気がします。
――今後、再び大きな経済の落ち込みがやってきたときのために、派遣会社としてはどのような対策をしているのですか?
大崎:例えば、私の会社の場合ではエリア戦略をとり、派遣先も派遣社員も、特定地域(東京都大田区)になるべく集中して職住近接、家の近くに働く場所がたくさんある、という状態をつくることを心がけています。そして、ところどころに研修センターや事業所を開設し、当社の派遣社員であれば当社の事業所の社員として「雇う」こともしています。
もしも大不況が来て仕事が極端に減ってしまった場合でも、そこでみんなで働こう、一種のワークシェアリングという形ですね。私はこれを「日本版PEO(Professional Employer Organization)」と呼んでいて、派遣会社に雇用され定年まで働き続けられる仕組みをつくりたい、それに共感いただける方とはどんどん連携して、日本各地にその仕組みをつくっていきたい、と思っています。
働く人の価値観も多様化し、家庭と仕事の両立や、プライベート時間を確保するために、あえて短時間や短期間での就業を望む人も増えています。また企業を取り巻く環境も変わり、正社員だから必ずしも安定、必ずしも幸せとはいえない世の中になっています。だからこそ、新しい働き方の形を構築しなればなりません。私はその可能性を派遣という働き方の中に見出しています。
派遣法改正、派遣社員の働き方はどのように変わる?
――昨年9月に労働者派遣法が改正され、話題になりました。今回の改正では、どの派遣業務も同じ職場で働けるのは原則3年以内という期間制限が設けられた点、派遣会社は雇用安定措置を講じなければいけなくなったという点が注目を集めていますが、この法改正についてはどのようにお考えですか?
大崎:そもそも今回の改正の前から「3年ルール」はありました。ただ、改正前では、専門的業務については「例外として」3年を超えても働けることが認められていたのですが、その例外がなくなったというのが改正の一つのポイントです。また3年ルールも業務単位から人単位に変わり、かなり分かりやすくなりました。
3年も同じ会社の同じ仕事で同じ人が継続して働けたということは、職場はその派遣社員を「適性がある」と判断していた、ということですよね。派遣先企業は「適性がない」と判断すれば、派遣会社に派遣社員の交代を要請することもできるのに、それを3年間してこなかった。普通であれば、3年経てばそのまま派遣先の会社に雇用されますよ。
――つまり、そのままその会社で働き続けることになることが多いという予想ですね。
大崎:そうです。1人の派遣社員が1つの派遣先で働く期間はだいたい1年から1年半くらいです。そのまま派遣先の社員さんになることもあれば、他でいい仕事を見つけましたので転職します、という人も多いですね。だから3年継続して働き続けてもらえるということは派遣先も派遣会社も嬉しいんです。
そんな適性のある人を直接雇用しないという職場もどうなのでしょうか。3年間も実地で検証して「適性あり」なら、普通にそのまま継続してほしいですよね。なので「雇用安定措置」が機能する可能性のほうが高いと私は思いますし、それでも「3年ルールだから」とかいっている職場には「こちらから願い下げだ!」というぐらいの気持ちでもいいと思います。3年も働いていただいた派遣社員です。派遣会社での無期雇用化を含めて、しっかりサポートしていこう、というのがほとんどの派遣会社の共通した見解です。
「派遣社員のデメリットはありません」
――派遣社員というと時給が高い分、即戦力的な能力を期待されるのではないかと思うのですが、実際はそうなんですか?
大崎:千差万別ですね。派遣社員だから即戦力的な能力を期待されているというよりは、高い報酬の仕事だから即戦力であってほしい、ということの方が多いです。派遣社員でもそれほど時給が高くない仕事もありますし、その場合は、幸か不幸か職場側の最初の期待値はそれほど高くもありません。なので、逆に、少し期待以上のことができたりすると、職場での評価が急上昇したりします。そこに更新や昇給のチャンスが生まれますね。
――『ハケンの品格』というドラマの主人公は、スキルや時給がとても高く設定されていたので、派遣社員ってすごいと思ったことがあります。
大崎:IT系の専門職、複雑なシステム構築ができる人なら、月給70万円から80万円になるような人もいます。営業でも業績手当がついたりすると月給ベースで40万円から50万円になる人もいます。事務系でも、経理や広報、特殊な事務のスーパーエキスパートだとそういう可能性もありますね。
――そこまで稼げるのに、なぜ派遣会社に登録するのでしょうか。
大崎:正社員という枠に収まりきれないからだと私は見ています。社員だと自分がしたい仕事を必ずしも担当させてもらえるわけではありません。かといって自分で独立するまでのリスクはおかしたくない。派遣ではそういう「いいとこどり」の働き方ができるのですね。「会社本位」ではなく「仕事本位」で働きたいという人は増えていると感じています。
ワークライフバランスの満足度も派遣社員がトップという調査データ(※)もありますし。ちなみにワークライフバランス満足度の最下位は正社員とも出ているので、世の中、何が幸せかわからなくなりますね。
(※エン・ジャパン株式会社2016年1月20日発表「ワークライフバランス意識調査」 http://corp.en-japan.com/newsrelease/2016/3168.html)
――派遣先の企業からはどの程度、能力を要求されるのでしょうか。
大崎:これも様々ですね。事務系の職種だとパソコンのスキルは当然必要だ、ということは多いですし、時給が高い仕事ほど求められる能力もあがります。ですが一方で、スキルがそれほど必要でなかったり、未経験OKの仕事もたくさんあります。派遣会社では、働きたい人の希望や能力、経験を踏まえながら、この人ならばできそうだ、と思われる仕事を紹介しますので、それほど不安がる必要はありません。
――仕事のマッチングはどのように行うのですか?
大崎:基本は本人の希望を踏まえて、その希望に沿う仕事を紹介します。やはり一番は本人がどう働きたいかですので、嫌がっている仕事を紹介しても仕方がありません。
その上で、能力や経験に自信を持ちきれず「このまま職場に行っても私は通用するかしら」と不安であれば、私の会社の研修センターや直営事業にある類似の仕事でお試し就業をしてもらったり、本人が望めば職場見学もできるよう調整します。
――契約社員と派遣社員を比較した際のメリット、デメリットを教えていただけますか?
大崎:その2つで比較したときのデメリットは正直思いつきません。派遣社員も契約社員も担当している仕事が終わったら次の仕事を探さないといけないのですが、契約社員やパート、アルバイト、さらには正社員でも万一リストラされてしまったときは、自分でゼロから次の仕事を探すことになります。そういう意味では、契約終了の時期に合わせて、いろいろ次の仕事を紹介されるのは、派遣社員のメリットですね。
また、万一、職場でトラブルになった場合も、派遣会社が間に立って解決してもらうことも可能です。一人で職場のトラブルと向き合うなんて結構大変なことですから、その点も派遣社員のメリットだと思います。
――そういったトラブルは多いのですか?
大崎:多いというわけではないのですが、たまたま職場の上司とウマが合わなかったり、あってはならないことですがパワハラやセクハラなりが起きることもあります。そういうことが苦情や報告として上がってくると、派遣会社は「こういうことが起きてますが」と派遣先企業に話をして解決に向けて働きかけます。
派遣先がブラック企業にならないようにするには?
――今後、起業や独立が当たり前になる世の中がくると予測する人もいますが、確かに派遣制度を副業的な形で利用する人は増えるのではないかと思います。実際にそういった動きはありますか?
大崎:ありますね。資格試験の勉強や起業したいけれど、勉強や準備が必要で残業はできないということで派遣会社を利用したり、音楽家や俳優を目指していたり、また育児や介護で決められた時間しか働けないという人たちにも派遣会社は利用されています。
――働く上で、誰でもブラック企業には行きたくないと思うのですが、大崎さんはどのような点を通して派遣先企業を判断するのですか?
大崎:派遣会社から紹介される仕事に「ブラック企業」は少ないと思いますね。「ブラック企業」に派遣したところで、派遣社員からの苦情や離職が相次ぐだけなので、派遣会社の立場からしても、わざわざ派遣する意味がなくなってしまいます。
だから紹介する仕事に関しては、事前に職場を確認したり、既に就業している派遣社員から職場の実情をヒアリングして、詳細を把握するように努めています。
ですから応募者のみなさんに紹介する仕事は、基本的にチェックを通過しているので「まあブラックではないよね」と安心いただければと思いますね。万一ブラックな職場だとしても「ここは厳しい職場だけど、それでも大丈夫?」と説明します。
ただ、その派遣会社にとって全く初めての派遣先で、自社から誰一人就業したことがないのであれば、正確な判断は難しいですね。もちろん事前の情報収集に努めますが、それでも、実際に行ってみないと分からないこともあります。とてもいい会社なのに、たまたまその会社で一番厳しい人が上司になってしまったということもありますし。だから、どうしても不安の場合はこう聞いてください。「そこに派遣されるのは私が初めてですか? 現在派遣中もしくは過去に派遣された人がいるなら、その人とお話しできますか?」と。
――なるほど。それは確実ですよね。では、今後の大崎さんのビジョンを教えてください。
大崎:働く人の価値観は驚くほど多様化して、経済もどんどん混迷を深めています。社会全体で人材を含めた経営資源の転換が必要です。また働く人にも、自分の能力や経験、それから働く時間や働き方までも含めて、自分ぴったりにマッチした仕事に出会いたいという希望する人は多くなってきたと感じています。
派遣会社は、そうした時代における労働移動、平たく言えば転職活動になるのですが、そのリスクを極力減らして円滑にするための「ネットワークのハブ」や「止まり木」になっていくのではと考えています。だから、最初のほうにお話した「日本版PEO」をひっくるめ、働きたい人はまず派遣会社に登録するのが当たり前、「派遣会社は一種の社会インフラ」という未来をつくっていきたいですね。
ワークライフバランスではありませんが、人生において仕事もプライベートも大事です。どちらも充実していて、誰もが安心して生き生きと暮らせる社会になってほしいですね。それがこれからの日本社会が抱えている問題をも解決していくのではないかと思います。
――本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
大崎:まずは、まさにいま派遣社員として働いている人ですね。ときどき派遣を一段下のイメージに捉えて、自分を卑下される人もいますが、私自身、人生の苦しい時期に派遣の仕事で収入を得て一息つきながら、次に進むことができたという経験をしています。だから「もっと前向きに、もっと自信をもって。派遣の仕事は可能性に満ちているから」ということを伝えたいです。同業の派遣会社でも同じ悩みをかかえていれば、自信をもっていただくツールとして拙著を利用いただければ嬉しいですね。
他にも、これから派遣会社に登録しようとしている人や、現在、失業中の人、就職・転職活動中の人。とくに「早く働きたい」「もう面接で落ちるのはイヤ」という人は、派遣で働くことも選択肢に入れてみてください。本書の第5章では、派遣で働ける50もの職種について、それぞれの時給相場や未経験歓迎度合い、キャリアアップのやり方などを解説していますので、「派遣のおしごとガイド」にもなると思います。
また、行政や民間で就労支援に携わっている方々や雇用問題・労働問題を研究している方々にも読んでほしいです。「あれ?その問題、派遣だったら解決しませんか?」ということでも、派遣にそれほど詳しくないため選択肢として浮かんでこないのか、難航しているケースもあると聞いています。
――派遣のイメージを払しょくしたいという想いが伝わります。
大崎:確かに過去には、大手企業の不祥事や痛ましい事件もありましたが、それらの経験から、業界も変わり、法律も変わっています。「派遣はこうだからよくない」と批判されても「それは昔の話でいまは違いますよ」ということも数多くあります。
だから、ぜひ拙著を読んで最新の派遣事情を知って、その上で批判すべきところは批判いただきたい。批判があるから、また我々、派遣会社もよりよく変わるきっかけになりますし、社会全体もどんどんよくなっていく、と考えています。
(了)