だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1768回 「一日一善」

高野山真言宗寺院副住職の著者が、布教師として、実際に行われている法話をまとめたものです。心温まる法話、おもわず襟を正してしまう法話、ホロリと涙を誘う法話……。希望を忘れてしまったとき、疲れてしまったとき、先が見えなくて不安になったときなど、心落ち着かせてじっくりと読みたい一冊です

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概要

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

今回は紹介する本は著者の太釈さんが布教師として、法話で話されているものを原稿としてまとめたものです。

短い話がいくつも紹介されているので、少しの時間に、ちょこっと読むこともできます。

太釈さんは仏門に生まれ、師僧(しそう)のすぐれた素質を受け、大きな期待のなかで成長されました。

そして、他を教化(きょうか)し、指導できるような僧になりたいと志し、高野山の布教講習会を受講されます。

布教の心得を学び、基本技能を教わり、過酷な実習の試練を経て、見事合格をし、本山布教師心得となりました。

これから数年間のうちに、高野山で三十日の駐在布教を実施して、特別布教講習会に合格すれば、晴れて本山布教師となって、全国に派遣されることとなります。

人に布教をすることは、人前に立って法を説くことです。

特に本山布教師として派遣される時は、管長(かんちょう)様の名代(みょうだい)として高野山真言宗を代表していくのですから、こんな名誉なことはありません。

どんなに若い布教師でも、最上座に案内されます。

そして老若男女は尊敬の念を持って、法話を聴聞してくれます。

しかし、それだけに責任は重く、失敗は絶対に許されないのだそうです。

そんな中村さんの法話を実際に聞いているかのような気持ちになる、今回の本。 ひとつひとつの話は、どれも、心を打つものばかりです。

時には涙を流してしまうこともあるかもしれません。

心が洗われていくような感じです。

◆著者プロフィール 昭和46年、徳島県板野郡松茂町の真言宗寺院の長男として生まれます。 平成18年4月に住職の資格を得て、福聚山觀音寺(ふくじゅさんかんおんじ)副住職に就任。 平成19年4月に高野山本山布教師心得の資格を取得。 現在、寺院での法話のみならず、各方面から依頼があり出張法話もこなす。 他にも、子供向けの紙芝居や、大人向けのセミナー講師も行っています。

『虫も殺さず』

「仏教の教えは難しそうだな」という方がたくさんおられます。

確かに漢字ばかりで難しそうな言葉を使い、さも分かったようなしたり顔をして聞かなくてはいけないようなイメージがあります。

よく聞かれるのが、「お寺は戒律が厳しいのでしょうねぇ」という言葉。尊敬の気持ちが半分、「そんなことは私にはとうてい無理よ。お坊さんは特別な存在なのだから」という別世界にいる人を見るような気持ちが半分、同居しています。

インドの王子であったお釈迦さまが悟りを開いてから約二千五百年になります。

最初は二百を超えた戒律も、その間に様々な変遷を経て「十善戒」という十個の戒律になりました。

十善戒の最初に書かれているのは「不殺生」です。

生きとし生けるものをむやみに殺してはいけないという意味です。

お経の中には、「全ての人には仏の心がある」と説かれています。

仏の心を持っているのは生き物だけではありません。

草や木、稲、野菜に至るまで、全ての生きとし生けるものに仏の心があるのです。

これを食べることは、「仏さまを殺す」ということになってしまいます。

しかし、私たちは食事をしないと生きていくことができません。

他の生き物を殺さないと生きていけないのです。

「いただく命」に目を向けていきたいものです。

話は変わりますが、アリの心を想像したことはありますか。

三歳ぐらいの子どもが公園で遊んでいました。

足元を見ながら、「ガシーン、ガシーン」と力強く足踏みをしています。

「何をしているの?」

と訊ねると、正義の味方顔負けの表情で足踏みを続けています。

よく見ると、○○レンジャーの靴を履いた子どもの足下には累々とアリの死骸がありました。

子どもはすっかり○○レンジャーになりきっていたのです。

アリを「悪の軍団」と思い、正義の味方がやっつけているのです。

「お前たちには負けないぞ」

子どもは必死に形相で「悪の軍団」をやっつけています。

足下には自分の体の何十倍もある子どもの靴から逃れようと、アリたちが逃げ惑っています。

「アリさんのおうちはどこ?」

「あそこが基地だよ」

「あそこがおうちなのか。みんなあの穴から出てきたんだね」

「そうさ。だからぼくは「悪の軍団」を全部やっつけてやるんだ」

「なるほどね。でも、アリさんにも穴の中で待っているお父さんやお母さんがいるかもしれないよ。もしかしたら兄弟もいるのかなぁ」

ハッと気がついた様子の子ども。

そのままじっと下をうつむいたまま動かなくなりました。

「死んじゃったアリさんは、穴を掘って埋めてやろうよ。ボクも一緒にするかい?」

まだ、じっとうつむいたままです。

グッと握りしめた小さなこぶしが、何かを我慢するように小刻みに震えています。

「アリさんを埋めてやろうよ」

もう一度、子どもに声をかけると、

「イヤだ」

と言って、あふれる涙をポタポタと地面に落しながら大泣きしてしまいました。

この日を境に、再び公園で出会っても彼はどんな小さな虫でも殺さなくなりました。

“『般若心経、心の大そうじ』 名取芳彦著 三笠書房 知的生き方文庫”より引用

子どもに、「虫を殺してはいけないよ」と教えることは簡単です。

しかし、子どもだけでなく私たちも完璧な智恵を持っているわけではありません。

誰もが不完全なのです。

不完全な私たちに正しい知恵を授け、正しい行動と判断をもたらしてくれるのが、「戒律」なのです。

滝に打たれることが戒律なのではなく、迷った時の心の道しるべになるものです。

心に戒律を持ちたいものです。

本書は、

生まれて 歳を重ねて 時に病を患い 他界していく 思いやり 大事に守っていくこと 地獄と極楽 楽しい言葉 戦争を起こさない心 交通安全 こころに残るちょっといい話 東日本大震災に寄せて

この9つの章に分かれています。

もちろん最初から順を追って読むのもよし、その日の自分に必要なところだけを読むのもよし、気になる言葉の章を読むのもよし、好きに自由に読み進めていくことができます。

落ち着いた場所で読んで欲しい……そんな一冊です。

一日一善

一日一善

一日一善

高野山真言宗寺院副住職の著者が、布教師として、実際に行われている法話をまとめたものです。心温まる法話、おもわず襟を正してしまう法話、ホロリと涙を誘う法話……。希望を忘れてしまったとき、疲れてしまったとき、先が見えなくて不安になったときなど、心落ち着かせてじっくりと読みたい一冊です