だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1528回 「小さく賭けろ!―世界を変えた人と組織の成功の秘密」

「成功する人や組織は、みんな小さく賭けていた!」 本書は、Google、Amazon、Pixarといった短期で一大企業に成長した会社を例に上げ、“成功する企業”に共通する「小さな賭けの原則」について綴った本です。成功のために必要なものとは「独創的な素晴らしいアイデア」だと思われがちですが、重要なのは「失敗を恐れず、試行錯誤を繰り返す」ということ。本書では、その方法を単なるノウハウとしてではなく、段階を追って会得できるよう構成されています。

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概要

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

あなたが「今いちばん成功している企業」と、聞いてイメージするのは、どこの 会社ですか? 僕は、「Amazon」「Google」「Zappos」で悩みます。 3社ともネット企業ですが、「物を売っている」という点でGoogleよりもAmazonとZappos を評価したいです。そして、そのZapposを買収したという点で、今いちばんAmazonに 注目しています。

さて、そんな企業のお話で、以前、米国の素晴らしい企業を集めて分析した本、 『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP社)、『エクセレント・カンパニー』(英治出版) という名著がありましたが、この本で取り上げられている企業は、当時は確かに 素晴らしい実績と成長を見せていたのですが、今現在は意外と苦戦しています。 「盛者必衰」という言葉がありますが、それにしても、現在のビジネスの盛衰のスパンは 早いなぁと感じますね……。

そこで今回は、成長する企業はどういうところが優れているんだろうか、成長する 企業を経営する人の武器とはなんだろうか。 こういうことを分析した本を、今一度、ご紹介したいと思います。

まずは本書から一文を引用しましょう。……ちょっと興味が湧きませんか? 「殆どの成功した起業家は、素晴らしいアイデアを始めから持ってはいない。  彼らはアイデアを後で見つけている。  例えば、史上最も早く巨大企業に成長したGoogleだってそうだ」

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◆今日の一冊 『小さく賭けろ!―世界を変えた人と組織の成功の秘密』 (ピーター・シムズ/著 日経BP社/刊)

◆この本をひと言でまとめると 成長企業に共通する「小さな賭けの原則」とは?

◆著者について ピーター・シムズは、元ベンチャーキャピタリストで、ベストセラー作家。 現在は、ハーバード・ビジネス・レビューや、フォーチューン、テックックランチ などで執筆活動をされています。

イノベーションを行う人々の仕事のやり方

今回、取り上げた本書、「小さく賭けろ!―世界を変えた人と組織の成功の秘密」 (邦題:Little Bets: How Breakthrough Ideas Emerge From Small Discoveries 〔小さく賭けろ―偉大なブレークスルーは小さな発見から始まる〕) は、 元ベンチャーキャピタリストである著者が、“成功する企業”に共通する 「小さな賭けの原則」について綴った本です。『ビジョナリー・カンパニー』という 本がベストセラーになりましたが、『小さく賭けろ』には現代の企業のことが 書かれていますので、今読むには最適な一冊です。

成功のために必要なものとは「独創的な素晴らしいアイデア」だと思われがちですが、 本書でピーター・シムズが強調しているのは、「失敗を恐れず、試行錯誤を繰り返せ」 ということです。

その裏づけの理論として、シカゴ大学のエコノミスト、デビッド・ガレンソンの 実験結果が引用されています。 デビッド・ガレンソンは、活気的なイノベーションを行う人々の仕事のやり方に ついて、個人的な履歴に深く踏み込んで詳細に研究してきた人物です。その結果 ガレンソンは、こうした人びとに「概念的イノベーター」と「実験的イノベーター」 の2種類のタイプがあることを突き止めたのです。

○概念的イノベーターとは、いわゆる天才タイプ。 たとえばモーツァルトのような人物で、非常に大胆で新しいアイデアを追求し、 多くは若くして業績を上げます。こうした天才的イノベーターが、歴史に重要な 役割を果たすことは違いありませんが、ごく稀にしかあらわれないタイプですし、 目指そうと思って目指せるものでもありません。

○実験的イノベーターとは、試行錯誤を繰り返して成果につなげるタイプです。 デビッド・ガレンソンは、こちらのタイプを「より興味深い」としています。 このタイプは実験を好み、アプローチしたものに対して、試行錯誤を繰り返す中で ブレークスルーを発見していきます。最初から非の打ち所のないプランがあるという ことではなく、失敗や挫折を恐れず、ゴールに向かって努力を続けるのです。

失敗を恐れず、試行錯誤を繰り返す、実験的イノベーター。ピーター・シムズは、 Google創業者のサーゲイ・ブリンに、ラリー・ペイジ、Amazon創業者のジェフ・ベゾス、 当時Pixarを買収したスティーブ・ジョブズなど、これらの事業を拡大してきた人物は、 いずれも「実験的イノベーター」だったといいます。

彼らに共通していることは、「これからやろうとしていることを、始めからあまり 深く分析しない」ということです。標的が未知であるのに、あまり狭い範囲に目標を 絞りすぎることになるからです。

つまり、「こうすれば成功するはず」というプランを細かく立てる代わりに、 「何をなすべきか」を知るために今できることを、さっさとやるということなのです。 そうして試行錯誤を繰り返す(小さな賭けを繰り返す)ことで、彼らは驚異的な 成功を収めたのです。

“絶対売れない” 小さな賭けで巨万の富を得た企業

非常にシンプルな話ですが、簡単なことではありません。 「試行錯誤」といっても、スパゲッティーの玉を壁に投げつけてどうなるかを 見るというような、行き当たりばったりのやり方では、もちろんありません。 試行錯誤……「小さな賭け」を繰り返すチームの思考は、きわめて厳格で、 分析的で、戦略的で、現実的なものです。そして、そう在らなければなりません。 しかし、大きく違う点は、「セオリーに従った行動に縛られない」という点です。 これが彼らの違いであり、武器でもあるのです。

では「小さな賭け」を繰り返すことが、なぜ大きな成功を手にすることに繋がるのか。 本書より具体例をあげながらご紹介していきましょう。

最初にご紹介したいのは、ヒューレッドパッカード(HP)の例です。 若い方は知らない方も多いかもしれませんが、HPが電卓を作っていたころの お話です。当時、HPが作った電卓は、ポケットに納まるサイズの小さなもので 技術的には優れていたのかもしれませんが、相場からするとかなり高額でした。 経営陣は、値段について議論を繰り返し、調査会社の権威に市場調査を依頼しますが、 「この値段では売れるわけがない」というのが、得た結論でした。

しかしHPは、「小さな賭け」の原則によって、一世を風靡することになるのです。 それは、「とりあえず1000台だけ作って売ってみよう」という賭けです。 「売れるわけがない」という予測だと、作った分だけ赤字になるのが目に見えていますが、 しかし予測は予測。HPは、ミニマムベッドを張り、1000台を市場に出したのです。

するとこれが大人気となり、毎日5000台を売り上げるようになりました。 一時は工場での生産が追いつかないほどに……。

ここでいう「小さな賭け」とは、調査会社に「売れない」と太鼓判を押されては いたものの、「作る量を小さくしたこと」で、「許容可能な失敗」として、 挑戦することができたのです。

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バージニア大学のダーデン・ビジネススクールのサラス・サラスバティー教授の 研究で、小さく賭けることの本質的な利点とは、「失敗を予期し許容できることだ」 とあります。

許容できる失敗の原理に基づいて行動することができれば、仮に失敗して頓挫しても 許容できる範囲に収まりますし、また、展開につれて手段を自由に変えることもできます。 たとえば、事業がうまく進捗していけば、必要に応じて社員やパートナーを スカウトしたり、資源を逐次拡大するなどして、更に事業を伸ばしていけるのです。

それでは続いて、この「許容し得る失敗」と「資源の逐次拡大」の原理の有用性を、 実例をもとにしてご紹介していきましょう。

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Pixarの例です。 1986年、スティーブ・ジョブズが買収したとき、ピクサーはコンピューター・ ハードウェアのメーカーでした。ジョブズは当時ネクストという会社を起業して 新しいコンピュータの開発をしていましたが、ピクサーとネクストは、ともに 財政的な不振が長く続いていました。

ジョブズの当初のビジョンでは、ネクスト・コンピュータ社の使命は教育市場に 高性能のワークステーションを売り込むことでした。しかしネクストが飛躍的成長を 遂げることはできませんでした。しかしその一方で、ピクサーはアニメーション 映画製作で圧倒的な成功を収めました。

実は、このPixarのストーリーは、事前に計画されたものではありませんでした。 なぜ、ピクサーは成功したのでしょうか。

ピクサーが一大起業になれた理由とは?

1980年代の半ば。当時、ピクサーの主任技術者で社長だったエド・キャットムルは、 全編CGの劇場用アニメ映画を製作するのが夢でした。しかし、その案をマジメに 取り上げる人は誰もいませんでした。CG制作のコストは膨大ですし、実績もなかったからです。

そして、ピクサーが売りに出されたとき、当時アップルを追い出されてピクサーの 買い手となった人物がスティーブ・ジョブズです。このときジョブズは、アイデアを 求めて、「何かすること」を探していた状態でした。そこで、夢中になったのが、 コンピューターアニメーションテクノロジーだったのです。

ジョブズはピクサーに投資しましたが、この時点では、この会社が収益を生むように なるとはまったく期待していなかったといいます。しかし、ジョブズは、一連の短い CGアニメの製作をチームに許可したのです。これは、「許容しうる損失」の原理から 考えれたものでした。

当時、ジョブズは、ピクサーを500万ドルで買収していました。 Pixar側の言い値は3000万ドルだったのですが、買い手がジョブズ以外に買収 しようとする人がいなかったので、500万ドルでのペイとなったのです。

アニメ製作のコストは、当時アニメ製作を取り仕切るラセラーの年俸が14万ドル。 チームのアニメーターは当然それ以下のコストです。会社を買収したジョブズから すると、アニメ製作のコストなど、無視できるレベルだったのです。

もしジョブズが、コンピュータ・アニメーションを収益対象として考えて計算して いたら、この部門は閉鎖されていたでしょう。そもそもコンピューター・アニメーション による映画など存在していなかったので、収益の予測など不可能だったのですから。

これを期に、ピクサーは、テクノロジーの改良やノウハウ、業界での知名度や評価など コンピュータ・アニメーション分野での地位を得て、ピクサーでの資産を拡充していったのです。

このあとチームは、面白いストーリーを考え出す能力も獲得していき、そのすぐれた 脚本能力は、ディズニーにピクサーとの提携に踏み切らせ「トイ・ストーリー」の製作へと 繋げていきました。収益として考えられていなかったチームが、ここまで大きな利益を 上げるようになったなんて驚きです。

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「許容し得る失敗」と「資源の逐次拡大」の原理の有用性の一例をご紹介しました。 本書には、このように企業の例を挙げながら、様々な「小さな賭け」を紹介し、 解説していきます。

エピソードは読み物として楽しむことができますし、それだけに留まらず、 では「成長企業のマインドセット」とはどういうものなのか。 「小さな賭け」や「試行錯誤」のイノベーションとはどのようなものなのか、 といった考察がされていて、学びになりました。

■ まとめ シリコンバレーや、インターネット企業の動向に興味がある方は、エピソードと 一緒に楽しく読んで勉強することができます。 個人経営者や、起業を目指している方にも、オススメしたいと思います。

◆編集後記 成功している企業の特徴・共通点を分析する本は、過去にも色々と出ています。 ですが、そのどれもが、いずれは実用書というよりも歴史書になる運命です。 この『小さく賭けろ』もいずれは、『ビジョナリーカンパニー』や『エクセレントカンパニー』の ように、「そういう時代もあったねぇ」と懐かしまれる本になるかもしれません。

しかし、貴方自身が成功するためには、過去の成功例を学んでおく必要があるでしょう。 少なくとも、今回の『小さく賭けろ』には、2000年〜2010年くらいの、最新の成功の秘訣が 分析されていますので、起業を考えている方や、経済動向に興味のある方は、 抑えておきたい一冊です。

小さく賭けろ!―世界を変えた人と組織の成功の秘密

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