Interviewインタビュー
◆人が辞める会社が抱えるシンプルな「3つの原因」
――初のご著書となった『日本一社員が辞めない会社』ですが、特に読んでほしいのはどのような人でしょうか?
小池修氏(以下、小池):比較的規模の小さな会社の社長さんとリーダーの方々ですね。
私は、今の会社を設立して事業をやっていく中で、どうすれば人が辞めないでくれるか、どうすれば社員と一緒に同じ方向に進んでいける会社にできるかを考えるようになりました。その答えが「理念を共有する」ということだったんです。
私がお会いする社長さんや経営者の方々の中には、「理念は特にない」という方がいらっしゃいます。そして、「では、今の会社や事業で何をしたいんですか?」と聞くと「儲かるんですよ、この仕事は」と答える方も少なくありません。
でも、何のために、誰のためにという使命がない事業って、長く続いていないと思います。
過去を紐解いても、ずっと順風満帆の会社や事業はほとんどありません。状況が悪くなったときでも、やる意味を持っている会社、目的がある会社に顧客はついていくものです。
私もやる意味がある事業をやりたいので、「使命」「理念」はすごく必要だと思うんです。
会社の一部署でも、「うちの部署はこの困り事をクリアしたい」という目的・理念は持てると思うので、理想の会社像を持っていない社長さんだけでなく、なりたてのリーダーの方にも読んでもらいたいですね。
――小池さんの「人が辞めない会社づくり」の原点はどこにあるのでしょうか?
小池:
最初、介護の施設を最低限の人数で始めたのですが、とにかく人が定着しなかったんです。その原因は何なのかを考えていくと、すごくシンプルだったんですね。
原因は3つ、「休みが取れない」「将来が見えない」「嫌な奴がいる」です。
社長が満足に給料を取れていないのに、社員の行く先々まで考えられているかと言ったら疑問ですし、少人数だから大丈夫だろうとコミュニケーションをそこまで重視してなかったりすることもあるでしょう。
しかも、大企業並みに有給休暇を取らせてあげる余裕ももちろんないですから、油断するとどうしてもブラック企業になってしまうんですね。
突き詰めると、離職の理由はその3つにあると思ったので、それらを解消するためには何が必要かを考え始めたのがきっかけでした。格好よく世直しを始めたとか、社会問題を考えたというよりは、単純にこのままだと人が続かないので手を打ったという感じでしたね。
――そこで、まずは社員さんが休みをとれるように、それまで1店舗でやっていた介護の事業を、2店舗目を立ち上げて人を増やす、という大胆な取り組みをされた。
小池:
4人でやっていたときは休みが一日もとれないような状況でした。子どもが熱を出した社員さんにも「出てきてもらわないと困る」としか言えないくらいで。
そんなことが普通に起きている状況で、「このままだと社員にお休みを取らせてあげることができない」「小さな会社で夢もなくてこのままやっていけるだろうか」という思いが常にありました。
そこで、大きくしていくために2店舗目を経営するお金を捻出し、無理やり2店舗目を出したら、光明が差してきたんです。
実は、2店舗目をつくったタイミングで、思い切って一人だけですが人数を増やしました。つまり、「2店舗9人体制」にしたんですね。
「1店舗に4人」が介護では必要最低人数なのですが、当初はその最低人数ギリギリの4人で回していて、とにかくブラックな状態になってしまって…。とはいえ、1店舗の状態で5人目を入れようとすると利益が出なくなるという状況でもありました。
でも、2店舗9人大切にすることで、社員も休めるし、利益も出るという状況が出来た。増やした1人が、遊軍というか誰かが休んだ穴を埋める人員になってくれたわけですね。
休みも取れるようになって、店舗や業態を増やしたことで将来的な見通しも立てられるようになった。そこから人間関係や社員の給与をどうしていくかという話をしていったんです。
会社の理念も大きく変えて、社員同士、相手の価値に気付いてそれを相手に伝えてあげられるような、そんな一生過ごしていきたいような関係を会社の中でつくろうよ、という方向に舵を切っていった途端に、会社も人もすごく安定し始めたんです。
社員の休みをつくるという最初の一つを変えたことが、良い連鎖を生んだのだと思いますね。
――当時、お子さんが熱を出している社員さんに「出てきてくれないと困る」と言わなくてはいけないような状況だったそうですが、そのときは「申し訳ない」と「仕方がない」という気持ちではどちらが勝っていましたか?
小池:
正直に言うと、イーブンでした。もちろん、自分も子どもがいるので、「午前中だけでも出てきて」と言わなくてはいけない辛さは大きかったです。
ただ、少人数のデイサービスだと一人が欠員になると行政に報酬の単価を下げられてしまうんですよ。そうなるとまた赤字幅が広がるし、何よりも楽しみに待っている利用者の方々のリハビリが中断してしまいます。そういうことを考えた上での「明らかに出てこないとダメじゃない?」という事業前提の論理性と、人間の感情として「ここで休ませてあげないでどうするの?」という気持ちの2つの考えに挟まれていた感じです。
――それはキツい判断をしなければいけませんね…。
小池:
はい。だから、こんなことが一生続くのはキツイと思っていました。
もしその子どもがその熱をこじらせて後遺症でも残ってしまったら悔いても悔いきれません。だから、倫理的にも、休みを取れるようにするという選択をしなければいけなかったのだと思います。今では、その選択は正しかったと感じていますね。
◆「理念」は社員に伝わってこそ意味がある
――経営理念が明確になっていることのメリットと、理念の大切さを痛感したエピソードはありますか?
小池:
介護はマニュアル通りに利用者さんに接するのが難しいんです。
例えば、車椅子から車への「移乗」というものがあります。いつも通りの方法で介助しても問題ない人でも、足が震えていたり辛そうだったりしたときには、利用者さんの負担にならない移乗の方法を選ぶのが介護としては適切です。つまり、常に臨機応変な対応が求められるんです。
ですので、その「理念」というのは、ビジョンとか目的といったものとほぼイコールなものと考えてもらっていいのですが、その「理念」を判断基準にして、自分の能力の範囲内で自己対応できるようにしないといけないのかなと考えました。
そのために私がやっているのが「ひまわり型経営」です。
ひまわりというのは、大きいものから小さいものまで色々な形がありますが、どれも太陽に向かって咲きますよね。細かいことはともかく、全員が、太陽である「理念(=判断基準や目的)」に向かって、一つ一つの仕事に取り組んでいくわけです。
そうすると「おはようございます」の挨拶ひとつでも違ってきます。
「相手に元気を伝える、温かさを伝える」という理念を社員に共有させれば、はつらつとした声で「おはようございまーす!」と言ったり、相手の近くまでいって微笑みながら「おはようございます」と優しく声をかけたり、一人一人が自分なりのやり方で理念に沿った挨拶をしてくれるんです。
やり方はそれぞれでいいので、「理念」だけは外さないでくれればいいんです。
――リハプライム株式会社には「敬護」というシンプルでわかりやすい経営理念があり、書籍の中でも「経営理念は社員に伝わることが大切だ」とおっしゃられていますが、社員に伝わる経営理念を構築する際のポイントはありますか?
小池:
理念は内容が良いだけでは浸透しません。理念が浸透するには社長やリーダーが理念を体現することが一番です。それがどんなに素晴らしい理念だったとしても、社長やリーダーがやっていなければ、社員はやりません。だから、理念と体現はセットだと思ってほしいです。
さらに、理念はビジュアル化した方が伝わりやすいと思います。そのために私の会社では「ビジョンマップ」というものを作っています。
詳しくは本書で紹介していますが、9つのマス目に分けた一枚の紙に、自分の理想とする写真や絵やイラストと、目標や目的や期限を記した文章を入れた、会社の理想の風景をビジュアル化したものです。
特に、最近の若い世代には言葉だけではピンと来ないが、ビジュアルにするとわかりやすい人が多いということもありますね。
リハプライムの「敬護」という経営理念は、私の考えた造語で、人生の大先輩である高齢者の方々を「介助して護る」のではなく「敬って護る」という意味があります。
これを理解してもらうには、ビジュアルで見せること。そうすると、「なるほど!社長はこういう理想を実現したいのですね!」と、ほぼ例外なく言ってくれます。
どんなに素晴らしい理念でも、難しい言葉で書かれていたり、高尚すぎる言い回しになっていたりすると、それを実現する社員に伝わりません。でも、理念は伝わることが重要です。それを社長やリーダーが体現することで、理念は浸透していくものだと思っています。
◆社員の「心に火のつくポイント」を掴んでいるか?
――社員が辞めてしまう会社と働き続ける会社の最大の違いは何だと思いますか?
小池:
私の見識から言うと、社長が社員に関心を持っているかどうかだと思います。
私の会社が上手くいっていなかった時と、今を比較してみても、社長である私の社員に対する関心度合いが違うことは大きいですね。
人の心に火をつけて人を活かそうと考えると、社員に関心を持たないとできません。人によって心に火のつくポイントが違います。たとえば、「給料を上げるぞ」と言って火が点く人と、そうでない人がいるわけで。
悪い意味での歯車として社員を扱えばすごく簡単です。目標値だけ言って「そこまでやれ」で済みますから。でも、社員に関心を持ち、普段を知っている私は、「これをやる目的はこれだよね」「この目的を達成したと言える数値はこれだよね」「だからこれを目標にしよう」「あなたならどういうやり方をしたい?」という話から入っていくんです。
そうすると、その共有の過程の中で、相手の顔を見ていれば、心に火がついたかどうかっていうのはすぐにわかるんですよね。
今私たちがやっているタクシー移送の事業でも、足の悪いご両親と同居する主婦スタッフなどは「私やりたいです!」ってタクシー免許を取ってくれたりするんです。でも、単に「お金稼ぎたいです」という人に、タクシー移送という話をすると「タクシーですか?」「それ、僕がやるんですか?」という反応が返ってきます。
そんなふうに、一人一人の火のつくポイント、その人にとっての興味をリーダーが掴んでいるかどうかは、特に小さな会社では大事ではないかと思います。
――5、6人くらいの規模の小さな会社ほど、関心を持って、社員の火のつくポイントを探るコミュニケーションがとれそうなものですが、そうではないのでしょうか?
小池:
逆だと思いますね。「一緒にいるからわかっているだろう」「一緒にいるからわかる」となりやすいので。
私の会社も今では100人を超えていますが、最初の一店舗4人だけのときはミーティングなんて一回もしていなかったですから。横にいて一緒にやっているからわかっている気になってしまうんですよ。
話してみると実は、社員が仕事でやっていることと、実際の関心事はちょっと違っていたりします。
ただ、本人が認識していないだけで、社員の最大の関心事を掘り下げていくと「家族の幸せ」であることが多いです。
「家族の幸せ」が最大の関心事なのに、「今日はここまでやれば目標の数字を達成できるから、遅くまで頑張ろう!」と言っても、それで家族の誕生日に帰れないのであれば、火のつきようはないわけです。
そのために、私は社員一人一人と、定期的に一対一で面談する機会をつくっています。
面談では目標数値とかの話は一切しないです。面談相手の関心事と、会社の理念についてだけしか話しません。
「今、会社はこういう方向に進んでいて、こういう理想の会社をつくりたいんだよね」「あなたの興味や関心があるのはここだっていうことだから、ここで協力してくれない」って。「あ、でも、私のこの部分は不得手なんです」「じゃあ、その部分は他の得意な人にやってもらうから」って。
そんなふうに一人一人と話して、会社の理念や理想と社員の火のつくポイントをすり合わせていくんです。これは一対一で話すからこそできるやり方ですね。
――なかなか社員の関心とスキルと、会社がやっていきたいところを重ねて適材適所に持っていくのは難しいと思うのですが、それを一対一の対話という形で実践しているんですね。
小池:
社員の心に火をつけるのが私の役目なので、細かい指導はしないんですよ。営業担当に「こうしたほうが上手くいくよ」と言ったことは無いですし。
私は、どちらかと言うと「こうなったら面白くない?」「こうなったらすごくない?」という話をするんです。それで「そうですね!」って相手が乗ってきたら、もうあとは任せて大丈夫。「こうやろうと思うんですけれど」と相談してくるので。
◆リーダーの言葉で、社員に「本音」が伝わる
――今のお話を聞いていてもそうですが、本書では「プラス言葉への言い換え」や「大げさな順調ぶりの表現」、「8褒めて、2惜しいの絶妙レシピ」など、普段の言葉遣いに関する部分も印象的でした。リーダーや経営者にとって「言葉」とは、どうあるべきだとお考えなのでしょうか?
小池:
言葉は信頼関係をつくるベースだと思っています。
よくリフレーミングで「言葉を言い換えましょう!」と言っても「それって言葉遊びでしかないですよね」「良いように言っても、悪いものは悪いですよね」という反応をする人もいるのですが、それって目的がちょっと違うんですよ。
言葉は「本音」を伝えてしまうものなんです。
たとえば、母親が誰かから「お宅のお子さんはケチねぇ」って言われたら「いや、うちの子は節約家なんです」と言いかえたりしますよね。
正解不正解で言ったら、その子どもは、本当にケチなだけなのかもしれないですよね。でもそれを「節約家なんです」と言うと、子どもは「お母さんは私のことを節約家だと思っているんだ」と、その言葉を母親の本音として受け取るんです。
本人自身もケチだと自覚していたとしても。そこで「そうなのよ、うちの子はケチなのよ」と言えば、それが母親の本音として子どもに伝わりますよね。
リフレーミングをして「ケチ」を「節約家」とポジティブに言い換えられたら、その子は母親のことを「お母さんは自分の味方だ」と感じます。それは職場の人間関係でも同じだと思うんですよ。
上司は裁判官ではないので正解か不正解を判ずる必要はなくて、大事なのは「味方である」ということを示すことかなと。
特に少人数の会社は、上司やリーダーが裁判官として存在してはダメです。
社員や部下がミスをした時に、厳しく「お前何やってんだよ!大事なお客さんの時に!」と言うと、「いや、だって、あれは……」と言い訳とか反発心を生むんですよね。そんなミスをした時でも「おまえらしくないな」とか、「俺がもう少し丁寧に教えればよかった。すまんな。」などと味方になる言葉を使えば、相手の態度も変わってくるんです。
味方から「遅刻はダメだよ」と言われたら、納得もしてくれるし受け入れてくれるものなので、リーダーはまず「味方になる」というところを大事にしたいですよね。
だから、リーダーでもミスを正す事を厳しく言う人がいると、面談の時に「たしかに君は正しいし、倫理観とか正義感があるよね」「でも、言葉は本音を伝えてしまうものだから、君が『あいつはさぁ!』とミスを断罪して言うことで、相手と信頼感を作り損ねているんだよ」と伝えるようにしています。
それがリフレーミングや言葉を言い換える理由なんです。
――最後に離職者の多さに悩んでいる経営者やリーダーの方々にメッセージをお願いします。
小池:
そもそも離職したい人はいないですし、入ってきたときには夢を持ってきているので、社員の味方になって、その人との信頼関係をしっかり築いてくれるリーダーが増えてもらいたいと思っています。
経営者やリーダーは、信頼関係をしっかり作って社員一人一人が自分で目的を考えて動けるように支援していくことがすごく重要です。そのためには社員にわかりやすく伝わる理念を作って共有していき、経営者やリーダーが率先して体現する。さらに、言葉や態度を変えて、一人一人の社員とのコミュニケーションを深めて信頼関係を創っていく。
当初は私もそれができていなくて、会社の経営が上手くいかない時期を味わいました。でも、いろいろな経験や勉強をしてこのスキームでやってみたら上手くいくようになったので、ぜひ皆さまにも試していただけたらと思います。
(了)