IT技術者が病まない会社をつくる
著者:浅賀 桃子
出版:言視舎
価格:1,540円(税込)
著者:浅賀 桃子
出版:言視舎
価格:1,540円(税込)
世界的な流行を見せる新型コロナウイルスは、私たちの生活を一変させた。そして、「外出自粛」の名のもとにIT企業を中心に多くの企業が業務をテレワークへと移行させている。ただ、テレワークは作業の効率が上がるという声があがる一方で、テレワークへの移行によってメンタルの調子を崩してしまう人も少なくない。
Mさん(40)の会社では2020年4月の緊急事態宣言を受け、全社的に在宅勤務へとシフトすることになったが、オフィスと同じ環境を作るために、ビデオ通信システムは就業時間中、常にONにすることが求められた。
これによって、いつでも見張られているような感覚に陥ったというMさん。作業報告もかなり細かく求められるため、精神的負担は増していった。そしてある朝、会社のパソコンを立ち上げることが億劫になってしまった。
これは一つの事例だが、「仕事とプライベートの境界線があいまいになって辛い」といった声も上がる。そこにこの先行きが全く見えないコロナ禍の状況がストレスを増大させる。私たちは今、自分が意識している以上に、ストレスがかかっているのかもしれない。
このMさんの事例は、『IT技術者が病まない会社をつくる』(言視舎刊)で登場する。本書の著者であるベリテワークス株式会社代表の浅賀桃子氏は、IT事業について、現場・人事・経営者の3つの視点を兼ね備えたカウンセラーだ。
IT企業の人事として働いていた経験がある浅賀氏は、「心が折れる人が多い」「ブラックだ」と言われがちなIT業界について、不調の兆候があっても無理をして頑張ってしまい、結果、長期休職や退職に追い込まれるケースを多数見てきたと言い、「各種統計を見ても、残念ながら今のところメンタル不調になる方の割合が高い業界であることは否定できません」(p.3より)と述べる。
スタッフのメンタルの不調を呼び起こす原因は様々だが、主な要因としていくつかにまとめることができる。
1つめは「労働時間の増大」だ。「労働時間が長すぎて辛い」と周囲に助けを求められればまだいいが、それができる人ばかりではない。自分の不調を伝えられずに追い込まれていく「サイレントうつ」と呼ばれる人もいる。さらにこのコロナ禍におけるテレワークの増加が、それに拍車をかけている恐れがある。浅賀氏は「経営者や管理職にはより一層、労働時間を把握したうえでの対処が求められます」と警鐘を鳴らす。
2つめは「成果主義と描けないキャリアプラン」だ。日本では「成果主義」型の人事評価制度が導入されてきつつある。しかし、この成果主義がメンタルの不調をもたらす要因の一つとなっているという。例えば「評価基準が明確ではない」「評価の公平性確保が難しい」といったことから、「社員間の連携、人間関係への影響」、さらには「成果が把握しづらい」ということもある。
その上で、これまでの年功序列制度なら「何歳になったらこのクラス」といったキャリアのイメージが掴みづらくなり、キャリアプランを組みにくくなったという声があがっている。
3つめは「ジタハラ」だ。これは「時短ハラスメント」のことで、「残業するな」「早く仕事を切り上げろ」と言われる一方でやらなければいけない仕事量は減らず、山積みの状態で仕事場を離れ、持ち帰り残業をすることになってしまう。現場では「やらないでいい業務」をなかなか判断できない。これを解決するには、経営・マネジメント層自らが判断し、全社の方針として徹底させていくことが求められる。
4つめは「職場での人間関係」だ。特に問題なのが「上司との人間関係」である。特定の人へのえこひいきが見られたり、指示が朝令暮改であったり、見せしめのように叱って威圧するような理不尽な上司にあたってしまうと、メンタルを病んだり、仕事の生産性が下がってしまう。また、中間管理職には理不尽上司と部下との板挟みで悩むケースも見受けられるという。
この4つの要因の上に、IT業界ならでは要因が覆いかぶさってくる。本書では「多重下請け構造」や「客先常駐」、「ドッグイヤー」(技術革新のスピード)といった要因が挙げられており、業界内部にいる人であれば頷けるのではないだろうか。
では、一体どうすればメンタル不調者を出さない会社に変えていくことができるのか。本書ではその方法や必要な考え方についてもしっかり解説されている。一つキーワードをあげると「心理的安全性」というものがある。近年よく聞くキーワードだが、組織の生産性向上の土台となるものであり、チームを加速させるために必要な要素だ。
スタッフがメンタル不調に陥ると、業務がなかなか進みにくくなってしまう。それはひいては会社の業績にも紐づいていく。なぜ不調を訴える人が多いのか、その要因をつかむことが経営者やマネジメント層に求められる。その時に本書は大いに役立つだろう。
変化に強い人もいるが、多くの人は戸惑いを覚えるもの。変化を余儀なくされる時代だからこそ、読んでおきたい一冊だ。
(新刊JP編集部)
■コロナ禍で「無力感」を覚える人が増加…。会社ですべき対策とは?
浅賀: 私はこれまでIT業界の中にいましたが、IT技術者が世の中からあまり評価されていないという違和感を持っていました。それはなぜだろうと思ったときに、「心が折れやすい」「ブラック」といったイメージですとか、「3K」(きつい、帰れない、給料が安い)といったネガティブな部分を言われることが多かったんですね。
ただ、コロナ禍になって、テレワークの導入であったり、セキュリティの課題であったりというところで、どの会社にもIT技術が必要になりました。この動きはこれからも加速していくと思われます。
そういう時代にIT技術者が評価されて、よりいきいきと働けるような世の中にするために私の知識が参考になればというところで本書を書かせていただきました。
浅賀: 他の業界に比べ、長時間労働が多い環境といってよいでしょうね。以前私が働いていたIT企業は、月400時間働いている人もいましたし、月の残業時間80時間、100時間を超えて働いている人も数多くいました。こうなってくると、人事部も麻痺してきて、労働時間超過が当たり前かのようになってくるんです。
もちろん、産業医につなごうとするんですけど、つなぎたくても「忙しすぎてその時間もできない」となり、結果本人が倒れましたということが起きます。
でも、そうなる前に会社としてできることは何かしらあるはずだと当時から思っていましたし、自分自身が独立してからはIT技術者がいきいきと働ける会社をつくろうと思い、それを実践してきました。
浅賀: 一つは無力感を強く感じる人が増えたように思います。これからどうなっていくんだろう、コロナはいつ終わるんだろうという今後への不安や戸惑いですね。そういったところから、これからの働き方、今の会社のままでいいのかとか。そういう漠然とした不安から食欲がなくなったり、不眠になったりという相談が増えてきたように思います。
浅賀: そうだと思います。個人でどうにかできることではないですし、それを受け入れるのにも訓練が必要なんです。誰しも「こうなってほしい」という理想を持っていて、それが上手くいかないときに感情が乱れてしまうわけですが、そこで感じたストレスや不安って誰のせいでもないものじゃないですか。だから、どういう風に処理していいのか分からない。私たちカウンセラーは、話をする時にそういう相手の状態を意識してカウンセリングをしていきますね。
浅賀: 大きな環境の変化が起こると、まず自律神経が乱れると言われています。その時、身体の方にだるさですとか、そういうものを感じるようになるんですけど、だましだまし仕事はできてしまうんですよね。
ただ、個人差があるにせよ、その状況がひと月、ふた月と続くと精神面にも影響が出てくる。うつ状態になってしまったりしてしまうんです。去年の3月から4月にかけて急にテレワークに移行した会社さんでは、6月や7月あたりにうつっぽさを感じる人が増えてきていたという実感は私にもあります。
浅賀: たとえばオンとオフの切り替えができないという声はよく聞きました。それまでは家から出る、家に帰るというところで切り替えを自然に行っていたけれど、それができなくなった。
あとは、ちょっとした雑談ができなくなったということも大きいです。チームでやっていても、ちょっと話しかけにくいとか、わざわざツール使って話すほどでもないという理由でコミュニケーションを取らずにいたら、それまで相談できていたことを抱え込む結果になったということですね。
テレワークの中でも必要に応じて雑談を入れている会社はまだ大丈夫なんですが、社員が黙々と仕事をしている会社は注意が必要ですね。特にIT業界はいつまでその業務を終えられればよくて、あとは個人の裁量に任せるという傾向がありますから、テレワークにした途端にこもってしまうということが多いです。
浅賀: IT業界に限らずですが、上手な会社はコロナ禍になる以前から出社と在宅を選べるようにしていました。たとえば台風や大雪のときに、すぐにテレワークに対応できたり、事前申請すれば家でも仕事ができるようにしていたり。
生産性を上げるために一番自分にとって良いと思う場所で仕事をしてくださいという感じで、適度に社員を信じて働く場所の裁量を与えていた会社は、上手くやれていると思います。
浅賀: これは人にもよりますね。本書にも不調のサインを書かせていただきましたが、精神面にダイレクトに来る人もいれば、身体面に来る人もいます。また、行動面で変化が出る人も。
分かりやすいところで言えば、不眠や食欲減退といったところがあるのですが、風邪で体調がすぐれないことと判別が難しかったりもするんですよね。ただ、不調が長く続く目安を知っておくことは大事で、たとえば二週間経っても眠れなかったら、メンタル面の不調を疑ってもいいと思います。
身体にも目のクマがひどくなるとか、顔色が悪くなるというような兆候が出てきますが、テレワークですとその辺に気づくのが難しいんですよね。家族がいれば気づいてくれるかもしれませんが、一人暮らしの人は誰とも会わないから、気づかれづらいんです。そこは課題かなと思いますね。
浅賀: 確かに、病院に行くことにハードルの高さを感じる人もいると思います。カウンセリングも活用していただきたいと思うのですが、カウンセラーも敷居が高いのであれば、いつでもちょっと相談できたり、話ができる相手を複数持っておくことが大切だと思います。こういう話だったらAさん聞いてくれるかな、とか。
■メンタル不調者続出を防ぐために、会社はどう動けばいいのか?
浅賀: 構造的な部分で言うと、下請け企業では、「客先常駐」という毎日客先に出勤し、そこで仕事をして退社するというやり方が多くあるのですが、これが大きな負担になっているのではないかと思います。客先では自分でコントロールできることが少なくなりますし、常に上司が見てくれているわけではありません。不調が見逃されてしまうことも多いんです。
また、多重下請け構造についてもこの本で書いています。最初に見積もったスケジュールではどう考えても間に合わないものの、納期を後ろにずらすことができないために下請け企業が長時間労働をして対応することになります。上流の企業は発注先である下請け企業の社員に対して労務管理をする法的責任を負いませんから、長時間労働、さらにはメンタル不調も発生しやすくなるということですね。
浅賀: 普段からいかにその人を見ているかということが大事です。それも、なんとなく見ているのではなく、注意深く見る。服装がいきなり適当になったり、髪型やメイクもいつもと違っていたり。そういう違いに普段から気づけるかが大事だと思います。
見た目の変化は何かしらの心情の変化を表しています。その変化が、もし適当さを醸し出しているとしたら、たとえばバッチリとメイクをしていた女性が、ほぼスッピンみたいな状態で出社するようになったとか、メイクなんてどうでもいいみたいな感じになっていたとしたら、それはもしかしたらメンタルの不調とつながっているかもしれません。
浅賀: そうですね。今の上司の立場の人たちはプレイングマネージャーが多いので、どうしても部下の隅々の変化までチェックしきれないところはあると思います。でも、部下がパフォーマンス高く働けているかをチェックするのが本来の上司の仕事ですから、「忙しい」を言い訳にしたままというのはよくないです。
浅賀: これをやれば絶対にメンタル不調はなくなるというものはありません。ただ、組織全体として、上司自身が忙しすぎて部下のことに気を配れないような状態は、構造上の問題があると思うので、そういうところから改めないといけないと思います。
だから、まずは上司や管理職にあたる人がメンタルヘルスの最低限の知識を持っておく。そして、何かあったときに溜め込ませないで、相談して「ちょっとしんどいです」と言えるような会社にしていくことはすごく大事ですね。
また、どうしても忙しい時期ってあると思うんですね。そんなときは、このプロジェクトは何月までと区切る、来月になったら新しい人が入りますと人をアサインする、そうやって期限を設定しながらそこまでは一緒に頑張ろうと鼓舞すると、だいぶ違ってきますね。
浅賀: そうなんですよね。たとえば、悪いことほど早く報告するということも、新人の頃から言われていると思いますが、やっぱり言いにくい。そして、溜め込んでいってしまうと、メンタルを病んでしまう。
言って大丈夫なんだという感覚がつくれているかどうかですよね。これは新人時代からちゃんと報告することの大切さを伝えられているかどうかだと思います。また、周囲の人たちも悪い報告をちゃんとしていると、少しずつ自分も大丈夫だと思えるようになっていくのではないでしょうか。
浅賀: はい。上司側の伝え方はすごく大切で、時には人格否定みたいなことを言ってしまう人もいます。そうなると、部下は塞ぎ込んでしまい、メンタルの不調を招きやすくなります。
浅賀: やはり上司が部下のケアをしっかりやっている、一人ひとり部下とお話をして、ここが良いよね、ここはもう少し改善しないとね、というフィードバックをしっかりしている会社の人は病みにくいです。
また、「溜め込まずに」という話をしましたが、福利厚生としてカウンセリングを受けられる体制を整えて、上司に直接言いづらいことを言える場を作ったり、助けを求められるようにしている会社は、仕事がかなり忙しくても不調者を出さずに乗り越えられるような気がしますね。
浅賀: 声をあげられない状況がすごく多いんです。「最近、離職者が多いから話を聞いてほしい」ということでお声がけいただいた会社の人事と話すと、社員が急に退職届を持ってくる、と。そこで関わらせていただくと、会社の中に辞める兆候があるんです。そこに上司が気付いているのかいないのかは分からないのですが、その部下からすると「あの上司に言っても無駄だから」となってしまっているのかもしれません。
退職理由は「一身上の都合」ということが多くて、本音ベースの理由はなかなか会社に上がってきません。でも、カウンセラーをしていると、その部分も多少聞いたりできます。そこでは、「会社に働きかけようとしても、聞く耳を立ててもらえない」とか「上司を見てても自分の5年先のキャリアプランが想像できない」みたいな話が出てくるんです。
浅賀: 弊社ではテレワークの人も出社している人もいます。また、チャットツールに雑談部屋を設けて、そこに上の立場の人が進んで書くようにしていますね。それも、かなりくだらないことを書いています(笑)。そうすると下の人間も「こんなこと書いていいんだ」と書きやすくなるんじゃないかと。
私の場合はスヌーピーが大好きなので、ちょっとしたスヌーピーの話を書き込んでいます。若手スタッフたちからは「また社長がスヌーピーの話をしているな、やれやれ」くらいに思われるくらいがちょうどいいなと思っています。
浅賀: そうですね。あとは、会社の取り組みとして、診断ツールで出た社員それぞれの特性を参考にしながら、この人とこの人を組ませるチームが上手くまわるんじゃないかということを考えたりしています。
また、IT業界は技術の進みがすごく速くて、新しいツールやサービスがどんどん出てきます。そのスピードに合わせて若い人が「こういうツールを使いたい」「こういうサービスをやりたい」と声を上げられないのはすごくもったいないですよね。
やるやらないは経営判断になりますが、言ってもらうことがまず大事だということで、それは意識するようにしています。
浅賀: メインターゲットとしては 、IT企業の管理職や人事の方。特に会社を変えられる立場にある人でしょうか。一般社員が変えられないというわけではないですが、変えたいと現場が思っても制度に邪魔されるということがあると思うので、制度を取り入れる判断ができる人に読んでいただいて、会社をどんどん変えていってほしいです。それに、経営陣の方々にも、メンタルのことに関してもう少し理解をしていただきたいですね。そして、この業界をもっと良い環境にしていただきたいです。
また、IT業界以外の業界の方々にも役立つことが書かれているので、ぜひ読んでほしいですね。メンタルヘルスのことを学ぶ機会はなかなかないと思いますし、最低限、自分のメンタル維持についても、この本から学ぶことはあるはずです。ぜひいろいろな方に読んでいただいて、本書を役立ててほしいなと思います。
(了)
浅賀 桃子(あさか・ももこ)
ベリテワークス株式会社代表取締役/代表カウンセラー。 SIerおよびITコンサルティング会社HRを経てカウンセラーとして独立。2014年ベリテワークス株式会社として法人化。IT業界での約15年の経験を活かし、主にIT関連企業に対しカウンセリング、人事労務サポートを行なう。「スヌーピーカウンセラー®」としても活動中。
公式ホームページ:https://veriteworks.co.jp/
著者:浅賀 桃子
出版:言視舎
価格:1,540円(税込)