――『役員になれる人の「数字力」の使い方の流儀』について、「物事を数字で考えること」の重要性は、ビジネスにかかわる人であれば誰でも理解していると思いますが、実践できている人は案外少ないものです。この理由はどんな点にあるのでしょうか。
田中:一つはっきりいえるのは、経営者や上司といった、組織の上に立つ人が数字でものを考える習慣がないと、下にいる人もそうなってしまうということです。
私は仕事柄いろいろな会社を見るのですが、大企業でも中小企業でも、いい会社ほど、経営のトップが数字でものを考えることを重視しています。そうなると、組織文化としてそれが根づきますから、皆が物事を数字に落として考える習慣がつくわけです。
――数字で物事を考えることが根づいた会社とそうでない会社というのはどんなところに違いが出るのでしょうか。
田中:典型的なのは営業会議でしょうね。前者はアポの数や見積もりの数、成約件数、目標達成度まで全て数字を出したうえで、それをもとに改善策や対処を考えます。そこに感想だとか意見が入る余地はなくて、論理的な話し合いがされます。
後者の営業会議は、予算を達成できなかった営業マンを叱責するための会になりがちです。予算を達成できなかったなら、翌月どうやって良くしていけばいいかを話し合うために営業会議はあるはずなのですが、そういう建設的な方向にはならないんです。
――これまで数字が苦手だったり、数字の意識を持たずに仕事をしてきた人が、現状を変えていくには、どんなことからはじめたらいいでしょうか。
田中:仕事に限らず、新しいことを始めるときは、身の回りのことから始めてみるのが一番だと思います。
たとえば、「これまで1週間でやっていた仕事を1日でやるにはどうすればいいか」というテーマを設けてみるといいかもしれません。そうなると、これまでその仕事のどこにどれだけ時間をかけていたかを数字で出して、それを短縮するプロセスが必要になりますよね。
まずはそういうところから始めてみるといいのではないでしょうか。
――本のタイトルにある「役員になれる人」というのは、田中さんから見て例外なく数字に強い人なのでしょうか。
田中:そこは難しいところで、タイトルと矛盾するかも知れませんが、実際のところはそうとも限らないんですよ(笑)
特に大きな組織になると、数字はからっきしダメでも役員や取締役にまで出世する人もいます。ただ、そういう人は「数字に弱い」という自分の弱点もきちんと把握していて、その部分を補ってくれる人をブレインとして抱えていたりする。
自分には苦手なことでも、それがチームや組織としての「隙」にならないようにしているんです。
――なるほど。では、一個人の仕事において、数字に強い人とそうでない人にはどんな違いが生まれますか?
田中:数字に落とし込むことで何ができるかというと、現状を正確に把握できるんです。本の中では「ファクト(事実)を知る」という言い方をしていますが。
どんなゴールに向かうのであれ、現状把握を間違うといつまでもそのゴールには着きません。いかに数字を使って現在地を把握して、論理的にゴールまでの道筋を立てられるか。そういうアプローチで仕事をする人とそうでない人とでは、結果も違ってきますよね。
――数字を使って現状把握することに慣れてきたら、次に起こることをある程度予測できるようになりそうですね。
田中:その通りです。今、先が見えにくい世の中になっていて、「やってみないとわからないこと」はたくさんあります。だから、直感的なものは絶対必要なんです。
ただ、その直感は「ヤマ勘」とか「あてずっぽう」とは似て非なるものです。あくまで論理的に考えて、数字的なファクトを積み上げた先に予測や直感があるということは理解していただきたいですね。
――ビジネスシーンでの「数字」というと、やはり重要なのは決算書です。田中さんは財務の専門家ですが、この決算書をどのように読んでいますか?
田中:自分の仕事の仕方でいうと「いきなり決算書を見る」ということはあまりしません。
たとえば、クライアントから「ある企業を買収したいので、業績について評価を聞かせてほしい」という相談を受けることがあるのですが、こんな時はまずその企業の事業内容や社員数を聞くんです。
事業内容で利益率がある程度わかりますし、社員数から売上の総額が推測できます。そうやって業績についての仮説を立ててから決算書を見て、当たっていれば標準的な会社、仮説よりも業績がよければグッドカンパニー、悪ければ問題がある企業というわけです。
――決算書はどういう順番で見ていきますか?
田中:まずPL(損益計算書)から見ていきます。注目する個所は二点あって、一つは営業利益率。ここを見ればグッドカンパニーか問題のある会社かが判断できます。
もう一つは社員一人あたりの生産性です。この生産性が高いほど、その企業は本質的な強さを持っているということがいえます。
これらを見たら、次はバランスシートを見ます。経営の巧拙はバランスシートのキャッシュやネットキャッシュ(キャッシュ残高から借入金残高を差し引いた数字)に表れるので、ここをチェックします。ここまで見れば、経営者の資質もわかりますし、いい会社かどうかも、どんな問題を抱えているのかも把握できます。
いろいろな立場の人がいますから、すべての人が決算書の読み方を知っておくべきかというと、正直わからないのですが、物事の本質を掴んだり、数字を使って物事を考えるトレーニングとしては、決算書はすごくいいのではないかと思います。
人を説得するには「数字の見せ方」を工夫せよ
――人を説得する時なども、数字を使うことで説得力が増します。本の中で紹介されていた、田中さんがある会社の経営再建を手がけた時のエピソードを読むと、ただ数字を出せばいいというものではなく、その数字の「見せ方」も大事だということがわかります。
田中:そうですね。数字を使ってメッセージを伝える時は、大前提としてビジュアルでわかりやすく伝えること。そのうえで、情報を受け取る側に合わせて情報を最適化するということが大切だと思っています。
自分の周りに全社員を集めて、会社の今期の業績とか来期の目標の話をするとして、いきなりPLの細かい数字を見せても、皆わからないですよね。
経営幹部だけに話す時はそれでいいのですが、全員に向けて話す場合は、事業部ごとの売上と利益目標だけ伝えれば十分なはずです。自分が相手に理解してほしいメッセージに合わせて、数字の見せ方を最適化するというのは、心がけるべきだと思いますね。
――数字を使って物事を考えることの大切さを強調しつつ、「数字至上主義」「ロジック至上主義」についてはむしろ警鐘を鳴らして、「人の気持ち」や「情熱」の部分を強調されているのがユニークでした。
田中:数字や論理が得意な人ほど、ロジックで全て片付けようとするところがあったりしますが、人ってロジックで納得することはあっても、ロジックで動くことはありません。
いろんな会社を見てきて感じるのですが、組織には特有の慣性がはたらいていて「今のままじゃまずいから組織を変えなきゃいけない」と皆理屈ではわかっていても、なかなか方向転換できないんです。
だから、経営再建をするなら数字やロジックで説得するだけではなく、感情に訴えることも必要になります。僕の場合、会社の現状を数字に落としこんで皆に見せる時に、何も言わないことにしています。
「こんなにひどい状況になっている」とも「ここが悪いからここを変えるべき」とも言わずに、まずは見てもらう。
――なぜですか?
田中:あえて説得せずにいると、会社の人がだんだん自分たちで現状に気づきはじめるんです。
こうなったらしめたもので、自分たちで悪いところに気づけば、良くしたいという気持ちも自然に生まれますし、実現したい理想のイメージもできやすい。ただ、これだけだと次の行動に移らないので、そこから先はより強く感情に訴えないといけません。
――そこもまた一筋縄ではいかなそうですね。
田中:一度会社が落ちてしまうと、社員に負け癖がついてしまうんですよ。最初は会社をもう一度よくしようと思ってがんばるんですけど、結果がともなわないとすぐその熱が冷めてしまう。そこが難しいところかもしれません。
――タイトルに「役員になれる人の」とありますが、どの年齢層に向けて書いた、というのはありますか?
田中:20代、30代の若い方に読んでもらえたらうれしいですね。今の若い人は、出世欲よりも、世のため人のためになる仕事をしたいという気持ちが強いといわれます。
その意味ではすごく意識が高いのですが、組織で働くとなると、上にいたほうが確実におもしろいですし、世のため人のためになる仕事にしても、上にいないとできないことがあるのも事実です。組織で上に立つという視点を持つためにも、この本は役立つのではないかと思います。
また、仕事とは別に、今の混沌とした世の中を賢く生きるためには、物事の本質だとか真実を正しく理解することが必要で、数字力はそのためのスキルです。
たとえば少子高齢化にしても、経済の状態にしても、政府や官僚がどうにかしてくれるというような話ではなくて、私たち一人ひとりが取り組んでいくべきものです。
だからこそ正確に理解して、自分なりに答えを考えないといけないわけで、数字はそのための武器になるものだということを、この本を通じて理解してもらえたらうれしいです。