コーチングを根付かせ「成長し続ける組織」を創る
サスティナブル・コーチング: 「自走する組織」の創り方

サスティナブル・コーチング:
「自走する組織」の創り方

著者:合力知工, 市丸邦博
出版:同友館
価格:2,200円(税込)

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本書の解説

アメリカから日本に「コーチング」というコミュニケーション手法が導入されたのが、1997年のこと。それ以来、多くの日本企業が取り入れようとしたが、いまだに根付いているとは言えず、日本のエンゲージメントは世界から見ても低い事はデータでも出ている。

なぜ日本でコーチングは根付かないのだろうか?
その問いに対し、コーチ・コントリビューション株式会社代表取締役の市丸邦博氏は

1、「コーチングは万能である」という大いなる誤解がある
2、過去の成功体験から、ティーチング型リーダーシップが優先されてしまう組織風土がある
3、上司からの見せかけのコーチングと、コーチングアップ(上司に対するコーチング)の欠如


という3つの理由をあげている。
例えば「2」の組織風土について、コーチングを導入しようとする組織の多くはすでに何らかの成功を収めていることが多い。企業がグローバル化の流れの中で、その波に乗り遅れないようにとコーチングを導入しようとするわけだが、それまでの成功体験――リーダーがメンバーに対して知識を教えて育成する「ティーチング型」のリーダーシップが邪魔をしてしまう。
コーチングとはメンバーに主体的に考えてもらい、行動を促すためのコミュニケーション手法であり、教育型・命令型のコミュニケーションでるティーチングとは真逆だ。

こうした背景があることから、コーチングを導入しても上辺だけになってしまう。
では、どのようにすればコーチングが組織に根付き、持続的な成長を促すことができるのか。

『サスティナブル・コーチング』(同友館刊)は、福岡大学商学部教授の合力知工氏がコーチングの理論面から、そして前述の市丸邦博氏がコーチングの実践面からそれぞれアプローチし、「自走する組織」を創るために必要なものを教えてくれる一冊である。

コーチングは「ヒトを活かす」という目的にこそ可能性がある

まず合力氏は、コーチングの目的とは「組織の生産性向上」ではなく「個人の能力の醸成」であると述べる。つまり、「コーチングによって醸成された個人の能力」が結集し、その結果として「組織の生産性向上」があると考えるのである。

コーチングは「ヒトを活かす」という目的にこそ可能性を感じると合力氏は指摘する。
本人が自分の置かれている環境や取り組んでいることにネガティブだと、その効果は発揮されない。ポジティブに業務に取り組むことができ、それが自分の望む未来につながっているという意識を持てることが、社員の幸福感の向上につながり、それが引いては組織の生産性向上につながっていくのだ。

合力氏は本書の中でポジティブ心理学の見地からコーチングを考察しており、幸福感が持続可能なコーチングの基盤になると指摘している。

「コーチングとティーチングの使い分け」でメンバーの成長を促す

一方の市丸氏は、自身の経験を交えつつ、実践的な視点でコーチングをどのように導入すべきかを説明している。

まず指摘していることは、「コーチングとティーチングの適切な使い分け」だ。
命令型のティーチングは、日本の企業から学校、家庭にいたるあらゆる現場において、「教育の型」として浸透している。新人に業務に教えるときや、短期的に成果を上げたいときなどは、ティーチングの方が機能しやすい。しかし、それを続けていくと、指示待ち人間が蔓延してしまったり、教える人間のコピー以下しか育たないというデメリットがある。

そこで本書では、目標達成に向けてコーチングとティーチングを使い分けながら、日常の中でリーダーとメンバーが対話をしていく「実践型コーチング」という手法の実践と、個別に1対1で対話をする「1on1コーチング」を提案している。

「1on1コーチング」は2週間に1度、30分~1時間のリーダーとメンバーによる対話の時間である。対話といっても話の主役はメンバーだ。リーダーは、メンバーに質問をしながら話をじっと聴く。自分の強みは何だと思っているのか、今の組織で何を達成したいか、それを達成するためにどうすればいいのかといったことに対して主体的に考え、行動するように働きかけていく。ここで築かれた信頼関係は、職場の一体感にもつながり、組織全体の活性化にもつながっていく。

本書には「人事評価制度における《1on1コーチング》の位置づけは?」と題して、株式会社あしたのチーム代表取締役CEOの赤羽博行氏が特別コラムを寄せており、人事評価制度における面談手法として「1on1コーチング」「実践型コーチング」を導入する意義について書かれている。赤羽氏は「目標達成という同じ目的に向け大変相乗効果の高い取り組みであることが分かってきました」と効果を実感しているという。

また、株式会社あしたのチーム取締役の堤雄三氏は、1on1コーチングのプロジェクトを2020年5月より実践しており、本書の著者の市丸氏には、「日々の対話の積み重ねは、リーダーとメンバーの関係性の構築に大きな役割を果たす。評価に関連する面談というのは、非日常イベントであり、着地点である。日々の対話の積み重ねを、評価面談や目標設定面談というイベントを通じて、双方のコミュニケーションで合意形成をしていく。日常と非日常のたすき掛けで、組織を改善していくことが重要だ」というコメントが寄せられているという。

「1on1コーチング」「実践型コーチング」という分かりやすいコミュニケーションの手法やモデルがあれば、コーチングが持続的に機能していくはずだ。



本書の5章では、コーチングを持続的に実践している事例も紹介されている。これからコーチングを学びたいと思っている人や、導入したいと考えている組織、コーチングを取り入れているけれどうまく機能していない組織には大いに参考になるだろう。

コーチングが根付いている組織は強く、メンバー自身が主体性を持っているため、成長スピードも速い。そうした組織創りをこれから目指すのであれば、「コーチング」とは何かから本書で学び直してみてはいかがだろうか。

(新刊JP編集部)

■「コーチングを持続的に実践している事例」参照URL
株式会社個別教育舎代表取締役社長紀洲良彦氏
テレビ東京系列「テレQ 人が変わる 組織が変わる コーチングサイト」
https://www.tvq.co.jp/special/coating/

市丸邦博×合力知工 対談

■コーチングが根付きはじめた組織に見えてくる「変化」とは?

『サスティナブル・コーチング』は理論面を主に合力さんが、実践面を主に市丸さんがそれぞれ担当し、コーチングが組織の中でサスティナブルに根付いていくための考え方、方法が書かれた一冊です。まず、お二人がタッグを組むことになった経緯から教えてください。

合力: もともと市丸さんの会社には本学(福岡大学)の就職センターや教務関係の部署のプログラムの方で以前からお世話になっていて、縁があったのが一つです。

また、本書でも書かせていただきましたが、私の講義で「コーチングを導入して成功している企業」として取り扱った企業に就職した人がいたのですが、しばらくして退職してしまったと。話を聞いてみると、会社に入った当初はコーチングが機能していたけれど、経営環境の悪化によってそれがなくなってしまったということだったんです。

その話を聞いて、コーチングを根付かせるためには何が必要かということを考えていたとときに、共著の話をいただきまして、一緒に書くことになったのです。

市丸さんが合力さんにお声がけをしたのはなぜだったのですか?

市丸: 弊社はコーチングを使って組織風土改革を進めていく会社なのですが、その課題の一つが人材という資源をどう最大化するのかということなんです。

合力教授は経営戦略の第一人者であり、コロンビア大学にも行かれて、ポジティブ心理学などにも通じており、人をどうやって活かせばいいのかということを理論面からのアカデミックな裏付けを示していただく事で本書がより読書にも学びが深くなると確信していました。

コーチングの話に入る前に、本書では「コーチング」と「ティーチング」を区別しています。これはとても大事なことだと思うのですが、「コーチング」と「ティーチング」の違いについて教えてください。

市丸: ティーチングとは「教える」ということですね。もっと分かりやすく言うと、指示・命令です。かつての日本は勤勉なリーダーがいて、このティーチングが機能していたから、劇的な成長を遂げられました。ただ、今、日本は世界から30年遅れていると言われています。それはなぜかというと、ティーチングに特化したタイプのリーダーが多いからだと思います。

日本の企業がグローバル基準になるためには、コーチングタイプのリーダーが必要です。コーチングとはメンバーに対して自発的な行動を促すコミュニケーションのことで、興味を持って問いを投げかけます。そこで、メンバーは自分で考え、答えを導き出し、行動をするというものです。

コーチングの方が、イノベーションが生まれる土壌が育まれそうです。

市丸: そうですね。ティーチングによって指示・命令が強くなると、メンバーが萎縮してしまって自分から動けなくなってしまい、指示待ち人間になってしまうことが多くあります。そうなると、新しいアイデアが生まれたり、イノベーションも起こりにくくなります。

ただ、一方でコーチングだけでイノベーションが起こるかというと、そうではないんです。コーチングだけでやっていこうとすると、組織の中が何でもありの状態になってしまうんですね。

コーチングだけでも組織は上手くまわらない。

市丸: そうです。仕事の仕方であったり、基礎知識であったり、スキルであったりといった基本的なことは、やはりティーチングで教えるべきです。コーチングは答えのない課題や取り組むべき目標に対して考えてもらうときに最も効果的ですが、業務を知ってもらう上では逆効果です。だから、本書の中でも述べているように、「使い分け」をしないといけないと考えます。

本書では第1章、第2章を合力さんが、第3章と第4章を市丸さんが執筆され、6章ではお二人が対談を行っています。本書を執筆する過程の中で見えてきた、新たなコーチングの可能性について教えてください。

合力: 私がこの本で書いたことは、コーチングが組織に根付くかどうかというのは、結局はコーチ側の人間性、禅の思想、徳といったところが大きいのではないかということでした。

これをリーダーシップと関連付けてその可能性について考えてみたときに、一般的にコーチングはサーバント型リーダーや、ファシリテーター型リーダーにおいて機能するものだとされていますが、実はカリスマ型リーダーや遠隔型リーダーといったコーチングには不向きであるといわれるリーダーのタイプも、その特性を磨けばコーチングが機能する可能性があるのではないかと思いました。

市丸さんはいかがでしょうか。

市丸: 本書を執筆するなかで気づいた点が2つありました。

一つは合力教授がコーチングの基盤の一つとしての禅的思考を書かれていますが、経営トップがそういった基盤を持ち、ブレない軸を持っているかどうかというということが大事だということです。これは業績の軸ではなく、人という資源をいかにして最大化していくのかということを考える軸になるのですが、これを持っているかどうかで変わると。

もう一つが、私の執筆部分で失敗談を書かせていただいたのですが、もちろん失敗することもありますし、一朝一夕には上手くいきません。ところが、これまで世に出されてきた多くのコーチングに関する本の多くは成功物語しか書かれていないんです。

コーチングを導入したけれどやめてしまった企業の多くは、コーチングの良い面や成功物語しか見ていません。そこで、良い面も悪い面も含めて知ってもらい、しっかり根付かせるためにはどうすればいいのか、人の資源を最大化するためにどうやってコーチングを展開していったらいいのかをお伝えするべく、本書では「ティーチング」と「コーチング」をミックスした「実践型コーチング」や「1on1コーチング」を提唱させていただきました。

コーチングが組織の中でうまく根付きはじめると、どんな具体的な変化が見えてくるのでしょうか。

市丸: 数値では測れない価値が変わってきます。一番は組織の雰囲気ですね。職場の雰囲気がポジティブになっているのが分かります。

昨今はリモート勤務も多いですが、リモート会議でもそれは分かります。そういう会議の場合、だいたい3つの雰囲気に分かれるんです。1つ目はトップが緊迫感を醸し出していて何も言えない。2つ目は仲良しすぎて統制が取れていない。3つ目は目標を全員認識していて、ある程度規律がありながらも、自由に物が言える雰囲気があるというものです。この中で一番良いのは3つ目のタイプですよね。そうしたコミュニケーションが取れるのであれば、コーチングは上手く根付いているといえるでしょう

あとは、会社の飲み会が楽しくなるというポイントもあります。飲み会が楽しくないのは、おそらく言いたいことが言えない、ただ萎縮するだけの時間だと感じていることの裏返しですから、アウトです。社員が発信した言葉が企業の風土を創り上げていくわけですから、トップやリーダーは、部下からどういう言葉が発せられているのかをしっかり聞くことが重要です。

合力: 今の飲み会のお話を聞いて思ったのですが、もし仮に強制で参加することになっても、飲み会でしか分からない雰囲気や学べることはあると、私は考えています。ただ、最初から行く気がない、嫌々(飲み会に)出ている人がいるということは、組織にそういう空気が醸成されているということなんだと思います。

だから、しっかりコーチングを行って、主体的に参加してもらえるようになれば、その飲み会には意味が出てくるはずです。コーチングは飲み会一つとってもかなり効果的に機能すると。

■コーチングは「人財への投資」と考えなければ根付かない

本書の表紙にも書かれていたように、「なぜコーチングが根付かないのか」ということは企業にとって大きな課題だと思います。コーチングが根付きやすい企業風土、根付きにくい企業風土の違いについて教えてください。

合力: 私は、人間性重視のコーチングは組織に根付きやすいと思います。逆に人間性を軽視して、顧客満足や株主満足ばかりに目がいっていて、そのために社員たちに発破をかける組織だと、コーチングは根付きにくいのかなと。

後者のような組織でコーチングを導入しても、利益創出のための一手段として見られてしまうケースが多いので、コーチング以上に利益を生み出す有効な手段が見つかったら、すぐにそちらにシフトしてしまうでしょう。

おっしゃる通りだと思うのですが、その一方で利益を追求するのが企業でもあります。利益最優先という風土の会社の中でコーチングを導入しても、それは根付かせることが不可能ということですか?

合力: まさにそこがポイントで、利益を出していくことが営利団体の使命です。ただ、そこには問題があって、利益追求のみを目的にしてしまうと、そのためには何をしてもいいということになってしまいかねません。強制的に社員を動かそうとするような、人道的ではないマネジメントも行われるでしょう

コーチングの意義は、コーチングを通じて働く人に自分の目指すことはどんなことか、そのためにどう仕事に関わっていくのか、何のために仕事をしているのかということに気づいてもらい、その気づきに基づいた主体性を引き出すことにあると思います。その結果、何が起こるのかというと、社員一人ひとりの主体性が組織の生産性向上につながっていくんです。一人ひとりの能力がアップすれば、それは利益として返ってくるはずです。

利益を目的としてコーチングを導入すると、利益が上がらない場合はすぐに手放すということになってしまう。それは実はすごくもったいないことだと思うんです。

日本は資源がない国ですから、人材への投資を積極的に行うべきです。ところが、「失われた30年」の間、人材への投資どころか、非正規雇用者が増え、しっかり育成をしてこなかった現実があります。それが今の日本の閉塞感や、世界から遅れをとっている現実を生み出しているように思います。

コーチングは人間に根差して講じられるべきものです。より主体性を引き出し、生産性を高めていってもらう。その結果、利益がついてくる。そういう風に考えなければ、コーチングを根付かせることはできないし、企業の持つ力を底上げすることはできません。

今の合力さんのお話は、まさにコーチングの真の目的とは何かというテーマだったと思います。市丸さんにお伺いしたいのですが、いろいろな企業を見ている中で、コーチングの目的を取り違えてしまっている企業は多いと思いますか?

市丸: そうですね。多いから、今のような状況になっているのだと思います。コーチングを取り入れても、「コーチングをしたんだから業績を上げろよ」というように結局はティーチングされてしまう。そうなると、社員側はやらされた感が残ってしまい、悪循環が生まれてしまうということが起こっていますね。

合力: もう一ついいでしょうか。特に日本の場合は、利益を出す=人件費を抑えるという発想がすごく強いんです。その発想が抜けないと、人に対する投資という考えはなかなか出て来ずに、費用と考え続けてしまいます。ただ、社員に対して適切に投資をすることは、いずれ必ずリターンを生み出します。コーチングを導入するときには、そうした投資という考え方がベースになければ、上手く根付くことができないでしょうね。

■コーチングに最も必要なものは相手に対する「好奇心」

先ほど市丸さんが「コーチング」と「ティーチング」を使い分けていくことが大切だと述べていました。この使い分けを実践されているのが、市丸さんが本書の中で執筆されていた「実践型コーチング」という手法です。その特徴を教えてください。

市丸: 「実践型コーチング」は日々のミックス対話の連続が特徴です。「ティーチング」と「コーチング」を使い分け、ときにミックスさせて育成するということですね。

例えば新入社員ならば、まずはティーチングでしっかりと業務の基礎や会社の目的を教えていきます。でも、ただ教えるだけではなくて、コーチングでどこまで理解できているか寄り添いながら確認する必要があります。

理解度も人によって違いますから、「1on1コーチング」で話をしっかり聞き、相手の特徴を知った中で、その人に合わせた伝え方をしていくことが大事です。また、相手は常に同じコンディションであるわけではありません。自信にあふれた表情をしているときもあれば、少し調子に乗っているようなときもある。それは様々です。そこを捉えて「どう?」と問いかけながら対話をしていきます。

「1on1コーチング」では、1対1の面談のような形で相手の話を引き出していき、その人が何を考えているのか、どんなことをやりたいのかということを把握していきます。私も「1on1」の経験があるのですが、話を引き出すということがとても難しく感じました。「1on1コーチング」をするときに気を付けるべきポイントがあれば、ぜひ教えていただきたいです。

市丸: 特に気を付けるべきはマインドです。相手に寄り添うということが一番大事です。とってつけたような質問をしても、相手に察知されてしまうので、心から寄り添っていかないといけない。そのときに必要なものが「好奇心」ですね。これは国際コーチング連盟でも一番大事だと言われています。

確かに好奇心がないと、相手の奥深くまで知ることができるような質問ができませんね。

市丸: そうですね。そして、今の仕事の中で何が一番上手くいっているのか、何がうれしいのか、学生時代や幼少期に夢中になったことなどを聞きながら、リーダーはその人の強みを知っていく。その上で、その強みを活かして、1年後、3年後にどんなことを実現したいのかを問いかけます。

ここで大事なことがあります。会社の枠の中の未来のみならず、枠を超えたビジョンも時に描いてもらうことが重要です。

会社という枠の中で考えさせないということですね。

市丸: そうです。枠を取っ払って広く考えてもらう。リーダーは相手の考えに寄り添いながら、次は「実践的コーチング」でティーチングとコーチングをミックスさせながらコミュニケーションを取っていくというわけですね。

合力: 今、市丸さんが「好奇心」という言葉を使われましたが、私もまったくその通りだと思っています。どんな人にも潜在能力があるということを、上司側の人間がどこまで部下を信じることができるかというところが分岐点になるのではないかと。

例えば、その会社のやり方では結果が出せず、無能扱いされるケースってよくありますよね。でも、この本で市丸さんが書かれていますが、上司と同じやり方を覚えても、その上司のコピーになるだけで、その上司以上にはなれないんですよ。一方、コーチングによって無限の可能性を引き出すことができれば、その上司以上になれるわけです。自分の尺度で人間を測って、できない人を無能扱いすることはナンセンスだと思いますね。

■リーダー自身がコーチングの「理論」を勉強すべき理由とは

組織にコーチングが根付き、サスティナブルに機能していくために、会社のトップやリーダーはどんな働きかけをしていくべきでしょうか?

市丸: 日本のリーダーはよく「変われ」と社員に言うのですが、それはあくまでも「周りの人間」。でも、本当に変わるべき人は自分なんです。そして、経営者自身が変わり続ける姿を見せることで、社員はそこに共鳴し、変わり始めていくと思うので、まずは、自分自身が変わり続けることが必要なのではないかと思います。

合力: サスティナブルに根付かせるためには、やはりリーダー自身がコーチングの理論を勉強すべきでしょうね。「なんちゃって」になったり、途中でやめてしまうのは、人間の可能性を信じていないからだと思います。これはコーチングに限らず、その他のさまざまなツールもそうです。

利益を出すための何らかのツールを外部から取り入れようとするときに、ただツールを入れるのではなく、そのツールが効果を出す根拠もしっかりと勉強する。それが大切なのではないかと思います。

例えば、バーバラ・フレドリクソンという心理学者の「拡張-形成理論」という脳の働きに関する理論があります。これはポジティブ感情が精神の働きを拡張して、持ちうる選択肢を増やし、私たちをより思慮深く創造的にし、新しい考えに対しても受け入れられるようになるという拡張効果があるという理論で、実験によって立証されています。

もし、ブラックな環境でネガティブなプレッシャーを与え続けられると脳は萎縮してしまい、利益につながる活動ができなくなってしまいます。だから、会社が利益を出したいのであれば、ポジティブ心理学に基づいて、社員の人間性を重視すべきであるということが、この理論を根拠に言えるわけです。

この理論を一つ知っているだけでも、コーチングというツールはとても使えるということが分かりますし、なかなか効果が出なくてもすぐに手放さないと思うんですよね。私自身、この本を執筆させていただいたのも、そうした理論をもっと経営者が知ることで、コーチングが根付いていくのではないかと思ったからです。

今、合力さんのお話にもありましたが、本書をどんな人に読んでほしいとお考えでしょうか。

市丸: これは3つの層があります。まずは合力教授もおっしゃっていた、会社の経営に関わっている方々です。2つ目は、学生の皆さん。社会に出た瞬間からリーダーシップを要求されますから、その前の段階からこういったことに触れていただくのが良いと思います。

そして3つ目なんですが、働いている方々ですね。本書の中にワークシートを入れさせていただいていただいたのですが。

付録のコーチングツールですね。

市丸: そうです。こちらを本気で取り組んでいただいたら、自身の変化につながります。

最後に付け加えると、日本の経営が上手くいっていないのは、経営陣にも問題があるのですが、物を言はない社員層にも問題があると思います。「コーチング・アップ」という部下から上司への働きかけをどんどん活性化することにより、このコーチング・アップができる人こそ、組織を変えられる人だと思っています。

でも、コーチング・アップは普段から期待以上の働きをしていないと、上司から受け入れてもらえないケースも多くあります。そこで諦めてしまって組織の硬直化につながってしまうということもあるので、ちゃんとコーチング・アップができるようになるための教育も、若手層やこれから社会に出ていく大学生が意識的に実践するかどうかが組織を変える大きなポイントです。

合力: 利益を持続的に出していきたいと思っている人にぜひ読んでほしいと思います。これは経営者だけでなく、リーダー層、学生を含めてです。

会社の利益というのは金銭的なものだけではなくて、いろいろな利益があると私は考えています。そうした様々な利益を見ずに、目先の金銭的な利益だけを見てしまうと、新しいツールに飛びついてはすぐに捨て、ということを繰り返すことになります。それはまったくサスティナブルではありません。

コーチングによってもたらされる利益も、様々な利益の一つです。本書はコーチングのマインド、理論から実践まで網羅的に書かれていますから、サスティナブルに利益が出る組織にしていきたいと思っている人には、おすすめだと思いますね。

(了)

書籍情報

目次

  1. 組織にコーチングが根付かない3つの理由
  2. コーチングを持続可能にする基盤
  3. 脳科学に基づくコーチング
  4. そもそも《実践型コーチング》と日常の《1on1コーチング》とは何なのか
  5. <特別コラム>
    人事評価制度における1on1コーチングの位置づけは?
    (株式会社あしたのチーム 代表取締役CEO 赤羽博行)
  6. 真にコーチングが根付くと、組織は自走する
  7. 事例「自ら進んで動くという行動力の向上」を目指して
    (株式会社個別教育舎 代表取締役社長 紀洲良彦)
  8. オンライン対談
    合力知工(福岡大学商学部経営学科教授)
     ×
    市丸邦博(コーチ・コントリビューション株式会社代表取締役)

プロフィール

[ 著者紹介 ]

合力知工
合力知工

合力 知工

1988年上智大学経済学部卒業後、93年同大学院経済学研究科博士課程単位取得。福岡大学商学部教授。経営戦略論担当。コロンビア大学客員研究員(2011年~12年)。主な著書に『「逆転の発想」の経営学―理念と連携が生み出す力―』(同友館、2010年)、『チャンスをつかむ中小企業―ケースで学ぶリーダーの条件―』(共著、創成社、2010年)、『「企業の社会的責任論」の形成と展開』(共著、ミネルヴァ書房、2006年)、『伸びる企業の現場力』(共著、創成社、2006年)、『現代経営戦略の論理と展開―持続的成長のための経営戦略―』(同友館、2004年)、主な訳書(共訳)に『50のテーマで読み解くCSRハンドブック―キーコンセプトから学ぶ企業の社会的責任―』(ミネルヴァ書房、2021年)『コトラーのソーシャル・マーケティング―地球環境を守るために―』(ミネルヴァ書房、2019年)『企業と社会(上・下)』(ミネルヴァ書房、2012年)『ハイパーカルチャー』(ミネルヴァ書房、2010年)、』『社会にやさしい企業』(同友館、2003年)、などがある。その他、論文多数。

市丸 邦博
市丸 邦博

市丸 邦博

コーチ・コントリビューション株式会社 代表取締役。国際コーチング連盟(ICF)プロフェッショナル認定コーチ。2010年にコーチ・コントリビューション株式会社を設立。主に企業向け、医療向け、教育向け組織変革実現に向けた実践型コーチングに多数着手。2013年にコーチング・トレーニング・プログラム(CL)を開始。2015年にコーチング・トレーニング・プログラムプロフェッショナルコース(CLP)を開始。2017年にチーム医療に向けたコーチング・プログラムに着手。2019年に日本経済新聞主催セミナー日経4946セミナー「1on1コーチング」でテレビ東京系列テレQ CM告知と当日のプログラム編成を務める。2021年3月に第7回COACHING実践事例2021を開催し2021年4月テレビ東京系列「テレQ」にて、『人が変わる 組織が変わる 未来に向けたコーチング(株式会社帝国データバンク編 株式会社個別教育舎編 九州産業大学編)』の放映に関わる。著書に『コーチング理論ワークブック』(株式会社ルネサンス フィットネス教育研究所)がある。実践型コーチングを軸とした「自走する組織創り」を企業に促し、組織エンゲージメントが向上するよう、日々支援を行っている。
https://www.ashita-team.com/coach_b/

[ 特別コラム寄稿 ]

赤羽 博行
赤羽 博行

赤羽 博行

1974年、千葉県松戸市生まれ。大学卒業後、株式会社オービックビジネスコンサルタントにて財務・管理会計を中心に基幹系システムの開発、ソリューション提案、導入コンサルティングを担当。その後、スカイライトコンサルティング株式会社に入社。ディレクターとして最大規模のビジネスユニット責任者を担当し、業務/システムのコンサルティング、ベンチャー企業の立ち上げ、新規事業の立ち上げ、事業計画策定、戦略策定など上流フェーズまで多岐に渡る多くのコンサルティング実績をもつ。株式会社あしたのチーム設立直後の2009年から当社社外取締役として参画し、2014年4月より常勤取締役、2016年4月より取締役管理本部長、2017年4月より取締役経営企画本部長、2019年12月より取締役経営管理本部長、2020年6月より取締役営業統括本部長兼首都圏営業本部長に就任。

堤 雄三
堤 雄三

堤 雄三

1983年生まれ。兵庫県出身甲南大学経営学部卒大学在学中に飲食店を経営。経営権譲渡後に既卒で株式会社エス・エム・エスに入社。メディアセールス部にて医療系人材サービスに携わる。その後、外資系医療機器メーカーのコヴィディエンジャパンにて営業・マーケティングに従事。2014年8月、株式会社あしたのチームに入社。大阪支社の立ち上げから参画し、以後営業部長として沖縄県を除く全国46都道府県のエリア担当部長を歴任。給与コンサルタントとして、約150社を担当。毎年開催される、あしたの人事評価アワードにて担当企業が延べ9社受賞するなど、顧客を運用コンサルティングにより高い企業業績向上に導いた実績多数。2018年4月より執行役員、2020年3月より取締役に就任。

サスティナブル・コーチング: 「自走する組織」の創り方

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「自走する組織」の創り方

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