INTERVIEW
著者インタビュー
どんな環境にも、話しかけにくい苦手な人はいるもの。そんな人と一緒に仕事にするとなぜか喧嘩になってしまったり、言い合いになってしまうことがある。
どうして自分の言うことを分かってくれないのか…。
『苦手意識がなくなる会話術』(大和書房刊)の著者であり、アドット・コミュニケーション株式会社代表取締役の戸田久実さんは、26年間、コミュニケーションの研修講師としてさまざまな企業の現場を見てきた。
その中で気付いたことは「コミュニケーションのやり方と考え方を少し変えるだけで、苦手意識を払しょくできる人が多い」ということだった。
この戸田さんへのインタビューでは、特に職場の上司と部下のコミュニケーションにフォーカスしながら、なぜ齟齬が起きてしまうのか、それを乗り越えるにはどうすればいいのかお話をうかがった。
「なぜあの人は分かってくれないの?」から抜け出すには
――コミュニケーションの問題はどの現場においても発生するものですし、どんな人も抱いている問題です。戸田さんは研修の講師として様々なビジネスパーソンを指導されながら、その悩みを聞いてきたわけですね。
戸田:そうですね。新入社員から役員・管理職クラスまで、職種も様々な企業に伺ってお話をさせていただいてきましたが、共通してコミュニケーションに課題を抱えている人がいらっしゃいます。
当然そういったニーズがあって私が研修を担当するのですが、分かり合えないとか苦手なものは苦手だからと諦めてしまっている方も少なくありません。また、相手のせいや状況のせいにしてしまっている方もいます。そんな風潮がどの組織からも感じられるんです。
自分以外の何かのせいにしたり、諦めるにしても、気にせずすごせるのであればいいのですが、問題なのはそこで不必要なストレスを溜め込んでしまっていることです。本質的な解決にはなっていないということなんですね。
――本書には、そうしたコミュニケーションの課題を解決するための方法が書かれています。
戸田:そうした方々が悩まれていることに対して処方箋のような本です。相手への向き合い方や伝え方を工夫したり、変えたりしてみる。それを初めて研修で取り組むことになるのですが、自分のコミュニケーションの癖に気付いていない人って意外と多いんですよ。
研修が終わってどのように変わったか報告を聞くのですが、自分の癖に気付いてそれを変えるだけで伝わり方や関係が変わったという話をたくさんいただきます。
本書はそうした方々へアドバイスするのと同じように、こんな風に取り組めば、こんな風に第一歩を踏み出せば、ご自身が抱えている課題を解決していけるということを、実例を交えながら説明しています。
――コミュニケーションの齟齬は性格や相性の不一致によるものもあると思いますが、それ以外の要因はどんなものがあるのでしょうか。
戸田:持っている価値観の違い、それまでに経験したことの違いも、齟齬が起きる大きな要因になります。上司がよく言いがちな「ここまで言わなくても分かるよね」という言葉なんかはまさにそれを体現しています。
仕事のやり方は一つではないのに、自分のやり方に固執してしまう人は多いと思います。今までの経験上、それが一番やりやすいと本人が思っていても、他人はそうではないかもしれない。なのに、やり方を押しつけしまったりすると、溝がどんどん深まります。
相手のこだわりが理解できないのであれば、まずは話を聞いてみることです。その上で、自分の考えを話す。どんな価値観を持って、相手に何を求めているのか、その背景にある事情を分かるように説明します。そうして初めて溝が埋まります。
コミュニケーションのゴールは状況によって変わると思いますが、無理やり自分の思い通りに相手を動かすことではなく、分かり合ってお互い納得した上で行動したほうがストレスを感じなくて済みます。
――戸田さんがおっしゃる通り、業務上のコミュニケーションがこじれると、一方的な押しつけ合いみたくなります。
戸田:「どちらが正義か」を戦っている方って意外に多いんですけど、本来のゴールとはかけ離れています。
――チームや組織の目標があって、そこに向かって協力しないといけないのに、建設的な議論ができません。
戸田:そうなんですよね。どうしたら目標を達成できるかと建設的な話し合いができれば良いのですが、そことは全く異なるところで、しかも仲違いしているわけですからね。
指示待ち人間はこうして作られる… コミュニケーションのゴールの共有を
――本書で一貫されていることは、相手を変えるには自分が変わることが必要だということです。つまり、自分自身の行動や考え方、言葉を変えてみるところから始まる、と。
戸田:相手を変えることは不可能に近いことです。もし変えることができたとしても、かなりのエネルギーを費やします。
自分に置き換えてみると分かるのですが、人は「あなたの性格を変えなさい」と言われると拒否反応を示しませんか? 「それを言うなら自分を変えろ」と思うんですね。だから他人を変えようとしても徒労に終わりやすい。
ならば自分の考え方や向き合い方を変えてみる。長年染み付いてきたコミュニケーションの癖を変えることに勇気はいりますけれど、その部分にエネルギーを使うことで相手との関係が良くなったという事例をたくさん見てきました。
――それには自分を正当化したい気持ちをぐっと抑えることが大事です。どのようにその感情のコントロールをすればいいのでしょうか。
戸田:正当化したい欲求はあるものです。ただ、何のためにコミュニケーションをしているのか立ち止まって考えることが大事なんですね。この人と何を成し遂げるのか。
相手を叩きのめすことがコミュニケーションのゴールではないはずです。自分の正義を相手に認めさせることで、本当に得たい関係が築けるかどうか、チームとしてプラスになるかどうか考えることが大切なのだと思います。
――しっかり機能しているチームは良いコミュニケーションが取れています。それは、チーム全体でゴールが見えているからなんですね。
戸田:そうですね。ゴールや目標がしっかり共有できていれば、そのためのコミュニケーションを取りやすくなるはずです。自分たちは何をしているのか、何を目指しているのかがはっきりしていれば、部下はそれに従って主体的に動けるようにもなります。
逆に上司があれをやりなさい、これをやりなさいと逐一指示をしていると、指示待ち人間ができてしまいます。「最近は言われないと動かない若者が多くて」という声を聞くこともありますが、どんな指示をしているのか聞いてみると、そもそもゴールを共有していない上に、自発的に動ける指示をしていないんです。
まずはチーム全体の価値観、目標を共有して、そのために動くという意識付けをすることから始めないと、積極性はなかなか根付きません。勝手に動いて失敗して怒られるなんて誰もしたくないわけですから。
世代間のコミュニケーションの齟齬を解決するためには
――先ほど、上司層から「最近の若者は…」という声が出てくるというお話をされていましたが、コミュニケーションに齟齬が生まれる中には、世代間の価値観の違いも大きい要因になっているのではないですか?
戸田:確かにあるでしょう。というのも、育ってきたときの環境が違うのにも関わらず、どちらも自分の世代の価値観が当たり前だと思ってしまっているという背景があります。
例えば上司の世代ですと、よく叱られてきたり、先輩や上司の背中を見て学べと言われたり、1を見て10を盗めといったことを言われてきました。だからそれを下の世代にも期待しているんです。「言わなくても分かるでしょう」というのはそこから来ています。
一方、若い世代は「言われれば素直になんでもこなす」タイプが多いように思います。でも言われないことはやらないし、失敗や怒られることに対しても上の世代よりは過敏な傾向があります。
おそらくですが、彼らの側には子どもの頃から常にマニュアルがあったのだと思います。テレビゲームをするにしても、一緒に攻略本を買って、その攻略本に沿ってクリアをする。
人間関係にもそういう期待があって、研修などで「マニュアルはないんですか?」と聞かれることが多いんです。「こういうときに何て言ったらいいのですか?」「これで合ってますか?」と。
適したコミュニケーションの形は相手によって違います。同じ回答で全員が満足するわけではありません。基本的な形はありますけど、誰に対してどういう状況でも通じる回答はないんです。
――答えを教えてもらえば間違わずに済みますからね。
戸田:就職をすると、いきなり自分より上の様々な世代とコミュニケーションを取らないといけなくなります。その戸惑いが大きいのだと思います。自分の親くらいの年齢の方もいるかもしれませんし、何を話していいのか分からないと不安になっている若い世代も多いですね。
――よく腹を割って話す場として「飲み会」があがりますよね。そういった「飲みニケーション」は効果的だと思いますか?
戸田:飲み会の質によりますね。本当にざっくばらんに話せる場であればいいけれど、説教は押しつけのコミュニケーションになってしまうのでNGです。逆効果ですね。
最近ではワークライフバランスを大切にして飲み会を断る若い世代も増えているので、そもそも飲み会ができないということもあるかもしれません。そういうときは、ランチ会を効果的に使っている企業もあるので取り入れてみてもいいでしょう。
――本書の冒頭にあるアンガーマネジメントの説明の部分で、「怒る」「怒らない」の境界線を明確にするとありました。これは「なるほど」と思ったのですが、その境界線の基準はどこにおけばいいのでしょうか。
戸田:これは怒った後に自分が後悔するか、後悔しないかで決めるべきです。注意をしようと思ったけど「まあしょうがない」と思って言わなかったら、そのミスが膨れ上がって取り返しのつかないことになっていたことってないですか?
言っておいた方がいいと思ったことは言った方がいいことです。逆に大したことがないと思うならば、言わないでいたほうがいいでしょう。
これはビジネスシーンだけでなく、男女間でも強く言えることです。例えば服を脱ぎっぱなしにする夫に対して怒るかどうか。もし、脱ぎっぱなしにしているのが本当に嫌であれば、素直に言った方がいいでしょう。言わないままでストレスを溜めると、それが大きな不満に結び付いていくわけですから。
――ただ、何度言ってもなかなか直らない人もいます。注意をして「分かりました!」「今後意識します」と言ってその後しばらくは直っているけれど、慣れてくるとまた同じミスをする。そんな人にはどう声をかけたらよいのですか?
戸田:何故そのミスをしてはいけないのか、ということがしっかり伝わっていない可能性があります。このミスを続けることによって、どんなデメリットがあるのか、どんな人にどんな迷惑がかかるのかが分からないから同じことを繰り返してしまうんですね。
人間は何か言われても、腹落ちしながれば自発的に行動を起こさないものです。習慣化するには納得することが必要で、この一つのミスをすることで、どこに迷惑をかけ、どれだけその人の信頼を下げるのかを説明しなければそこまでには至りません。
アンガーマネジメントでは、一度お願いしたら見逃さず、ぶらさずに習慣付くまで言い続ける必要があります。もし相手がまたミスをしても同じことを言い続ける。それを繰り返していくことが大事ですね。
習慣化するには時間がかかります。何でもすぐにできるようになるのは難しいですから、多少ゆとりを持って言い続けましょう。「お前何回もミスするよな」「直す気ないの?」というワードはタブー。余計なひと言がそれまでを台無しにしてしまうことがあるので。
――最後に『苦手意識がなくなる会話術』をどのようにして読んでほしいですか?
戸田:まず目次を見ていただき、自分が課題としている部分から読んでいただければと思います。コミュニケーションは、本を読んだだけでなく行動に移さないと意味がありません。少しずつ自分に自信を持って取り組むことで、苦手な相手や場面も大きく変わると思います。
相手との関係は、一歩踏み出すことで変えられます。それを信じながら取り組んでほしいですね。