日本に歯科医療機関がどれだけあるかご存じだろうか。日本歯科医師会のホームページによれば、2016年10月1日現在で6万8940施設あるという。1996年の数字を見ると5万9357施設とあるから、20年間で約1万件増えていることになる。(*1)
近年は治療目的の受診だけでなく、予防目的の受診の必要性が叫ばれるなど、その役割が広がっている歯科業界。一方で、業界に対して「歯科医師の数が年々増え続けていったことで過当競争が激化している」「歯科医院は飽和状態であり、淘汰されていく過酷な時代に突入した」と警鐘を鳴らす歯科医師がいる。医療法人社団佑健会理事長の河野恭佑氏だ。
河野氏が著した『歯科医院革命~大廃業時代の勝ち残り戦略~』(幻冬舎刊)は、これからさらに競争が激化していくであろう歯科業界の中で、勝ち残っていくための経営手法とマーケティングを教えてくれる一冊である。
河野氏は2011年に勤務医から開業医となり、現在までに25医院を開業、分院展開している「経営者」としての顔も持つ人物。その経営の核となっているのが「医療はサービス業」という考え方であり、患者との関係構築を大事にし、医院内で共通する理念を掲げ、人材育成に取り組んでいる。
河野氏による歯科医院の経営戦略は「マーケティング」「人材育成」「組織づくり」「営業」という4つから成る。
経営の基礎とも言える4つの戦略だが、本書を読むと、開業した歯科医師にとってこの分野は勉強不足が目立つようだ。それもそうだろう。大学で通う学部は歯科医師になるための勉強をするところであり、経営やマーケティング、経理の知識について学ぶ機会はあまりない。
大学卒業後に親の医院に入って帝王学を学ぶか、勤務医を経験する中で学ぶかしかないのだが、自ら経営やマーケティングを学ぶ姿勢がなければ、それらを自分のものにするのは難しいはずだ。
そして、こうした知識がないまま開業すると、いくら歯科医師としての技術が優れていても、医院の経営そのものが立ち行かなくなる可能性がある。医院が儲からないと、経費や人件費の切り詰めなどを考えなければいけなくなり、困難な状況と向き合わなければいけなくなるのだ。
河野氏は患者を増やすために、どのようなことを大事にしていたのだろうか。それは、しっかりと足元を固めるということだったようだ。
もちろん、レーザー治療やインプラントといった自由診療に力を入れることも大切だが、9割5分以上の日常的に行われている治療の精度を上げていく。保険適用内での虫歯治療や歯を抜くことなど、どの医院でもやっている治療を大事にしたという。
また、内部のマーケティングも同じだ。挨拶についても、ただ「おはようございます」と言うのではなく、しっかりと頭を下げる。ちゃんと立ち止まって挨拶をする。そういった一つ一つの基礎的な所作の精度を高めていったという。こうしたことは、お金がない中でも打てる手だ。
他にもカフェなどで使われるようなブラックボードを毎日医院の前に出して、アピールを試みた。ここでは、ボードの中身を書く担当を河野氏含めてスタッフ全員で持ち回りにしたり、ボードを出す場所を工夫し、どうすれば通行人にアピールできるかを考えたりするなど、医院のメンバー一丸となって地道に取り組んでいった。
河野氏は「このような地道な取り組みは、今も大切な私たちの活動の根幹です」と語る。まだ患者が少ない状態でも、繁盛する歯科医院にすることはできる。そのためにはまず「礎」作りから始めることが大切のようだ。
◇
競争が激しくなる中で、いかに患者を増やしていけばいいのか。それは、ひいて言えば地域の人たちから愛される歯科医院になるにはどうすればいいかという考え方が必要になってくる。
本書は前述の通り、「マーケティング」「人材育成」「組織づくり」「営業」という4つの戦略の軸を深掘りしながら、歯科医院としての激しい競争を乗り越えていくための考え方や方法を教えてくれる。
患者により良いサービスを提供するためにも、おおいに参考になる一冊だろう。
(新刊JP編集部)
*1…歯科医師・歯科医療機関の数
https://www.jda.or.jp/dentist/about/index_7.html
■患者に選ばれる歯科医院、患者が離れている歯科医院 その違いは?
河野: 一つは私が経営する法人(医療法人社団佑健会)が10年の節目を迎え、これまで取り組んできたことを一冊の本にまとめたいという思いがありました。
また、タイトルにもあるように、これから歯科医院業界は淘汰の時代に入ります。その中で新たに大きな展開をしていこうという一つの決意表明としてもまとめておきたかったというのがありますね。
河野: 歯科業界って実はすごく小さい業界なんですよ。医科業界とは違って、大きな組織もなければ、有名な先生もいません。歯科医院1軒の平均売上も5000万円に満たない程度です。
一方で歯科業界外からの参入もあるのですが、そこもしっかりまとまっているわけではありません。歯科医師の中で誰かがリーダーシップをとって業界全体を盛り上げるということもできていません。
そこは自分でも(歯科業界が)特殊な業界だと思う理由の一つです。だから、自分自身がこれから歯科業界の中で新たな取り組みを仕掛けたり、仕組み作りができるように働きかけていきたいと考えています。
河野: 先ほど言った淘汰の時代ですよね。年間約1600医院が廃業していて、今後は後継者がいないという理由で閉院する歯医者が増えるはずです。
その一方で別の変化もあります。たとえば、予防歯科への注目が高まっていて、予防目的に歯科医院に来院する方が増えています。今起きているのはそういった変化です。
河野: 私自身は、今後歯科業界は縮小に向かうと思っています。コロナ禍で閉院した歯科医院もありました。力のある歯科医師であったり、先生方が踏ん張ったとはいえ、やはり休業を余儀なくされた歯科医院も多かったです。
ただ、その中でも堅実に経営を続けられている法人や医院もあって、そういったところはやはりシビアに物事を考えて取り組んでいらっしゃるんですよね。華やかではないけれど堅実にやってきたところと、そうではないところの差がコロナ禍で明らかになったように思います。それは業界的には「正しい道しるべ」になったように思うんですね。
河野: 自分の中ではこの戦略が当たり前だと考えていましたが、こうして本を出してみると、「時代が変わってきている」というような感想をいただいたりもして、もしかしたら新しい動きの一つと捉えられているのかもしれません。
ただ、多角的な展開をしているとはいえ、やはり医療ですから、平均よりも高い水準のサービスを提供しないといけないと思っていますし、その中で、ある種の高級感がある、ここならば間違いないという、カフェ業界におけるスターバックスのようなポジションに行ければと考えています。
河野: そうですね。そこでいろんな治療ができるし、全国展開をしていてどこにでもある。スターバックスのようなポジションまで行くのはすごく大変なんですが、気軽に行ける敷居の低い歯科医院を展開できたらと思っています。
河野: 悪かった点は自分の中ではないと思っています。ただ、一時期、勢いだけで医院を増やすような展開をしていたときがありました。それは自分の感覚とも反するところだったので、これから先は自分の感覚を信じて、ここだったら絶対に間違いないというところで展開していこうと思っています。
一方で良かった点は「人」ですね。私は何をやっても「人」が一番大事だと思っていて、スタッフや協力してくれる人、患者さん…良い人たちに出会い、彼らを信じてやってきたことが一番の財産だと思っています。
河野: 私たち歯科医師は先生と呼ばれたり、治療をして「ありがとう」と言われることが多いんですけど、それを当然だと思っている人もいると思います。でも、実際はそうではありません。私たちは患者さんからお金をもらっていて、その対価以上のサービスを提供しないといけないと思います。
私はよくスタッフに「誰からお給料をもらっているのか」という話をします。それは患者さんですよね。だからこそ、歯科医院がこれだけ多い中で、自分たちの医院を選んできてくれる患者さんに対して、どれだけのパフォーマンスが出せるのかというところが大事になってくると思います。
今後、患者さんに選ばれる歯科医院になれるかどうかは、患者さんに対してどれだけ親身になって真心を持って接することができるかどうかです。それができる医院には患者さんが集まるでしょう。逆に離れていく医院は、やはりどこかで患者本位になれていない。治療も自分がいいと思うものを押し付けている傾向にあると、患者さんは離れていくと思います。
■歯科医院の経営は「人間力」を土台にせよ!
河野: これは書いてある順番、つまり「マーケティング」「人材育成」「組織づくり」「営業」という順に進めていくと良いと思います。マーケティングに始まり、人材育成をして、組織作りを行い、最後は営業、打ち出し方ですね。
河野: そうですね。この本に書かれていることはお金がなくてもできることが多いんです。挨拶や接客の見直しも、どの医院でもできることじゃないですか。ただ、そこにこだわっていない医院が多い中で、どこにも負けないようにこだわることで差別化ができるはずなんです。
河野: 歯科医院側からすると、たとえば最新機器を入れているとか、腕のいい衛生士や医師がいるといったところにこだわりを持たれると思います。
でも、今おっしゃったように、患者さんから見てストレートに分かりやすいところってあるんですよね。それこそ受付の接客はその医院の第一印象を決めますから、明るい雰囲気や通いやすい雰囲気を出すことが大事です。笑顔で挨拶をする、真心をもって対応する……。結局そういった基本が大切だと思うんです。
河野: そうです。患者さんが医院に財布を忘れたときには、しっかり届けてくれる。こういうことがきちんとできれば好印象ですよね。そうやって日々常々、良いと思うことをやるのが一番ストレートに伝わります。それによって、患者さんの方にもここでしっかり治療をしてもらおうとか、ここだったら長く通えそうという気持ちになっていただけると思います。
もちろん技術力も大事なんですが、土台にあるのは人間性、もっと言うと人間力だと思います。それは結局、歯科医院もサービス業だからです。
ただ、他の業界と違う点は、私たちは人の身体を扱うということです。歯医者と言えども人の命を預かっているわけで、だからこそ勉強も必要だし、知識も必要だし、速やかな対応も求められる。それは忘れてはいけないことだと思います。
河野: そうですね。医院に携わっている人たち全員だと思います。佑健会では、全員が患者さんとしっかりした関係性をつくるというのがコンセプトなのですが、それは歯科医師だけでなく、受付、衛生士、すべての人がしっかりとした関係性を患者さんとつくるということなんです。
そこで働くすべての人が同じ方向を向いて、同じ気持ちで患者さんに接する。これが大事なことだと思います。
河野: 最初に勤めた歯科医院で学んだのが大きいと思います。そこにいた先生が経営、スタッフの教育、技術という3つを厳しく教えてくれたんです。私自身、最初に勤める歯科医院が勝負だと思っていたので、ラッキーだったのかもしれません。独立したときもその先生の真似から始めました。
独立した後は、広く展開している歯科医院に見学しに行ったりしました。やはり学びは真似から始まるといいますか、真似できるところは真似をする。その上で、真似できない部分が出てくる。それがその人のオリジナルの部分であって、私にもそういう部分があるのだと思います。
また、歯科医院の先生だけでなく、いろんな業界の経営者にお会いする時間をつくりました。それで歯科業界の状況と対比できるようになるわけですが、歯科業界そのものの規模が小さい一方で、他業界の方々が歯科業界に参入してもなかなか上手くいかないという話を聞いて、歯科医師として私が歯科業界をまとめる役目を担っていかなければいけないと考えました。
河野: そうですね。人に会うだけでなく、本も読みましたが、やはり一番勉強になるのは、会って話すことですね。そこにチャンスがあると思っていますし、自分自身の考えをぶつけることもできるから思考の整理にもなるんです。
河野: もちろん歯科業界の方にも読んでほしいのですが、歯科業界以外の方にも是非読んでほしいと思っています。
あまり難しいことは書いていなくて、明日からできるようなことを書いたつもりです。最近会社全体で元気がないとか、何かちょっと気持ちを変えたいとか、お金が心もとないとか、そういう時期ってあると思うんです。そういう状況に困っている経営者さんがすぐに取り組めることが書かれているので、ぜひ読んでいただいて、真似をしてもらえれば幸せですね。
(了)
河野 恭佑(こうの・きょうすけ)
医療法人社団佑健会 理事長
株式会社デンタス 代表取締役社長
2009 年に東京歯科大学卒業、東京歯科大学千葉病院に勤務。2010 年に医療法人社団IC貴和会いしわだ歯科クリニックに勤務。2011 年に医療法人社団仁成会コウノ歯科医院の院長に就任。2014 年に医療法人社団佑健会の理事長に就任。2016 年に KT 歯科・矯正歯科開院。2017 年にフリージア歯科クリニック開院、ならしのコウノ歯科・矯正歯科開院、US デンタルクリニック松戸開院、板橋歯科・矯正歯科開院。2018 年にわらびフリージア歯科クリニック開院、柏KT 矯正歯科開院。2019 年に新宿KT 歯科・矯正歯科開院、花みずき歯科江坂開院、津田沼前原コウノ歯科・矯正歯科開院、柏KT 歯科開院。2020 年に花みずき歯科開院、花みずき歯科問屋町開院、七里KT 歯科・矯正歯科開院、春日部KT 歯科開院、武蔵小山KT 矯正歯科開院、戸越銀座KT 矯正歯科開院、技工所(デンタルスタジオ和)合併、技工所(クラフトゼロ)合併、モアナ歯科クリニック東川口医院合併、モアナ歯科クリニック東長崎医院合併、モアナ歯科クリニック竹ノ塚医院合併、モアナ歯科クリニック武蔵浦和医院合併、株式会社デンタスの代表取締役社長に就任。2021 年に幕張ベイパーク歯科・矯正歯科・小児歯科開院、幕張ベイパーク耳鼻咽喉科開院。現在までに25 医院を開業し、分院展開している。専門医、技工士、歯科衛生士、スタッフと連携を取るチーム医療を強みとし、患者にとって最善・最適な治療をするため日々、研鑽している。
著者:河野 恭佑
出版:幻冬舎
価格:1,650円(税込)