インタビュー
新語・流行語大賞にもノミネートされた「働き方改革」は、まさに2017年を象徴する言葉の一つだった。ブラック企業に対する批判の声は、働きやすい環境の改善運動につながり、これまでの日本人の労働意識を一気に変えるムーブメントとなっている。
その波は、サービス業界にも及んでいる。某牛丼チェーンのアルバイトのワンオペ勤務、あまりにも理不尽なモンスタークレーマーなど、「ブラック」な労働環境問題に事欠かないこの業界は、人材がなかなか定着しない。サービス業において主力となるパート・アルバイト労働者の離職率は半年で50%を超えており、3年で3割辞めることが問題になっている新卒のそれの比ではない。
サービス業界の職場環境を改善し、人材を定着させるカギはどこにあるのだろうか。
そこでお話をうかがったのが、多様な働き方を研究する平賀充記氏だ。
リクルート時代に「From A」「タウンワーク」「とらばーゆ」などの求人情報媒体の全国統括編集長として辣腕をふるい、現在は株式会社ツナグ・ソリューションズの取締役兼ツナグ働き方研究所の所長を務める平賀氏。近著『アルバイトが辞めない職場の作り方』(上林時久氏との共著、クロスメディア・マーケティング刊)では、アルバイトが辞めない職場作りのキモを伝授している。
今回のインタビューでは、書籍をもとに人材が定着する職場の作り方について語ってもらった。
*1…新規学卒者の離職状況(平成23年3月卒業者の状況)
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000062635.html
(新刊JP編集部)
お金よりも働きやすさを求めるアルバイターたち
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まず、『アルバイトが辞めない職場の作り方』はどのようなきっかけで書かれたのですか?
平賀:もともと私も共著者の上林もリクルートで30年近く「アルバイト採用」のフィールドにいた人間で、ほぼ同期なんです。ただ、お互いの業務は違っていて。上林は大手企業向けの営業責任者で、私は求職者に仕事情報を届ける求人メディアの編集長でした。
2人とも「採用」というソリューションだけでは企業や求職者に対する価値提供に限界があることに気付いていて。要は、いくら採用ができても辞めていっては意味がないってことです。よく「底が抜けたバケツ」というんですけど、いくら採用でお手伝いをできても、その後の人材定着までは支援できていないことに、問題意識があったんです、そもそもバケツの底そのものを直さないといけないのではないかと。
その後、リクルートを退社し、人材定着についての本の執筆を考えている時に、同じくリクルートを退社していた上林が、人材定着のためのコミュニケーションツールを開発していたこともあり、それならば彼と書くのが一番だろうということで、今回の共著についてオファーしました。
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採用にフォーカスされた本はありますが、重要であるにも関わらず、定着する職場作りをテーマにした本は比較的少ない気がしますね。
平賀:どんどん人が辞めていく。すると現場がまわらない。だからまた採用しよう。こう考える企業がすごく多いんです。それよりも、今、在籍しているスタッフを大事にするという姿勢を貫いたら、そんなふうにどんどん辞めていくことにはならないのではないですか? という視点なんです。
有効求人倍率はバブル期を超えました。2017年9月度の飲食店の調理スタッフでは3.24倍、ホールスタッフですと6.75倍にもなります。一度辞められたら、人員の補充はめちゃくちゃ難しい状況です。「採用」よりも「定着」というパラダイムシフトが求められる状況なんです。
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「人手不足」という話はニュースでも伝えられていますが、お店側にとっては想像以上に大きな問題になっているわけですね。
平賀:そうです。しかも2018年にはさらに大きな問題が待ち構えています。東京オリンピック関連の人材ニーズが本格化するんです。建設業ニーズのピークを迎えますし、ボランティアの募集も始まります。手ごわい競争相手が増えるわけで、この人手不足状態にさらに拍車がかかることは明白です。
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さらに人手不足が加速するというわけですか。
平賀:一方で、アルバイターさんに話を聞いてみると、シフトに入りたいのに入れてもらえないと言う人が多いんです。
これは、サービス業の構造的問題が作用しているんです。労働集約型で利幅も薄いので、人件費にお金をかける余裕がなく、むしろ人を削るという方向に行きがちです。そうやってアルバイトのシフトを減らし人件費を抑制すると、しわ寄せが社員に行ってしまいます。その結果、我々の実施した調査によると飲食店店長の月間平均残業時間は90時間を超えているんです。
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まさにブラックな労働環境といいますか。
平賀:平均で過労死ラインを超えていますからね。
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人手不足の解決方法として、待遇面を上げれば良いのではないかという意見がでてきますが、平賀さんはその考えについてどう思いますか?
平賀:採用段階で時給を上げるということですよね。今、時給は高騰してきてます。都市圏ではアルバイトの時給1000円を上回る時代。ただしアルバイターさんが仕事を探すときの給料に対するプライオリティは年々下がっているように感じるんです。
私が若い頃は、アルバイトを選ぶ条件はなんといっても給料の高さが第一でした。そこから働く時間の融通がきくとか、勤務地が近いなどの「働きやすさ」の時代になり、今は職場の雰囲気や環境といった「働き心地」を気にする人が増えているんです。
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「ブラック企業」のニュースの影響ですね。
平賀:それはあるでしょうね。一度劣悪だというイメージが定着すると、時給を上げても応募は来ません。時給が気になってくるのは、ある程度職場に馴染んできて職場全体をフラットに見渡せる状況になってきた時です。あの人と比べて自分の時給ってどうなんだろう、というように考えはじめる人が多いんです。
また、時給を10円上げただけでは効果はありません。アップした理由とともにあるべきで、どのような評価をしているのかをちゃんとセットで伝えることで、はじめてモチベーションに火が灯るんです。
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お金よりも心の充足ということですか。
平賀:そうです。働き手のやりがいをちゃんとマネジメントできている企業は人が辞めません。応募段階でもそうですよね。アルバイターさんたちは、これから働きたいと思っているお店に下見に行って、本当に良い職場なのかかどうかチェックしていますから。
もちろんSNSをはじめとしたオンラインツールに載っている口コミは必ずチェックされています。応募者から見られているということはちゃんと覚えておくべきでしょう。
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SNSには職場の愚痴がいたるところに転がっていますよね。そういう書き込みは止められないものと考えるべきなんですか?
SNSには職場の愚痴がいたるところに転がっていますよね。そういう書き込みは止められないものと考えるべきなんですか?
「Indeed Japanの日本上陸に、白旗をあげました」
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本書の冒頭で「アルバイトが辞めない職場作りは、今、最も重要な経営課題なのです」と書かれています。これが、平賀さんのメッセージの肝になる部分ではないかと思うのですが。
平賀:そうですね。実際、アルバイトが辞める原因は、職場の人間関係がほとんどです。
そして職場の人間関係を築くベースは、店長のコミュニケーション力やマネジメント力にあると思います。だからといってアルバイトが辞める理由がすべて店長のせいだと言いたいわけではなく。むしろ店長をマネジメントする本部人事が、その責任を担うべきなんです。
例えば100店舗のチェーン店があるとして、その中でアルバイトが辞めないお店はある程度決まっています。それは優秀な店長がいるお店なんです。その優秀な店長が他のお店に異動すると、かなり大変な環境のお店であっても、アルバイトは辞めなくなります。それは逆も同じです。イケてない店長の場合、どの店に行ってもアルバイトが辞めていってしまうようになります。
そうなってしまう状況を招くのは、店長の属人的能力頼みになっている経営サイドにも責任があるということを指摘したいのです。
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店長に自律と成長を促しても、ブラックな環境で追い詰められて働いているとそこまで頭はまわりませんからね。
平賀:業績責任を負うことが第一義になりがちな店長に、スタッフに目配りせよと言っても、その余裕がなく非常に難しい。店長受難の時代なんです。ただ、スタッフのケアをしないと最初に言ったようにバケツの穴はふさがりません。
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では、どのように改善に着手すべきでしょうか?
平賀:まずは面接のスキルアップからでしょう。実はアルバイターさんがすぐに辞めてしまう理由の多くがリアリティショックによるものです。「面接で聞いていた話と違う」というか、入ってみて現実と違ったということですね。だから面接のクオリティは定着に極めて重要。面接の時点でその人がすぐ辞めるかどうかは、決まっているといってもいい。
面接時間はなるべく長く持つほうがいいでしょう。忙しい店長は15分くらい話して見極めた時点で面接を終了しがちです。その時間では仕事の説明をきちんとするのは難しい。仕事内容や職場についてじっくり伝えて、ここで働こうかなという動機づけをすべきです。
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面接ってどうしても良い話をしてしまいがちですが、会社のネガティブな側面をどれだけ伝えるべきでしょうか?
平賀:良いことばかり並べるのはもちろん良くないですね。忙しさや、ハウスルールについてはきちんと事実を伝えるべきです。
ある居酒屋チェーンでは、初出勤までの間に1日2時間くらい取ってもらって、仕事内容を詳細に説明し、それで納得してもらった人にだけ入社してもらうんだそうです。このひと手間のおかげで、辞める人はほぼいないという状況を作り上げています
傾向として、ゆとりさとり世代は、何か言われても腹落ちしないとあまり動かないんです。ちゃんと説明をして、こういうための仕事だよと伝えると真面目に取り組んでくれます。そういった意味からも、手間をかけるべきでしょうね。
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「OJTという名のぶっつけ本番は、バイトが辞める元凶」とはっきり書かれているのは痛快でした。
平賀:そうです。OJTって、もともとは座学だけでは身につかない部分を実戦で取り組んで成長するという意味で使われていました。それが今はいきなり実戦投入の意味合いに変わってきています。これは働くほうからすると厳しいですよね。
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そういう意味で、本書に書かれているスターバックスの「現場に出る前に80時間の座学時間を設ける」という方法は目立ちます。
平賀:仮に時給1000円だとすると、80時間で8万円の給料が支給されます。まだ戦力になっていないのに。しかしこれは経済合理性にも合っています。今、一人採用するのに10万円の費用がかかると言われていますから、これで定着してもらえたら、その後10万円の費用をかけて新たに人を雇う必要もなくなります。生産性も高まりますし、新人教育の回数も減るので、全体の負担も減りますよね。
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この本では「Special Interview」として、個性的な3社の企業を平賀さんがご紹介しています。それぞれの特徴を教えて下さい。まずはスープストックトーキョーさんです。
平賀:スープストックトーキョーは、飲食業界では非常に珍しいタイプの企業です。長く働くことが当たり前という考え方が前提にないのです。
それはこの会社の成り立ちに起因していて。「スープストックトーキョー」を立ち上げたスマイルズはもともと三菱商事のスピンアウト事業として始まりました。だから「叩き上げで店員から店長になり、独立して自分の店を持つ」という飲食店スタンダードルートを辿っていないんです。
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インタビューを読ませて頂いて、教育体制がしっかり整っている印象がありました。
平賀:そうです。インタビューした人事開発部部長の江澤さんは、まだ30代半ばなんですが、自分がパートナー(アルバイト)から社員になり、店長、エリアマネージャー、新規事業を経験して人事の最高責任者と、スープストックトーキョーの中にあるプロセスを登り詰めてきた方です。だから働いている人すべての気持ちが分かるんです。
彼女を人事の最高責任者に据えることで、社員だけでなくパートナーも含めたすべての従業員を大事にするという姿勢が徹底されているんです。
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続いてはリゴレットなどを運営する株式会社HUGEの社長・新川義弘さんへのインタビューです。「現場ファースト」といった言葉が飛び交うなど、現場を大事にされている印象がありますね。
平賀:新川さんがすごいのは、店長にお店の全権を委ねているということです。運営、メニュー、仕入れ、採用まで、店長にほとんどすべての裁量が与えられています。まさにミニ社長ですね。
そうすると店長のコミットメント度が高まるんです。新川さん自身も、店長さんと密にコミュニケーションを取っていらっしゃるようです。もちろん繁盛している店舗の店長はスター店長として相当な収入を得ることができます。こうしたやりがいを持って働ける環境作りが、とにかく素晴らしい。
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最後の「Indeed Japan」は検索型求人メディアですから、これまでの2社とは少し毛色が違いますよね。
平賀:そうですね。ただ、「Indeed Japan」は今すごい勢いで成長していて、求人界のグーグルと言われています。インターネット上にある求人情報をすべて網羅していこうというスタンスです。
私自身求人メディアにずっと携わってきたから身に染みて分かっているのですが、素晴らしい求人メディアの第一義は「求人件数がたくさんあること」です。「Indeed Japan」の場合、170万件くらいの求人情報が載っていますが、この数は従来型求人メディアのナンバー1だった「タウンワーク」の70万件とは雲泥の差です。
当時タウンワークの責任者だった私は、このモンスターメディアが日本に上陸したのを見て、心の中で白旗をあげました。ある意味でリクルートを退社することになった一因でもあります(苦笑)。「Indeed Japan」の上陸はそれくらい衝撃的でしたね。
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今はメディアも多様化されていますし、コミュニケーションツールも出てきています。LINEを職場で活用するということも珍しくない昨今で、誰か一人、専門にツールを運用する担当者を置くべきではないかと思うのですが。
平賀:最近はHRテックという言葉も出てきています。ITの活用は、これまでの採用や人事のスキルとはまた違った視点が必要になります。詳しい人を置いて運用していくということも必要になってくると思います。これからますます便利なテクノロジーが開発されると思いますが、何を取り入れるべきか見極める力が求められるでしょうね。
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前半で「ブラック企業」批判からの企業側の変化についてお話をうかがいましたが、実際に経営者のアルバイト・パートに対する見方は変わっているのでしょうか。
平賀:これは二層に分かれているという印象を受けます。アルバイトを大事にする哲学を持つ経営者と、「しょせんバイトでしょ」と思っている経営者。その差が如実に出ているのが最近のブラック企業問題なのだと思います。
アルバイトを大事にする哲学を持っている会社は、アルバイトから就職して、コアメンバー、ひいては幹部社員になっていったりします。飲食業やサービス業は、新卒採用が難しいのですし、新卒社員の離職率も2年で約半分という業界。アルバイターさんを大事にすることがどれほど重要なことか、ぜひ本書で感じていただきたいですね。
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本書をどのような人に読んでほしいですか?
平賀:アルバイトが辞めてしまう職場の多くは店長さんのコミュニケーション、マネジメントに問題があります。ただ、その問題を店長自身だけで解決することはできません。なぜなら彼らは、膨大な業務量の中で追いつめられています。だから本部の人事責任者や経営者に本書を読んでいただき、「辞められ店長」をどのように育成していけばいいのか、その気付きをご提供したいと思っています。
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これは会社一丸となって取り組むべき問題ですね。
平賀:そうなんです。「働き方改革」と言われていますが、それを乱暴に記号化してしまって「時短」みたいな話になるけれど、本質的には「時短」が働き方改革ではありません。
いろんなコンディションによって違うはずで、自社の「働き方」はどうあるべきなのか。そこを全社で一丸となって考えていくことを実践される企業が、結局は強いんですね。