――本書では「ひきこもり・ニート支援の現実」について、伊藤さんご自身の体験を交えて書かれています。今の日本の、ひきこもり・ニート支援の方向性は、「正社員として就職し、経済的自立を目指す」というものですが、支援者として活動されていた伊藤さんの実感としては、これは難しいとお考えでしょうか。
伊藤:ひとことで言えば「無理ゲー」です。ニートは人と関わることはできるのでまだ可能性はあるのですが、ひきこもりはそれもできないのでどうにもならないというのが正直なところですね。
親御さんに経済的余力がないご家庭のひきこもりの方は、既に生活保護を受けている方も多いですし、親御さんに経済力がある家庭の方も、良くて非正規で就労してすぐに辞めるというのを繰り返すのが精一杯な状況です。
じゃあ正社員になれる人はどれくらいいるのかというと、はっきり言って100人に1人いるかいないかです。だとしたら支援する側がそこだけを目指すのはどうなのか、という話になってくる。
――もっと多様な支援が必要だと。
伊藤:そうですね。安倍政権が「働き方改革」を打ち出していますが、前提となっているのは「賃金労働者として生きる」ことです。となると、そこから脱落してしまったひきこもりやニートはどうしていいかわからない。
最終的に「一億総活躍社会」を目指すのであれば、賃金労働者以外の生き方も積極的に認めていくべきだと思っています。
――伊藤さんは過去にひきこもり相談員として支援の現場にいらっしゃいました。先ほど「ひきこもりから正社員になれるのは100人に1人」ということをおっしゃっていましたが、在職中に正社員になれた方はどれくらいいたのでしょうか?
伊藤:3年2カ月相談員をやって、正社員になれたという例は1件だけです。やはり、現状正社員はかなりハードルが高いといえます。
――可能かどうかは別として、正社員になるためにどんなステップを踏んでいくのでしょうか。
伊藤:人に慣れてもらおうという目的で、ひきこもりの人同士を集めて交流させる場があるのですが、そこでの振る舞いを見ます。
正社員は無理でもアルバイトで働けそうな人は、とりあえずアルバイトをしてみましょうか、ということになりますし、それも無理そうなら障がい者制度を使ってみようか、という話になります。
――「交流の場に来る」ところから、「働く」までにはかなり隔たりがあります。
伊藤:まず、「交流の場に来る」というところで一定数がふるいにかけられるわけです。
来られた人はある程度意欲のある人のはずなのですが、それでも正規か非正規かを問わず「働く」となると、かなり人数は絞られますね。「交流の場」で停滞してしまう人はすごく多い。
――今、ひきこもりの長期化と高齢化が大きな問題となっています。平均10年以上というデータもありますね。
伊藤:僕が会った方で一番長い方は、50代の方で30年くらいでしたね。
でも、おそらく40年以上ひきこもって60歳を超えている方もいらっしゃるはずです。その年代になると、「独居老人」というくくりになって「ひきこもり」としてカウントしないから実態が見えないだけで。
――ひきこもっている方々の本音として、自分の将来についてどう考えているのでしょうか。
伊藤:そこは人によって本当にまちまちで、悲観的な人もいれば楽観的な人もいます。
「なんとかしないと」と思っている人がいる一方で、「生活保護を受けたいから早く親に死んでほしい」と考える人もいます。「楽してお金をもらえそうだから議員になりたい」という人もいました。楽なわけがないんですけどね。
印象に残っているのは「正直、将来のことは考えたくない」と言っていた20代の方です。中学に一度も登校せず、そこからずっとひきこもっている方なんですけど、どこかで自分の将来は絶望的だと気づいていたんだと思います。
ただ、こういう方は現実を見ているぶん、希望はあります。まずいのは「ファンタジーから抜け出せない人」です。
一度もサッカーをしたことがないのに、サッカー選手になりたいとか、日本代表の監督になれると言ってはサッカーの教本を読んでいる40歳くらいの男性に会った時は衝撃を受けました。「中二病」を中高年まで引きずってしまうと厄介なんです。
――そういう方も、「交流の場」に来るんですか?
伊藤:何度か来たのですが、あの場は「ひきこもりの人に現実を見せる場」でもあるんです。
だから、もとのひきこもりに戻ってしまいました。フットサルをやってもらったのですが、当然、自分がサッカー選手にはなれないという現実がわかってしまう。本人にとってその現実は見たくないものなんです。
――自分の家族にひきこもりの人がいると、家族としては心配ですが、「どうはたらきかけていいかわからない」という人が大半だと思います。家族としてひきこもりの人に何ができるかという点についてご意見を伺いたいです。
伊藤:逆説的ですが、ひきこもりをどうこうしようという発想は改めるべきだということは強調したいです。小手先の取り組みで動くようならひきこもりの高齢化問題は起きていないですよ。それよりも、ひきこもりについて知る努力をしていただきたいです。
厚労省は、ひきこもりの3分の1は精神障がいを持っている方で、3分の1は知的障がいや発達障がいがあり、3分の1はパーソナリティ障がいやパーソナリティの偏りがあるとしています。これは言いかえれば、国はひきこもりに健常者がいるとは考えていないということです。
この言い方は過激だったかもしれませんが、少なくともひきこもりの大多数は、現代社会で生きていくうえでなんらかのハンデを背負っているということは認識しておくべきだと思います。
――確かに、そこは親や家族としては認めがたい部分かもしれません。
伊藤:付け加えるなら、ひきこもり・ニートが背負っているハンデは、両親から受け継いだものだということです。
「育て方が悪かったのではないか」と悩む親御さんは多いですが、そうではなくて親御さん自身のパーソナリティに何らかの問題や偏りがある。
ある程度の偏りはあってしかるべきですし、それは「個性」とも言えます。ただ、自分のパーソナリティ上の偏りにまったく無頓着なのは問題です。それがひきこもりを長期化させている一番の原因なんです。
まとめると、ご家族ができることとしては「ひきこもりの現実から目を背けない」「自分の問題から目を背けない」「真摯な気持ちで専門家や周囲の協力を仰ぐ」という三点だと思います。
――伊藤さんは、「ひきこもり・ニートが就労し、自立していくのは、実際は現実的とは言えない」という観点から、こうした方々に株式投資でお金を得ていく生き方を勧めています。この理由はどんな点にありますか?
伊藤:家から出なくていいですし、人と会う必要もありません。一度買えば放っておいても配当金や株主優待が得られますし、何より「投資家」という肩書が持てます。
ひきこもったままお金を得る方法はいろいろありますが、めんどくさいことが嫌いなひきこもりの性格を考えると、株式投資がもっとも適していると考えました。
それと、「社会の役に立ちたい」というひきこもり・ニートは実は少なくありません。そういう人たちが株でお金を得て、税金を払えばそれは立派な社会貢献です。
――しかし、暮らしていけるほどのお金を得るとなるとかなり難しいのではないですか?
伊藤:厳しいですね。株だけで経済的に自立するとなると、デイトレードをするか、そうでなければ億単位の種銭が必要です。
実際、自分の周りにも株だけで生活しているひきこもりの方はいません。ただ、株をやることで自信がついて、アルバイトを始めたという方がいる。
得られるお金はわずかでも、社会に関心が向いたり、物事を自分で決定する主体性が得られるのであれば、やる価値はあります。株とアルバイトを平行して生活していくというのが、目指すゴールだと思います。
――買ったまま放っておくにしても、素人ですから多少の勉強は必要ですよね。
伊藤:勉強は絶対にやってはいけません。ひきこもりの人の性格的に、勉強をすると、5年後も10年後も実際に株を買わずに勉強だけしているということになりやすい。
彼らの行動は、本質的に「オナニー」になりがちなんです。勉強をすればひきこもっていることへの不安が紛れるから勉強はするけど、その勉強で何かを現実化させようとはしない。それでは意味がないでしょう。
だから勉強せずにいきなり株を買ってしまった方がいい。買うべき株は本で書いていますが、基本的には「ネット証券を使って自分が知っている日本株だけを買う」という一点です。
股間をクリックするのはやめて、マウスをクリックしましょう。どうしても勉強したいなら、まず株を買ってから「復習」としてやればいいわけですから。
――しかし、元手が必要でしょう。
伊藤:そこは親御さんに期待ですね。仮にも働かない人間を養うくらいの経済力はあるわけですから、それを少し分けてもらえば十分に株はできます。ただ、生活保護を受けている方は難しいかもしれません。
――本書は、ひきこもりやニートの方だけでなく、その家族の方々も無視することができない内容だと思いました。伊藤さんとしては、やはりひきこもり当事者に読んでほしいとお考えですか?
伊藤:もちろん、ひきこもり当事者にも読んでほしいのですが、ひきこもり関連本を読めるような鋼のメンタルを持っているひきこもりはレアですから、まずはご家族の方に読んでいただきたいです。
それと、この本で提示している「無理に働かず、ひきこもったまま株式投資でお金を得よう」という生き方は、ひきこもり支援者の方と、支援をデザインしている人に向けての一種の挑発です。
「ひきこもりの高齢化」が各メディアで問題視されていますが、「就労」も「障がい者認定」も拒否していれば、高齢化するのは当たり前ですよ。これらの選択肢を提示する行政の今のやり方で成果が出ていない以上、別の選択肢を考える時期に来ているのは確かだと思います。