デンマークといえば、世界でもトップクラスに幸福度の高い国。
そんなデンマークには「ヒュッゲ(Hygge)」という言葉があります。
日本語で「居心地の良さ」を意味しますが、「ヒュッゲ」にピッタリ合う日本語の言葉は、実はありません。しかし、彼らが幸福を感じる場所や時間には、常にこの「ヒュッゲ」があります。
では、「ヒュッゲ」とは一体何でしょう?
『世界一幸せな国、北欧デンマークのシンプルで豊かな暮らし』(大和書房刊)の著者で、北欧流ワークライフデザイナーとして知られる芳子ビューエルさんに、お話を伺いました。
その答えを聞くと、きっとあなたもデンマーク人のライフスタイルを真似したくなるはずです。
■デンマーク人は「ヒュッゲ」があるから幸福を感じている
――芳子ビューエルさんが初めてデンマークを訪れたときの印象はどのようなものでしたか?
ビューエル:
私が初めて仕事でデンマークを訪れたのは1998年の冬でしたが、そのときはとても寒くて、どんよりした雲が流れていて、「ああ、私は北欧に来たんだ」と思いましたね(笑)。ただ、夏に訪れるとその印象もかなり変わると思います。
――デンマーク人の国民性にはどのような特徴があるのでしょうか?
ビューエル:
私はもともとカナダで長く生活をしていましたし、仕事で多くの国をまわった経験があるのですが、そういった国々と比較すると、飾らない、気取らない国民性ですね。一見、冷たい印象を持たれるかもしれませんが、付き合えば合うほど、フレンドリーに接してくれます。
――この本のキーワードである「ヒュッゲ」。これはデンマーク人の幸せにとって欠かせないもののようですが、一体どのような意味なのですか?
ビューエル:
「ヒュッゲ」はデンマーク人を表現するうえで最も適した言葉かもしれません。ただ、どの辞書をめくっても日本語に上手く当てはまる言葉がないんです。英語で言うなら、「coziness(居心地がいい)」という単語が近いのでしょうけど、それとも少し違っていて、「楽しくみんなで集う」「心地の良い雰囲気を作る」という意味合いになります。デンマーク独特の言葉ですね。
――つまり、人が集まるところに「ヒュッゲ」があるということですか?
ビューエル:
一人の状態で「ヒュッゲ」ということもなくはないと思いますが、人と共有する時間や空間から生まれる心地よさのほうが「ヒュッゲ」と言いますね。
――これは家族だけではなく、隣人や友人を含んでもいいのですか?
ビューエル:
もちろんです。家族を大切にするのはもちろんのこと、隣人や友人も大切にします。ホームパーティーもよく開かれていて、同じコミュニティの人とバーベキューをしたりしていますよ。
――本の中にありましたが、ホームパーティーもゲストが手伝ったりするとか。
ビューエル:
そうなんです。お友達の家で夕飯をごちそうになるときは、作るところから参加するんです。「自分はお客様だから」といって座って待っていると逆に浮きます(笑)。キッチンに立って料理の準備を手伝いながら、わいわいと過ごす。
――準備から一緒に楽しもうという雰囲気は素敵ですね。
ビューエル:
でしょう。デンマークには「ねえ、ヒュッゲしない?」って言う誘い文句があるんですよ。「うちに来てみんなでわいわいしない?」みたいな。
■じっくり選んで買った椅子は自分の「居場所」
――デンマーク人は外に遊びに行くのと、家で過ごすのとでは、どちらが好きなのですか?
ビューエル:
どちらも好きですが、日本人と比べると、外で過ごすということは少ないと思いますね。
――そうなると、ホームパーティーはうってつけですね。
ビューエル:
そうですね。デンマーク人は残業もしないので、朝7時くらいから働き始めて、16時頃には業務を終えます。そのまま家に帰って、みんなでわいわいと過ごす。ヒュッゲするんですよ。
――私は16時頃に仕事を終えられた日は、外に飲みに行ってしまいそうです。
ビューエル:
日本人はそうでしょうね(笑)。あちらは消費税が高いので、「どこかで飲んで行こう」とはなりにくいんです。それよりは、家で過ごした方が経済的にもいい。また、給料の半分が税金で引かれているので、手持ちのお金の使い道を考えた時に、余計なものにお金を使わないという発想になるわけですね。
――なるほど。
ビューエル:
また、友人を家へ呼びやすい文化もあると思います。「家が片づいていないから」といった理由で家に人を呼べないという日本人は多いですけれど、それはデンマーク人からすれば「見栄を張っている」ということになります。素の自分を見せることが、素の付き合いにつながる。家に呼んで、一緒にわいわいと料理の準備をしたりすることが、重要になるわけですね。
――すると、デンマーク人にとって「家」の存在は非常に重要になりますよね。デンマーク人は「椅子」をとても大事にするということを聞いたことがあるのですが、それは本当なんですか?
ビューエル:
本当です。デンマーク人にとって椅子はすごく重要です。日本人は家を買うと、ダイニングセットや応接セットなどと、「セット」を買いますよね。でもデンマークの場合、椅子はみんな違っていい。なぜなら、自分が座るためのものだから、自分にとって本当に居心地のいい椅子を持たないと意味がないんです。
選ぶときも、ものすごく長い時間かけて、座り心地のよい椅子を選びます。1時間は座っていることもありますよ。自分にとって一番リラックスできる場所になるわけですからね。
――家にある椅子が自分にとっての居場所になるわけですね。
ビューエル:
デンマーク人はミニマリストなんです。余計なものを持たない。でも全てを捨てるというわけではなく、居心地の良さをつくるうえで必要なものならば、お金を惜しみません。椅子は長く使っていくものですから、本当に良いものを選ばないといけない。だからじっくり吟味するんです。
――ビューエルさんのお話をうかがって、デンマーク人は自分の居場所作りがすごく上手だと思いました。「ヒュッゲ」も居場所の一つですよね。
■日本人が学ぶべき、無駄が少ないデンマーク人の働き方
――インタビューの前編で「デンマーク人は残業をしない」とお話されていましたが、デンマーク人の働き方についてお伺いしたいです。
ビューエル:
デンマーク人の働き方は、日本人と比べて、朝が早くて夜も早いんです。朝7時くらいから働き始めて、16時頃には業務を終えます。冬は帰る時間くらいが日の入りになるのですが、夏はかなり遅くまで日が昇っているので、明るい間にいろいろなことを楽しめますね。
これは日本でもできると思います。帰ってからの時間がたくさんあると、生活に豊かさを感じるでしょうね。
――ビューエルさんはご自身で会社(株式会社アペックス・株式会社アルトの2社)を経営されていますが、デンマーク的な労働環境を取り入れているのですか?
ビューエル:
もちろんです。インテリアは北欧製のものですし、女性は出産をしても100%復帰できるように整えています。また、社員旅行は社員の家族も一緒に行けるようにしていますね。
――デンマークといえばジェンダー平等の先進国です。女性の活躍を促したい企業としては参考になりますね。
ビューエル:
私の会社の比率は男女半々なのですが、男女問わず全ての社員が平等にキャリアを積んで活躍してほしいと考えています。
ただ、多くの女性は、「キャリアを積むんだ!」という向上心を持って会社に入ってくるわけではなくて、結婚や出産などのライフイベントを経て、いつかキャリアを諦めないといけないときがくると思っているんです。
でも、子どもを育てながらキャリアを積んでいる女性の先輩たちを見ることで、「私もできるんじゃないか」と思うようになる。そういうサイクルができているように思いますね。
――先輩たちの姿が、自分の働き方のモデルになるわけですね。
ビューエル:
これを中小企業で実践するのは実はすごく難しいんです。でも、みんなが努力をすることで可能になるのではないかと思っています。
――デンマーク企業の働き方を日本の企業に導入したいと考えたときに、まずどのような部分を取り入れるべきだと思いますか?
ビューエル:
デンマークの企業はかなり合理的で無駄がないんです。日本は一つの案件を通すのにも、稟議書を書いて印鑑を複数もらい…と手続きが多いですよね。そうしたものから無駄なものをどんどんなくしていくことが第一です。
生産性の向上を目指すなら、無駄をどんどん省いていく文化を築くことが必要じゃないかと思いますね。そうしないと時間内に業務を終わらすのは難しいでしょう。
デンマークには必要なものをだけを追求する文化が根付いています。余分なものを持たないと言い換えてもいいでしょう。
これは家の中にもあらわれていて、日本人の家って、なぜかモノが多いですよね。使わないのに取っておいたり。でも、デンマーク人の家はすっきりしている。家の広さ自体は実は日本とあまり変わらないのですが、デンマーク人の家の方が広く感じるんです。
■デンマーク人は「安心」の中で生きている
――デンマークといえば税金が高い国として知られていますが、そのことで生活が苦しくなることはないのでしょうか。
ビューエル:
デンマークの場合、初任給でも半分は税金で引かれるくらいの高税率です。だいたい初任給が50万円くらいなので、手元に残るのが25万円くらい。また消費税は25%です。
でも、その分、社会保障がとても手厚く、医療費は無料。教育費も大学まで無料。だから、「将来何か起きたときにお金が足りないんじゃないか」という不安がないんです。また、「子どもの教育の為に稼ごう」ということもなくなる。今もらっているお金の中で、自由に生活できるのがデンマーク人です。
――なるほど。将来に対して不安がないのはいいですね。
ビューエル:
そうですね。安心感があっての、豊かで幸せな生活ですから。
――デンマークというと福祉国家だけど税金が高いという点で、大変そうなイメージがありましたが、実際に住んでみると印象がだいぶ変わりそうです。
ビューエル:
それはあると思います。デンマークでは本物の良さを見る目が試されますが、デンマークの子どもたちはそれを親から受け継いでいます。「ヒュッゲ」の大切さを小さな頃から知っていますから、大人になっても、自然に豊かな生活を実践できるんです。
――デンマークに行きたくなった読者の皆様に、芳子ビューエルさんおすすめのスポットを教えて下さい。
ビューエル:
スカーゲンですね。北の方にある街で、時計が有名な港町です。バイキング文化が残っていて、歩いてみると多くの家のドアの色が、鮮やかなブルーに塗られていることに気付くはずです。この色は魔よけの色で、『世界一幸せな国、北欧デンマークのシンプルで豊かな暮らし』の表紙にも写っているので是非見てみてほしいです。
――本書をどのような方に読んでほしいですか?
ビューエル:
たくさんの人に読んでほしいですが、特に30、40代で、今の生活を見直したいと思っている人にぜひ読んでほしいです。デンマーク人の生き方、「ヒュッゲ」という考え方は、自分のこれからを見つめ、「本当に必要なものはなにか」を考える上で参考になるはずです。