INTERVIEW インタビュー
中国人はなぜ日本の水源を買うのか? 水ジャーナリストに聞いてみた
普段当たり前のように飲んでいる水が、急に飲めなくなったらどうするだろうか。
コンビニに行って水を買ってくるという手もあるだろう。しかし、水不足が進めばその額は値上がりするはず。水が高額になるということも考えられる未来だ。
『水がなくなる日』(産業編集センター刊)は水ジャーナリストの橋本淳司氏が、水をとりまく環境について、やまぐちかおり氏のユニークなイラストとともに分かりやすく解説する一冊。
「2050年、10人に4人は水が得られなくなる」というメッセージから始まる本書で伝えたかった「水の危機」とは。橋本氏に詳しくお話をうかがった。
(聞き手・文:金井元貴)
インドのトイレ事情から見る「水と衛生」
――国内外の「水」を取り巻く状況がキャッチーにまとまっている本です。
橋本:
水問題を難しく捉えるのではなく、飲み会や家庭で気軽に話せるネタを提供するような思いで作りました。「こんなことがあるんだ、ちょっと教えてあげよう」というような感じで、インパクトがあって覚えやすいフレーズを意識しましたね。
――「2050年、10人に4人は水が得られなくなる」にはじまり、水問題の要点がわかる60のフレーズが目次に並んでいますね。
橋本:
水の問題って、あまり深入りされることがなくて、「アフリカには水がない」「日本でも節水しないとね」というくらいの話しか出てこないんです。そうではなく、様々な問題があることを知っていただければ、と。
――トイレについては驚く項目が多かったです。
橋本:
水と衛生の話をするうえで、トイレは非常に重要です。トイレがないということが水を汚してしまう一つの原因になっていますし、健康にも悪影響を及ぼしてしまっています。
特に、最近私がよく行っているインドのトイレ環境は非常に悪く、水も不衛生であるため、その結果子どもたちが慢性的な下痢にかかっているケースが多く見受けられます。
――インドにはトイレがないんですか?
橋本:
都市部と農村部でトイレ格差が広がっているということです。都市部では日本の一般家庭以上に立派な、高級ホテルにあるようなトイレがあって、それこそウォシュレットもついていますし、日本のメーカーの便器もよく見ます。
ところがスラムや農村部に行くとありません。あってもすごく不衛生な状況で、普及率は非常に低いです。健康被害にほかにも、子どもが排せつの為に外に出たまま連れ去られたり、女性の尊厳が守られていないという問題も起きています。この本でも書きましたが、トイレがないことの影響は社会的弱者に強く出るんです。
――トイレを設置しようという動きにはならないのでしょうか。
橋本:
国をあげてトイレの普及につとめているにも関わらず、その歩みが遅いのは、意志決定を男性が担っているとことが大きな要因でしょう。男性はいざとなれば、木の陰などで排せつをすればいいでしょうから、逼迫した状況ではありません。でも女性や子どもは違いますよね。特に夜は危険ですから、わざわざ食事や飲み物の量を減らしてなるべく外に出ないようにすることもあります。そういうところで我慢を強いられるわけです。
――日本は水環境が非常に恵まれている国だと実感しました。
橋本:
日本人はトイレに一番水を使っていますからね。1回ジャバーっとやるだけで10リットルの水が流れます。最新の節水型は5リットルを切るものもありますが、新製品が出たからと買い換えるものでもありませんし(笑)。
――最も水を使う場所がトイレであるということは、水を取り巻く環境が非常に良いということですね。
橋本:
そのまま飲めるレベルの水でトイレを流してるのですから、何とももったいない気がします。
なぜ中国人は日本の水源を買いこんでいるのか?
――日本は島国で森林が豊かですから、水資源が豊富なイメージがありますが、日本が置かれている状況について教えてください。
橋本:
いくつかポイントがありまして、今後、気候変動によって雨や雪の降り方が変わってくるといわれています。その中で台風や集中豪雨への対策はより必要になるでしょうね。
また、現在進行形で雪溶けが早くなっています。本書で「スキー場の営業中止は雪不足のサイン」という項目がありますが温暖化の影響で雪が降らなかったり、早めに溶けたりしてスキー場が営業できなくなるような年は、水不足になります。夏場まで水がもたず、農作物への被害が出ます。
――雪解け水が早々に枯渇してしまうわけですね。
橋本:
そうです。一昨年、利根川が渇水しましたが、原因はこれでした。冬場、水源のある群馬のスキー場では、2月に雪が降ってなんとかオープンしたのですが、3月になって暖かくなり、どんどん雪が溶けていきました。
また、今年は福井県で豪雪になりましたが、実はこちらも水不足が懸念されています。というのも、雪を溶かすために地下水を使うんです。地下水は年間通して14℃前後と温かいので。でも、そうすると、地下水が減ってしまい、さらに雪も溶かすので夏場まであるはずの水がなくなってしまいます。雪がたくさん降ったからといって、水不足にならないというわけではないということです。
あとは水源地の所有者が不明になっていて、そこに外国資本がやってきて水源を買っているというのも問題ですね。
――中国資本が水源地を買いこんでいるという話がありましたね。
橋本:
広大な面積の土地が買われています。集落ができるレベルです。地元の不動産業者もメディアも知っていますが、それがオンエアされることはほとんどありません。
それはなぜかというと、中国資本が買いにきているという側面もあるんですが、反対に言えば、日本人がどんどん売っているということなんです。親から相続したけれど、自分は都会で暮らしていて、固定資産税もかかってしまうからいらないと考えている人が多く、需要と供給がマッチしているわけです。
――中国人はなぜ日本の水源を買っているんですか?
橋本:
投資目的、開発目的のほかに住むことも想定していると思います。一時期、水を汲みあげて中国に持っていくという話も出ましたが、コストを考えると現実的ではない。。中国よりも日本の方がリスクは少ないし、中国の富裕層は現体制に対して相当強い危機感を抱いていますから。
――中国人の富裕層が中国から離れたがっているということですか?
橋本:
彼らは有事の時にも自分の一族が暮らせていけるように保険をかけるんです。そのリスクヘッジの一つとして北海道の広大な土地を購入している。
中国で、富裕層に、その一族が生きていける食料を作る用地と水源を見せてもらったことがあります。有事に備えて水と食料を確保しているのです。
――危機に備えているわけですね。
橋本:
彼らは中国で売られている野菜をまず口にしないですからね。自分たちが作っている物しか信用していません。
そういうニーズが中国人の側にもあったので、需要と供給のバランスがちょうど取れていた。まあこれは中国人が「買いこんでいる」というよりは、日本人が「手放している」というべきことだと思いますが。
「水はお金に向かって流れている」
――前半の終わりで中国人の水源買いこみについてお話いただきましたが、今後世界的に水不足が起こるいといわれています。
橋本:
そうですね。この本では2050年に世界の10人に4人は水が得られなくなると書いていますが、このまま人口が増え続ければ、そうなるでしょう。飲み水だけの問題ではなく、水がないと作物をつくれませんから。
この本を通して、私はお金の流れと水の流れはリンクしていることを言っています。つまり、水はお金に向かって流れている。環境問題であると同時に、政治・経済問題でもあるんですね。
自然の水がなくなり、お金を使って貯水したり、水を浄化したり、さらには水を人工的に作るという時代になりつつあります。そうすると水問題を解決するのは、お金だ、と。お金を持っている人だけがきれいな水を入手できるようになるわけです。
――それ以外の人は不衛生な水にしかアクセスできない。
橋本:
そうです。そうなると経済格差=水格差という状況になります。水問題が早晩解決するだろうと言うのは、グローバル資本だけです。最終的には水素と酸素を組み合わせて水をつくり出せばいいと言うのですが、コストは莫大ですし、裏を返せばグローバル資本が水源を握るということにもなります。
グローバル資本は今も地下水をおさえたりしていますが、そういうふうに水の権利がおさえられていくと、市民は彼らに従わざるを得なくなる。従属関係が必ず発生するんです。
――水の利権は歴史を紐解いても紛争の原因になっています。
橋本:
しかも、その利権は絶大ですからね。水は生き死にの問題まで影響しますから。シンガポールがマレーシアから水を買うのをやめたのも、水を買う立場にあると必ず支配されるという危機感によるものです。
自分たちが自由に生きていくためには自分たちの水をつくるしかない。それがうまくいかないと奴隷になってしまいますから。
水道民営化は問題だらけ? そして「奴隷」にならないために
――一つ気にニュースがありまして、最近水道の民営化の議論が活発になっています。この本でも触れられていますが、民営化による問題について教えて下さい。
橋本:
政府としては公共水道を民間業者に委託していきたいと考えているのは事実です。単純な民営化ではなくて、事業運営権を20年、30年単位で一般企業に売るという話ですね。
ただ、海外で水道民営化をしている国もあるのですが、上手くいっているケースがなくて、事業者側が高額の役員報酬を出したり、株主配当を行ったりするたびに、水道料金が増していくという問題が起きたんです。
さらに、当初の懸念通り、水道管の補修が行われないなどの問題も積み重なり、150くらいの都市で再公営化が進んでいます。
――つまり、水道は民間に任せてはおけない、と。
橋本:
そうですね。完全に民営化したイギリスでも、水道会社のCEOが年間約4億円もの報酬をもらっていることが問題になり、野党の労働党は自分たちが政権をとったら民営化はやめると言っています。また、与党の保守党もさすがにメスを入れざるを得ないでしょう。
――民営化による問題は他にも起きていますか?
橋本:
水道料金が上がり続けていったというのも問題ですね。イギリスでは第三者機関が設置され、不正をしていないか監視しているはずなんですけど、その機関には権力がないので、不正に対する抑止になっていません。
これがもし一社独占ということになってしまえば、やりたい放題するでしょう。一方で市民はその横暴を拒否することは出来ない。
――電気みたく複数社から選べるというようにはできないんですか?
橋本:
水道は地域の水源を使う地方事業ですから、「あの会社から買うのをやめて、この会社から」ということがしにくいんです。よく民営化にあたって、民間の競争が働いて効率化するという話がありますが、そう簡単にはいかないと思います。
――郵政民営化の際に、地域ごとにサービスの格差が出るのではないかと言われていましたが、そういう問題も起こるでしょうね。
橋本:
そうですね。その話はすごくリンクします。人口減少が進む中でこれから自治体は縮小せざるを得ません。そうなると、水道の維持も難しくなり、2~6倍は水道料金を上げざるを得ないという試算もあります。
また、人口が少なくなった地域は、水道ではなく給水車のようなものを使って水を届けるという事態にもなるかもしれません。地域ごとに本気になって安全な水をいかに確保するかを考えなてはならないのです。
――最後におうかがいしますが、気候変動は大きなテーマです。その中でアメリカのトランプ大統領がパリ協定からの離脱を宣言しました。あのインパクトはいかがですか?
橋本:
実際にそう言っても、企業が追随するかどうかがカギですからね。トランプは「気候変動は嘘だ」と言っていますが、それはおそらくアル・ゴア元副大統領の影響力に対するけん制があるのと同時に、気候変動対策ビジネスで生まれる利益を狙っているようにも思います。
――先ほどの「水はお金に向かって流れる」という話ですね。
橋本:
まさしくそうです。エネルギーシフトをして温暖化を軟着陸させようという考え方と、長期的には地球は寒冷化に向かっているのだから、温暖化の影響が出るといわれる今後100年くらいは巨大な資本と技術によって自然を制圧して解決するという考え方がありますが、やはりお金なんですよね。
――確かに水の危機が起きた時、お金がある人たちが有利になるわけですからね。
橋本:
水とお金は緊密な関係であることに、みんな気付いてほしいです。いざとなってからでは遅いですから。
――そういうメッセージをこの本に込められた、と。
橋本:
自分の住んでいる地域の水のことくらいは、自分で守るまでにはいかないにしても、知ったほうが良いと思いますね。この本では「流域」という言葉を使っていますが、雨が降り、水が集まり、収斂され、川や地下水となって海まで流れていく場所が流域といいます。
その流域に住む人間として、いかに水を健全化していくか。グローバルな異変によってローカルがめちゃくちゃにされようとしている現状の中で、まずは一人一人が自分の足下をどう守っていくかということが大切なのだと思います。
さきほどのアメリカの話じゃないですが、病気になってから高額の薬を買うのか、日頃から運動をして少しずつ健康になるのか。また、ビジネスをしている人から見れば、みんなが病気になって困ったほうがいいわけです。そこで高額なソリューションを提案できますから。そういう資本の奴隷になってもいいのか。そういうメッセージをこの本のイラストに込めています。
――手厳しいですが、本質的なメッセージだと思います。ありがとうございました。
(了)