――山口さんの著書『トップ1%に上り詰めたいなら、20代は“残業”するな』には「トップになりたいのなら“残業”はするな」「仕事をむやみに効率化しない」など、20代の働き方について破天荒なアドバイスが溢れています。これらはどれも山口さんご自身が実践していたことなのでしょうか。
山口:「実践してきた」というよりも、私が他の人が働くようなやり方で働けなかったというのが本当のところです。
私がはじめに勤めたのは電通だったのですが、そこでは自他ともに認めるローパフォーマーで、ミスが多いし、残業もしないしで、最初の3年くらいは「あいつに任せると事故が起きる」くらいに思われていたはずです。
もちろん自分としては一生懸命働いているつもりでした。でも、任される仕事がどうにもやりがいを感じられないもので、そういう仕事を我慢してやる根性がなかったんです。
タイトルには「20代は“残業”するな」とありますが、私の場合は何か戦略的に仕事を切り上げていたわけではなくて、「もう限界だ」と思って帰る時間が夕方6時だったという感じですね。
――しかし、そこから徐々にパフォーマンスが上がっていったわけですよね。転機になった出来事はありますか?
山口:はじめは大きなチームで下働きをしていたのですが、今お話したようにとにかくミスが多いし、定時になるとさっさと帰ってしまうということで放出されてしまって、ある山っ気のある上司の下につけられたんです。
チームはその上司と私の二人だけで、新規のクライアントを取ってくるのがミッションでした。その頃になると、残業しないどころか週に2日くらいしか出社していなかったのですが、その上司はもっと会社にこない人で、ほとんど職場にいませんでした。
そんな上司ですから、仕事の方も「全部自由にやっていいから」と放り投げるわけです。そうなると、やったことがない仕事ですからこちらも慎重になるじゃないですか。すると、結果としてあれほど多かったミスがほとんどなくなるという。
――まさに「ケガの功名」です。
山口:そうですね。そうやって一人でなんとかやっているうちに、クライアントもついてきて、売り上げが立って、利益率が上がってきて、と結果が伴うようになってきた感じです。
――どんな上司と出会うかで後のキャリアが変わってしまうことがよくわかるエピソードです。本の中でも「いい上司とダメ上司がいる」と書かれていましたが、社会経験の少ない20代のうちは、上司の性質を見抜く判断力がない場合が多いはずです。いい上司かそうでない上司かを見分けるポイントは何でしょうか?
山口:上司の良し悪しを判断するというのはそんなに難しい話ではなくて、自分が仕事をしていてすごく辛かったり、理不尽だと感じてやる気が出ないのであれば、それはやはり上司がおかしいんですよ。
経験が少ないと、どうしても自分に問題があるのではないかと考えがちなのですが、極論すると部下のやる気を引き出すのは上司の仕事ですから、やる気が出ないというのであれば、原因は本人ではなく上司を含めた環境にあると考えたほうがいい。
私もその上司の下についてから成果が出始めたわけですが、私自身が何か変わったわけではありません。会社の中での位置づけが変わっただけです。
でもそれによって、それまで箸の上げ下ろしまで指示されて仕事をしていたのが、自由を与えられ、その代わりに自分の責任で全てやらなくてはいけなくなりました。もちろん、それはそれで辛いこともありましたが、どちらがやりがいと楽しさを感じられたかといったら断然後者です。
――「マネジメントしないというマネジメント」という言葉がありますが、山口さんのやる気を引き出した上司の方はまさにこのタイプですね。
山口:かたや夜遅くまで残って事細かに指示出しするのが仕事だと思っている上司、かたや「とにかく売上を10億から30億に上げろ」とだけ言って本人はまったく会社に来ない上司ですから両極端ですよね。
ただ、マネジメントは結果としてその人の能力なりモチベーションを引き出すことができれば、どんなやり方でもいいんですよ。
裏を返せば、それは部下がモチベーションを持てないなら、100%ではないにしても上司が自分の仕事をうまくできていないということですから、「私のやる気が起きないのは管理職であるあなたの責任だと思います。どうやったらやる気がでるのか改善策を提案してください」くらいのことを言ってもいいのではないかと思います。
――20代でやるべきこととして「インプット」の大切さを説かれています。その一環として、週に1冊ペースでの読書を薦められていますが、いずれ仕事に生きてくる本の選び方について、アドバイスをいただければと思います。
山口:とにかく自分がおもしろいと思うものを読むことです。そうでないと仕事に生きる知識にはならないと思っています。そもそも、おもしろくないと頭に残らないですからね。
自分では20代の頃に読んだ本で得た知識はずいぶん仕事に生きていると思っていますけど、読んだ当時はただおもしろそうだから読んでいただけで、「この本の知識が何の役に立つのか」と言われても説明できなかったと思います。
そんなことは考えずに、おもしろそうだと思う本、純粋に興味を持った本を読んでいけばいいのではないかと思いますね。
――仕事の仕方についてのアドバイスも独特です。個人的には「仕事をむやみに効率化しない」というのは意外でした。
山口:「何のために効率化するのか」という視点をまず持つべきだと思っています。そうでないと、効率化して空いた時間に別の仕事を振られるだけになってしまう。
時間の使い方には「自分の富になる使い方」と「他人の富になる使い方」の二つあります。将来のために勉強したり、本を読んだりするのが前者だとしたら、たとえばテレビやSNSに費やす時間は典型的な後者です。それを見ることで広告費にお金が換算されるというのが大方のメディアのやり方なので。
資本主義経済の中で生きている以上、基本的には誰もが奴隷なわけで、その立場でいくら仕事を効率化しても、それは奴隷の主人の富になるだけです。いかに奴隷の要素を少なくするか、という意識を持たないことには、効率化しても仕方がない。
効率化が無駄だとは言いませんが、優先順位が違います。効率化する前に、まず自分の時間の使い方を見直して、自分の富のために使える時間を増やすことを考えたほうがいいと思います。
――人脈づくりについてもお聞きしたいと思います。ビジネスにつながる縁が生まれやすいのは「親友未満、知人以上」とされていましたが、こういった人脈を意識して作るのはなかなか難しそうです。
山口:「親友未満、知人以上」というのは、具体的にいえば「同僚」くらいの近しさです。自分の人格を深く理解しているわけではないものの、仕事ぶりや仕事に取り組む姿勢などはよく知っている、くらいの関係ですね。
こういう人脈を増やしていくには、基本的にはいい仕事をすることだけです。誠実に取り組むのはもちろん、頼み事をされたらきちんと対応する。
私自身、これまで何度か転職しましたけども、一から転職活動をして、普通に面接試験を受けて、というのは電通から転職した時だけで、後は全部「元同僚」からの誘いなんです。
どうして私を誘ってくれたのかはわかりませんが、おそらく「仕事がやりやすい」という一点でしょう。「仕事がやりやすい」というのは、能力がわかっているという安心感もあったでしょうし、ある種の「気持ちよさ」もあったかもしれません。
つまり、「嘘をつかない」「人の悪口を言わない」といった、ごくごくベーシックなところなのですが、とても大事なことです。もし、大切にしていきたい人間関係があるなら、その人との間で誠実であること、人として倫理にもとるようなことはしないことに尽きます。
――ここまでのお話に出た「残業しない」や「むやみに効率化しない」を始め、山口さんのアドバイスは納得する部分が多い一方、実践したら職場での居心地が悪くなりそうな気もします。このようなリスクを背負ってでも実践することで、仕事はどのように変わるとお考えですか?
山口:集団の中で、一人だけ違うことをするのですから、居心地がいいかどうかといったら確実に居心地は悪いですよ。でも、人から抜きんでるというのはそういうことです。周りと違うことをして結果を残せばやっかまれますし、陰口も叩かれます。
それが嫌で、居心地よく働きたいのであれば、周りと同じような働き方で、同じようなキャリアを歩むというのも生き方ですから、どちらを取るかという話ではあります。
ただ、私が今勤めている会社もそうなのですが、企業の方も多様性を許容するといいますか、昔ほど画一的ではなくなってきているのは確かですから、周りと違うことをすることの居心地の悪さというのは昔よりは減ってきているのではないかと思います。
――ビジネスの世界で人から抜きん出たいという20代の方は大勢いるはずです。その中のごく一部に「誰に何を言われても行動を起こす人」がいて、その対極には「誰が何を言っても行動しない人」がいます。ほとんどの人は両者の間にいるわけですが、この層の方々にアドバイスやメッセージがありましたらお願いできればと思います。
山口:あまり自分を見くびらない方がいいということですね。人間は自分で思っている以上にいろいろなことができますし、状況さえ与えてあげれば能力を発揮する人もいます。
それと、もう一つ。NHL(北米のプロアイスホッケーリーグ)にウェイン・グレツキーという名選手がいたのですが、彼は高いパフォーマンスを残せる理由についておもしろいことを言っていました。「普通の選手はパックが今あるところに向かっていくけども、自分はパックが未来にある場所に向かって走る」と。
今の若い人を見ていると、パックが「今ある場所」に走っているように思えます。典型的なのがMBAで、MBAがキャリアに有利に働いた時期はもう完全に終わっています。
――一時期ビジネスの世界ではMBA取得がブームのようになっていました。
山口:ピークは20年から30年ほど前ですね。今はもう掃いて捨てるほどMBAホルダーがいて、玉石混交だということがわかってしまっていますから、これからそこを目指すというのは、「今」どころか、「パックが昔あった場所」に向かって走り込むのに近い。
「就職人気ランキング上位の会社に入りたい」という考え方も同じです。これからビジネスの「ゲーム」はどんどん変わっていくわけで、今上位にいるからといって先がどうなるかなどわかりません。たとえばテレビ局は未だにランキングの上位にきますが、今後民放は相当数が潰れるはずです。
難しいことではあるのですが、世の中で今いいとされていることやランキングのような、「パックの今の位置」はあまり意識しない方がいい。じゃあ何を意識すればいいのかというと難しいのですが、これも本選びと同じで、自分がおもしろいと思えることをやっていくのが一番なのではないかと思います。
そして、最後に付け加えるなら、今の仕事が辛かったら逃げることです。逃げることは悪いことではありませんが、逃げるなら楽しそうなところに明るく逃げてください。攻撃的撤退ではないですが、そういう明るい撤退はどんどんやっていいのではないかと思います。
(新刊JP編集部)