2017年を代表する存在の一人といえば、将棋界の新星・藤井聡太四段でしょう。公式戦連勝記録を29まで伸ばした中学3年生に、日本中が注目しました。
そんな藤井四段が受けた教育として話題になったのが「モンテッソーリ教育」です。
これは100年以上前にイタリア人医師によって生み出された教育法で、「子どもの潜在能力を引き出す」プログラムが用意されています。
日本ではまだまだ広がっているとは言えないこの教育法。一体どんな教育法なのでしょうか?
今回、『モンテッソーリ教育で子どもの本当の力を引き出す!』(三笠書房刊)を上梓した国際モンテッソーリ教育協会認定教師の藤崎達宏さんにお話をうかがいました。
(新刊JP編集部)
■子どもの力が本当に伸びているのを見抜くには「親の予習」が欠かせない
――藤崎さんとモンテッソーリ教育の出会いからお聞かせ下さい。
藤崎:
実は私は教育畑の人間ではなく、20年間外資系の金融機関に勤めるビジネスマンでした。大きなきっかけになったのは、今の妻と結婚したことでして、私も妻も再婚同士。ただ、向こうには3人子どもがいまして、私と結婚してから4人目ができたという状態だったんです。
私にとっては初めての子どもだったのですが、一気に4人の父親になったもので(笑)よき父親になれればと思って育児書を読みあさったのですが、どんどん力んで、空回りするばかり!しまいにはストレスで病気になってしまったりもしました。
――育児に正解はないといいますが、本をたくさん読んでもわからなかった、と。
藤崎:
そうです。妻は保育士なので育児に関する本を書棚にたくさあったので、それを読んでいたりしたのですが、その中に相良敦子さんが執筆された『お母さんの「敏感期」―モンテッソーリ教育は子を育てる、親を育てる』という文庫本があったんですね。
この本に書かれていたことは目から鱗でした。子どもはもともと自分で育つ力があるのだから、放っておいても育つ。たから、親は子どもが自分の成長を援助する環境づくりをするだけでいいのだ!こんな教育法があるのかと驚きましたね。環境を整えるのなら、血のつながらない父親の私にもできるんじゃないか?と思ったのです。
――モンテッソーリ教育とはどのような教育法なのでしょうか。
藤崎:
ひと言で言うと、子どもの成長の節理に寄りそった教育法です。イタリア初の女性医師、マリア・モンテッソーリが100年以上前に確立した教育法ですが、今でも通用しているということは、人間の成長の真理に触れているからだと思います。
――他の教育法と比較して、どのような点が特徴的なのですか?
藤崎:
日本の教育は、親や教師が教え込むというイメージが強いのですが、モンテッソーリ教育は子どもの成長を援助するというスタンスです。そこは大きな違いだと思いますね。「教具」という玩具のような道具を使いながら、子どもが自ら成長するためのおぜん立てをしていきます。
――放任主義的とは違うのですか?
藤崎:
すべてを自分で選択できる自由がある代わりに、最低限のルールを守ることが求められます。例えば自分で出した教具は自分でしまう、椅子を出しっぱなしにしない、友だちのものを取らない。そして、それをしっかり見守るモンテッソーリ教師がいます。「ルールがなく・見守りもない放任主義」とは、まったく違います。
――本書にも書かれていましたが、ティッシュ箱から紙をどんどん出していく行動を子どもが取っていたときに、親はだいたい「やめなさい」と言って取り上げますよね。そこをモンテッソーリ教育では…。
藤崎:
成長のための行動と見るわけです。まあ、ティッシュペーパーを箱からどんどん出すのは問題だと思うので(笑)、その動きに見合う代替物を用意するといいでしょう。もしくは一箱くらいなら教具としてティッシュ箱を与えて納得するまでさせてもいいでしょう。
これは使えるようになった手指を使いたいという根源的な欲求にもとづく行動で、この時期に手指を使う練習する必要があるのです。自分の手指が上手く使えるようになると、満足してすごく良い笑顔をするんです。そして次にやらないといけないことを探しだします。
――そういう子どもの何気ない行動は、ただのいたずらではないんですね。
藤崎:
子どもは自分の成長に見合った活動をしているときには、とても集中します。だから静かなのです。静かに集中していたずらをしているように見える時にこそ、わが子の本当の力が伸びているのです。「うちの子どもは落ち着かなくて」と悩む親御さんは多いですし、叱ってしまうこともあると思います。ただ、そういうときにこそ子どもは伸びているので、そういう意味で「子どもの成長に対する親の予習」が必要なのです。
――子育ての「予習」とは?
藤崎:
この年齢くらいになると、この身体の機能ができてきて、こんな活動、行動をするということは決まっていて、それに合わせて子どもは成長します。その「成長の過程を予習」しておくのです。
――あらかじめどのように子どもが成長していくかを予習するわけですね。
藤崎:
そうです。特に0歳から6歳までは、「敏感期」というものがはっきり現れ、変化が激しいので、子どもを観察する日を設けるべきでしょう。もちろん子どもによって差はありますが、モンテッソーリ教育では、何歳何ヶ月くらいになるとこうなるということが体系づけられて説明されているので、子育ての予習にピッタリなのです。知ることで子育てが楽しくなりますね。
――冒頭で「教具」という玩具のようなものがあるとおっしゃっていましたが、これは高価なのですか?
藤崎:
そうですね。比較的高いものが多いですし、ご自宅用にと買っても使い方が分からなければ宝の持ち腐れです。そこがモンテッソーリ教育の大きなハードルの一つですし、専門のスキルを持っていないと「教具」を使いこなせないという点があります。
だからモンテッソーリ教育を専門に行う「子どもの家」や、認定資格を取得した保育士、幼稚園教諭がいる保育園や幼稚園に行って、専門のスキルを持った先生についてもらうことが大切です。
――ただ、そうした先生方についてもらうことが難しいという親も多いかと思います。
藤崎:
その通りです。日本全国でもモンテッソーリ園は1000園に満たず、全体の幼児教育機関の2.5%に満たないのです。残りの97・5%のご家庭はどうすれば良いのか?今回の出版の最大の目的はそこにあるのです。お子様をモンテッソーリ園に通わせられないご家庭でも、この本を読んで「予習」をすれば、今日からわが家で活用できるアイデアが満載されています。
また、高い専門の教具を買わなくても、100円均一でそろえた材料でも立派な「教具」を作ることができるのです。
昔の日本人の生活には、子どもの成長に欠かせない、手指を使う活動がたくさんありました。ぞうきんをしぼる。針で縫物をする。ねじを回す。これらは手指を動かしますよね。今は自動化が進み、そうした行動も必要なくなってきていますから、意図的に活動の機会を作り出すことが必要になってきているのです。
――タブレットで遊ぶ子どもが多くなりましたが、手指を使うというよりは「指を押す」という活動ですからね。
藤崎:
タブレットは子どもの疑問にその場で画像を見せて答えることができるので大いに活用すべきです。しかし、子どもの教育として考えた時に、図鑑であれば子どもが自分で調べることができますが、タブレットで自分で検索することはできません。テレビゲームなどは、「遊ばせてもらっている」だけで、自分で「遊びを考え出す力」を養えません。
■経済界の人たちも興味を持つ「モンテッソーリ教育」、その課題とは?
――藤崎さんは20年間外資系金融機関に勤められ、そこから教育業界に転身したとお話されましたが、どんな経緯で教育分野に足を入れたのですか?
藤崎:
子どもが生まれて以来、自分のクライアントから子育て相談を受けることが多くなったんですね。4人も子どもがいるので、経験は豊富でしたから。子育て相談のほうが大人気になってしまい「そっち(教育)で独立したら?」と言われまして、50歳を機に独立することにしました。もともとは本業のおまけだったのですが…(笑)。
――珍しいご経歴ですよね。
藤崎:
そうだと思います。ただ、教育業界の人間ではなかったからこそ、見えた点も多かったと思いますね。また、ビジネス界の方と名刺交換をしても、モンテッソーリ教育を知らない人ばかりなのですが、アメリカで成功している起業家の多くが、実はモンテッソーリ教育を受けていたことを知ると、必ず興味を持ってくださる。そこにビジネスチャンスがあったのだと思います。
――モンテッソーリ教師の資格を取るには様々な協会がありますが、どのような違いがあるのですか?
藤崎:
志しは皆同じですが「流派が違う」という感じですかね。モンテッソーリ教育は特に、特殊な知識と練習、高い資質を求められます。私が取得した国際モンテッソーリ協会の認定資格ならば1年間仕事を休むか、夜間2年間かけて取得する覚悟が必要です。教師になるには絶対必要な時間としても、一般の父親、母親が学ぶにはハードルが高すぎます。
これからは一般のパパ・ママがモンテッソーリ教育を基礎に、わが子の成長を予習する場が必要だと強く感じています。そうしないと、どんなに素晴らしい教育でも、広がっていかないからです。
この本がファーストステップだとすれば、次は一般の方々に実践する場の提供をすることで、モンテッソーリ教育がなかなか広まらない現状を打開したいですね。
――モンテッソーリ教育教師の認定資格は、保育士資格とはまた違うのですか?
藤崎:
違います。ただ、保育士資格や幼稚園教諭免許を持っている人が取得することが多いですね。私は、保育士資格は持っていないのですが、私の妻が持っているので、彼女が子育てサロンを運営しています。
――モンテッソーリ教育の観点から見て、親が子どもに対してやってはいけないことは、なんですか?
藤崎:
「代行」です。危ないから、失敗しないように、といった具合に良かれと思って代わりにやってしまう親御さんは実際に多いです。
これは一つに時代の流れがあると思っていて、以前は兄弟が多かったから、親が一人を見ている時間が少なかった。つまり「自分でやらないといけない子」に育ちました。でも、今は一人っ子が多いでしょう? そのことから親は子どもの代行をできるようになってしまったのですね。
子どもが自主的に活動するのを手助けするというのがモンテッソーリ教育の特徴ですから、それはNGです。「自分から選べない、指示待ちの子ども」が出来上がってしまいます。そうした子どもが「良い子」に見えてしまう、先回りして何でもしてあげる親が「良い親」に見えてしまうことに最大の危険があるのです。
――モンテッソーリ教育を受けた著名人をあげると、キリがないですね。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、グーグル創業者のラリー・ペイジ氏とサーゲイ・ブリン氏など…。
藤崎:
彼らはずっと0歳から6歳の「敏感期」が続いているという感覚なのだと思います。
自分で興味を持ち、自分で選択する。集中してやり遂げることで自己肯定感が高まり、また次のステップに進んでいく。この成長のサイクルが大人になっても回り続けている人が大成するのですね。
ある意味「偏ったオタク」です。これからは「オール5」の能力では通用しない時代がやってきます。ある分野に偏った、突き抜けた人たちが世の中を動かしていきます。
そのルーツは、幼少期に「これどうなっているんだろう?なるほどそうなのか?」という疑問~納得体験にあります。昔は時計を分解したり、プラモデルを作ったり、釣りに行ったり、納得体験にあふれていました。しかし、現代社会はやることを指示され、代行されるので疑問を持たない。疑問をもっても納得できない。例えば現代の時計を分解してもクオーツですし、便利なタブレットもなぜ稼働するのか理解できません。「なるほどそうだったのか」という納得体験が極めて少ないのです。
――モンテッソーリ教育に限らず、保育園や幼稚園の選び方のポイントを教えて下さい。
藤崎:
これはぜひ訴えたいのですが、お父さんも保育園、幼稚園選びを一緒にしましょう。
私の場合は、妻が専門家ですし、すでに3人を育てている子育てのベテランだったので、任せてしまったほうが簡単でした。ただ、それではいけないと思い、自分なりに勉強して、一緒に幼稚園選びを行ったことが今でも本当に良かったと思っています。
保育園、幼稚園選びは、「夫婦で行う初めての教育的な決断」なのです。分からないながらも話に加わる。お父さんにはそれをしていただきたい。ただし、奥さんが持っている情報と大きな格差があります。そのギャップを埋めるために私は「お父さんも一緒に幼稚園選び」という個別相談を10年前から続けています。参加者は2000組を超え、今後もライフワークとして続けていきたいと思います。
――では、最後に本書をどのような方に読んでほしいですか?
藤崎:
自分がそうであったように、初めての子育てで「何でこんなに手がかかるんだろう」と思う親御さんは多いはずです。そういう方には、ぜひこの本を読んでほしいですね。
少しでも「予習」することで、「次は子どもがこういう行動をするから、こういう準備をすればいいんだ」ということが分かれば、だいぶ楽になり、なるほど人間というのはこうして成長していくのだという発見が沢山できるはずです。文庫なのでサイズもお値段もお手頃(笑)。
通勤電車の中でも「子どもの成長の予習」をしていただきたいと思います。
(了)