「 見えない資産 」 が利益を生む
: GAFAMも実践する世界基準の知財ミックス
著者:鈴木 健二郎
出版:ポプラ社
価格:1,760円(税込)
著者:鈴木 健二郎
出版:ポプラ社
価格:1,760円(税込)
バブル崩壊後の経済の低成長が続く日本。
「失われた10年」は、20年となり、30年になろうとしているが、未だに日本は低成長にあえぎ、新しい産業が興るようなイノベーションは生まれていない。
日本経済が世界から取り残されつつあることは、企業の時価総額ランキングを見ると明らかだ。1989年の世界の企業時価総額ランキングのトップ5はすべて日本企業だった。しかし2023年のランキングを見ると、50位以内に日本企業は1社もランクインしていない。これが世界の中の日本企業の現状、そして日本の現状なのだ。
私は、日本企業の多くは、多様な知財を社内に持っているにもかかわらず、それを発見し、ミックスして活用することが不十分で、かつ知財の流出防止等の対策も十分にとれておらず、海外企業に後れを取っていると考えています。(『「見えない資産」が利益を生む: GAFAMも実践する世界基準の知財ミックス』より)
『「見えない資産」が利益を生む: GAFAMも実践する世界基準の知財ミックス』(ポプラ社刊)の著者である鈴木健二郎氏は、日本企業が国際的な競争力を失った背景として「知財の活用が十分でなかったこと」を挙げている。
ここでいう「知財」とは、特許権や商標権だけではない。ブランドや営業秘密、データ、ノウハウ、人的資産や経営理念なども企業が保有する無形の資産も “広義”の知財である。知財は“見えない資産”であるために価値が認識しにくく、“宝の持ち腐れ”になりがちな性質があるが、海外企業は以前からこうした知財をつかって新たな価値を生み出してきた。その一方で、日本企業はさまざまな知財を持っているにもかかわらず、それを利用して利益を追求することを十分にはしてこなかったのである。
本書ではこれらの知財を組み合わせ、活用して事業を展開することを「知財ミックス」と呼び、この取り組みを継続的に行っていくかどうかが、いっそう複雑性、不確実性、変動性が増す21世紀の世界で日本企業の存亡を分けるとしている。
では、海外企業はどのような知財ミックスを行っているのだろうか。
iPhone、iPadなどを手掛けるアップルの知財ミックスは大胆かつユニークだ。性能、機能、デザインともに未来を先取りするかのような商品、サービスを発表しつづけ、全世界にファンがいるアップルは、世界でもっとも強いブランド力を持っている企業の一つである。
そのアップルが今参入しようとしているのが、ホテル事業だ。
意外に思えるかもしれないが、「人の五感を日常的に包み込むことで、徹底して快適で豊かな生活空間をつくりだす」という同社のビジョンからすると、快適さが一つの価値となるホテルへの参入は不自然ではなく、それどころかむしろ極めて自然なことである。
アップルはテキサス州に建設中の新社屋内にホテルの開業を計画しているという。世界中にファンを持ち、ビジョンが明確なアップルのような企業には膨大な数の訪問者がやってくる。彼らのために、社屋とつながっているホテルを作ろうというわけだ。
このホテルはApple Vision ProやApple Watch、AirPodsなどのウェアラブルデバイスが標準装備。ファンと五感でつながり、徹底した心地よさを提供するものとなっている。アップルの持つブランド力やビジョンといった知財を組み合わせて価値を生み出そうとしている好例である。
◇
本書ではアップルの事例以外にも、自社の持つ知財を利用して新たな事業を作り価値を生み出した世界的に活躍する企業の事例を多数紹介するとともに、自社の中に眠る知財の見つけ方、それらをどう価値に結びつけるかといった点についても考察されている。
知財ミックスは決してアップルのような世界的なブランド力を持っている企業にしかできないわけではない。そのチャンスと素材は多くの会社に眠っている。本書を読めばそのことがわかるはずだ。
(新刊JP編集部)
■日本でイノベーションが起きない真の理由
鈴木: 問題意識に直結するかどうかはわからないのですが、リーマンショック直後の2009年から2011年にかけて、私は三菱UFJ銀行に出向していたんですね。
当時、経済環境の悪化を受けて日本のそうそうたる企業が経営難に陥っていました。JALさんですとかSHARPさん、パナソニックさん、ソニーさんなど、誰でも知っているような代表的な企業も経営が苦しくなっていた。
ただ、世界を見渡すとそれでも元気な会社はあったわけです。なぜ大勢の優秀な技術者や貴重な知財を生み出している日本の企業がこんな目に遭わなければならないのか、というのは銀行員の立場で思っていました。これはどうにかしなければならない、と。
鈴木: ええ、本の中で1989年と2023年の時価総額ランキングを比較しているのですが、1989年時点ではトップ50のうち30社以上は日本企業だったんです。それが、2023年には1社もランクインしていません。バブル崩壊後の「失われた30年」がよくわかるランキングになっています。
鈴木: 金融工学を駆使した新しいファイナンスのスキームを海外の金融機関はものすごい勢いで開発し、稼ぐしくみを整えているのと比べて、日本の金融機関はこの分野での立ち遅れが目立っているのが実情です。
アナログからデジタルへの移行が進んでいない業界でIT人材が少ないですし、世界のトップクラスのイノベーション人材が入ってくるわけでもない。そういった要因から成果が出せなくなっているということはいえると思います。
鈴木: さまざまな原因があると思います。政府の政策が後手に回ったこともありますし、企業もデフレ環境から脱却できませんでした。
ただ、政府の政策や市場の変化を要因として挙げる経済学者はたくさんいますが、それは私の役割ではないと思っています。こうした外的要因がありながらも個人や企業レベルで何ができるのかを考えてこの本を書きました。
というのも、「失われた30年」は、経済が低成長だった30年ということだけではなく、イノベーションが生まれなかった30年でもあるからです。個人や企業に着目するのであれば、日本の凋落を防ぎ復活させるために打つ手はたくさんあります。私がこの本で提唱しているのは新しい切り口で、「宝の持ち腐れ」になっている知財を生かしてイノベーションを起こし、新しい価値を生み出しましょうということです。
鈴木: あると思います。イノベーションには3段階あって、1段階目は技術やアイデアを生み出す段階なのですが、ここは日本は得意なのです。それがよくわかるのが特許の件数で、日本は中国、アメリカに次いで世界3位です。
鈴木: その通りです。ただその技術やアイデアをサービスや商品に置き換えて「稼げるネタ」として市場に出していく、という2段階目と、ビジネス上の対価を獲得するという3段階目が弱い。
この3段階がすべてそろって初めて一つの産業が生まれるのですが、アイデアや技術を生かすことができなかった結果、日本を引っ張っていくような新しい産業を生み出すことができなかったというのがこの30年だったのだと思います。
鈴木: 企業やそこで研究をする研究者に「バックキャストの思考(最初に目標とする未来像を描き、その未来像を実現するための道筋を未来から現在へさかのぼって考えること)」がないからだと思います。
たとえばアップルが20年後、30年後にこういう社会を作っていきたいから、今のうちにこういう研究開発をやろうという視点で開発テーマを設定しているのに比べて、日本は先輩から引き継いだ研究テーマをそのままやっていたりするわけです。どうしてかというと、その方が組織側は主従関係を作りやすいですし、先輩が後輩の研究成果についてレビューしやすいんですね。
ただ、自分たちが今まで培ってきた研究を後の世代が引き継ぐというやり方だけではイノベーションは起こりにくい。成果はたまっていくものの、それを何かに生かそうという頃にはもう時代が変わってしまっていたりするわけです。
鈴木: だから、日本の企業にはバックキャストの視点が必要で、20年後にどんな未来を作るかというところから研究開発のテーマを設定することが必要だと考えています。
未来の社会がどうなっていて、そこで日本はどんな技術で勝っていくのか、そこに対してうちの会社はどういうポジションで事業を作っていくのか、と逆算することで今後5年間の研究テーマが見えてくるわけです。
■日本企業再興のキーワード「知財ミックス」とは
鈴木: この言葉を使ったのは、最終的には「会社それぞれが独自のブランドや世界観を構築しよう」ということを言いたかったんです。
これもアップルの例がわかりやすいのですが、あのリンゴのロゴだとか、製品のデザイン、Macのパソコンの立ち上げ音、AirPodsのサウンドの技術など、ありとあらゆるところに知財が埋め込まれていて、それらがミックスされてアップルの世界観を作っています。この本の「知財ミックス」という言葉は、こうやって特許や商標、デザイン、ノウハウといった、「目に見えない資産」である知財を組み合わせることで独自のブランドを構築し、ファンを自社の世界観で包み込むことで収益を安定化し、価値を生み出し続けていくことを指しています。日本の企業にもこういう発想を持ってほしいと思っています。
鈴木: 一つの会社がゲーム機を作っていたりテレビを作っていたりパソコンを作っていたりすることはありますが、買った後で製品についているロゴを見て、「あ!このテレビとこのゲーム機は同じ会社が作っていたんだ」と気がつくだけで、会社自体のファンになってもらうようなブランド力を持っている企業は少ないですよね。
鈴木: 経営者が組織の構造を変えることが必要だと思います。どういうことかというと、「知財ミックス」をやっていきましょうとなった時、担当部署は「知財部」になると思うのですが、いわゆる伝統的な知財部は会社が持つ特許の管理をする部署なので、知財を組み合わせて新たな価値を創造するという「知財ミックス」の概念からは外れるんです。
「知財ミックス」は「知財」という言葉を使っていますが、やることの内容を考えると「ブランディング」「マーケティング」「広報」「商品企画」あたりが近く、「経営戦略」「事業戦略」とも直結します。知財を活用していくならこういう部署の人を巻き込んだ形で、従来の知財部とは違った「アクティブな知財部」を作るべきだと思います。
鈴木: つまり、昔はモノがあって初めて成立するビジネスが多かったので、研究開発にも膨大な時間がかかりましたし、技術力を磨いて、クオリティを確保して、大量生産の体制を整えてとなると、独自性のあるブランドを短期で確立するのは難しかったわけですが、今は状況が変わっていると思います。
アップルの場合は1980年代に創業した企業で、それなりに歴史があるのですが、Meta(旧Facebook)は2000年代に創業した企業で、ブランド力がないところから急激に台頭しました。テック企業以外でも、たとえば食の世界を見ると、Nestleや味の素のように長い歴史を通じてブランドを作り上げてきた企業がある一方で、インポッシブルフーズのような強力なベンチャーも出てきています。ですから、私は今の時代は昔のように歴史を重ねなければブランド力を築けないとは思いません。
大事なのは会社のビジョンを持って、そこからブレないように知財を活用して新たな事業を興したり、すでにブランド力を持っている会社であればリブランディングを行っていくことだと考えています。それができて初めて会社の世界観に共鳴するコアなファンがついて、安定した収益力も生まれてくる。
鈴木: 私は今、10年後の社会を想像して、バックキャスティング(逆算)によって未来価値を創造できる人材、つまり知財ミックスを進めていける人材を育てるための「BUILD」という人材養成講座に携わっているので、この講座で求められる3つの力についてお話ししましょう。
1つ目は、どういう未来を作りたいのか、日本が世界に対してどんな価値を提供できる国になるべきなのか、といったことを想像して、そこから逆算して今どんな事業や研究開発を行うべきかというテーマを設定する能力です。
2つ目は、自分の想像を起点にして、その想像に説得力を持たせるためのデータを集めて、分析して、自分の説を強化したり検証したりする力です。
3つ目は情報分析に基づいて、「こんな未来が来るから、今からこれをやっておこう」という自分のストーリーを補強し、会社員であれば経営者、スタートアップなら投資家と、しかるべき人に伝えるプレゼンテーション力です。
一人の人間がこの3つの力をすべて持っているならそれに越したことはないのですが、それは欲張りすぎですから、チームの中でこの3つの力をもった人材を揃えるのでもいいと思います。
鈴木: 繰り返しになりますが、日本は新たな価値を生むことができる知財を多く抱える「知財リッチ」な国です。あとはそれをどう活用するかという問題ですから、行動を変えさえすれば状況は変えられると考えています。知財そのものをあまり持っていない国もあるわけで、それと比べると日本には大きなアドバンテージがある。
「失われた30年」ももう半ばで、「失われた40年」になるかならないかの瀬戸際に日本は立っています。でも諦めないで、個人や企業単位でできることを模索していただきたいというのが私からのメッセージです。この本がさまざまな企業が自社に眠っている知財に着目し、それを活用して新たな価値を創出するきっかけになればうれしいですね。
(新刊JP編集部)
鈴木 健二郎(すずき・けんじろう)
株式会社テックコンシリエ代表取締役、知財ビジネスプロデューサー。
東京大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了後、株式会社三菱総合研究所、デロイトトーマツコンサルティング合同会社を経て、2020年に株式会社テックコンシリエを設立し現職に至る。
三菱総研在職中に、株式会社三菱東京UFJ銀行(現・三菱UFJ銀行)に2年間出向。知財の価値を裏付資産とする投融資やM&Aなどの金融スキームの開発に従事し、知財が「宝の持ち腐れ」になっている多数の企業の経営再建に成功する。以降、企業が保有する技術力やアイデア、ノウハウ、ブランド、デザイン、アルゴリズムなどを掘り起こし、新規事業や研究開発に活かすための戦略立案・実行を支援するビジネスプロデューサーとして国内外で成果を上げてきた。内閣府や経済産業省をはじめとする政府の知財政策の検討でも多数の実績を持ち、業界団体主催のカンファレンス、金融機関や事業会社内での役員・管理職向けセミナーでの講演、各種ジャーナルでの寄稿・執筆実績多数。
著者:鈴木 健二郎
出版:ポプラ社
価格:1,760円(税込)