中小企業のための人事評価の教科書
著者:宮川 淳哉
出版:総合法令出版
価格:1,760円(税込)
著者:宮川 淳哉
出版:総合法令出版
価格:1,760円(税込)
ビジネスを取り巻く環境はここ数年だけを見ても大きく変化している。新型コロナウィルスの感染拡大によってリモート勤務が広がり、新しい働き方として迎えられた一方で、マネジメント層を中心に戸惑いの声もあがっている。
それだけではない。遡ると、成果主義、OKR、ノーレイティング、働き方改革、エンゲージメント、ティール組織、さらにはジョブ型雇用に至るまで、新たな言葉が生まれては流行した。会社側はそれに合わせて新たな人事制度を設けるものの、「社内には馴染まない」という理由から廃案になるケースも多い。
これらはどれも会社を成長させ、業績を向上させるための手段だったはずだ。しかし、それがいつしか形骸化してしまい、「何のためにやっているのかわからない」という声があがるのが、日本企業が抱える問題点と言えるだろう。
経営コンサルタントとして150社を超える企業の人事制度の構築・運用に携わってきた宮川淳哉氏は、多くの企業で人事制度が機能不全に陥っている原因について次のように指摘する。
結局「人事評価」に対する本質的な認識の共有ができていないまま、表面的に制度を構築して走らせているためというのが結論です。(『中小企業のための人事評価の教科書』p.2より)
鍵はここで出てきた「本質」という言葉だ。この本質をつかめなければ、人事制度は上手く機能しない。逆に言うとこれをしっかり認識し、共有していれば、機能をするということになる。
その人事制度の本質をゼロから説明し、具体的にどのように考え、制度を作り、運用していけばいいのかが書かれているのが、宮川氏が執筆した『中小企業のための人事評価の教科書』(総合法令出版刊)である。
本書には目標をマネジメントし達成に向かうためのツールや、評価・育成のためのツールが詳しく説明されているが、まずは本質の部分、つまり「人事制度の目的」を認識することが必要だ。
その目的について、宮川氏は次のようにつづっている。
人事制度の目的は「目標管理・評価制度というマネジメントツールを活用してマネジメント活動を推進し、社員の成長を後押しし、経営成果と業績向上につなげること」(同書p.65より引用)
本書でも繰り返し述べられていることがある。それは、人事評価制度は単なる昇給ための仕組みでも、それなりの組織になってきた証でもなく、マネジメントツールであるということだ。このマネジメントツールを使って、社員の成長を促し、経営成果と業績の向上につなげるということが真の目的なのである。
そのためには、評価を単なる査定の場としてだけ機能させるのではなく、育成との連動が必要だ。マネージャーは部下に対して評価を伝える場で、フィードバックだけでなく、次の期に求める成長課題を伝え、その時から育成計画をスタートさせることが求められる。
「評価は成長・育成のため」とはよく言われることであるが、実際にそのように運用できている企業・マネージャーはほとんどいない。査定のためのツールになってしまっているので、評価者も評価を受ける側も面倒で憂鬱な作業になっているのだ。その点では、人事担当者やマネージャーがこれまでのやり方を見直し、評価制度をマネジメントに活用するという意識改革も必要になるだろう。
人事制度の真の目的を認識した上で、マネージャーは部下のマネジメントに取り組んでいくことになるわけだが、その具体的なやり方についても本書は網羅している。そちらはぜひページを開いてほしいのだが、その中から一つ、人材の成長に関するトピックを紹介しよう。
「70:20:10の法則」を知っているだろうか。これは、その人の成長に何が影響を与えてきたのかの割合であり、70%は「経験」(実生活や仕事における経験をこなし、問題解決をすることでもたらされる)、20%は「他者」(上司やメンターといった他者からのフィードバック)、10%は「研修」(正式なトレーニングや研修)であるという。
となると、マネージャーは部下にいかに成長の70%を占める実際の経験を積んでもらうかということを考える必要がある。宮川氏はこれに対して、突発的な経験ではなく、計画的に経験を積むという点に重きを置くことをすすめる。
本書では等級別に求められる能力を定義した「等級別要件基準書」が掲載されているが、その人がいる一つ上の等級の達成度を評価することで、経験を計画的に積ませるチャンスを作るといいだろう。
また、経験を学びにつなげていく成長サイクルによって「再現性のある能力」に進化させることの重要性も説かれている。部下の振り返り・気づき・教訓化を促す質問例も紹介されているのですぐに実践できるのではないだろうか。
◇
どんなに新しい制度が流行しても、人事評価やマネジメントの本質は変わらない。その本質さえしっかりと認識できていれば、人事制度が形骸化することはないはずだ。
本書ではテレワークやジョブ型雇用に対しても言及されており、頭を悩ませている人事担当者やマネージャー、経営陣にとっては大いに参考になるだろう。また、人事評価・目標管理に用いる各種フォーマットを紹介しており、すぐに使えるツールとしても活用可能だ。人事評価を見直したいとき、どう評価していいのかわからないとき、マネジメントに迷ったとき、ぜひこの「教科書」を開いてみてほしい。
(新刊JP編集部)
■多くの企業が理解していない「人事評価制度の真の目的」
宮川: まず、多くの中小企業で、人事評価制度を上手く活用できているとはいえない現状があります。彼らに何が問題なのかを聞いてみると、評価者による評価のバラつきですとか、部門間でのバラつきが発生していると。また、制度の運用に対して現場の負荷が高いので、できるだけシンプルにしたいという声もあがっています。
ただ、今あげた問題意識は、人事評価制度本来の目的からするとポイントがずれています。だから、運用が上手くいっていないというよりも、評価制度の本来の目的を達成するための使い方がそもそもできていないのが課題だと考えていました。
人事評価制度の構築と運用には、それなりのコストが発生します。そのうえで使い方を誤ってしまうと、そのコストは全て無駄なものになってしまいかねません。だから、経営陣はそうならないように、経営成果を最大化させるための「投資」と捉えて制度を運用してほしいと考えています。
宮川: 本書にも書かせていただきましたが、「マネジメント活動を推進し、社員の成長を後押しし、経営成果と業績向上につなげること」です。社員が成長し、その結果として業績が向上していく。そのために、多大な工数、費用をかけて制度を整備し、PDCAを回していくツールとして活用するわけですね。
その視点で考えると、評価制度がうまく運用できているのかどうかを判断する基準としては、制度を活用し始めてから社員の成長が加速し始めたかどうかが一つ。また、目標達成や業績向上がそれまで以上に実現できているかという点がもう一つです。もしそれができていないのであれば、評価制度は上手く運用できていないということになります。
よく、「最初は社員も慣れなかったり、面談もやらない評価者がいたり、評価シートの提出期限が守られなかったりと混乱していたけど、3年経ってようやくみんな慣れてきて、しっかり期限通り提出されるようになってきました」というようなお話もうかがうんですけど、それはゴールでもないし、運用が上手くいっていることにはならないですよね。
宮川: 人事担当者も本来の目的を忘れてしまうと、早目に告知しなければ、スケジュール通り評価を実施してもらわなければ、評価一覧表を作って評価調整会議の準備をしなければ…という視野の狭い仕事になってしまうんですよね。
宮川: まず、評価制度が査定ツールの機能のみでしか活用されていない。そして、さらにその査定に対してこだわりが強いという特徴があります。
一つ目の「査定ツールの機能のみの活用」は、目標達成と部下育成のためのマネジメントツールとして機能していないということです。こうなると、評価制度は単なる「期末の儀式」として行う面倒で気の乗らない面談になってしまいがちです。
二つ目に申し上げた「査定に対してこだわりが強い」は、先ほどお話しした通り、評価者間や部門間の評価のバラつきが許容できず、評価者研修や評価者の調整会議を行うなどに必要以上に無駄な工数をかけてしまうことがあげられます。
それに、本の中でも書かせていただいたように、評価シートで出てくる評価点数はそもそも正しくないんです。人によって求められる役割も違いますし、設定する目標そのものの難易度も違います。活用できるリソースも異なりますから、いかに調整しようとしても正しい点数が出てくるはずがありません。それにもかかわらず、ちゃんと運用して評価者の目線を合わせれば正しい点数がつくという前提に立ってしまうと、評価の調整作業が無駄に増えてしまい、そこに多くの時間を取られてしまいます。
宮川: そうです。本来であれば逆で、正しい点数は出てこないという前提に立ち、査定そのものは可能な限り手間暇かけずに終わらせるべきです。そして、空いた時間を目標達成や部下育成のための具体的な活動に使うべきでしょう。
宮川: まずは目的ですね。そもそも目的がズレていると、いくら小手先を直しても意味がありませんから。
目的そのものを見直して改革を進めるためには、人事部門だけではなく全社的な取り組みが必要です。
結局評価を行うのも評価制度というマネジメントツールを活用するのも、人事部門ではなく各部門の現場ですから、目的が浸透するためには経営陣や部門責任者レベルが全員納得してもらわない限り難しいでしょうね。
宮川: 上手く機能するためには、真の目的の浸透とともに、評価制度と連動して様々なことが変わる必要があります。それは、例えば年間の目標を、月単位の計画に落とし込んだり、週単位での進捗確認のやり方であったりです。社員が目標を達成させるためのPDCAを回すツールとして評価制度が導入されるのであれば、部下育成や目標達成のための取り組みは年間を通して行う必要があります。ですから、日々の動き方や部下との関わり方ががらりと変わらなければなりません。
ただ、いまだに根強いのが、「通常業務」と「評価や育成」を別だと捉える意識です。
評価制度を改定しましたとか、作りましたという時に、評価制度だけが変わるだけではダメなんです。つまり、評価の時期がやってきた時だけ、「通常業務で忙しいこの時期に・・」と言いながらバタバタと評価や面談を行う、そして評価の時期が終わると通常業務に戻っていく考え方ではおかしいのです。
評価や育成は通常業務のおまけではなく、通常業務の中にあるものです。
宮川: そうですね。カギとなるのは人事部門がどれだけ現場をサポートできるかなんですよね。制度と評価シートだけ作ってあとは現場にお任せだと、結局人によってバラつきが出てしまいます。評価者の方々に評価の時だけではなく、日々のマネジメントや部下との関わり方をしっかり考えてやってくださいと言っても、それですぐに変えられるかといったらそうではないですよね。だから、具体的にそのやり方を標準化し、研修などで伝えていくといったサポートが必要になります。
宮川: 私がコンサルティングで関わらせていただいている会社の例でいいますと、やはり人事部の考え方や関わり方が変わりましたね。
それまではスケジュールの告知や提出管理のような事務的な関わり方ばかりで、評価制度の運用を現場に任せきりだったのですが、現場のマネジメントのサポートを行う意識がすごく強くなったという変化がありました。
その結果、マネージャー向けの研修も、流行りのテーマの研修ではなく、マネジメント力を伸ばすための内容に変わりましたし、日々の現場の業務運営にも積極的に関わるようになりました。社員の成長や目標達成の実現に向けてPDCAがうまく回っているか、回っていないならどのように解決すべきか、という視点でサポートをするように変わりました。
宮川: そうです。例えば現場に「どんなふうに部下とPDCAを回しているんですか?」とヒアリングをして実態をつかんだり、部門のミーティングに参加したりして、ちゃんとPDCAに即して行われているのかを確認したりといった、能動的な動きをするようになりました。
その結果、人事部の担当者のやりがいも上がりました。
現場から煙たがられる存在ではなく、サポートをすることで感謝される存在になりましたし、自分自身がより誇りを持って仕事に取り組めるようになったという感想をいただいた事例があります。
その意味では、評価制度を活性化させるためには、個々のマネージャーの意識変革も重要ですが、人事部のメッセージや現場へのサポート内容、そして先ほども少し言いましたが経営陣がしっかり納得してメッセージを発信することが重要です。
「いついつまでに評価をして面談して評価シートを提出してください」という人事部門の告知しかなければ、受け取る側もそのように動くだけです。何のための評価制度なのか、評価だけではなくマネジメントツールとして日々どのように活用するのか、具体的にどのように動いてもらいたいのかを折に触れて伝えてもらいたいですね。
■マネージャーに求められる人間力よりも大切な能力とは
宮川: マネージャーに求められる要素や能力として、書籍や研修などを見るとだいたい2つの内容にまとめられます。
1つ目は細かいスキルですね。コーチングスキル、ファシリテーションスキル、プレゼンテーションスキル、ロジカルシンキングといったものがあげられます。
2つ目は人間力です。部下との信頼関係を築いて影響力を発揮することが求められるわけです。
ただ、実は私自身はその2つに少し違和感を持っているんですね。
では、どんな能力を求められるのか。まず必要なのはマネージャーの役割認識です。マネージャーの目的、仕事とは、自部署の目標を達成すること、そして部下を育成するということです。そのためにPDCAをうまく回す能力が求められます。
自部署の目標達成のためのPDCAを回すためには、あるべき姿やビジョンを設定する力、現状を把握する力、分析する力、ギャップを見出して、そのギャップを埋めるための仮説を立てて実行する力、結果を検証して次につなげる力が必要です。
また、部下育成のためのPDCAを回すためには、計画的に経験を与え、その経験から何を学べたか、そして今後に生かせる教訓は何かという経験と学びのサイクルを回せるようにフォローする力が必要です。
宮川: いえ、そうではありません。マネージャーには人間力が必要だという話はもっともだと思うのでそのための努力はするべきですね。ただし、全人格的な人間力が必要だと定義づけてしまうと、それが不足している人はどうするのか、どうやって身につければいいのかとなってしまいます。
しかし、PDCAを回す力というのは手法ですから自分の中で型として確立しやすいはずです。そのマネジメントの型をしっかり確立したうえで、その型に基づいてPDCAを回していくと。そして都度の成功体験や失敗体験を反映させて、マネジメントの型をブラッシュアップすることでより再現性の精度が高まります。
1つ目にあげたコーチングスキルやファシリテーションスキルなどの個々のスキルもPDCAを回していくための補完的なスキルですから、やはりPDCAをうまく回す能力が一番重要ではないかと思いますね。
よく、「変化が激しく先行きが不透明な今の時代こそ、○○スキルが必要だ」のような表現を目にしますが、先ほど申し上げたようなマネジメントの型を既に自分なりに確立している人がそれを取り入れるということならよいと思います。
間違っても、「○○スキルがあれば成功する」というものではないですし、それを学ぶ研修を1日受ければ自分が変わるというものではないでしょう。
宮川: まず、流行は2種類に分けることができます。1つは働き方改革のように、会社で取り組まなければいけないもの。もう1つはジョブ型雇用やティール組織、OKRなどで、会社によって取り組むか、取り組まないかを選べるものです。
前者については、「手段が目的化しやすい」という点に留意して対応しましょう。
本書でも書いていますが、その先にある目的がそもそも何かを理解することが必要です。例えば、働き方改革の目的は残業上限規制ではなく、働きやすい環境を整備して、生産性を向上させることです。
その目的を認識していない状態で最低限の取り組みだけをしても、目的は達成できないでしょう。
後者のジョブ型雇用やティール組織といった、いわゆる「流行」についても、大事なのは目的です。その目的を理解したうえで、本当にそれをやるべきかどうかを考える必要があります。
ただ、多くの企業は、そもそもその言葉の定義が定まっていない状態で飛びついているんですよね。ですからこちらは、「定義を明確にした上で、自社の目的と照らし合わせて導入の必要性を検討する」という点に留意して対応しましょう。
本書でも「ジョブ型人事制度に関する誤解」として書かせていただいていますが、そういった「流行」は、中途半端に理解されたまま広がっているところがあります。メディアもしっかり理解していない状態でニュースを発信したり、そこでコメントを求められている専門家と言われる方も、間違った解釈をしていることが多いんです。
だから、まずはそういった情報を目にしたときは、クリティカルシンキング、批判的思考が大切です。つまり、情報を鵜呑みにせずに、前提条件が正しいのか、事実なのか意見なのか、違う視点はないのか、情報が不完全ではないのかなどを考えた上で解釈し、自分なりにしっかりした定義を持ちましょう。特に人事の責任者であるならば、そこまでしたうえで自社でも導入すべきかどうかの結論を持っておくべきでしょう。正確に理解しないまま、安易に「流行ってるからうちでもやったほうがいいんじゃない?」という声には乗らないことですね。
宮川: 人事部の皆さまや経営陣の皆さまにとって、本書を読むことで人事評価制度についての認識ががらっと変わるのではないかと思います。
真の目的をしっかり共有したうえで、会社として、人事部として、現場のマネージャーに対してどのようなサポートをすべきなのか、そしてどのようなマネジメントの仕組みを作るべきなのか、その答えをつかめるのではないかと思います。そして、そのサポートや仕組みを実践していくことで、人事評価制度の目的である社員の成長と業績向上を達成していただきたいと思います。
また、評価者であるマネージャーの皆さまには、部下育成と目標達成のためのマネジメントツールとして使っていただき、部下の育成や自部署の目標達成に役立てていただきたいと思います。
(了)
宮川淳哉(みやかわ・じゅんや)
株式会社ワンネス・コンサルティング 代表取締役/中小企業診断士
SMBC コンサルティング講師(2015 年~)
名古屋商科大学大学院マネジメント研究科客員講師(2015 年~ 2021 年)
教育関連企業勤務後、総合コンサルティングファームのアタックスグループへ入社。以来、組織人事コンサルタントとして、人事制度構築、組織開発、事業戦略・経営計画策定などの経営支援業務および人財育成・企業研修業務に従事。2011 年に株式会社ワンネス・コンサルティングを設立。「組織の一体感創り」と「会社の自働成長支援」をコンセプトに、経営者・後継者の経営パートナーとして活動を続けている。特に、組織・人事を経営視点で活性化させ、会社成長と社員の成長を両立させ、業績向上を実現させる手法に定評がある。これまでに350 社を超える中堅・中小・ベンチャー企業から上場会社までの変革の場をリードする。その他、公的機関、トヨタ自動車をはじめとする個別企業での研修・講演など500 回以上の実績がある。
ワンネス・コンサルティング公式サイト
https://www.oneness-consulting.com/
著者:宮川 淳哉
出版:総合法令出版
価格:1,760円(税込)