話題の著者に聞いた、“ベストセラーの原点”ベストセラーズインタビュー

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みかづき

『みかづき』

  • 著者: 森 絵都
  • 出版社: 集英社
  • 定価: 1,850円+税
  • ISBN-10: 408771005X
  • ISBN-13: 978-4087710052

『みかづき』著者 森絵都さん

出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。
第87回に登場するのは作家・森絵都さんです。

森さんは1990年、『リズム』で第31回講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー。2006年に『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞しました。

そんな森さんの最新長編小説となるのが、2016年9月に出版された『みかづき』(集英社刊)です。

本作は「王様のブランチブックアワード2016大賞」を受賞、評論家や作家、各メディアから絶賛の声が上がった感動巨編。昭和から平成の塾業界を舞台に、親子三代が奮闘を続ける、家族と教育をめぐる物語です。

どんな世代でも必ず心を打つ風景が出てくる本作について、森さんにお話を伺いました。

(インタビュー・記事/金井元貴)

家族という「縦のつながり」を書きたかった

――  『みかづき』は昭和36年、千葉の習志野にある小学校で、小学校用務員の大島吾郎と、勉強を教えていた児童の母親である赤坂千明が出会い、学習塾を立ち上げるところから物語が始まります。書評家・北上次郎さんとの対談の中で、本作は「縦のつながり」を意識されたとおっしゃられていましたが、その部分をもう少し詳しく教えていただけますか?

森絵都さん写真

森: 今までは友だち同士であったり、恋人同士であったりという「横のつながり」で物語を書くことが多かったんです。でも、今回は世代を超えた長いお話を書きたいという想いがあり、「縦のつながり」を意識したんです。

――  では、最初から三代の物語にしようとしていたのですか?

森: いえ、最初は親子二代で考えていました。親から子へ、という流れで。

ただ、世代を通して受け継がれていくものを、家族のつながりや教育というテーマで書いていく中で、最後に主人公になったのが孫の世代だったんです。

――  「教育」というテーマは普遍性がありますが、その中で塾業界を取り上げていらっしゃったのは新鮮でした。

森: 教育をテーマにしたときに、学校は王道過ぎるけれど、塾ならば色気を出せるように思えたんです。講師と子どもの距離も近いですし、教え方も十人十色。学校という「聖なる学び舎」ではない場所というところで、人間くささのある教育の模様が描けると感じました。

――  森さんは塾に通われていらっしゃったんですか?

森: 中学3年生の時に受験勉強で少しだけ。でも、あまり一生懸命ではなかったので(笑)、良い意味でも悪い意味でも思い入れはありません。だから、塾に対してはフラットな気持ちで書けましたね。

みかづき 登場人物相関図

――  この『みかづき』は主人公が3人います。最初の主人公が「千葉進塾」の創業者である大島吾郎ですが、妻の千明とともに塾の経営を軌道に乗せますが、途中で塾長の座を交代し、海外放浪の旅に出てしまう可哀想な人物です。

森: 吾郎は基本的に真面目で、ちょっと頼りないところもあるけれど、憎めない人です。

彼は、家族のために自分を犠牲にして働きます。そのうえで、千明から塾長の交代を迫られるのですが、頼子という千明のお母さんが娘に対して「もう吾郎さんを自由にしてあげたら?」と言ったように、私も執筆している中でそういう気持ちになったんです。

吾郎が、子どもたちにとって良いお父さんでいることも重要だけど、吾郎は吾郎らしく生きることも子どもたちにとって大事なことなのではないかと思ったんですね。

――  それで塾長を退いたあと、吾郎を海外に行かせてしまったんですね。

森: そうですね。吹っ切って、海外に行かせちゃえ!って(笑)

――  その妻であり、二人目の主人公である千明はかなり強烈なキャラクターです。

森: 経営者の論理で全てを考えていく人ですね。ただ、吾郎が子どもに教えることに情熱を傾ける性格でしたから、千明の性格は経営者らしくならざるをえなかった部分があります。

――  本作の最終章となる8章の主人公は吾郎と千明の孫である一郎です。

森: 先ほども言いましたけど、もともと一郎を主人公にしようとは考えていなかったんです。3人の娘のうちの一人が物語を引き継いでいくのかなとおぼろげながら思っていたのですが、それとは別の形になりましたね。

――  一郎と吾郎は血がつながっていないけれど、吾郎の面影を受け継いでいるのは一郎ですよね。一郎の母親である長女の蕗子は大島家の中では唯一、学校の教員になるなど独特な存在です。

森: 蕗子は千明の娘で、最初に吾郎と出会います。この小説は教育をテーマにしてはいるけれど、「教育とはこうだ!」という話から始まるのではなく、子どもとの出会いから火が灯ってほしいと思っていました。その吾郎に火を灯したのがこの蕗子なんですよね。

実は書き始めた当初は、蕗子が千葉進塾を継ぐのだろうと思っていました。ただ、物語が進む中で、蕗子の母親に対する複雑な感情から公教育の道へ歩ませることにしたんです。

――  キャラクター作りをする中で、一番大事にしたことはなんですか?

森: キャラクター作りをする中で、一番大事にしたことはなんですか?

でも、その一方で、大島家は家族ですから、吾郎のどの部分をどの子どもが受け継いでいくかというということも考えながら書いていました。

津田沼戦争、戦後教育…。土地と時代が繰り広げる物語

――  本作を執筆されるにあたり、かなりの調査や取材を行ったと思います。

森絵都さん写真

森: まず時代を調べないといけなくて、いつ何が起きて、その時の空気はどんな感じだったのか。教育業界の出来事だけではなく、その頃の風潮も含めて時代を調べていくということをしましたね。

――  最も印象に残っている時代は?

森: 「津田沼戦争」という塾同士の熾烈な抗争があったことを聞いたときは「この時代のことは絶対に書きたい」と思いました。

もう一つは、1999年の塾と文部省の歴史的会談。文部省が塾を学校の補完機関として容認したという出来事です。自分の中で必ず抑えたい時代の転換期だったので、この2つは特に力を入れて調べましたね。

――  津田沼戦争は1980年代半ばに実際にあった出来事だそうですが、昔、津田沼で塾を経営されていた方にお話をうかがったのですか?

森: そうですね。実は津田沼戦争については、紙で残っている資料がほとんどないんです。だから、当時塾を経営されていた方に話を聞くということがほとんどでした。

――  物語のリアリティを高めているのが、千葉県習志野市や八千代台という場所です。

森: もともと習志野の近くに住んでいたことがあって。場所は八千代台よりももっと田舎の方だったのですが、当時の私からすれば八千代台はものすごく華やかな街という印象がありました。

――  では、この『みかづき』という小説はある意味で森さんご自身のルーツを辿られているところもあるんですね。

森: 小説には自分のことを重ねないようにしているのですが、どこかで滲み出ているのかもしれません(笑)。

――  本作は戦後教育を追っていく形で物語が進んでいくわけですが、その部分で気付きはありましたか?

森: 日本の教育は本当に行き当たりばったりできたのだなということを痛感しました。

骨太の方針があって、きれいなラインを辿ってきたのではなく、どこを目指しているのか分からない、その時その時にいろんなことを考え、やろうしては潰れて、ということの繰り返しで今に至っているんですよね。

ただ、おそらくその時代ごとにおいて、本気で教育をよくしようとしていたのだと思います。だけど、長期的な考えに基づいた太い政策は見られなかったですね。

――  この物語からも伝わってきますが、方針が右往左往していますよね。

森: そうなんですよね。日本の教育の課題は、教育界の問題だけではなく、その時その時で経済界の介入があったり、海外からの干渉もあったりしました。だから必ずしも文部省だけの問題ではないというところも根深い部分です。

ただ、それは教育界に限らないこともそうだと思うのですが。

「異なる時代を表現する」ために気を付けたことは?

森絵都さん写真

――  昭和から平成とはいえ、10年違うだけでもまったく文化なり生活が変わってきますよね。その部分で気を付けたことはありますか?

森: 文体ですね。文体自体にその時代が染み込むようにしました。例えば、吾郎と千明が出会った頃は、あまりカタカナを使わないようにしたり。あとは言葉遣いも。それらすべてが物語を作っていく要素になるのですごく気を付けた部分です。

――  蕗子は親に対して「ですます」調で話していますよね。

森: あの時代はそういう話し方が結構あったんです。夫婦の間でも「ですます」を使ったりしていて。

――  時代を追うごとに言葉づかいも変化していきます。

森: そうですね、流行り言葉もありますし。当時流行した象徴的なものを登場させていくことで、読者の方が自分の記憶と重ねながら読んでいきやすいかなと思って取り入れています。

――  そういう意味では「谷津遊園」は懐かしさを感じる人も多いでしょうね。

森: 私は中学生の頃に友達とよく一緒に行っていました。本当に「遊び場」という感じでしたね。

――  本作のレビューを読んでいると、読者が自分の世代の切り口でこの本について語れることが、この小説の最大の特徴ではないかと思います。

森: そうですね。今までないくらい幅広い世代に読んでいただいているようで、それはこれまでとは違うところだと思います。

――  ちなみに、森さんご自身が大島家の中で一番近いなと思うキャラクターは?

森: 私は年齢的には三女の菜々美とほとんど変わらないんです。

菜々美は高校に行かない!と言ったり、海外を放浪したりもしますが、私も競争はあまり得意ではなかったし、多少グレたこともありましたから(笑)、菜々美ですね。海外も好きでしたし、行動も結構似ているので、近いです。

――  若い主人公である一郎の世代に対して、森さんが期待していることはありますか?

森: 具体的な期待というよりは、私たちが思っている世の中と、若い人たちの目に映るっている世の中は違うでしょうし、自分の信じる道を進んでほしいなと思います。でも、世の中を良くすることについて、すごく考えていると思います。

森絵都さんが薦める「10代のうちに読んでおくといい本」

――  本作に限らず、森さんの小説を読むと強く感じるのですが、登場人物に感情移入しやすいと思うのですが、それは何故なのでしょうか。

森: 私も書いていて、(キャラクターに)感情移入しているところがあります(笑)。作中人物のせりふも、その立場に立ったつもりで書いているのが大きいのかもしれません。でも、その一方で人物を客観的に見る視点も持っていますね。

――  特に少年や少女の心の機微は毎回心を打たれます。

森: でも、最近はちょっと描き方が違ってきていますね。デビューした頃はまだ20代半ばだったから、わりと肌感覚で10代の頃の心の動きを描けていたのですが、今はお母さん的な感覚で少年少女たちを描くようになりました。

――  小説だけではなく、絵本も書かれていますが、絵本と小説の書き方はやはり違うものなんですか?

森: 文章を書くという意味では、集中するところは変わりません。ただ、私の中で物語は誕生した時からだいたいどのくらいの長さになるかという尺が決まっている感覚があるんですよ。

だから、絵本は浮かんだとき絵本の尺に収まっているし、子ども向けの物語だとその尺になっている。

――  では、『みかづき』も最初からこれくらいの長さになるだろうということは想像されていたのでしょうか。

森: 『みかづき』については、長編になることは分かっていましたが、ここまで長くなるとは思っていませんでした。ただ、絵本や短い短編については浮かんだときからだいたい原稿用紙何枚かというのは分かります。

――  長編と短編では、書きやすいのはどちらですか?

森: 書きやすさでいえば長編です。特に後半になるにつれて、物語に没入していけますから(笑)。短編は毎回新しいものを書かないといけないけれど、短いので(執筆が)すぐ終わるから、その部分は書きやすいかな。

――  森さんが感じる「魅力的な人」ってどんな人ですか?

森: 基本的には自由な人ですね。マイペースで我が道を行くというタイプの人には魅力を感じます。

――  お話を伺っていると、森さんご自身もかなり自由な方のように思います。

森: そうなんですか? 作家の中では常識に縛られているタイプではあると思うのですが…(笑)。

でも先日、朝日新聞社の「オーサー・ビジット」という、作家が学校で特別授業を行うという企画に参加させていただいて、授業終了後に子どもたちから感想をいだいたんですね。そうしたら、「何物にもとらわれていない自由な人だと思いました」と書かれていたんですよ(笑)。私ってそんなに自由な人だったんだ!って。

――  小説に関してはすごくストイックでいらっしゃる一方で、発想はすごく自由でいらっしゃいます。それは小説を読んでいてすごく感じます。そんな森さんに10代のうちに読んでおいてほしい本を3冊選んでいただきたいのですが、よろしいでしょうか?

森: そうですね…。まず、『ムーミン』シリーズは10代のうちに読んでほしいです。

『ムーミン』シリーズって、読む年齢によって受け止め方がすごく違ってくるように感じるんですね。私は20代に入ってから読んだのですが、10代で読んだらまた違った読み方をしていただろうなという感じがあって、10代であの自由な共同体の世界に触れることは大事なことだと思いますね。

あとはそうですね…。男の子向きと女の子向きで分けて選んでもいいですか?

――  大丈夫です。

森: 男の子向けは、以前「誰にも薦めないけれど読んだ方がいいかもしれない本」というテーマの案内本でも取り上げたのですが、佐々木譲さんの『冒険者カストロ』です。

この本はフィデル・カストロというキューバで革命を起こした政治家の人生を辿ったノンフィクション小説です。カストロについては良い面だけではないかもしれないけれど、今の世界にはあまりいない人だと思っていて、特に男の子であれば、彼のような強い生き方に触れることで何か感じるものがあるような気がするんですね。

また、200回以上暗殺されそうになったり、エピソードも波乱万丈で単純に物語としても面白いですし、佐々木さんの文章もすごくかっこいいですね。

女の子向けですと、佐藤多佳子さんの作品ですね。特に彼女のデビュー作となった『サマータイム』は、『月刊MOE』という絵本の雑誌が主催する『月刊MOE童話大賞』を受賞した作品で、初めて読んだときに私は作家志望の身だったのですが、「こんなに上手な人がいるんだ!」と思って友だちに見せて回ったのを覚えています。

その後、『サマータイム』の新潮文庫版の解説を書かせていただいたりもしているのですが、佐藤多佳子さんはどの作品も好きです。

10代のなんともいえない、言葉にできないところを言葉で表現されているのが佐藤さんで、自分たちのもやもやをしっかり描いていると感じて、読むとすっきりすると思います。また言葉の綺麗さも素晴らしいので、ぜひ読んでほしいです。

――  作家志望の頃のお話が出てきましたが、森さんが作家になろうとしたきっかけはなんだったのですか?

森: 教育をテーマにした小説を書いていますけど(苦笑)、高校3年生になったとき、大学に行く気もなく、就職したくもなかったけれど進路を考えないといけなかったんですね。じゃあ自分はどんな仕事ができるのかなと消去法で考えていったときに、書くことは昔から好きだったので、これなら続けられるかもしれない!と思って作家に(笑)

――  まさに大島三姉妹の菜々美と被りますね…。

森: そうなんですよね。菜々美は中学生のときに「高校には行かない!」って言っていましたけど、私も高校に入学した当初は、「高校をやめる」って宣言していましたね。

――  これから『みかづき』を読もうと思っている方や、再読しようと思っている方にメッセージをお願いします。

森: 世代によって受けた教育は違うと思いますが、自分と重なる部分がどこかで出てくると思います。物語ですが、大島家の人たちを身近に感じながら読んでいただけたら嬉しく思います。

取材後記

『みかづき』の最大の特徴は、どんな世代の人が読んでも、自分の世代の視点で読むことができるということ。私自身は3人目の主人公にあたる一郎と同じ世代なのですが、彼とその仲間たちがやろうとしたことに対して共感を覚えますし、また上の世代の人たちがどう考えて教育を変えようとしてきたか、どのように「教育のあり方」が変わってきたのか、新たな発見がありつつ、読み込むことができました。
もし本作を読み終えたら、ぜひご家族の方にもすすめてみてください。きっとこの本で話が盛り上がるはずです。
(新刊JP編集部/金井元貴)

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著者: トーベ・ヤンソン(著), 山室 静(翻訳)
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『サマータイム』
著者: 佐藤 多佳子
出版社: 新潮社
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プロフィール

■ 森絵都さん

1968年東京都生まれ。早稲田大学卒。90年『リズム』で第31回講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。95年『宇宙のみなしご』で第33回野間児童文芸新人賞と第42回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を、98年『つきのふね』で第36回野間児童文芸賞を、99年『カラフル』で第四六回産経児童出版文化賞を、2003年『DIVE!!』で第52回小学館児童出版文化賞を受賞するなど、児童文学の世界で高く評価されたのち、06年『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞を受賞した。『永遠の出口』『ラン』『この女』『漁師の愛人』『クラスメイツ』など、著書多数。(書籍より引用)

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『みかづき』
著者: 森 絵都
出版社: 集英社
定価: 1,850円+税
ISBN-10: 408771005X
ISBN-13: 978-4087710052

作品紹介

昭和36年、小学校で用務員として働いていた大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親・赤坂千明とともに学習塾を立ち上げることに。吾郎は千明と結婚し、塾は順調に成長していくが――。時代に翻弄される塾業界の中で、自分の信念を持って動き続ける人々。山あり、谷あり、涙あり。三世代にわたって繰り広げられる感動の物語が幕を開ける。
『みかづき』公式特設サイト
http://renzaburo.jp/mikaduki/

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