「『何者』で就活生を書いたので、『何様』では“就活生を導く側の人”を書きたかった」
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朝井さんのことでよく憶えているのは、2013年に受賞された直木賞の受賞挨拶です。
直前に選考委員代表としてスピーチをした渡辺淳一さん(故人)が話していた「作家は家を建てなきゃダメですよ。なにしろ“作(る)家(を)っていうんだから」というくだりを、ご自身の挨拶の冒頭にもってこられた。ものすごく頭の回転の速い方だなと。
朝井:
とんでもないです。あのときはトップバッターじゃなかったのがよかったですね。自分の前にステージに立つ方がいて、その人がしゃべっているのを見ると「スピーチをしている人」を客観的に捉えられるからか、緊張がほぐれるんです。渡辺先生のスピーチを見ていて気持ちが楽になったのかもしれません。
それと、その時の渡辺先生のスピーチがものすごく笑いを取っていたので、これは乗っかっておこうと(笑)。
―― 今回の新刊『何様』は、その時に受賞した『何者』のサイドストーリー集です。このアイデアというのは、『何者』を書かれた頃からあったのでしょうか。
朝井:
実は今回の本の一編目である「水曜日の南階段はきれい」は、『何者』を書くより前に完成しているんです。この短編の「光太郎」というキャラクターを借りてきて『何者』を書いた、という順番です。
そして『何者』刊行後、あるテーマに沿って色々な作家が競作をするという仕事を立て続けにいただき、そのとき書いた短編にそれぞれ『何者』のキャラクターを使ったんです。『何者』には、自分の中では細かく設定を決めていても本編にはそこまで落とし込んでいなかったりするエピソードがあったので、それをきちんと書きたいな、という思いがありました。
たとえば『何様』2編目の「それでは二人組を作ってください」は、【二人暮らし】をテーマにした『この部屋で君と』っていうアンソロジーに参加した作品で、このテーマをいただいた時はちょうど自分の中で「テラスハウス」があらゆる意味でブームでした(笑)。
二人暮らしという設定でどんな小説を書こうかな、と考えているうち、「そういえば『何者』に、一緒に住んでいる理由をいまいちきちんと読者に説明できていない二人がいるな」と思い出して、理香と隆良の話を書きました。この「それでは二人組を作ってください」は個人的にものすごく気に入っています。
最初にお話した「水曜日の南階段はきれい」は【最後の恋】というテーマで、サワ先輩というキャラクターが出てくる「逆算」は【クリスマス】というテーマでそれぞれ別のアンソロジーに参加した作品です。このあたりまでくると枚数もかなりの量になっていたので、「いずれ一冊の本にまとめられないかな」とずっと思っていました。『何者』映画化のタイミングで実現できて本当に幸せです。
―― 『何者』では、就活生である登場人物がそれぞれに悩みや葛藤を抱えていました。『何様』でもそれは変わらないのですが、悩みの内容が幅広くなりましたし、質も変わった気がします。社会人ならではという葛藤もありましたし。
朝井:
『何者』は就活生の話だったので、『何様』ではその就活生を操る、導く側の人間、つまり人事部の面接官や就活セミナー講師などの視点を絶対に書きたいと思っていました。そういった人について書こうとすると、やはり考えることや悩みの質も広がりますよね。
それと、各作品を書いた時期がバラバラで、最初に書いた作品から最後に書いた作品まで4、5年かかっています。その間に、僕自身も学生から社会人になったりと、会社の中でも異動したりと変化があったので、そのあたりも影響しているのかもしれません。
―― やはり、ご自身の悩み事が作品に投影されたりもするんですか?
朝井: この中で最も投影されているとしたら、書下ろしの「きみだけの絶対」や、最後に収録されている「何様」あたりだと思います。ただ、自分の悩みをダイレクトに書いているわけではないです。
―― 「何様」の主人公は企業の人事部に勤めていて、まさに「学生を導く側の人」です。
朝井:
『何者』では何者かになりたがっている就活生を書きましたが、社会人になって数年経ち、生きていくことは何者かになったつもりの自分に裏切られ続けることだな、と感じました。それからずっと「自分は今の立場にふさわしいのか」というテーマを考えていて、それを書くならば人事部、つまり就活の面接官がベストだろうと。
社会人になるとみなさんあるんでしょうけど、異動って、わりと急に知らされますよね。その瞬間に、自分の肩書が変わる。営業部だった自分が、何週間後には人事部に、学生を選別する面接官になっていたりする。そうすると、「今の自分は人を選ぶ立場に見合っているのか」という心境になりやすいんじゃないかと。これは会社内の話に関わらず、自分は人の親になれるのか、とか、自分は今の年齢に見合った中身なのかとか、そういう大きな出口につながっていく感情だと思っています。
『何者』は「幸せな映像化」
―― 10月15日(土)には、映画『何者』が公開されます。ご自身の小説が映画になるというのはどういう気持ちですか?
朝井:
デビュー作の『桐島、部活やめるってよ』を映画にしていただいた時、周りの人に「あれは本当に幸せな映像化で、あんなにうまくいくことは今後ないと思ったほうが良い」と言われたんですけど、こちらとしては初めての経験ですから、幸せと言われても相対評価する対象がなくて、よくわからなかったんですよ。
でも、その後別の形でメディアミックスを経験して、言われていた言葉の意味がよくわかりました。フィクションの良心というか、物語としての道理というか、そういう部分を共有できている人と組んで映像化できることがいかに幸せなことか、思い知りました。
―― そうでない人と組まないといけないこともある、と。
朝井:
でも、その人はその人で、私とは別の部分に良心や道理を持っているんですよね。たとえば、予算や撮影スケジュール、キャスト側のNGうんぬんなどの物語外にあるルールを守る、みたいなこと。それはそれで、正しい仕事なわけです。ただ、私はやはり登場人物の心の動きという物語の本質を大切にしたいので、なかなか摺合せが大変なわけです。
『桐島、部活やめるってよ』では、製作スタッフ全員が、物語の本質の部分を最優先事項として捉えてくださっていました。内容は原作と映画で大きく変わっていましたが、心の動きに全く矛盾がなかったんです。物語外のルールに物語が無理やり当てはめられるということがなかった。これは本当にすごいことです。
『何者』は監督の三浦大輔さんが原作を大変尊重してくださる方で、セリフも含めてほとんど原作通りに映画化されています。なのでこちらも物語外のルールに物語が無理やり当てはめられるということがありませんでした。ただ、後半に演劇を長らくやられている三浦監督ならではの演出が炸裂するので、そこで映画になった意味、三浦監督が撮った意味が見事に花開いています。『何者』読んで『何様』読んで映画を観て、と、フルコースで楽しんでいただきたいです。
―― 朝井さんご本人についてもお聞きしたいです。最近気になることや関心事について教えていただけますか?
朝井:
いろんな作家も言及していますが、とりあえず小説を書く人工知能ですかね。星新一賞の一次審査を人工知能が創作した小説が通過したというニュースがありましたけど、私としてはもっと早く発達してほしいな、と。
というのも、僕はストーリーを考えるのが本当に苦手で、考えなくていいなら考えたくないんですよ。
―― それは意外です!
朝井:
本当のことをいうと、物語の起承転結はどうでもいいと思っていて。読んでいるときも書いているときも、これを書きたかったんだ! っていう一行に出会えればそれでいいというところがあって。だけどそれだと多くの人に楽しんで読んでもらえることはできないだろうから、エンタメ性を持たせるためにストーリーをくっつけている感じなんです。
だから、プロットを作ってくれる人口知能ができたら、ぜひ手を組んで、プロットはお願いしたい(笑)。プロット:人工知能、執筆:朝井リョウという合作をしてみたい。
自分の作家性は、ストーリーの構成や展開ではなくて、ストーリーとは関係ない部分の描写や、どうしても伝えたいメッセージの部分にあると思っています。プロットの部分で個性を発揮する作家ではないので、プロットを代行してもらっても実は読者もそこまで違和感を抱かないような気がしていたり。ダメですかね(笑)。
―― 他の作家さんと仕事以外で交流することはありますか?
朝井:
僕はデビューしたのが2010年なのですが、同じ年にデビューした柚木麻子さんや窪美澄さんとはよく集まって食事したり昔のドラマを一気見したりしています。三人とも、ものすごくしゃべります。
あと、西加奈子さんが毎年作家を集めて花見をしてくださるんですけど、それにも参加しています。村田沙耶香さんが芥川賞を受賞された時も、そのあたりのメンバーが集まってお祝いをしました。
―― 作家さん同士が集まると、どんな話になるんですか?
朝井: くだらない話ばかりですよ。朝までコースになるときもあるんですけど、夜も深くなると酔っぱらってきて、次の日なんの話をしたか全く覚えていない人もいます(笑)。お互いの作品について語り合うみたいなことはほぼなくて、本当に普通に友達同士みたいな会話が多いですね。内容は詳しく話せませんが、お互いの失態を責め合ったり……最近はお笑い芸人さんが合流することもあって、私が仲良くしている作家はお笑いが好きな方が多いので、そのあたりの話も盛り上がります。柚木さんとは大体ハロプロやつんく♂さんの話をしています。
「もう一度ストーリーを書く感覚を取り戻したい」
―― 20歳と、若くしてデビューされた朝井さんですが、小説を書き始めたのはいつごろですか?
朝井:
小説と呼んでいいかわかりませんが、動物が主人公の絵本のようなものなら、小学校に入る前くらいに姉の真似をして書いていました。
その後、小学生の時に家にパソコンが来て、「一太郎」が使えるようになるともっと長いものを書けるようになって……という感じですね。
小学6年生の時に初めて小説の新人賞に投稿しました。当時はそれでデビューするつもりでいました(笑)。中学生の時は夏休みの自由研究として、毎年長編小説を書いていました。新人賞をいただけたのは19歳のころですが、それまでには長編だと10本以上は書いていたと思います。
―― 直木賞を受賞してから3年が経ちました。この間、どんな変化がありましたか。
朝井:
生活上の変化としては、会社を退職したこと。作家としては、ストーリーものがより苦手になってきていることが変化かもしれません。
『何者』より前の作品は、結構ストーリーを重視して書いていたんですけど、『何者』で「ストーリーよりも自分の言いたいことを言おう」みたいな感じになって、それがたくさんの方に読んでいただけました。
こういう話の方が僕も書いていて気持ちよかったですし、読者の反応も大きかった感覚があったので、より「ストーリーはどうでもいい」と思うようになってきてしまって……今、それは良くないなと思っているところです。ストーリーも面白いし、これぞという一行もある、という作品を目指さないと。
―― 人生で影響を受けた本がありましたら、3冊ほどご紹介いただければと思います。
朝井:
あまり読書体験が多くないのですが、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』は外せません。高校時代にこの本を一気読みしたあの幸せな記憶が、今でも執筆のエンジンになっています。読み終わりたくない! 一生この物語の中にいたい! と部屋でバタバタのたうちまわる読書体験、僕もいつか提供してみたいです。『一瞬の風になれ』のような小説を書くことは僕の目標の一つです。
また、さくらももこさんのエッセイには確実に影響を受けています。『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』の三部作が特に大好きですね。とにかく内容がくだらなくて、「読書とは人生に何か大切なことを教えてくれるもの」みたいな出来れば信じていたい美しい定説が崩される瞬間がぎゅうぎゅうに詰まっていて、快感です。作家になったら絶対「ただ笑えるだけのエッセイ」を書こう、できれば三部作で、と決めていました。
子どものころに繰り返し読んだ、はやみねかおるさんによる『名探偵夢水清志郎シリーズ』も私にとって大きかったです。四作目の「魔女の隠れ里」という作品が大好きで、途中まで関西弁だったキャラクターが最後標準語で独白するシーンがあるんですよ。そこを読んだときにとにかくゾッとして。自分は関西弁だっていうだけでこのキャラクターを関西人だと思い込んでいた、と、その思い込みに驚いたんですよ。ずっと、人間を書くときはその人物を立体的に捉えることを意識しているんですが、それは「魔女の隠れ里」が影響していると思います。
―― 今後の執筆の予定と、今後の活動の抱負をお聞きしたいです。
朝井:
今は中央公論新社から出ている「小説 – BOC」という文芸誌の「螺旋プロジェクト」に参加しています。
8組の作家が、ある対立軸のある世界を古代から未来まで書き繋いでいく、というプロジェクトです。僕はその「平成」のパートを担当しているんですけど、本になるのはまだ先ですね。
来年は念願のエッセイ集第2弾を出す予定です。さくらももこさんみたいに、くだらないエッセイ三部作を完成させたい!
第1弾が『時をかけるゆとり』というタイトルだったので、第2弾は『風と共にゆとりぬ』にしようと思っています。ウケてもらえたらいいな~。
―― となると、3冊目の「ゆとり」も気になります。
朝井:
2020年でデビュー10年なので、第3弾を出せるならその年に出したいですね。でも売れないと出せないと思うので……本当にみなさんどうぞよろしくお願いいたします(笑)。
あとは、前述した『一瞬の風になれ』みたいなスポーツ長編をずっと書きたかったので、いよいよ取材を始めて動き出しています。その長編に向き合いながら、もう一度「ストーリーを組み立てる感覚」を取り戻したいです。
取材後記
直木賞受賞以降も、話題作を次々と生み出している朝井さんが「ストーリーを考えるのが苦手」というのは驚きでしたが、作家として大事にしているものや、フィクションについての考え方を知ることができた貴重なインタビューでした。
今回の『何様』、そしてご本人が「幸福な映像化」と語った映画『何者』と、さらなる活躍を予感させるリリースが続く朝井さん。次はどんな作品がくるのか、早くも楽しみです。
(取材・記事/山田洋介)