「小説の先がどうなるのかは自分の手を離れたところにある」
―― 村田さんの新作『地球星人』は、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞されてから初めての長編です。あれだけ注目された作品の次ということで、何か期するものはありましたか?
村田: 特別な思い入れは特にありませんでした。ただ、受賞後に思った以上に忙しくなってしまって右往左往したというのはあります。
私は一つ小説を書き終えた次の日にはもう次の作品を書き始めるので、『コンビニ人間』を書き終えたあとすぐに次の小説に取りかかっていたのですが、受賞後の忙しさが少し落ち着いて執筆に戻ろうとしたら、もうそれは自分が書きたいものではなくなっていたんです。
―― 執筆の間が空いたことで、ご自身の中でズレのようなものができてしまった。
村田: そうです。やはり自分の考えや発想は日々変わっていくので、その時書きたかったことと、今書きたいことが違ってしまうことがあります。
ただ、その後編集者の方と話して、「長野を舞台に」ということだけ決めたら、一年くらいで書くことができました。
―― 『地球星人』は、登場人物たちが「人間性とされるもの」を捨て去っていくことで、「人間とは何か」を逆説的に浮かび上がらせます。この小説の最初のアイデアはどんなところにあったのでしょうか?
村田: 最初は、今お話しした通り、長野という舞台が決まっていただけでした。ただ、その時点で、主人公の奈月の少女時代と大人になった後を書きたいとは思っていました。現実生活で性的被害を受けていることで、奈月は空想の世界にかなりのめりこみながら暮らしているという設定は早い段階でできていましたね。
女の子への性的搾取についてはこれまでの小説にも入っているテーマなのですが、淡くしか書いてこなかったので、いつか大きな形で書きたいと思っていました。次に少女を書くときは、性的虐待を真っ向から書こうと思っていました。ですが実際に書き始めるととても葛藤があり、苦しいテーマでした。
―― なぜ長野を舞台にされたんですか?
村田: 私の父方が長野の出身で、私自身子どもの頃は夏休みに長野の祖父の家を訪ねて、従兄弟が集まって花火をしたり、お盆の送り火迎え火をしていました。こういう思い出はどこかで書き留めたいという話をしたら、じゃあ次の小説は長野を舞台にするのがいいんじゃないか、となりました。
―― 奈月だけでなく、奈月の幼い頃の「恋人」だった由宇や、大人になってからのパートナーである智臣も、「普通」であることを強要するかのような社会に生きにくさを感じています。それぞれ本当に切実な問題を抱えているのですが、智臣の言動にはどこかユーモアがありますね。
村田: 笑わせようと思って書いていたわけではないのですが、ユーモラスさは感じてほしいと思っていました。智臣はすごく変な人というか無邪気な人で、私自身書いていて救われるところがありました。
奈月と由宇だけだと思い詰めて暗くなってしまうところを、明るくしてくれたと思います。後半はお話を引っ張ってくれましたしね。キャラクター的には『コンビニ人間』の白羽さんを、とても性格を良くした感じに近いかもしれません。
―― 奈月も由宇も智臣も三者三様、歪んだ家庭で育っています。こういう登場人物でないと表現できなかったことは何だったのでしょうか?
村田: 登場人物については奈月が起点になっています。私は登場人物を考える時、まず似顔絵を書くのですが、奈月の顔を描いた時に「すごく孤独な子」だと感じました。そして、自分が魔法少女だと思い込んだり、恋を熱烈に妄想したりという行動はその孤独さからくるものなんだというのは、何となく最初からわかっていました。
歪んだ家庭で育った人を書かないと表現できなかった世界だったのかはわかりませんが、この奈月のキャラクターがまずあって、そんな彼女と惹かれあう夫はどんな人なんだろうと考えていくと、彼女とはまた違った形で孤独な人間だったということが後からわかったような感じです。
―― 書きながら見えてくるものがあった。
村田: そうですね。最初から全部決めて書くことはせずに、書きながら設定をいじりつつ進めていきます。どういうラストにするかとか、先のことを決めずに書くのが好きなんです。今回も智臣の性格がもっと悪かった時があったんですけど、それだとあまりうまくいきませんでした。
小説の先がどうなっていくのかは自分の手を離れたところにあると思っています。よく「埋まっている物語を掘り出す」とおっしゃる作家さんがいますが、私もその感覚に近いです。とはいえ、いつも自分の小説は「本当にそんなものが埋まっていたのか?」と言われるとちょっと不安になるような物語なのですが(笑)。
デビューから15年 創作のモチベーションは「知りたい気持ち」
―― 『地球星人』からは、「普通であること」を強要する社会への反発を強く感じました。村田さんが小説には普遍的なテーマはあるのでしょうか。
村田: 「違和感」と「性愛」は自分の中の大きなテーマとしてあると思います。ただ、そのテーマを書こうと思って小説を書いているわけではなくて、物語を作ると登場人物がそれぞれに抱えているものとして自然に出てくることが多いですね。
―― それは村田さんご本人が持っているものとは無関係に、ということですか?
村田: もちろん生活の中で変だな、とかこれはどうしてなんだろうと思うことはありますが、結構ボーっとしている人間なので自分の小説の主人公たちのように苦しい感じではないと思います。
それに生身の人間ですから、本当に感じている違和感となるとなかなか物語には落とし込み切れない部分もあります。
―― 2003年のデビューから15年が経ちました。創作を続けるモチベーションはどんなところにあるのでしょうか。
村田: 単純に小説を書くのが好きですし、書くことで何かを知ることができると思っています。よく私の小説は怒りが原動力になっているんじゃないかと言われるのですが、そんなことはなくて、書くことで何かを知りたいという気持ちの方が大きいです。その気持ちがモチベーションかもしれません。
子どもの頃、大人はうわべの美しい世界に惑わされて本当のことをしゃべらないんだと思っていたのですが、図書館に行って本を読むと、そうではない言葉がありました。多分、うわべの言葉ではない、本当の真実のようなものが小説の中にはあるとどこかで信じているんだと思います。そういう真実を読むことだけではなくて書くことでも知ることができるんじゃないかという気持ちですね。
―― 今回の作品ではどんな発見がありましたか?
村田: 書きながら、私たちのことでもある「地球星人」という生き物の外側に出るのは本当に難しいなと思っていました。ただ、作中に「ポハピピンポボピア星人」という宇宙人の視点を入れているのですが、その目線で地球星人を見るとものすごく変な生き物に映ります。地球星人のそういう奇妙な性質が改めて愛しいなと思えるようになりました。前よりも人間が好きになったと思います。
―― 「ポハピピンポボピア星人」から見た「地球星人」の描写は、社会の中の同調圧力や「自分と同じではない人」への不寛容さなど、人間や人間社会のネガティブな側面として語られることが多い部分です。それを好きになった。
村田: そうですね。画一的に洗脳されているような感じがすごく好きです。つくづくおもしろい生き物だと思っています。
―― こうした描写は、先ほどの言葉を借りるなら地球星人(人間社会)への「怒り」からくるものかと思っていましたが、そうではなかったんですね。
村田: 基本的には怒っていることはほとんどありませんし、自分の作品は怒りが原動力になっているわけでもありません。人間はおもしろいな、かわいい生き物だなと思っています。
作中で奈月が受けているような性的被害に対してはすごく怒りを感じるのですが、登場人物は作者の感情を発散する道具ではありません。だから、たとえ私が個人的に怒りを持っていることを書くとしても、登場人物と一緒にかっとならないように、ちゃんと作者の目で物語を見るように気を付けていました。
―― 安倍公房の『人間そっくり』と共通するものを感じました。読んでいるうちに「人間が人間たるゆえん」がわからなくなってくるような。
村田: 好きな小説なのでうれしいです。会話をしているだけなのに自分が「人間」なのか「人間的なもの」なのかが曖昧になってくるのがおもしろいですよね。特に意識したわけではないけれど、影響は受けているのかもしれません。
『異邦人』のムルソーは「地球星人」ぶらない
―― 小説を書き始めたきっかけについてもお聞きしたいです。話によるとかなり早くから書かれていたそうですね。
村田: 何を小説と呼ぶかにもよるのですが、一応小学生の頃から書いていました。5年生くらいには確実に書いていて、6年生でワープロを手に入れて、フロッピーディスクに保存してインクリボンに印刷していたのを覚えています。同じ主人公が出てくるシリーズものでした。ただあれを「小説」と呼んでいいのかはちょっとわからないのですが。
―― それを友達に見せたり。
村田: 友達同士で小説や漫画を見せ合うということはあったのですが、そういう時は「見せる用」の小説を書いて渡していました。「沙耶香ちゃんの小説見せて」と言われたら、友達と同じ名前の子を入れて書いたり。
というのも、子供の友達同士だと絶対褒め合いになるんです(笑)。でも、その輪の中で褒められて満足していたらダメだと思っていて、厳しい目で本当のことを言ってくれる人以外には真剣に書いたものは見せないようにしていました。
―― ストイックな子どもですね!
村田: 「本当の小説は賞に応募するものだ」というのを何となく知っていたんです。多分、当時読んでいた少女小説のあとがきに「○○大賞に応募してね」というようなことが書いてあったんだと思います。
そういうのを見ていたので、「教室の中で甘やかされて調子に乗っていては小さく終わってしまう」と。今思うとすごく生意気ですよね。荒んだ子どもだったんだと思います(笑)。
―― ある程度早い時期から小説家という職業を意識されていたんですか?
村田: 意識していました。ティーンズハートで活躍されている井上ほのかさんという作家がいるのですが、その方が高校生でデビューしたというのを知って、それなら自分も作家になれるんじゃないかと思って、中学生の時に賞に応募しようとしたことがあります。
でも、応募しようと思って書くと、どうしても「大人が喜ぶような小説」を書こうとしてしまって、うまくいかず捨ててしまいました。その時に自分が小説を汚してしまったように思えて、それからずっと「応募するために書く」ということができないままです。
―― 自分の書きたいものではなく、賞のための小説を書いてしまった。
村田: 何だか宗教みたいですが、当時は「小説の神様」みたいな存在が物語の世界を支配していて、その存在に捧げるつもりで書いていたんです。だからこそ、大人に喜んでもらうために、彼らが「合格」と判を押すような小説を書くことが汚いことのように思えたんだと思います。
―― それからデビューされるまでの間も小説は書いていたんですか?
村田: 高校受験もあって一旦ワープロを封印したのですが、封印を解いた時には全然書けなくなっていました。そのまま高校時代は書けずに、大学生になって横浜文学学校というところに通い始めて、そこで宮原昭夫先生に出会ってようやく書けるようになりました。その時には書きたいものも、少女小説から純文学に変わっていました。
その宮原先生が、とにかく名刺代わりに何でもいいから小説を書けと。「小説を書かない人はどんな人かわからないから、ビール飲んじゃ駄目」みたいなお茶目な冗談をおっしゃる方だったのですが、そうやって言われて学校で書いた小説の一つを賞に応募したらそれが優秀作に選んでいただけて、大学を卒業してすぐの頃にデビューできました。
―― デビュー作の『授乳』ですね。
村田: そうですね。もともとは横浜文学学校のために書いた小説なんです。
―― 村田さんが人生で影響を受けた本を三冊ほどご紹介いただきたいです。
村田: 一冊目は松浦理英子さんの『親指Pの修行時代』にします。影響を受けたというか、自分の性愛がすごく苦しかった時期に読んですごく救われた気になりました。
主人公の女性の足の親指がペニスになるすごく変わったお話なんですけど、そうならないと体験できないようなことや出会いがあって、がんじがらめだった主人公の世界がどんどん広がっていく。読んでいる私自身もどんどん楽になっていった小説です。
二冊目は、アルベール・カミュの『異邦人』にします。これは大学時代に読んだのですが、完璧な小説ですよね。いつかこんな小説を完成させてから死にたいと思ったのを覚えています。
主人公のムルソーはお母さんが死んでも、そこで人間的に要求される悲しい素振りをしません。なぜかと聞かれても人間っぽいウソをつかない。それこそ「地球星人」ぶらないんです。そこが本当に好きですね。
私自身はそういうところでたくさんウソをついてしまったと思います。そんなに悲しくない映画でも「これを見て泣かない人は人間じゃない」と言われたら、悲しかったとウソをついたことがある気がする。そういうことを決してしないムルソーには憧れます。
―― 最後の一冊はいかがですか?
村田: 山田詠美さんの『蝶々の纏足・風葬の教室』です。純文学を書こうと思ったきっかけになったという意味で影響を受けました。
私は子どものころ少女小説を書きたいと思っていたのですが、山田さんは同じ少女をもっと生々しく書いていました。言葉の美しさにも女の子の魂の美しさにも「生きている」と思わせるものがあって、それは少女小説では書ききれないことだと思ったんです。
この本に衝撃を受けて純文学を書こうと思ったのですが、しばらく小説を書けなくなってしまったので相当強いインパクトがあったんだと思います。
―― 最後になりますが、村田さんの小説の読者の方々にメッセージをお願いします。
村田: 今回の『地球星人』はタイトルから想像するよりグロテスクだったり苦しかったりする物語だと思いますが、ユーモラスなところもあるので、自由な気持ちで楽しんでいただけたらうれしいです。
書いている側も「何だこれ?」と思いながら書いているので、読む側も「何だこれ?」と思うんじゃないかと思います。でも「何だこれ?」の先に、これまで考えたことがないことを考えたり、自分の精神世界の行ったことのない場所に行けたりしたらいいなと思っています。
取材後記
「埋まっている物語を掘り起こす」「小説の先がどうなっていくのかは自分の手を離れたところにあると思っている」など、村田さんの小説に対する独特の感覚が垣間見える取材でした。
『コンビニ人間』『地球星人』と驚くべき作品を立て続けに世に出した村田さんが向かう先はどこなのか。いち読者として次作が待ち遠しいです。
(インタビュー・記事/山田洋介)