INTERVIEW
著者インタビュー
接客に関する本はたくさん出版されている。マナー講座もたくさんある。
ただ必ずしも、そうしたところから接客の方法を学んだだけで、一流の接客ができるようになるわけではない。
『接客の一流、二流、三流』(明日香出版社刊)の著者である七條千恵美さんは、日本航空(以下、JAL)で客室乗務員として活躍、さらにサービス教官として1000人以上を指導した実績を持つ。
そんな七條さんは、書籍の中で「論外」の三流の接客、「熱意はあるけれどまだまだ」な二流の接客、そして一流の接客者の振る舞い方について述べているのだが、読んでいけばいくほど、「接客」という仕事の奥深さ、難しさについて気付くだろう。
では、その「一流の接客」とは一体どのようなものなのか? 七條さんにお話をうかがった。
「接客の正解というのはお客様が持っています」
――まずは七條さんのご経歴についてお聞きします。現在は会社を立ち上げられて、人材育成や企業研修のフィールドでご活躍されていますが、もともとはJALの客室乗務員(以下、CA)でいらっしゃったんですよね。
七條:そうです。大学を卒業して、JALに入社しました。JALのCAは、まず国内線でデビューをして、それから半年から1年、人によっては2年かかることもありますが、国際線のエコノミークラスを担当します。そこで慣れていくうちに、ビジネスクラス、ファーストクラスと段階が上がっていきます。
――JALのCA教育プログラムは非常にしっかりしていそうですが、昔と今とで教育内容に差は感じましたか?
七條:根幹を成す部分は今も昔も変わっていないと思いますね。ツールが便利になっているとしても、結果的に人間が満足する瞬間というのは人と人の関わりの中で生まれるものですから、その部分については時代が変わっても変わらず大切に伝え続けていくものだと感じました。
――確かに、CAの仕事は人と人とのコミュニケーションが基盤ですよね。
七條:そうなんですよね。そして、企業ブランドである伝統や気品、上質さ、スピード、正確性ももちろん大切なのですが、親しみやすさや適切な距離感を求められることもありました。
どちらに振り過ぎても良くないですし、そのバランスはお客さまと接する中で感じ取っていくものだと思います。
――七條さんは教官として客室業務員の訓練生の教育にもあたっていたそうですが、どのような教官だったと思いますか?
七條:私は鬼教官だったかもしれません(笑)。もともと体育系ということもあって、鬼になるときは鬼になっていました。
この本を読んでもらえると分かると思うのですが、接客の正解というのはお客様が持っています。もし、お客様が不愉快だとお感じになったならば、それは、いたらない接客だったということです。(訓練生たちが)がんばっていることも理解していましたし、努力は認めるけれど、頑張っているからいいというわけではないんです。
お客様の前に出たときに誤解を与えることなくどう振る舞うことが望ましいのか。そこは嫌われても教えないといけないと思っていました。訓練生たちの花が開く助けになれば、と。
――訓練生たちのどういうところをチェックするのですか?
七條:まずは外見力です。人間は中身が大事といいますけど、CAの場合、最初の印象がとても大きいんです。「あの子、つまらそうに仕事しているな」「声が暗いな」とか、第一印象を損ねてしまうと、挽回が難しい。
これは、美人じゃないとダメとか、イケメンでなければならないとかそういうことではありません。清潔感であったり、一つ一つの仕草であったりという部分が大事で、いくらでも磨くことができます。
――挽回が難しいのは何故でしょうか。
七條:特に国内線ですが、お客様と接する時間が短いんです。そのような状況で最初にマイナスの印象を与えてしまうと、その後、挽回するタイミングがこないままフライトが終わってしまうことが多いのです。
ほとんどの方は清潔感のあるさわやかな人に好印象を持ちますし、第一印象だけでお客さまへの感謝や仕事に対する真摯な取り組み方、そのようなことを感じていただくことが大切なのです。
「平均以下の接客をするならばロボットでもいい」
――本書では接客を「一流、二流、三流」に分けて説明されています。三流、二流までは想像つくものが多かったのですが、一流は意外な回答が多く、予測つかないものもありました。この一流と二流を隔てるものは何でしょうか。
七條:私は接客マナー講師として活動していますけど、実は必ずしも接客を人間がやらなければいけないとは思っていません。セルフレジやロボットでもいいと思っています。
機械はいつでも平均点を取ります。文句も言わず正確に動きます。お客さまを怒らせることも少ないです。反面、機械に「ありがとうございます」と言われても心に響かない。それは平均点以上でも以下でもないからです。
だから、機械よりも良い接客ができなければ、人件費をかけてまで人間が接客する必要はないと思うんです。やるのであれば、平均点以上を取らないといけない。だから、この本で言っている二流までは「平均点」です。一流になって初めて平均点以上になると私は思っているんです。「接客に機械ではなく人が携わる価値」とはそういうものではないでしょうか。
――確かに二流まではいわゆるマニュアルの範疇に収まりますが、一流はマニュアル以上を求めるものになっています。
七條:そうです。人と人のつながりを意識することが一流の接客への入り口です。お客様の「自分はその他大勢ではなく、個として大切にされたい」という気持ちに寄り添った接客が一流の接客だと思います。その積み重ねが「この子が頑張っているから応援したいな」「このようなCAがいるならばまた乗ってもいいかな」という感情に繋がっていくのです。
サービス要員の数が多ければ、物理的に手厚くきめの細かい対応は可能です。しかし、そのような環境がない場合でも、お客さまに「個」を感じていただけることはないか?工夫できることはないか?と常に考えていたような気がします。
特に、「接客の品質」を企業ブランドにしている組織では、「基本的に良くて当たり前」なんです。だからこそ、いつでも目の前のお客さまの望みはなにかと考える一流の接客が求められているわけです。
――一流の接客はやはり積み重ねが大事なのですか?
七條:長くやっているからといって良い接客ができるかというと、実は必ずしもそうではないと思います。逆に新人CAでも一流の感性をもっている人もいました。
一流の接客は常日頃からの意識によるものが大きいのです。人間の行動には必ず理由があって、なぜ今、ああいう行動をとったのかを想像する習慣。そのようにして感性を研ぎ澄ませていくことができていれば、勤務歴の長さはあまり関係ないように思います。
――なるほど。
七條:お客様の気持ちを見過ごしたくないのです。だから常にアンテナを張っていますし、エコノミークラスの通路を歩いているときも、反対側の通路の奥の席までちゃんと顔を見ています。
ご用のない人は下を向いて寝ていたり、本を読んだり、テレビ画面を見ている人がほとんどですが、用事がある人は顔を上げていることが多く、目が合うんですね。そのとき、CAは「なんか呼んでいるな。でも反対側の通路だし…」と思ってやりすごすのではなく、「今そちらに行きますね、お待ちください」とアイコンタクトでお客様にお伝えします。
もちろん、反対側の通路に行くまでに他のお客様に声をかけられ、「すぐにうかがえずに申し訳ございません!」というときもありました。でも、気付いたときは、「今行きますので待っていてくださいね」というサインを送ることでご安心いただく。そのようにすることが基本姿勢ですね。
人が一気に成長する瞬間は「気付き」を得られたとき
――七條さんはもともと体育会系だったとインタビュー前半でお話されていましたが、何をされていたんですか?
七條:私はフェンシングをやっていました。もともと人間観察が趣味で、フェンシングも相手や審判に対する洞察が勝利につながったことも多かったです。相手への観察力が身についたのはフェンシングのおかげかもしれません。
――フェンシングが七條さんのバックグラウンドにあったんですね。でも確かに頷けます。
七條:そうなんですよ。そこで完全に「見ること」を刷りこまれましたね。
――教官として訓練生たちに教える中で、急に接客のレベルが上がる人もいると思います。その瞬間にその人には何が起きているのでしょうか。
七條:確かにいますね。それは「気付き」を得られたかどうかだと思います。もっと言えば、今まで気付けなかったことに気付けたということです。
お客さまがまぶしそうにしていらっしゃるのでカーテンを閉めるとか、コップが空っぽだからお茶入れるとか、そういったことも大事ですけれど、なぜ自分は評価を得られないのか、なぜ同じ勉強をしていて自分だけ点数が取れないのかということに対して気が付けない。それに気付けたときに人は変わるんです。
――一気に行動が変わる、と。
七條:行動というか、いかに自分が周囲からサポートされているか、恵まれているか、そして視点が狭くなっていたかに気付き、視点が広がるという感じですね。
以前、新人のクラスでいつもヘラヘラしていた訓練生がいたんですね。接客もテストの成績も抜群に良いわけではなく、でも悪いわけでもない。伸び悩んでいたんです。ある時、その訓練生がテストで少し悪い点を取ってしまって、呼び出して「どうしたの?」と聞いたんです。
そうしたら、急に涙を流して「クラスに馴染めません」と言ったんです。自分以外の訓練生たちが優秀に見えて、自分がここにいていいのかと悩んでいたんですね。
そこで、私はあえて厳しい言葉で「ここに何しをしに来たのですか?友達をつくりにきたの?」と言いました。その子が本気でやっているなら「何しに来たの?」とは言いません。でも私はその子を見ていて、まだ全力を出していないと思ったんです。だから「もし、本当に(飛行機に乗って)飛びたいんだったら全力でサポートをしますよ」と。
――その訓練生はどうなったのですか?
七條:がらっと変わりましたね。彼女の中のゴールが定まったんです。私は友達を作りにきたのではなく、CAになりにきた。ヘラヘラしていた彼女が一気に凛とした美しい女性に変わりました。
――素晴らしいエピソードですね。
七條さんがこれまで見てきた中で、「これはすごい」と思う接客をされていた方はどんな方でしたか?
七條:どのCAにも心を開くことのないお客様がいらしたのですが、ある先輩CAにだけは違いました。最後には大笑いをしてお話しをされていて、「どうやってあのお客様と心通わせたのだろう??」と思ったことがありますね。
また、先輩に限らず後輩でも、サービスがしっかり行き届いている子を何人も見てきました。誕生日を迎えたお客さまがいると、カードにきれいなイラストを描いてお渡ししたり、機内販売でとてもきれいなラッピングをしたり。少しでもお客様に喜んでもらうために、自分で(ラッピングを)習いに行ったと話していて感心しました。
今あるものでより良いものを提供したいという向上心ですよね。そういう人たちがたくさんいた職場だと思います。
――『接客の一流、二流、三流』にはクレーマー対応についても触れられていますが、これはちょっとお聞きしたいです。
七條:これについては一冊目の本である『人生を決める「ありがとう」と「すみません」の使い分け』の方にも詳しく書いているのですが、クレームがあったときの「申し訳ございません」という言葉はもちろん大事です。
ただ、その言葉をやみくもに繰り返しても、謝罪の言葉にはなりません。「とりあえず許して!」という意思表示に過ぎない。言われている方からすれば、謝って逃げたいだけという印象を受けます。何に対して謝っているのか具体的に言うことが大切で、それを聞いてお客様も納得するわけです。
――つまり、客側がなぜ怒っているのか分かっていることが大事だと。
七條:そうなんです。「申し訳ございません」だけでは、マニュアル通りの対応と思われる。それでは接客する側もお客様側も根本的な解決には至りませんよね。
――はじめのほうで「接客の正解はお客様が持っている」という話をされていましたが、そこに気付けないと一流になれないんですね。
七條:もちろんマニュアル通りの対応なら平均点は取れるでしょう。でも、時と場合によってはそのマニュアルがお客様を不快にさせてしまうこともある。
また、マニュアル通りにしていれば、それ以外の気づかいをしなくてもよいということでは当然ありません。行間を読んで、マニュアルになかったとしてもお客様に対する気づかいは計らうべきですよね。
――本書をどのように読んでほしいですか?
七條:この本をひとつのきっかけにしてほしいです。一流の接客術の中で「これはいい!」と思うものがあれば真似をしてもらえればいいですし、「これが一流なの?」と感じたなら、それはそれでいいのです。何が正解かは実際の場面で試すしかありません。
研修の打ち合わせでは、「答えはひとつにしてください」と言われたことがあるのですが、お客様の数だけ正解があるので、それはできないんですよね。
――確かに、この本を読むと正解を1つにしたらいけないと感じます。
七條:答えをいくつかつくると、その中のどれがいいのか悩んでしまうらしいです。だから、私はお客様から正解を探る観察力や洞察力、そして想像力が大事だと言っています。
――本書をどのような人に読んでほしいですか?
七條:接客業の方はもちろんですが、それ以外の仕事をしている方にもおすすめしたいです。「どんな場面でもコミュニケーションは必要なので勉強になる」という嬉しいご感想も多く寄せられています。ぜひたくさんの人に読んでほしいと思います。
(了)