■妻が「夫を教育するため」に学びたくなるスキル
休みの日は寝てばかりいる、靴下をリビングに脱ぎっぱなしにする、晩御飯がいるかどうかの連絡をよこさない……夫のちょっとした言動にイライラし、「夫を教育せねば」と思ってしまったことはありませんか。
『コーチング・ビジネスのすすめ』(合同フォレスト刊)の著者、五十嵐久さんによれば、まさにこうした状況で威力を発揮するのが「コーチング」という手法だといいます。
コーチングとは、対話によって相手の自己実現や目標達成を図る技術。元々はビジネス目的で使われることも多い技術ですが、コーチングを学び、夫婦関係の改善にいかす女性は少なくないそうです。
「ここ2、3年でコーチングを学ぶ女性が増えている」とも語る五十嵐さん。コーチングという仕事がどのようなものなのか、そして、なぜ女性が今、コーチングを学びはじめているのか等を中心にお話をうかがいました。
■コーチングを学んだ人に共通して起こる、ある変化
――まず、そもそもコーチングとは、どのような仕事なのかを教えていただけますか。
五十嵐:クライアント(相談者)と1対1で対話し、クライアントが抱える課題、達成したい目標などに対して、どのような行動をとっていけばいいのか、クライアント自身に気づきを促すこと。これがコーチングの提供すべき価値のなかで重要な部分です。
そのような対話を実現するためにコーチに求められるのは、相手の話をきく力。相手のことを認めた上で、しっかりと話をきいていく。相手にとって文字どおり鏡のような存在になる必要があります。
逆に、コーチとしてやってはいけないのが、コーチ自らが課題を解決してしまおうとすることです。コーチングの世界における大前提は「答えはクライアント自身が持っている」ですから。
――今回の書籍では、「コーチングという仕事は女性に向いている」というメッセージが一貫して書かれています。なぜコーチングは女性に向いているのでしょうか。
五十嵐:その理由のひとつに、女性の観察眼の鋭さがあります。相手の髪型や洋服、持ちものの変化に敏感なため、「今日のネクタイの色、とてもお似合いですね」といったように、さりげなく相手をほめたり話題をつくることに長けている女性は少なくありません。
コーチングは基本的に、1回のセッション(対話)あたり30分から1時間、頻度が月2回、期間は最低でも3ヶ月といった形で進めていきます。ある程度、長期戦になるからこそ、今お話したような些細なやりとりの積み重ねが信頼構築に欠かせません。
――ちなみに女性たちは、どのような動機でコーチングを学びはじめるものなのでしょうか?
五十嵐:それは人によって本当に様々です。ただひとつ傾向としていえるのは、「なにがなんでもプロのコーチとして稼げるようになりたい!」という方だけではないことですね。子育て、あるいは夫の教育など(笑)、家族生活をより充実させるために学びはじめる方も少なくありません。
それと仕事に関連していえば、「マネージャーになったけれど、部下の扱いに困っている」ということで、コーチングのノウハウを仕事に活かそうとするようなケースもあります。
――女性にかぎらず、ということで構わないのですが、コーチングを学ぶことで、どのような変化が期待できるのでしょうか。
五十嵐:これは自分自身、コーチングの仕事をするようになってから感じたことなのですが、クライアントに対して、色々な問いかけをしていくなかで、「自分はどうなんだ?」と自問自答する機会がかなり増えました。これは大きな変化でしたね。
そして自問自答の機会が増えたことによって、自分自身の考え方や生き方の指針に気づかされることが多くなりました。
――クライアントの変化を促すなかで、コーチ自身も変化を促されるというわけですね。
五十嵐:そのとおりです。それに、クライアントの方がお話される内容そのものも学びが多いですし、そこから刺激を受けてコーチ自身も「もっと勉強しなきゃ」と自然に思うようになっていく。この点は、コーチングという仕事ならではのやりがいでしょうね。
――今のようなお話をうかがっていると、コーチングは、相談する側もされる側も前向きになれるものなのだなと感じます。最近、増えつつある「社内にカウンセラーを常駐させる」動きのように、「社内コーチ」がいてくれたらいいのにと思いました。すでに、そういう動きは見られるのでしょうか。
五十嵐:数としてはまだ少ないですが、社内に専属のコーチを設置する動きはあります。
カウンセリングの場合、すでに心を病んでしまっている人を対象とし、いわばマイナスの心をゼロに戻すための悩み相談に終始せざるを得ません。
ですが、コーチングではその一歩手前で、心は病んでいないけれども、自分の将来について悩んでいる人が対象になります。
「まだハッキリと方向を定めることはできていないけれども、目標さえ決まれれば頑張れる!」という人が悩みを打ち明けられる場をつくる上で、コーチングという手法は有効だと私は考えます。
同様に、小中学校において、スクールカウンセラーだけでなくスクールコーチも常駐させることで、「意欲はあるのに、うまく自分を方向づけられない」子どもが自分の目標を見つけ、実現に向けて成長していくためのサポートが充実していけばいいなとも思っています。
■「経験がない」ことがプラスに働く コーチングという仕事の面白み
――インタビューの前半で、マネージャー職に就いたばかりの人がコーチングを学ぶケースがあるとお話されていました。その意味では、「人の上に立つ」人こそ、コーチングを学ぶことの意義は大きいともいえるのでしょうか。
五十嵐:それはいえますね。ある企業では、経営者がコーチングを学び、「これはいい」と思ったことがきっかけで、全社的に学びの機会をつくった結果、社内の雰囲気がとても良くなったという例があります。
さらに、「人の上に立つ人こそ……」という意味でいえば、最近、本業に活かそうと看護師の方でコーチングを学ばれる方がすごく増えているのですが、医師の方はまだまだという印象です。もっと多くの医師にコーチングを学んでいただきたいと思っているのですが。
――なぜ医師の方にコーチングが必要だと思われるのですか。
五十嵐:患者さんの話をほとんど聞かず、ほんの少しのやりとりだけして薬を出せば終わり、というような医師がまだまだ多いように感じるからです。
でも、これからますます、患者さんの話をしっかり聞き、体全体を見て……ということが医師側に強く求められるようになっていくのではと思います。その意味で、患者さんの話にしっかりと耳を傾けられる医師がもっと増えるといいなと思っているんです。
――話は少し変わりますが、五十嵐さんは"後輩"コーチから相談を持ちかけられることも少なくないかと思います。どのような悩みを持っている人が多いですか。
五十嵐:よく持ちかけられるのは「自信が持てない」という悩みです。「クライアントと関わっていく上で自信が持てない。どうすればいいか?」と。
ただ、こればかりは即効薬はないので、メンター・コーチとのセッションを重ね、コーチとしてのスキルを磨き、少しずつ自信を高めていくしかありません。
この話に関連して、コーチングを生業にしていく上で重要な点がもうひとつあります。それは、「自信はあったほうがいいが、ありすぎてもダメ」だということです。
――インタビュー前半で話に出た、「コーチ自ら課題や問題を解決してはいけない」ということと繋がりますか。
五十嵐:繋がりますね。自信を「経験」と言いかえてもいいのですが、それらのものが邪魔して、コーチとして機能できなくなるケースは少なくありません。
知識や経験があるために、ついコーチがクライアントに「こうしたほうがいい」とアドバイスしてしまったり、クライアントの行動を、ある方向へ持っていきたいがために誘導尋問のような聞き方をしてしまうといった具合です。
――では、極端な言い方をすれば、経験がないことがプラスに働いてコーチングがうまくいったこともあるのですか。
五十嵐:GE(ゼネラル・エレクトリック)のCEOを務めたジャック・ウェルチが、以前、自分よりもかなり年下の20代女性をコーチにつけてうまくいったのは、まさにそういうケースだと思います。
彼女は業界知識をまったく持っていませんでした。でも、だからこそ素朴に「これはどうなってるんですか?」とウェルチに質問できた可能性は高いわけです。そして、そのように素朴な質問を受けるなかで、ウェルチも自分の頭のなかを整理でき、結果を出せた。
コーチングの世界には、「相手を穢さない質問」という言葉があります。これは、質問する側が意図を持たず、あくまでニュートラルな気持ちで、「聞きたいから聞く」質問を指します。これができると、いいセッションになることが多いのです。
――最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
五十嵐:コーチングは、プロのコーチを目指す人にはもちろん、そうでない人にも役立つ内容が多く含まれています。というのも、人が生きていく上で大切な要素が詰まっているからです。
インタビューの序盤でも少し話しましたが、コーチングの世界では「相手を認める」スキルをとても重要視しています。
誰でも「人から認められたい」という欲求は持っているもの。その意味で、コーチングを学ぶことにより「人の認め方」に関するスキルを身につければ、人間関係はかなり良好になるはずです。
一人でも多くの方にコーチングを学んでいただき、社会のなかのわだかまりや争いごとが少しでも減っていけば、と思っています。
(新刊JP編集部)