終身雇用制度はもう風前の灯火。これからはさらに人材の流動性は高まり、新卒で入社した会社で定年まで勤め上げる人はどんどん減っていくのは間違いない。
そこで大事になるのが、若いうちから自分のキャリアを長期的・戦略的に考えておくこと。今いる会社で与えられた仕事をこなしていれば人材としての価値が上がるわけでもないし、やみくもに転職を繰り返せば年収が上がっていくわけでもない。
「転職市場は出来レース」
そう語るのは『キャリアロジック 誰でも年収1000万円を超えるための28のルール』(実業之日本社刊)の著者で、転職ノウハウメディア「すべらない転職」を運営し、転職エージェントとして長い経験を持つアクシス株式会社・代表の末永雄大氏だ。これから転職しようとしている人にとっては不穏な言葉だが、これはどういう意味なのだろうか。
「人生は何歳からでもやり直せる」という言葉は、決して間違ってはいない。ただし、この言葉がかならずしも通用しないのが転職の世界。キャリアにおける評価では、年齢は大きく影響する。
転職を考えるからには、年収面でも仕事の内容面でも「今よりもいい条件の職場を」と考えるのは当然だ。だが、転職市場では現時点での年齢と経験によって、対象となる求人とオファーされる年収はほぼ決まっているという。この事実を知らずに転職活動をしてしまうと、むやみに高望みして希望の求人に出合えないということになってしまう。
また、未経験からの転職で年収アップは望み薄だし、そもそも未経験ではエントリーできない求人もある。これが「転職市場は出来レース」の真意。だからこそ、若いうちから「何歳までにどんな仕事でどんな経験を積む」というプランが必要なのだ。
一方で、転職において「学歴」や「資格」はほとんど関係がない。
転職で学歴が関係してくるのは営業系、コンサルタント、総合職・第二新卒枠などの「未経験歓迎」の求人のみ。こういう求人では「地頭のいい人を採用したい」という採用企業が、書類選考で学歴を一つの指標にしているケースだという。
ただ、それであっても学歴が有利にはたらくのは書類選考まで。その後の面接での評価の比重の方が高いため、学歴が採用の可否に直接かかわるとまではいえない。
また、「何かと有利」という思いから手当たり次第に取りまくる人が少なくない「資格」だが、これも転職で役立つかは「ものによる」というのが実情のようだ。
そもそも資格といっても幅広い。本書によると、資格は
・実務に有利になる資格
・保持していなければ実務ができない資格
・英語など語学力を評価するための資格
・意味がない、もしくは意欲を伝える程度の資格
の4つに大別できる。
経理職であれば、簿記2級資格があれば実務に役立つ。こういう資格であれば転職に大いに役立つだろう。税理士や弁護士、医師など保持していなければ仕事ができない資格も同様だ。
問題は語学の資格。英語ならTOEICやTOFULで高得点を取っておけば外資系企業の転職で有利なように思えるが、現実は前職でのビジネス英語の実務経験が必須というケースが多いという。
ただ、これら3種類を合わせても、資格という広い海の中ではごく少数派だろう。残りはすべて「意味がない、もしくは意欲を伝える程度の資格」だ。一部を除いて、資格は転職には役立たないと考えておいた方がいい。
転職で評価されるのは学歴でも資格でもない。問われるのは、どんな業界のどんな職種で何年の経験があるかという「実務経験」なのだ。
◇
では、何より重視される「実務経験」をどう積んでいくか。
これが自分のキャリアを考えるうえでの核になる。本書では、効果的に自分の人材価値を高める実務経験を積んでいくための戦略と知見が、転職市場の専門家の目から鋭く語られている。
キャリアを実りあるものにするかどうかは自分の戦略と決断次第。現状に満足できない人。もっと年収を増やしたい人。ビジネスの世界で成功を収めたい人は、一読してみると学べるものが多いはずだ。
(新刊JP編集部)
■多くの人は転職市場の厳しい現実を知らない
末永: 私は転職支援と月間40万人の読者を抱える「すべらない転職」という転職にまつわる情報発信を行うメディアを運営する会社を経営しているのですが、その活動の中で、転職をする方の中には、優秀で仕事ができるのに、転職市場の「ルール」を知らないがゆえに感覚的に転職先を選んで失敗してしまう方がすごく多いことに気づいたんです。
そのことを否定するつもりはありませんが、仕事選び、会社選びは人生におけるインパクトが大きいところなので、もっとキャリアについてのリテラシーを高めていただくことで、より良い選択ができるようになるのではないかと考えたことが、今回の本につながりました。
末永: 多いですね。私たちが転職エージェントとしてかかわらせていただく方々は20代から30代の方が多いのですが、たとえば「OB訪問や説明会はあるんですか?」と質問される方もいますし、新卒と同じ感覚でどんな企業でもエントリーできると思っている方もいます。たくさんの会社に大量にエントリーする方もいますし。
末永: 就活は半年から1年くらいの期間があるので、30社~40社エントリーできますが、転職って現職で仕事をしながらやるものなので、現実的じゃないですよね。
それと、転職市場で必要とされるかどうかは、一社目の経験である程度決まってしまっていて、どんな会社にもエントリーできるわけではないんです。そのあたりのことをわからずに行動しても、なかなかうまくいかないんです。
末永: それはそうなのですが、学生の方や、就職活動をしている方にも読んでいただきたいです。
「ファーストキャリア(一社目の経験)」の重要性は徐々に知られてきていて、学生の方も「自分の市場価値を意識したファーストキャリアを…」という人が増えてきているのですが、よく意味を把握せずイメージで言葉を使っているといいますか、間違って理解しているケースが少なくありません。そういう学生の方にも参考にしてもらえるように書いています。
付け加えるなら、今一社目の会社で働いている方で、特に転職を考えているわけではないけども、「自分は転職できるのかな」「今のままでいいのかな」と考えている人に届けばいいなと思っています。「転職本」ではなく「キャリア戦略本」として書いたので。
末永: そうですね。どの業界のどの職種でどういう経験を積んだら人材としての価値が上がる、というのは、ある程度「出来レース的」に決まっているのですが、あまりそれについて言う人はいなくて、抽象化された情報がないんです。
キャリアについては多様性ばかり広がる一方で、選び方についての知識がないという状況だといえます。
末永: そもそも知っている人がいないというのがあります。学校の先生が教えてくれることではないですし、今の20代30代の方の親も、世代的にまだ終身雇用で社内昇格だけを考えてきた人が多いです。
だからこそ転職エージェントを含めた人材業界があるわけですけど、言葉を選ばず言うならこういう業界は情報の非対称性を利用して儲けてきた業界です。つまり、転職やキャリアについての知識がない「素人」と企業を、それらしい営業トークでマッチングさせてお金をもらうというビジネスモデルなので、個人がキャリアリテラシーを高めることについて、利害が一致しなかったんですよね。
末永: そうですね。私は最初リクルートに入って、中途採用支援をしていたのですが、当時は個人のキャリアサポートではなくて、法人営業をやって、企業の人事担当者や経営者と、「どんな人材を採用すればいいか」というコンサルティングをしていました。
ですが、分業制なので、こちらがどんなに企業と一緒になって「ほしい人材」を定めても、応募してくるのは社内のキャリアアドバイザーが推薦した人なんですよ。正直、面接に同席していて「もうちょっと下調べしてきてよ…」と思う方もいました。
それでも内定が出てしまったりするのですが、ミスマッチで定着しないで辞めてしまうことも多かった。となると、本人のキャリアにも傷がつきますし、企業側も困るわけです。そういう現状を変えるためには、やはり個人がキャリアリテラシーを身につけるしかないんだろうなという思いはありました。
■「まずは年収700万」その真意は?
末永: 正直に言うと、もともとは「700万円」だったんです。だけど1000万円の方がキャッチーだという意見があったりして、最終的に1000万円になりました。
じゃあこの700万円にどんな意味があるのかというと、年収600万円と年収700万円の間には境界があるんです。年収600万円は、一般的にいって今いる会社の昇給で稼げる上限くらい。もちろん、年功序列の大企業に行けばもっともらえるところもあるんですけど、多くの人はそういう会社では働いていませんし、たとえそういう会社にいたとしても、今20代の人が40代になった時に、今の40代の人がもらっているくらいもらえるかはわかりません。
一方で700万円はどうかというと、この本でいう「年収700万円」というのは、「転職市場で年収700万でオファーを受けられる」つまり市場価値での年収700万ということです。どんな人がそういうオファーを受けられるかというと、専門的な知識と経験があって、マネジメントができて、しかも自分の知識と経験を普遍化して、再現性のある形でアウトプットできる人です。こういう人は、会社のおかげではなくて、自分の実力で会社に利益をもたらすことができる。
ここに達することが、自由と柔軟性を持って働くためのひとつのポイントで、ここまで行けたらキャリアとして「成功」だと言っていい。逆に私はそれ以上の成功は求めなくていいと思っています。
末永: たとえば、会社に勤めていると転勤があったりしますよね。でも、30代半ばで結婚していて子どもがいるのに、急に遠くに転勤しろと言われたら、多くの人は嫌じゃないですか。
でも、転勤が嫌だから辞めるかとなった時に、社内価値しかない人は、極端な話、転職したら年収が半分くらいになってしまう。だけど、市場で評価されるだけの専門知識やマネジメントスキルがある人は自分で選ぶ側に回れますし、今よりも年収が上がる形で転職できる可能性が高いんです。
また、その段階まで行った人は、一時的に自分のやりたいことを優先させて、年収が低い仕事に移ったとしても、人材としての需要がありますから、再度転職して700万円に戻ることができるんですね。こういう自由さと柔軟性は、幸せになるための切符だと思っています。
末永: 「勝てば官軍」という言葉がありますが、そういう言説って、実際に好きなことだけやってお金がついてきた人が言っているわけで、その人にとっては間違いなく正解なんですけど、再現性とか汎用性があるかといったら必ずしもそうではないんですよね。
彼らの言うことに食いつくのは副業フリーランスをはじめたい人とか、起業したいっていう人ですけど、多くの人が望むのはそういう人生じゃないですし、彼らのように何千万円、何億円も稼ぎたい人って、そもそもそんなにいないでしょう。その意味で、彼らの言うことって「普通の人」向けではないんです。
私は「普通の人」のためのキャリア本が書きたかったんです。正しい努力をすれば「バリキャリ」じゃなくても人材市場の中で700万円くらいの価値を持つことができるということがこの本を通して伝えたいですね。
末永: 実は、今の話からすると、私は「キワモノ」なんです(笑)。学生時代に起業しているので…。
16年前にSNS事業で起業したんですけど、単純なコミュニティサイトだとマネタイズが難しかったので、転職市場を意識した「日本版LinkedIn」のようなものを作ろうと思っていました。ただ転職市場のことはわからなかったので、一旦リクルートに就職して、そこを学んでみようと。
それが主目的だったのですが、サブ目的として「法人営業を学ぶ」「色々な経営者に会って、うまくいく人とそうでない人を分析する」「起業するのをやめた時のリスクヘッジ」「様々なビジネスモデルを分析して、SNS事業よりもやりたいことを見つける」「ウェブマーケティングを学ぶ」ということも目論んでいました。
末永: 全部をシャープにやっていたわけではないですけどね。唯一ウェブマーケティングだけはリクルートでは身につかなかったので、転職してサイバーエージェントに行きました。
ここまで具体的に要件定義してキャリアを積むべきとは今でも思っていませんが、もうちょっとみんなキャリアについて考えればいいのに、と思うことはあります。ぼんやりとキャリアを思い描いて、たとえば「最初はこのベンチャーでこれを経験しよう」となったとしても、いざ就職活動をすると、その通りに決断できずに、「置きにいく」感じで大手を目指してしまったりするので。
末永: これは前工程と後工程があります。前工程はポジショニング戦略と同様で、入社先を選択する時の工夫で、後者は入社後の自己研鑽です。本に書いたのは前工程の方ですね。
後工程については様々な本が出ているのでここでは省略しますが、前工程で大事なのは自分の適性と志向性を把握することです。適性はご存じのように「何に向いているか」です。同じ「営業職」でも業務プロセスのどこに強み・持ち味があるのかは、人によって様々です。そこを言語化してみる。
志向性はもう少し中長期的なお話で、自分はどんなところに動機づけられる人間なのかということです。この二つを言語化できている人って、実はほとんどいないんです。
末永: そうなのですが、実際は「営業職は営業職」としか捉えていない人が多いです。
この本では「因数分解」と書いているのですが、適正も志向性も、応募する営業職の求人に対しても、もっと細かく分析して、言語化すべきです。それができていれば、自分も企業も、面接の場面などで「合う・合わない」を判断しやすくなりますし、合うとなったら内定を出しやすいので。
末永: そうですね。うまくいかない人はおうおうにして、新卒の感覚で「will(やりたいこと)」ばかり語ってしまう傾向があります。
厳しいようですが、中途採用はやりたいことをやらせてくれるほど甘くはないです。だって、やりたいことをやらせるなら、すでに一定の「できること」を持っていて新卒からがんばってきてくれた既存の社員にやらせるのが普通でしょう。
それでいて、やりたいことばかり語る人は、そのやりたいことのいい部分だけを見て、ミーハー心でやりたいと言っている人も多い。これだと、企業とのミスマッチも起きやすいんです。企業側としては、そこは適性なり志向性を因数分解して言語化して、「この人はうちの会社で活躍してくれそうだ」と思わせてほしいところです。
末永: そのために必要なのが、まさにこの本で書いている「市場価値700万円」を一つの成功として目指すことなんです。
もちろん、人によって満足できる年収は違うのですが、一般的に市場価値ベースで700万円くらい得られるような人って「歩兵」ではないです。専門スキルもあるし、マネジメントもある程度できる。そして知識や経験を再現性のある形でアウトプットすることもできる。ここまでいったら、あとはもう自分のやりたいことや幸福を追求していけばいい。
それ以上を目指したい人は目指してもいいのですが、700万円から先ってそんなに幸福度は変わらないのではないかと思います。お金を得た代償としてプレッシャーがきつかったり責任が重かったり、大変なことも多くなってくるので。
そして、ここが大事なのですが、最初に「成功」を目指すべきです。「やりたいこと」を先にやって、30歳を超えてから、さあこれからできることを増やして年収を上げていこうといってもなかなか難しい。
末永: キャリアについての本なのですが、キャリアはあくまで幸せな人生を送るための手段であって目的ではありません。だからこそ、幸せに生きるためにうまく活用して、使い倒した方がいい。今回の本がそのための助けになればうれしいですね。
(新刊JP編集部)
末永 雄大(すえなが・ゆうた)
新卒でリクルートキャリア(旧・リクルートエージェント)入社。
リクルーティングアドバイザーとして、 様々な業界・企業の採用支援に携わる。
その後、サイバーエージェントに転職しアカウントプランナーとして、最大手クライアントを担当し、インターネットを活用した集客支援を行う。2011年にヘッドハンター・転職エージェントとして独立。
2012年アクシス株式会社を設立し、代表取締役に就任。月間40万人の読者が読む転職メディア「すべらない転職」の運営やキャリアに特化した有料パーソナルトレーニングサービス「マジキャリ」など多岐にわたるキャリア支援サービスを展開。転職エージェントとして20代向けの転職・キャリア支援を行いながら、インターネットビジネスの事業開発や大学・ハローワークでのキャリアについての講演活動、ヤフーニュースや東洋経済オンラインでの寄稿など幅広く活動している。
著者:末永 雄大
出版:実業之日本社
価格:1,500円+税